ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「え」

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フォレストシンガーズ

「駅」

 就職できたら、の話だが、世間一般的なサラリーマンになったら、朝夕、こんな電車に乗らなくてはならないのか。来年は大学四年生。俺も就活しなくちゃいけないのかな。

 ユキにはサラリーマンは似合わないよ、なんて言ったら、だったらなにが似合うんだ? シンガー。けーっ!! って馬鹿にされそうだけど。

 実感も湧かないので深く考えるのはやめにして、夕方の駅に入っていく。ものすごい人出だ。普段はバス通学しているし、学生はそんなに時間はきっちりしていないし、バスのラッシュは電車とはちがうので慣れていない。あまりの人の多さに、割り込み乗車をする気にもなれずにいた。

「女のひとのそばに立ったら、痴漢扱いされたりして……いや、しかし、乗らなくちゃ」

 デートの約束に遅れてしまう。意を決して電車に乗り込む。先週ナンパした女の子と珍しく次回の約束ができて、待ち合わせをしているのである。
 あれ? あのコート……レインコートじゃないけど、女性のライムグリーンのコートのうしろ姿を見かけて、こんな歌が浮かんだ。

「見覚えのある レインコート
 黄昏の駅で 胸が震えた
 はやい足どり まぎれもなく
 昔愛してた あの人なのね
 懐かしさの一歩手前で
 こみあげる 苦い思い出に
 言葉がとても見つからないわ
 あなたがいなくても こうして
 元気で暮らしていることを
 さり気なく 告げたかったのに……」

 昔、愛していたあのひと。そんな存在は俺にもいる。ようやく二十歳になるこの人生で、好きだった女性やら、ただ遊んだだけの女性やら、むこうが俺を愛してくれた女性もいたのかな。
 それから、天国に行ってしまった、好きだったひともいる。あのライムグリーンのコートは、天国に行ってしまった女の子が着ていたのと同じ色だ。

「わぁ、アイちゃん、いい色のコートだね」
「ちょっと派手じゃない? 目立ちすぎない?」
「ユニークな色だし、形も可愛いし素敵だよ」
「アイちゃんに似合ってるよ」

 女友達に囲まれて、ちょっぴり恥ずかしがっていたアイちゃんを、俺は遠くから見ていた。人生、目立ってなんぼだよ、その場を通り過ぎるときに声をかけると、女の子たちと一緒にアイちゃんも笑ってくれた、

「二年の時が 変えたものは
 彼のまなざしと 私のこの髪
 それぞれに待つ人のもとへ
 戻ってゆくのね 気づきもせずに
 ひとつ隣の車輌に乗り
 うつむく横顔 見ていたら
 思わず涙 あふれてきそう
 今になって あなたの気持ち
 初めてわかるの 痛いほど
 私だけ 愛してたことも」

 だからね、あのひとじゃないのはわかってる。あのひとはもういないんだから。
 アイちゃんを好きになって告白して撃沈して、友達にだったらなってあげると言われたのに、友達ではいやだとわがままを言ったのは俺。だから友達にもなれないままに、彼女は天国に旅立っていった。

 あれから、この歌の通りに二年近くが過ぎた。俺は変わったかもしれないが、アイちゃんは永遠に変りはしない。
 ね、アイちゃん、俺はうまくすればサラリーマンにはならなくていいかもしれないよ。アイちゃんも知っている合唱部の先輩たちが誘ってくれて、フォレストシンガーズってヴォーカルグループの下っ端にしてもらったんだ。俺たち、プロになる予定なんだ。

 そういう人間なんだから、ラッシュで殺気立っているみなさんのために、この歌、歌っていいかな? 暗すぎてふさわしくないかな。だけど、今は俺の耳元で、この歌が繰り返しリフレインしているんだよ。

 駄目だよ、三沢さん、うるさがられるよ、アイちゃんには止められそうだね。きみはどうしても、俺をユキだの幸生だのとは呼んでくれなかったから、きみの声が聴こえてくると、三沢さん、との呼びかけがよみがえる。三沢さん、でいいからさ、もう一度名前を呼んで。

「ラッシュの人波にのまれて
 消えてゆく 後ろ姿が
 やけに哀しく 心に残る
 改札口を出る頃には
 雨もやみかけた この街に
 ありふれた夜がやって来る」

 目立ちたがりの歌手の卵だって、いくらなんでもラッシュの電車内で歌うのは躊躇してしまって、黙って押されているうちに降車駅についた。ライムグリーンのコートの女性も、同じ駅で降りた。
 
 すこし前を行くそのひとの顔は、どうしても見えない。小柄でほっそりした若い女性なのはまちがいないようで、背格好はたいへんにアイちゃんに似ている。見えないほうがいいね。あのひとはアイちゃん、きみを待っているひとのもとに帰る、幸せなアイちゃん。そう錯覚していられるから。

 歌詞とは逆に、雨がぱらついてきた。アイちゃん、俺にも待っててくれるひとがいるんだよ。いつまで続くかなんてわからないけど、俺を待っていてくれる女の子がいるって嬉しいな。
 ありふれた夜がやってきた街を、アイちゃんに話しかけながら歩いているうちに、ライムグリーンのコートの背中は人ごみにまぎれて消えていった。

YUKI/20歳/END







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~ Comment ~

NoTitle

ユキちゃん、今日はいつもよりセンチメンタルですね。
昔亡くなった想い人を思い出したんだから、無理はないですね。
この歌、ユキちゃんの思いついた詩なのでしょうか。
こんな風にふっと詩が出て来るところも、歌い手さんならではですね。
フォレストシンガーズは、自分たちの歌は自分で作っているんですよね。
歌詞って、主に誰が担当なんでしょう。
乾君? もしかしたらユキちゃん?

この、待ってくれてる人というのは、ナンパした女の子なんですね。
ユキちゃんらしいというか^^;
でもこんなセンチな日には、誰でも良いから慰めてもらってね、ユキちゃん。

limeさんへ

コメントありがとうございます。
俺だってたまにはね、とユキが言っております。

この歌は竹内まりやさんの作詞です。
ほんとはあんまりブログに歌詞を書いてはいけないのですが、まぁ、趣味でやってるブログですから、ってことで、許して下さいね。

フォレストシンガーズの作詞担当は乾&ユキですが、本橋&章もしなくはない。シゲ以外は作詞作曲ができます。
たまーにFSの誰かが書いた歌ってのを小説に出してますが……むにゃむにゃむにゃ。

ユキの待ち合わせ相手は、はい、ナンパした女の子です。
その子ともじきに別れてしまって、いつの間にやらユキは三十三歳の彼女もいない人になってしまいました。

自業自得だとか……? ですかね。

NoTitle

夢と妥協していくのもちょっと面白い描写ですね。
誰だって、サラリーマンになりたくない。
・・ていうのはあります。

それでも生きるために、
そして私みたいに自主小説を作るために稼いでいるヒトもいますからね。
面白い小説でした。・・・毎回面白いか。
あかねさんのは。
(*^-^*)

LandMさんへ2

毎回面白いと言っていただけるのは、ほんとにほんとに嬉しいです。
いつもありがとうございます。

サラリーマンになって、仕事は仕事として趣味に生きるっていうのも、悪くない生き方ですよね。
私は早く働いて収入を得て、自分のお金でいろんなものを買ったりしたいなぁと、学生のときには考えていました。

できるものならば、お金を生み出す仕事はしなくても好きなことをやっていられたら……そんな境遇に生まれた人間も、きっと大変なのでしょうけどね。

NoTitle

ああ…切ない(ToT)
そういえばアイちゃん亡くなってたんですね…
ユキちゃんいつも明るいからそんな悲しい過去があることすっかり忘れてました…
それでも前向きなユキちゃんは好きです。私だったら周りがうんざりするくらい落ち込んでいつまでも引きづりそう(^_^;)
凹んでる時とか、ユキちゃんと話したら前向きになれそうです♪

たおるさんへ

いつもありがとうございます。
ユキとアイのエピソードを覚えて下さっていて嬉しいです。
ユキは難攻不落な女の子にこそ燃えるタイプで、簡単になびいてくるような相手だと粗末に扱う傾向あり。考えてみるとかなりひどい男ですよね(^-^;

こんな奴ですので、アイちゃんという哀しい記憶がなかったら、どこまでもどこまーでもひたすらノーテンキですものね。
彼には必要な想い出なのかもしれません。

「ユキの悩み相談室」とかやって、なんでもかんでも笑い飛ばして相手の気持ちを軽くさせるっての、どうでしょう?
うーん……怒る人もいそうだなぁ。
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