ショートストーリィ(しりとり小説)

109「告白」

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しりとり小説109

「告白」


 お母さんの話し、聞いてくれる?
 お父さんが生きていたころの話よ。あのころはお母さんはもうじき四十代、俗に言うミッドエイジクライシスってやつだったのかしら。あら、お母さんだって新聞も読むしテレビも見るんだから、そんな言葉は知ってますよ。

 三十代も終わりに近い年頃で、あなたたちは高校生と中学生だったわね。手はかからなくなったけど、お金がかかる。お母さん、パートに行ってたでしょ?
 もちろん、あなたたちの教育費を稼ぐためだったんだけど、パートに出るとちょっとは服装にもお化粧にも気を使わなくちゃいけなくなる。一応は自分の稼ぎがあるんだから、お小遣いとしておしゃれにお金を使うのは楽しかったものよ。

 お父さんとはお見合い結婚で、愛してるだのなんだのとは思ったこともない。そんなの、あのころは普通だったわ。今でもそういう夫婦、けっこういるんじゃない? 日本人は欧米ほどに、愛してるから結婚とは言わないものよ。そうでしょ?

 そんなころにね、お母さん、一生一度の恋をしたの。
 独身時代につきあっていた男のひとはいたけど、あなたたちのおじいちゃんがうるさかったから、デートだってろくにできなくて、外泊なんてもっての他。淡い交際だったわよ。その相手にだって恋をしていたってほどでもなかったんでしょうね。

 そのころは自由恋愛なんて言葉ができて、私も彼もやってみたかっただけだったのかもしれない。なんとなく別れてしまって、私はあなたたちのお父さんとお見合いして結婚し、彼もきっと別の女性と結婚しておじいちゃんになってるんだろうなぁ。

 会ってみたい気もするけど、もしかしたらもう亡くなってしまったかもね。私たち、そん年齢になったのよね。

 ああ、話したかったのはその彼のことじゃなかった。お母さんの一世一代の恋のことよね。
 中年の恋なんだから、独身時代のような淡いものじゃなかったわよ。正直に言うわ。ホテルにだって行きました。

 あなたたちはまったく気づいてなかった? 娘ふたりとはいえ、中学生には無理かな。高校生だったあなたも気づいてなかった? そうなのねぇ。もしかしたら薄々……だなんて、薄氷を踏むような想いであなたたちの顔色を窺ったこともあったけど、気づいてなかったんだ。

 もちろん、お父さんはなんにも知りませんよ。人間、妻や夫以外のひとと恋なんかしていると配偶者にはむしろ優しくなるって言うじゃない。お母さんもその通りだったから、お父さんは言ってたかな。

「お母さん、このごろ機嫌がいいね。やっぱり主婦業だけやってるよりも、外で働くと若々しくなるみたいだ。大変だろうけど、お母さんの収入があると僕も助かるし、がんばってくれよ」

 なんてね、なつかしいわ。

 彼はお母さんに、離婚して俺と一緒になってくれ、って言ってくれたわ。真剣だったの。お母さんも彼も、心からお互いに恋してた。

 でも、そのあとだったのよね。お父さんの癌が見つかったのは。なにもお母さんの恋のせいじゃない……浮気だの不倫だのとは言いたくないの。あれは恋なんだから。
 そう、お母さんが別のひとに恋をしたせいで、お父さんが病気になったわけじゃない。そんなの当然だけど、癌になったお父さんを見捨てるなんてできるはずないじゃない。

 だからね、自然に彼とは別れてしまったの。悲しかったけど、そのあとはお母さんは忙しかった。お父さんを見送り、あなたたちも学校を卒業させて結婚させた。彼と別れた哀しさはそのおかげでまぎらわせたわ。

 そうして、あなたたちも子どもを産んで中年のおばさんになった。私もようやく落ち着いたおばあさんになって、誰かに告白したくなったのよ。
 後悔はまったくしてないの。人間、一生に一度くらい、本気の恋をするべきだわ。彼のほうだって……錯覚だったとしてもいい。勘違いだっていい。私は信じてる。あのひとときは、彼も私も真剣に本気の恋をしていたのよ。

「軽蔑する?」

 そこまでの母の打ち明け話を聞いて、私は微笑んでかぶりを振った。この告白が二十年、三十年前になされていたとしたら、お母さん、不潔!! とでも叫んだのかもしれないが、今はまるで心も波立たない。母も微笑んで私を見つめているので、本心から言った。

「お母さん、やるじゃない。かっこいいかもよ」
「……そう言われるとは思ってなかったかな」

 ちょっとだけ気の毒なのはお父さんだけど、なにも知らずに逝ったのだからよかったのではないだろうか。知らないことはなかったこと、なのだから。

次は「く」です。

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
今回はいささか毛色がちがっていまして、どこの誰というわけでもない老年の母と中年の娘です。
不倫っていけないことなのでしょうけど、私は昔から、友人の不倫話などを聞いても嫌悪は抱きませんでした。

「不倫をする者は人にあらず。人格を否定したってかまわない。不倫している人と友達づきあいをしているとは、その人も不道徳である」なんて思想はまったくありません。不倫と聞くと異様にヒステリックになる一部の方(たいていは女性ですね、事情も気持ちもわかる気はしますが)を不思議に思って、こんなのを書いてみました。
私がこの主人公の中年女性の立場だとしたら……主人公に同感です、たぶん。







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NoTitle

私も、既婚者が恋におちてもそれは事故のようなもので、仕方ないと思います。いや、恋をするのって、人間として当たり前の事ですもんね。
自分から求めて探すのはちょっと、美意識に反するけれど。

素敵な人にであって、誰にも迷惑を掛けずに恋をするのは、いいんじゃないかな^^ 男も女も。

ああ~、でも、それを娘に話してしまうのは、私にはちょっと無理かも。
友達になら言っちゃうけど。
でも、お互いそれくらいの年齢になったら、もしかしたら言ってしまえるのかもしれませんね。

limeさんへ

いつもありがとうございます。
既婚者の恋愛についての考え方は、limeさんと私は似ていますよね。
まー、このお母さんは恋愛に免疫がなくて、ありふれたパート先での不倫を「至高の愛」みたいに思ってる痛いおばさん、ともいえるわけですが。

だけど、一生一度、私は本当の恋をしたのよ、と思っているのは幸せだともいえますよね。

私もこういう話は、聴かされるんだったらいいんですけど、我が子に話したいとは思いませんね。
そういう意味では、そんな話のできる友達もいないの? と受け取れるんですよね。

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