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小説378 (冬のソナチネ)

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フォレストシンガーズストーリィ

「冬のソナチネ」


 とうとうあのふたりがくっついちまうのかぁ、と嘆くには気が早いかもしれないが、その可能性がおおいに高くなってきた。
 大学一年の春に同じ合唱部の新入部員同士、ちび同士、声の高い少年同士、美少年同士……いや、これは異論が出そうだが、ま、そんなふうに「同士」と呼べる要素がいくつもあって友達になった木村章。一時は離れていたものの、二十一歳からは十年以上も仕事仲間として、一の親友としてつるんでいる。
 一方、二年生の夏に同じゼミ仲間として、海に遊びにいって知り合った古久保和音、カズネと読む彼女とも、身体が小さい、声が高い、などの共通点があって親しくなった。
 和音はワオン、ワオンちゃんと呼ぶようになった彼女のことは口説いた。俺には章を口説きたがる嗜好はないが、好みの女の子だったら口説く。この口を駆使して口説きまくって玉砕した。ただの友達のようでいて、異性を意識していたワオンちゃんとは、大学を卒業してからは疎遠になった。
 声優になったワオンちゃんと、シンガーになった章と俺がめぐり会って紹介し合ってから、章はワオンちゃんに好意をもっていたのだろう。よく言えば好意、悪く言えば行為をしたがる下心。
 現時点ではワオンちゃんが章をどう思っているのかは、明確にはわかっていない。章のほうもワオンちゃんと俺の間になにかあったのかと猜疑心を抱いていたようで、告白はしていない。が、一歩進んで、俺には質問をぶつけてきた。
 もちろん俺は正直に、好きだった、抱きたかった、だけど、彼女にはその気がなかったんだし、今となっては昔なじみの友達だよ、と答えた。
 それで勇気を得た章は、ワオンちゃんに告白するチャンスを窺っている。
 以前にもワオンちゃんを中西にさらわれ、今度は章にさらわれかかっている。ワオンちゃんは俺には気がないんだから仕方ないけど、切ないね。ユキちゃん、涙が出ちゃう、なんて思っていたから、飲みにいって女性に愚痴ってしまった。
「へぇぇ、そのひと、お盛んなんだね」
「そう?」
 学生時代の友達、とだけ告げたワオンちゃんのことを、彼女、珠美ちゃんはそう評した。
 行きつけの店は数軒ある。フォレストシンガーズのみんなが行く店、プライベートな友人と会う店、音楽業界人の集う店、俺の好きな古い歌謡曲やGSを聴かせてくれる店、などなどの中に、ひとりでしか行かない店もある。
 プライベートの中のプライベート、章や乾さんにも教えていないこの店の名は、「ショコラキャット」。猫好きオーナーが経営するバーであり、猫バーってわけではないのだが、猫の写真や猫グッズがあふれていて癒されるのだ。
 彼女は最近、「ショコラキャット」で働くようになったアルバイト学生である。はじめて会った日に、きゃああ、フォレストシンガーズの三沢さん!! 猫好きなんですってね!! と叫んで、その瞬間から仲良しになった。
「だって、そうでしょ? 三沢さんが知ってるだけでも、男を三回は取り替えてるんじゃないの?」
「あいつとあいつと……三回はあるだろうけど、それって盛んなの?」
「ひとりでは満足できなくて、別れては他の男とつきあうんでしょ? 淫乱じゃないの?」
「あのさ……」
 そしたら、人間ははじめてつきあった異性と結婚して一生添い遂げなくてはならないのか。俺だったらなんと言われる? 章は? 珠美ちゃんはシゲさんみたいな男が理想なのか。男と女だと恋愛の思想もちがうのか。
 別に珠美ちゃんを恋人にしたいわけでもないが、軽蔑はされたくないので、俺だって、とは言わなかった。
「そういう話じゃなくて、俺が不運だって話だよ」
「そんな女を好きになるからいけないのっ」
「ああ、そう」
 もしかして珠美ちゃん、俺が好き? 二十歳ぐらいの女の子に恋されても、おじさん、困るんだけど。
「あたしの大学の友達、男なんだけど、そいつもあたしじゃない女に恋してるんだよ」
「ふむ」
「あんな女のどこがいいんだろ」
「珠美ちゃんはその男が好きなの?」
「好きっていうか、友達だよ」
「友達の定義ってのはどこにあるわけ?」
 うーむ、と考え込んでから、珠美ちゃんは俺の腕を叩いた。
「そんなむずかしいことを言わないで。男ってのは女を見る目がないから、あたしはむかつくんだよ。三沢さんの友達も、そんな淫乱女にひっかからないようにしなくちゃね」
「淫乱って……」
 友達、とだけ話した章のことも、珠美ちゃんは悪しざまに言った。
「女を見る目のない三沢さんの友達も、頭悪いよね。三沢さんもだよ。もう中年なのに、女を見る目を磨けないとカスをつかむよ」
「はい、ご忠告感謝します。あのさ……」
「なに?」
「いえ、いいです」
 ひょっとしたら珠美ちゃんって、自分以外の女に恋をする男はみんな馬鹿に見えるのだろうか。そんな女もいるのだからして、これ以上愚痴るのはやめよう。


「ユニョンちゃん、久しぶり。また会えて嬉しいよ」
「三沢さん、私も会えて嬉しいです。フォレストシンガーズのご活躍も嬉しいです」
 数年前に本橋さんがはじめてひとりで、プロモーションのために韓国に出張した。手ごたえもあったとのことで、その後には全員で韓国に出向いた。その際にプライベートタイムの通訳兼ガイドとしてついてくれたのがユニョンちゃんだ。
 当時は日本語を学ぶ学生だったユニョンちゃんは、五人の中では俺が好みだと言ってくれて、デートしてもらった。あれから二年ほどになるのか。ユニョンちゃんは大学院生になっていた。
「俺よりも日本語、上手だもんな」
「日本人より上手なわけはないですけど、乾さんにはむずかしい言葉も教わりました。乾さんはお元気ですか」
 三日間の休暇で韓国に来たのは、ユニョンちゃんに会いたかったからではない。会えればいいなと思ってコンタクトを取ったら会ってもらえただけで、僥倖だったといえる。近い外国に来たのは、日本ではできないことをしたかったから。
 日本ではできないことといえば、たとえばひとりで街を歩いたり、地下鉄に乗ったり、映画館に入ったり。この前にソウルに来たときにだって、日本ではやりにくくなっていたのが、今ではなおさらだ。フォレストシンガーズは売れたから、俺たちも顔を知られたから。
 その事実は嬉しいけれど、窮屈だなぁ、なんて、贅沢にも考えてしまう。韓国でも我々はありがたくも人気があるようだが、東京よりはひとり歩きはしやすいのだ。
「やっぱ乾さん?」
 みんなで女性と知り合うと、俺はよく質問する。この中では誰が好み? ユニョンちゃんにも質問して、乾さんではなく三沢さんと言ってもらって嬉しくてデートに誘ったのに。
「いえ、そういうわけでもないんですけど……」
「乾さんは元気だよ」
「ご結婚はなさってないんですよね」
「フォレストシンガーズでは、乾さんと俺が独身です」
「木村さんは?」
「あれはまあ……今んとこは章も独身。俺だとご不満ですか」
「そんなことはありませんっ!!」
「あ、ごめんね」
 ガキみたいにすねてしまっている自分がみっともなく思えて詫びてはみたものの、乾さんの名前を出していたユニョンちゃんは、頬がうっすら赤らんで綺麗だった。章は彼女が整形していると言っていたが、俺にはそうは思えなくて、ただ、化粧が上手だなぁ、と思えるのだった。
「これ、プレゼント。乾さんの顔も歌も満載だからね」
「きゃあ、嬉しい。韓国では売ってませんよね」
「日本でも未発売ですよ」
 日本ではもうじきリリースされる、ニューアルバムと付録のDVDだ。これが完成したから休暇が取れた。そのセットをプレゼントすると、ユニョンちゃんは感激の面持ちになってくれた。
「三沢さんは純粋に、休暇なんですか」
「まあ、そうだけどね」
 章の恋がかなったら、カップルに曲を捧げようとも考えていた。俺は作詞は得意だが、作曲はあまりしない。けれど、本橋さんの想いをあらわしたインストゥルメンタルのみのピアノ曲を聴いて、これもいいなぁ、やってみたいなぁ、と思ったのだ。
 幼稚な対抗意識かもしれない。売りものになるほどの曲は書けないかもしれない。だから、ひとりで街を歩いたり、ユニョンちゃんとデートしたりしてできた曲を、ワオンちゃんと章に捧げるおためしバージョンってことで。


2

 韓流は日本でも流行しているから、俺の周囲の人間も俺自身もなにかしらの関わりはある。ただし、韓国語ができないので、知り合いと会うにも通訳が必須だ。知り合いというのか、単なる通りすがりにすぎないようなつながりの、ミヨンちゃんとデートするのもふたりきりではできないのだった。
 社長の奥方が韓流ドラマに夢中だったころ、社長が提案した。
「人気のあるのは来てくれないだろうけど、それほどでもないのだったら出てくれないかな。うちの女房が言うんだよ」
 あなたは芸能プロダクションの社長なんだから、韓国の俳優さんにだって会えるんじゃないの? と言われた社長がたくらんだのは、我々のプロモに韓流俳優に出てもらおうとのことだったのだ。
 どうにかツテをたどって出演してもらったのが、ミヨンちゃん。韓国男のやけにかっこいい俳優もくっついてきていて、社長と奥さんと彼とが食事をしたようだが、男のほうの名前は忘れた。社長も食事についていったのは、奥さんが浮気しないかと心配だったからか? 奥さんがその気になっても俳優が……以下、省略。
 あのころは無名だったミヨンちゃんも男の俳優も、特に人気者になってはいないようで、日本まで名前が聞こえてくることもなかった。
「キム・ミヨン……知りませんね。女優さんなんですか? 調べてみます」
 ユニョンちゃんの調査によって判明したミヨンちゃんの現在は、舞台女優。映画やテレビにも出演しているそうだが、ユニョンちゃんも知らない程度らしい。
「所属事務所に電話をしたら折り返し電話があって、フォレストシンガーズの三沢さん? 覚えてます、会いたい、って言ってましたよ」
「会いたいと言ってくれるんだったら俺も会いたいな」
「私も同行します」
「そうしてくれないと会話がなりたたないから、お願いします」
 そのようないきさつで、三人デートをしている。
 両手に花とはこれだ。弥生さんと古都さんとの三人デートもよかったけど、高いところの妙齢のご婦人ふたりよりは、低いところの妙齢の女の子ふたりとのほうが倍ほどはいい気分。弥生さんや古都さんには口が裂けても言えないことを考えながら、俺は心地よさに浸っていた。
「乾さんはお元気ですか?」
「ミヨンちゃんも乾さんか。はい、お元気ですよ」
 プロモではミヨンちゃんの相手役は乾さんだった。このほっそりした美人とからんで絵になるのは、悔しいけれど乾さんがナンバーワンだ。もっとも、プロモでは乾さんはミヨンちゃんにひと目惚れし、あとから出てきた男優に横からさらわれる役なのであるが。
「日本は楽しかったわ。韓国の歌手や俳優は日本でのほうが人気の出る場合もあるから、私も日本で暮らしたい。映画のオファーは来てるんですけどね」
 そこまで、ミヨンちゃんの言葉を訳してくれてから、ユニョンちゃんは彼女に話しかけた。
 ほっそり背の高い女優と、女優よりは背が低く、体重はおそらくこちらのほうが多いであろう学生とが、女同士の話をしている。
 日本人の女同士であれば、お邪魔ではないのなら俺も話に参加させてもらう。コスメであろうとファッションであろうと、ペットであろうとインテリアであろうと、映画や音楽やテレビドラマであろうと、俺はたいていのガールズトークについていける。
 が、韓国語会話だとお手上げだ。随所にわかる単語が混じってはいるものの、文章としては頭に入ってこない。帰国したら韓国語の勉強をしようかな。お隣の国の言葉がちんぷんかんぷんだって失礼だよな。韓国には日本語をある程度話せるひと、けっこういるのに。
 所在ないのでそんなふうに考えながら、カフェにいる人々を眺める。カラフルなファッションの化粧の濃い若い女性たち、日本の若者と大差ない感じの若い男たち。パーマヘアの中年女性たちがお喋りをしている。サラリーマンのおじさんらしき男性たちも、なにやら喋っている。
 人々の話声の喧騒の中に、日本語が聞こえてきた。印象的なイントロに続いてはじまったのは、桜田忠弘の「オンザビーチ」だった。
「桜田さんでもいいから、ここに来てくれないかな。話し相手がいないよぉ」
 その声が聞こえたようで、日本語をしっかり理解してくれるユニョンちゃんが言った。
「あ、ごめんなさい」
 ちょっと待ってね、とでも言ったのか、ミヨンちゃんに声をかけてから、ユニョンちゃんは俺に向き直った。
「桜田さんって、この歌の桜田忠弘さん?」
「そうだよ」
「知り合いなんですか」
「うん、共演したこともあるよ」
 テレビの歌番組でもご一緒した。フォレストシンガーズの若き日を描く深夜ドラマにも、桜田さんは自ら出演したいと言って役を得た。彼の役柄は章が関わるライヴハウスの不良中年オーナーで、俺もゲスト出演して彼と関わることに決まっていた。
「俺はライヴハウスの客の役なんだ。当時の章は女の子バンドで唯一の男のメンバーをやってたんだよね。で、章はバンドの女の子たちと喧嘩をする。女の子に蹴飛ばされてひっぱたき返そうとした章の腕をつかんで、やめろ、と一喝する。それが俺の初登場シーンだよ」
 そのあとで若き日の章を演じるVIVIに振り払われてころぶ、というところまでは言わずにおいた。
「三沢さんって大物なんですねぇ」
「いやぁ、それほどでも……」
「私は桜田さんのファンなんです。サインがほしいって言っていいですか」
「いいよ。サインしてもらって送ってあげる」
「嬉しいっ!!」
 その話題は脱線していたのであるようで、ユニョンちゃんは口調を改めた。
「なんだかね、このひと、三沢さんを利用しようとしてるようで……」
「利用?」
 ミヨンちゃんは日本語はほとんどできないようだが、それでも警戒したふうに、ユニョンちゃんが話してくれた。つまり、ミヨンちゃんは俺に取り入って日本に来て、日本でスターになりたいと考えているようなのだ。だからこそ俺とデートしたいと言ったらしい。
 本国では人気者になれるほどでもなく、映画やテレビでも端役ばかり。彼女が所属する劇団も小さなもので、ミヨンちゃんは役者では食べていかれないのだそうだ。
「俺に取り入ったって、役者の世界とはちがうんだし。俺なんかじゃ歌手になりたいって女の子の力にもなってあげられないよ」
「フォレストシンガーズは大物じゃないですか」
「大物ではありません」
「そうなんですかぁ?」
「スターのサインをもらうにしたって、桜田さんだったら可能だけど、会ったこともない女優なんかだったら気が引けて頼めないよ」
 カリコ・キリコだったら、桜田さんに頼むという手段はあるが、俺は彼女には恐れ多くて頼みごとなどできない。シンガー同士だって、俺には恐れ多くて口もきけない相手は多々いる。たとえばアイドルにもお高い奴はいて、フォレストシンガーズ? けっ、とか言って笑い飛ばす奴もいる。そういう問題は相手の人柄とも関わってくるのであろう。
 そうなんですねぇ、と呟いているユニョンちゃんを、ミヨンちゃんが見ている。今度は彼女が会話に入り込めなくなっていたミヨンちゃんに、ユニョンちゃんが俺の台詞を通訳してあげていた。
 どこの国でも芸で売るってのはきびしいね。俺たちも立場上、頼りにされることも多くなった。リーダーにも章にもシゲさんにも乾さんにも、さまざまなふうに、世に出るために力を貸してほしい、と頼んでくる人間がいるようになった。
 本物の実力、またはそれに準ずるなにか、そのようなものを持っていれば、自然と世に出ていけるはず……とも言い切れないのが、この世界のむずかしいところかもしれない。


 三人デートはほどほどで切り上げて、ユニョンちゃんとふたりになった。
「三沢さんは韓国のドラマは見ます?」
「前にヒデさんが……」
 アマチュア時代のメンバーだったヒデさん、とは、事前にユニョンちゃんに話してあった。
「月の町、タルトンネっていうんだよね。そのドラマを日本で放映するための曲を書いたんだよ。ヒデさんにあのドラマは見せられたけど、他はあまり見ないな」
「タルトンネ? えーっと……どんなドラマ?」
 すべてに於いて自由奔放な韓国のキャリアウーマンが、シゲさんのように朴訥な男と出会って愛されて、本当の幸せを手に入れるという主題だった。
「ああ、それだったら見ました。あの主題歌がヒデさん?」
「ヒデさんの書いた曲は日本版の主題歌だよ。逆輸入されたって話は聞かないな。こんな曲」
 詞はついていないその曲をハミングしてみせる。暗い町のシルエットの上にぽっかり浮かぶ、黄金の月のイメージだ。
「きゃあ、いいなぁ、それ、CDになってます?」
「CDとして売ってはいないけど、ドラマのDVDにだったら入ってるよ。俺はヒデさんからデモCDをもらったから、コピーして送ってあげる。桜田さんのサインもね」
「嬉しい。三沢さんと知り合えてよかったっ!!」
 そう言ってくれるのは嬉しいが、桜田さんとヒデさんの曲のおかげか。複雑な気分ではあった。
「韓国ドラマは見ます? って訊いたのは、この近くに韓国の時代劇に出てくる街並みがあるからなんです」
「時代劇か。そこに行こうよ」
 寒いからタクシーに乗った。漢字では北村、韓国語では「プッチョン」と発音するその町は、韓国の貴族の住んでいた場所なのだそうだ。
「日本の時代劇だったらけっこう見るよ」
「私、桜田さんが主演していた「佐々木小次郎」を見ました」
「俺も見たよ」
 どうやらユニョンちゃんは熱狂的桜田忠弘ファンであるらしい。今までは言わなかったのは、俺ごときは桜田忠弘のそばにも近づけない存在だと思っていたから? いや、ひがみすぎか。
 数年前に桜田さんが演じた佐々木小次郎、俺も見たそのドラマの話をしているうちに、タクシーがプッチョンに着いた。この近辺には宮殿もある。すこし足を延ばせば大統領官邸もあるとのことで、これから夕食までは観光だ。タクシーに待っていてもらって、ユニョンちゃんとプッチョンを歩いた。
 ほうぼうを回って快く疲れて、ユニョンちゃんと夕食。マッコリバーに出向いて乾杯して、俺は本日訪れた場所の感想を語る。韓国料理も美味で、微炭酸マッコリがほどよく回っていい気持ちだった。
「俺はやっぱり、喋ってるのが快適なんだよね」
「私も三沢さんとのお喋り、最高に楽しいです。三沢さんの恋人って幸せですよね」
「どうして?」
「一緒にいたら楽しいから」
 じゃあ、俺の彼女になる? 日本についてくる? 言ってみたいけど、本気にされたら困る。章はそのうちには結婚するかもしれないが、俺は一生独身かもな。乾さんもそんな俺につきあってくれる? 
  

3

 その腕で人さまにギターを聴いてもらう? そうしてギャラをいただく? 犯罪だろ、てめぇ、と、加西チカさんは章のギターの腕前を評する。
 プロに言わせると章のギターはそれほど惨憺たるものであるらしく、俺も章には、おまえ、下手だな、としか言いようがないのだが、俺のギターの腕は章以下だ。歌は章よりうまいからいいんだもん、俺はシンガーだもん、ハモニカもうまいもん。
 楽器にはこだわりのない俺は、ギターがうまくならなくても痛痒はない。章はギターが好きすぎるから、下手なおのれが哀しいのであろう。
「だからね、旅先ではこれ」
 最終日の今日、俺はホテルまで迎えにきてくれたユニョンちゃんにICレコーダーを見せた。
「旅先ではこれに、思いついたフレーズを吹き込むんだ」
「聴かせてもらっていいですか」
「いや、断片ばかりだからさ。それよりも今日は先につきあって」
「どこに?」
「たしかこっちに……」
 まあまあ高級なホテルのある通りの近くにある店はおよそは覚えた。目的の店に行くまでの間、母や妹や美江子さんに頼まれた化粧品やら、シゲさんと恭子さんのお望みのキムチやら、その他諸々の土産を買う。ユニョンちゃんにも白いコートをプレゼントした。
「食事代も全部出してもらってるのに……」
「コートはボーナスだよ」
「ありがとうございます」
 売れてないころには彼女とデートしても、今夜のホテル代、足りるだろうかって心配していた。学生時代は割り勘でも、社会人になればデート費用は俺が払いたい。見栄を張りたがる俺の経済状況を察して、そっと一万円札を出してくれたひともいたっけ。
 あれは蘭子だったかな。蘭子ちゃんは結婚して子どもも生まれて、猫と同居もして幸せなんだろ。俺のことを思い出してくれたりもする? フォレストシンガーズのファンでいてくれる?
 あのころと比べれば、俺は裕福になったよ。休暇に韓国へ旅行して、ガイドしてくれる可愛い女の子の経費も全部出して、プレゼントもできる。俺の虚栄心はそれで満たされて、ユニョンちゃんも感激してくれるんだから言うことなしさ。
 ちょっとは稼げるようになった俺、という事実から、若いころの恋人のことを思い出す。若くて貧しかったあのころ、俺の隣には愛するひとがいて、胸の中には夢と希望があふれていた。
 センチメンタルになりかけて、おまえには似合わないよ、と自分を笑って、一旦ホテルに戻って大荷物を置いてきた。フロントに頼むと、日本に送る手配をしてくれるという。今は俺には彼女はいないから、かわりにといってはなんだが、弥生さんに特別なお土産を買った。
「これで土産は完了。ユニョンちゃん、ありがとう」
 現地人だけあって、ユニョンちゃんは頼りになった。そんなの、高いですよ、あっちの店のほうがお得です、だとか言ったり、値切ってくれたりもした。
「特別なプレゼントって、どなたにあげるんですか」
「心の恋人。彼女、うーんと年上の既婚者なんだよ」
「三沢さん、不倫はいけません」
「そうだ。韓国では不倫は罪になるんだよね」
「日本でも罪でしょうに」
 黒に近い深い紫の薔薇を描いたストールは、妖艶なマダムに似合いそうだ。弥生さんが受け取ったら笑ってくれるだろう。弥生さんのフルオットさんだって、シャレが効いてるなぁ、と笑うだろう。
 そんな仲の女性なのに、わざと意味深に言ってユニョンちゃんに心配させる。
 荷物から解放されて再び、ふたりして歩き出す。目当ての店の前で、ユニョンちゃんは俺の顔を見つめた。えーっと、ああ、さっきの話、とでも言ったのか、韓国語でひとりごちてから、彼女は言った。
「ここでギターを買うとか?」
「当たり。ユニョンちゃん、鋭いね」
「ギターなんて荷物になるのに」
「ユニョンちゃんって弟がいるんだろ。彼にプレゼントするよ」
「え、そんな……」
 うちの弟、ギターがほしいって言ってるんですけど、まだ中学生だから、とユニョンちゃんが昨夜話していたのから思いついたのもあった。
 あまりにも貧しかったらギターの衝動買いはできないだろうけれど、さほどに高い買い物でもない。俺はユニョンちゃんに聴いてもらいたいんだから、ICレコーダーに断片的には吹き込んである曲を形にして、ギターで演奏したい。
 演奏に乗せるのは俺の歌。楽器店に入っていって、店員さんが勧めてくれたギターを買って、俺はユニョンちゃんに尋ねた。
「歌えるところ、ないかな?」
「公園でだったら……」
「歩いていける?」
「行けますよ」
 なんとなくびっくりしているようなユニョンちゃんと、またしても歩き出す。
 これが今回の旅行での、ユニョンちゃんへの最後のプレゼント。俺はプロの歌い手なんだから、歌はプレゼントになるよね? 下手なギターはご愛嬌ってことで許して。
「三沢さんのオリジナル?」
「そう。この旅で書いた曲なんだ。歌詞は考えてなかったけど、即興でつけるよ。韓国での恋人だったユニョンちゃんに捧げる「冬のソナチネ」です」
「ソナタじゃなくて?」
「小さな身体の俺が作った、小さなソナタ」
 ふたりで歩いていると、恋人同士かな? と誤解してくれるひともいただろう。若い彼女だね、いいな、とうらやましがる男もいたはずだ。自分に都合のいいことだけ考える癖を出して、俺は公園のベンチにすわってギターを弾いた。
 スキャットと短いフレーズの歌詞をつけて、俺は歌う。この曲はユニョンちゃんに捧げたのだから、章とワオンちゃんには別の歌を書こう。そっちは「冬のセレナーデ」。うん、タイトルだけは完成した。


END




 

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~ Comment ~

NoTitle

私は基本おおざっぱだからなあ。
男だし。
割り勘と言っても、こんだけ出すからこれだけ頂戴。
と、私が多めに出します。
おごる時はおごります。
テキトーかつ私らしさを出す会計ですね。

見る眼ねえ。。。
人に良いも悪いもないと思いますけどね。
人付き合いに良いも悪いもないように。
要するに異性であろうがなかろうが、
どの枠に収まるかが大切なのだと思います。

LandMさんへ2

こちらにもどうも、ありがとうございます。

バブルのころに若者だった世代くらいまでは、恋人じゃなくても男性がおごってくれるほうが多かったんですよね。
男女大勢で飲みに行くと、女性は少なめでいいと言われたり。

要するにあのころは、男女平等じゃなかったわけで。
今もまあ、収入格差はありますけど、男女差というよりも仕事の差みたいな感じですし。

人に良い悪いはない。
含蓄深いお言葉ですね。やはりすべてに於いて、ものごとは多面性をもって見るべきなんですよね。
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