ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「こ」

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フォレストシンガーズ

いろはの「こ」


「荒城の月」

 誕生日だのクリスマスだのといえば、野球用品を買ってもらっていた。が、小学校卒業時にはおのれの才能に見切りをつけて、中学校では合唱部に入った。十三歳の誕生日、四月になれば中学二年生になるというその日には、父に頼んだ。

「本屋で見た、日本名城辞典っての、買うて」
「繁之は城が好きか。そんなこと、言うとったな。勉強にもなるし、ええプレゼントやな」

 買ってこい、と言われて金をもらい、自分で立派な本を買ったあの日、すこし大人になった気分だった。
 小学生のころから城が好きだったのだが、十三歳でそんな本を買ってもらい、ここにも行きたい、この城も見たい。辞典に載っている城をすべて制覇したい、と考えるようになって、城好きが高じていった。

 好きになりすぎたから、大学は日本近代史、城の勉強がしたいと願い、一時は本気で日本各地の古城を回ってフィールドワークをする、城学者になりたいと考えていたものだ。

「シゲは城が好きなんだな。荒城の月には行ったことあるか?」
「荒城の月ってどこなんですか」
「諸説あるんだよな。歌碑が四か所に建ってるそうだし」

 作詞土井晩翠、作曲瀧廉太郎による「荒城の月」の歌碑の立つ場所を、乾さんが教えてくれた。
 土井晩翠が詞を構想したとされる宮城県仙台市の青葉城址、同じく福島県会津若松市の鶴ヶ城址。そして滝廉太郎が曲を構想したとされる大分県竹田市の岡城址、同じく富山県富山市富山城西側。

「青葉城と鶴ヶ城と岡城址には行ったことがありますけど、歌碑は意識していませんでしたね。見にいきたいな」
「俺は旅をするときには、城のある場所を選んでるわけじゃないからな。でも、シンガーになってみたら、有名な歌と関連のある土地は歩きたいよ」
「俺も同感です」

 またあのふたりは、七面倒な話をしてるよ、とばかりに、他の三人が俺たちを見て笑っている。章も幸生も歴史や城や古歌や歌碑や文学なんてものには興味を示さない。本橋さんは理系なので関心はよそに向く。そのジャンルでは乾さんと俺の興味だけが合っているのだった。

「シゲ、富山城の歌碑を見てこいよ。明日のステージでソロで歌え」
「え……はい」

 リーダー命令を受けて、明日は富山でライヴがあるという日の深夜に富山城を見にきた。城の公開時間はとうにすぎているが、荒城の月というのだから、シチュエーションにぴったりの城を見たかった。

 ひとりで城の見える場所にたたずみ、「荒城の月」を口ずさむ。俺は歴史や城は好きだが、言葉ってものには疎い。文語調のこの歌詞はむずかしくて、俺が歌うとなるとこなれるのに苦労しそうだ。富山の人々は滝廉太郎が曲を構想した場所はここだと特定したいのだろうから、ステージで歌うと喜んでもらえるはずだが。

 城、月、松の枝の陰、しみじみひとりで忍ぶ昔の光。いいなぁ、だけど、俺は自信がない。

 この歌は男の声のほうが似合うだろう。俺の低い声はマッチするとは思う。けれど、俺はベースマン、フォレストシンガーズでは歌唱力はもっとも劣るはずだし、自信ないなぁ。

「春高楼(こうろう)の 花の宴(えん)
 巡る盃(さかづき) 影さして
 千代の松が枝(え) 分け出でし
 昔の光 今いずこ

 秋陣営の霜の色
 鳴きゆく雁(かり)の数見せて
 植うる剣(つるぎ)に照り沿いし
 昔の光 今いずこ」

 誰もいない場所で、何度も歌ってみる。重厚で格調高く……俺の歌ってそんな感じじゃないんだよな。
 うわぁ、自信ない。もとからなかった自信が、自ら歌って自ら聴いているとますます消滅していく。本橋さんが歌ったほうがいいですよ、と言いたくなってきた。

「いい声だね。どうだ、一杯?」
「は? ひっ!!」

 びっくりしすぎて文字通り、飛び上がってしまった。こんなところに人が? 恐る恐る見やると、草むらに小柄なおじいさんがすわっていて、俺にコップ酒を差し出していた。

「お化けじゃないよ。酒は嫌いか?」
「嫌いじゃありませんが……」
「コンビニのごみ箱に捨ててあったんだ。賞味期限切れってやつだな。酒に賞味期限なんかあるもんかよ」
「あるんじゃないかと思いますが、俺は腹は丈夫ですから」

 変な言い訳をしながら、コップ酒を受け取った。たくさんあるんだぞ、と嬉しそうに言って、おじいさんも袋から出してくる。いわゆるホームレスなのか、用心する気持ちもなくて、おじいさんと乾杯した。

「あまりにもタイムリーっていうのかね。あんたの歌のおかげで気持ちよくなってきたよ。ここに酒があれば天下無敵の酔い心地だね。あんた、歌手かね」
「いや、あの……」
「まさかね、その顔じゃね」

 そうですね、すみません、なんで俺があやまってるんだろ、と思いながらもそう言って、酒をひと口飲む。古酒の味ってのはこんなものなのか。古酒とはいってもこの古酒は、賞味期限切れ古酒なのだが。

「ああ、うまいなぁ」
「うまいですね」
「あんたの歌もうまいよ。歌ってくれや」
「はい」

 その顔で歌手のはずがない、と言われても怒る気にもならない。なんのお世辞もないであろう、おじいさんの素朴な褒め言葉で、完全消失寸前だった自信がちょっとだけ回復した。歌っていると、うまい、最高!! と彼が賞賛の言葉を浴びせかけてくれる。

 バトルでなくなりつつあるMPを回復してくれる、RPGの魔法使いみたいなおじいさんだ。酒と称賛とのお礼を込めて、俺は何度も何度も歌った。

「今荒城の 夜半(よわ)の月
 変わらぬ光 誰(た)がためぞ
 垣に残るは ただ葛(かずら)
 松に歌う(うとう)は ただ嵐

 天上影は 変わらねど
 栄枯(えいこ)は移る 世の姿
 映さんとてか 今も尚
 ああ荒城の夜半の月」

END






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~ Comment ~

NoTitle

なんか、本当にシゲちゃんらしいほのぼのエピソードですね。
シゲちゃんの歌を聴けたこのおじさん、ラッキーでしたね。
酒もうまい事でしょう。
でも、その顔で歌手は無いって……(笑)
シゲちゃん、怒っていいのにw
でもそこが彼ですよね^^ 
観客はひとりだけど、きっと気持ちよく歌えたんだろうなあ。

limeさんへ

いつもありがとうございます。
シゲらしいと言っていただけると、とてもとても嬉しいです。

その顔で歌手なんてないよな。
と言われても怒らないのがシゲで、そうだよなぁ、俺みたいのが歌手でどうもすみません、になるのです。

漫画やドラマだったら、このおじいさんは実は……という展開になりそうで、実はその誘惑に駆られてますが。
このおじいさんのおかげで、本番ではきっとシゲはうまく歌えたでしょうから、それだけでいいかもしれませんね。
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