ショートストーリィ(グラブダブドリブ)

グラブダブドリブ・ドルフ「Good night sweetheart Good night」

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グラブダブドリブ

「Goodnight sweetheart Goodnight」

 
 世間知らずのお嬢さん、おやすみ、僕のスィートハート、きみをパパとママに送り届けるから、おやすみ、僕の恋人。

 甘い甘い声で歌う、甘い甘い歌。聴いているとむずがゆくなってくる。俺には意味不明の言語で歌ってほしいと苦笑しながら、俺はここにいる。ひとりでいるのだから、酒を飲むのと店に流れる音楽を聴くのしかすることがないのだった。

「Goodnight, sweetheart, well it's time to go,
 Goodnight, sweetheart, well it's time to go,
 I hate to leave you, but I really must say,
 Goodnight, sweetheart, goodnight.

 Well, it's three o'clock in the morning,
 Baby, I just can't treat you right,
 Well, I hate to leave you, babe,
 Don't mean maybe, because I love you so.」

 空いていた隣のストゥルに人の気配。窺ってみると女だ。三十歳前後だろうか。薄緑いろのさらりとしたワンピースを着た細身の彼女は、カウンターの中にいるバーテンダーに「シャルトリューズ・モヒート」をオーダーした。

 積極的な女はどこにでもいて、こうしてバーで男がひとりで飲んでいると、声をかけてきたり思わせぶりな目配せをよこしたりする場合もよくある。

 ジェイミーだったら愛想よくふるまって一杯おごり、キスぐらいはするのだろうか。独身のころにはベッドでもおつきあいしたのだろうが、そういう男こそ結婚したら妻ひとすじというか、それほど藍に惚れているというか、最近はキスまでだろうと思える。

 ボビーはどうするのだろう? 会話だけだったらつきあうのか?
 司は相手によって態度を変える。とことん冷淡にあしらうか、甚だしくは怒るか。時と場合によればベッドに直行か。
 悠介ならば無視するのか。そういう話は仲間うちではあまりしないので、俺の空想でしかないのだが、おおむねは当たっているはずだ。

 暇だからうちのメンバーだったらどうするかを考えてみたが、俺は特殊かもしれない。そもそも、彼女は俺に興味を示しているのか? それを確認もせずにつめたくするのも断るのも変だろうから、ひとまずは無視していた。

「あなたって音楽をやってるひと? 日本語はわかるのよね。私、フランス語は得意だけど英語は大嫌いなの。各国の言葉が話せてもフランス語が好き。フランス人ってそういうものなんだよね」
「俺には日本語はわかるけど、あんたはフランス人なのか?」

 中国人か韓国人だと言われればうなずけるが、西洋人には見えないので反応してしまった。彼女は緑の葉っぱの入った透き通ったカクテルを飲み、しゃらっと言った。

「日本人だけど、日本は嫌い。私は女だけど女も嫌い。かまわないでしょ」
「かまわないけどね」
「音楽やってる?」
「……ああ」

 話の流れ上、正直に答えると、彼女は俺に身を寄せてきて小声で言った。

「私のことは知らない?」
「知らないな」
「私も音楽をやってるの。フランスでは有名なんだけど、日本で私を知ってるひとなんていないよね。日本人になんか知られてなくてもいいし、日本人なんかに私の歌は理解できないし、そのほうが日本にいると一般人に戻って自由にできるからいいんだ」

 我々にしても日本にいると行動範囲が狭くなるから、ほどんどの人間がグラブダブドリブを知らない外国のほうが自由に動ける。彼女の気持ちはわからなくもなかった。

「パリでシャンソンを歌ってるの。ヒット曲もいっぱいあるのよ。「ムッシュ・エトランジェ」、「モンマルトルの丘」、「リラの花咲くころ」、知ってる?」
「シャンソンのスタンダードは知ってるよ」
「スタンダードっていうんじゃなくて、私のヒット曲としてよ。ロレーヌ・バローの「パリの空の下」は?」
「それがきみの名前?」
「ウィ」

 名前までがフランスだ。芸名ってやつなのだろうが、美人ではあっても平板な顔立ちにはこの名前はそぐわない。大きなお世話であろうから口にはせず、俺もウィスキーソーダを飲んだ。

「子どものころから天才少女ともてはやされて、それだけに女の子たちの嫉妬のまとだったの。家は金持ちだし勉強もできるし、音楽の天才少女でもあるわけでしょ。これでスポーツはできないとでもいうんだったら可愛いげもあるんだろうけど、スポーツまで万能。音楽もなんだって万能。その上に美人。小さな日本の黄色い女の子たちに嫉妬されてもなんともなかったけど、悩んだのよ」
「なるほど」

「なにに悩んだのかっていえば、才能がありすぎるからよ。ヴァイオリンにフルートに作曲に歌にピアノにハープ、わずか十二歳にしてなんでもできるんだもの。しかも水準をはるかにはるかに超えて。学校の先生には音楽は趣味にして、東大を目指したほうがいい、学者になったほうがいいって言われた。教師ってそっちのほうが実用的に思えるのかしらね」

 物理的に十二歳では時間が足りない気もしたが、ま、そんな子供もいるのだろう。

「音楽だけじゃないのよ。絵も上手だった。小学校の作文コンテストでは優勝したし、書道でも賞をもらったわ。少女モデルにスカウトされたこともあるの。身体がいくつあっても足りないってこのことね」

 天才少女、二十歳すぎたらただの人、そんな言葉が浮かんだ。

「他にもいっぱい、言うのも面倒なほどの才能があったから、ちっぽけな日本の女の子には嫉妬されてばかりで、女嫌いになったの。私は女性的な外見はしてるけど、中身は少年めいていたのね。さっぱりした性格もいいと言われて、男性には崇拝された。友達は今でも男性ばかりよ」
「なるほど」

「男性のほうが裏表がなくていいよね。男性の仲間たちって嫉妬しないでしょ。仲間に才能のあるひとがいたら、みんなで盛り立ててあげようと思う。私の性格が男性的になったのは、男性たちはばかり仲良くしていたせいもあるのかな。そのギャップがまたいいって、男性に好かれる理由のひとつになってるのよ」

 男だって嫉妬はするぞ、とは、面倒なので言わない。そういえば先刻から、俺はなるほどとしか言っていないはずだ。

「そういうつらい境遇だったけど、天性の才能は枯れないの。義務教育を終えてフランスに渡って、音楽の勉強を集中的にしたわ。学問のほうが趣味で、哲学書を何冊も読破したり、ちょっとした科学の発見をしたりもしたの。絵も彫刻もするし、詩も書くのよ」
「なるほど」

「才能がありすぎるってのも困ったもんだって、大人たちには言われた。でもやっぱり、音楽がいちばんだった。それで「Conservatoire national superieur de musique et de danse de Paris 」に入学したのよ」
「パリ国立高等音楽学校」
「あら、知ってるのね。よくできました」

 生徒を褒めるような言い方をされて、苦笑いするしかない。なんだかすべてがやけに類型的で、眠くなってきた。この話はいつまで続くのだろう。

「声楽を専門に学んで、他の楽器も余暇にはこなして、シャンソン歌手としてデビューしたの。日本の歌手なんて歌が下手でもなれるけど、本場ではそうはいかないのよ。まるでパリに住むオノ・ヨーコよ。恋もたくさんしたわ」
「なるほど」

 アメリカとイギリスと日本で本格的に音楽の勉強をしたジェイミーから、俺も多少は聴いている。ロックをやるには学校で学ぶ必要はないが、ジェイミーの素養は役立っているのだろう。

「パリではロレーヌは人気があるんだけど、日本人はシャンソンには興味を示さないのね」
「好きなひとは好きだろうけどね」
「あなたは?」
「俺はロックが好きだ」

 ロック以外の音楽は嫌いだというほど偏狭ではないが、あえてそう言った。ロレーヌは案の定、侮蔑のまなざしで俺を見た。

「ロックは音楽じゃないわ」
「なるほど」
「あなた、私の言ったことを信用してないんじゃない?」
「してるよ」

 真実であろうと虚言であろうと、俺にはなんの害もない。その意味で信用していると言うと、ロレーヌは険しい表情になった。

「これだから日本人って嫌いよ」
「俺はアメリカ人だけど……?」
「アメリカ人も嫌いよ。人種的に下等な……」
「あっちのほうにいる集団、アメリカ人じゃないかな? 因縁つけられたら俺は逃げるよ」
「フランスの男性はこんなときには……」
「俺はアメリカ人だって言っただろ」

 くすっ、というような声が聞こえて顔を上げると、バーテンダーが咳払いをしていた。言った通りにむこうのほうにはアメリカ人らしきグループがいて、そのうちのひとりがロレーヌに手を振る。こっちに来ない? と呼ばれて、ロレーヌは昂然と顎を上げた。

「明日はパリに発つのよ。帰ります」
 返事をせずにいると、ごちそうさま、と言い残して彼女は席から離れていった。彼女の背中を見送りながら、バーテンダーが小声で言った。

「ごちそうさまって、お勘定はお客さんにって意味ですよ」
「俺に? 一杯だけだったらいいよ」
「そしたらいいんですけどね、今日は助かりました」
「……いつもはあの話、きみが聞かされてるってわけ?」
「きっと明日もいらっしゃいますよ」

 立場上、バーテンダーは客の悪口になりそうな話はできないのだろう。それ以上は言わなかったが、そんなところなのだろうと思えた。
 
「Goodnight Sweetheart, all my prayers are for you
 Goodnight Sweetheart, I'll be watching o'er you
 Tears and parting may make us forlorn
 But with the dawn a new day is born
 So I'll say goodnight Sweetheart, sleep will banish sorrow
 Goodnight Sweetheart, when we meet tomorrow
 Dreams enfold you, in them, dear, I'll hold you
 Goodnight Sweetheart goodnight.」

 おやすみ、愛しいひと、おやすみ。こんな歌が流れてきているのが皮肉に思える。ロレーヌの本名はなんというのか。本当はどんな人生をすごしてきたのか……。
 常日頃、俺はジェイミーの自慢話を聞かされているので免疫はあるが、他人である彼女の話を聞かされ続けたりしたら……近々きつい台詞を吐いてしまいそうで、二度とこの店には来ないのが無難なようだった。


END







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