ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSカクテル物語「オールドファッションド」

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フォレストシンガーズ

「オールドファッションド」

 古い奴だとお思いでしょうが……というフレーズ、どこかで聞いたことがある。古い歌の文句だったか。そんなフレーズが浮かぶ俺も古い奴だ。三十代半ばなのだから、年上の方々から見れば青二才だろう。五十代以上の先輩あたりからは、シゲは可愛いだとか、シゲさんって若いわね、とか言われる。

 しかし、俺は二児の父である。ほぼ専業主婦の妻と乳幼児の息子たちを背中にしょって世間を歩く我が家の大黒柱だ。そんな自分に誇りを持ってはいるものの、俺って昔ニンゲンってやつなのかな、とも思うのだった。

「……彼女? そんなもん、俺はいらないし」
「負け惜しみじゃないのか? みんな、彼女っていないのか?」
「俺にはいますよ」

 大学の音楽サークルの連中を連れて、ロクさんが飲みに行くと言う。ロクさんはプロデューサー業なので、有望な若い人材を探しているのだろう。面倒見がいい、太っ腹、若い奴らと楽しくやるのが好き、という性格上、三十代以下の、五十代のロクさんから見れば「若い奴」である男女を可愛がってくれる先輩だ。

 もとダーティエンジェルスのベースマンであるロクさんとは、俺は縁がある。生まれてはじめて俺が生で見たライヴがダーティエンジェルスだった。三重県の高校生だった俺が、ラジオの懸賞に応募して当たって、チケットをもらって東京まで見にいった。

 その後ダーティエンジェルスは解散したのだが、リードヴォーカルのヤスシさんはソロシンガーになり、ロクさんは音楽プロデューサーになった。他のメンバーは自営業や音楽業界人やらとさまざまだそうだが、時々は再結成もする。ロクさんがベースマンばかりを集めたユニットを結成したときには、俺も参加させてもらった。

 キャリアが長くて人当たりが良くて如才もないロクさんには友人がものすごく多い。びっくりするような大物ともため口をきくロクさんは、今夜は男子大学生たちと盛り上がっている。

 中学校から大学まで合唱部だった俺は、音楽サークルの大学生たちと話が合うのではないか、ロクさんが俺を誘ってくれて、俺も隅っこで飲んでいる。ロクさんの行きつけの店だそうで、今夜は貸し切り。しゃれた料理と飲み物を前に、若者たちはお行儀がいい。俺も食べ過ぎ、飲みすぎないようにしなくちゃ。

「俺にも彼女はいるんだけど、女ってずるいよな」
「どういう面で?」
「映画のレディスディってあるでしょ」

 ふむふむ、とロクさんがうなずく。十人ほどの学生がいて、社会人はロクさんと俺だけだ。他にもグループができているが、俺はロクさんを囲んでいる学生たちの話を聞いていた。

「レディスディって映画じゃなくてもあるんですよね。こういう店でも女は安いとか、女にだけサービスの料理がつくとか」
「差別だよな」
「そうだよ。メンズディなんてほとんどないのに」

 差別かぁ、そういわれればそうかもしれないが、女性はおおむね飲む量も食べる量も男よりは少ないのだから、いいのではないかと俺は思う。

「この間は男三千円、女二千円の店に入って、当然割り勘だから僕はちょっと得かと思ったら、彼女は二千円しか出さないんですよ」
「あ、それ、あるある。俺もこの間、レディスディに彼女と映画を見にいったんだ。そしたら彼女は自分の分だけ払って、自分だけ得してるんだよな」
「だったら飲み物をおごってよって言ったら、ケチだって言われた」
「どっちがケチだよな」

 ほおほお、とロクさんはうなずき、特にコメントはしない。自己紹介はしてもらったが、清潔感のあるおしゃれな若者たちの誰が誰だかわからないひとりが言った。

「誕生日にペンダントがほしいって言うから、いくらか聞いたんだよね。じゃあ、僕の誕生日にも同じくらいの値段のあるものをほしいって言ったら、そんなの自分から要求する? だってさ」
「自分は要求してるくせにな」
「そうそう。そう言ったら、ちっちゃい男だとか言うんだよ」
「器が小さいって言うだろ。別にそれでもいいよ。こっちだって金はないんだから」
「お金ないって言ったら、やっぱ社会人とつきあわないと駄目だね、って言った女もいたよ」
「女って金目当てがほとんどだよな」

 彼女のいる男たちはそんな話をしていて、彼女がいないと言った男は言った。

「そんなだったらやっぱり彼女はいらないよ」
「結婚したがってる女の子もいるけど、俺は絶対に結婚なんかしたくないな」
「僕も。青田買いってのをされないように気をつけなくちゃ」
「ロクさんやシゲさんは……」
「……失礼だよ」

 なにか言いかけたひとりを別のひとりが止めたのは、結婚してるんですよね、と言いたかったのかもしれない。気の毒に、なんて言ったら失礼だろ、と止めたのかもしれない。

 ここにいる男たちは大半は、彼女なんかいないほうがいい、たまたま彼女はいるにはいるけどめんどくさい。金がかかる。恋人でこうなのだから、妻なんかになったらどうなることか。子どもなんかいらないよ、の意見であるらしい。妻子持ちのロクさんや俺は気の毒がられているようだ。

「僕の高校時代の先輩の女の子は、弁護士とつきあってたんだよ。それでできちゃって、卒業を待って結婚したんだ。就活もしてない、もちろん就職もしていない。いいよなぁ、女はそれが許されるんだから」
「俺の先輩の彼女も、妊娠したら仕事をやめたいから、結婚する前に貯金しとかなくちゃ、キミも協力してね、って言うんだって。女が結婚したり子どもができたりで仕事をやめるってのは聞くけど、男はそれができないんだもんな。不公平だよな」
「専業主夫かぁ。いっぺんやってみたいな」
「年増女をつかまえる?」
「女優とかいうんだったら、三十代でもいいかもな」

 ならばきみは、結婚した相手の女性が妊娠したら仕事を辞めて、主夫、父として生きるのか。そんなのをうらやましいとか、女はいいなぁ、不公平だなぁ、と考えるというだけで、俺は信じられない。恭子は俺が稼げなくなったら養ってあげると言ってくれたが、絶対にいやだ。歌手としての収入がなくなったら……現実問題としては再就職がなさそうなので、実家の酒屋を継ぐしかないか。

 サラリーマン経験のない俺も甘いのかもしれないが、なにがあっても妻と子を路頭に迷わせたりしない、という決意は持っている。俺ひとりの肩に妻と子を背負うって、それが古いのかなぁ。

「あ、もうこんな時間だ」
「明日も学校だし、僕は帰りますよ」
「僕も帰ろうかな。ロクさん、いくら払えばいいですか」
「いいから、支払いは気にすんな」

 おごるのは断じていやみたいだが、おごってもらうのはいやでもないらしい。彼らは口々に、ごちそうさま、おやすみなさい、と挨拶して帰っていった。

「……まだ十一時だぜ。俺なんか二十歳くらいだったら徹夜で……シゲたちは学生のときにはそこまでは飲まなかったか」
「金があれば飲みましたよ。俺たちは誰かの部屋で徹夜で飲んでましたね」
「時代は変わったね」

 男の飲み方についてのロクさんのコメントには、俺がずっと考えていた感慨も含まれていたのだろう。学生たちが帰ってしまって静かになった店内で、ロクさんと俺はカウンターに移った。

「お疲れさまでした」

 年のころなら六十代か。ロクさんよりも年上に見えるバーテンさんが、カクテルを作ってくれた。

「すこし甘いですが、ジムビームに角砂糖、アロマティックビターズを垂らした酒です」
「ジムビームってバーボンですよね?」
「はい」

 オールドファッションド? と呟いたロクさんに、バーテンさんがうなずいてみせる。今夜ここにいた中年以上の男たちの苦笑を酒にしたようなカクテルだった。

END





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~ Comment ~

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最近はメンズデイもあるんだぜえ。
女友達が「え~」と難色を示す映画は
男らしく一人でメンズデイに映画を見に行きます!!

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

大阪の映画館はメンズディはないように思えますが、他のどこかにたまにはありますね。なんだったかな? なにかあったな、程度にしかないみたいですね。

映画は私もつきあってくれる人がいなかったら、女らしく((笑))ひとりで見に行きます。
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