ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSカクテル物語「エメラルドクーラー」

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フォレストシンガーズ

「エメラルドクーラー」

 二十歳になったのだから酒を解禁。近ごろは世間一般に飲酒禁煙にはきびしいので、麻田洋介も未成年のうちはドラマでさえも酒を飲んではいけなかったのだそうだ。

「そっかぁ、そんなに若いんだな」
「乾さんとはひと回りちがうんだよね」
「ひと回りってのは古い言い回しじゃないのか? なにがひと回りだか知ってるか?」
「えーっと、時計?」
「干支だよ」
「それだよ」

 なにがそれなのか知らないが、洋介は身を乗り出した。

「俺、今度ホストの役をやるんだよ」
「似合いそうだな」

 演技も歌も下手なくせに、とうちの事務所の後輩であるフルーツパフェのモモちゃんに罵倒され、大喧嘩になった洋介ではあるが、人気があるのでドラマにも出演する。麻田洋介主演のドラマを熱心に見るファンは、彼の演技力に注目しているのではないのだからいいのだろう。

 去年、フォレストシンガーズも男五人、洋介の所属するアイドルグループ、ラヴラヴボーイズも男五人というただそれだけの共通点ゆえに、雑誌で個別に対談した。乾隆也も彼もグループのNO.2といえるポジションだからということで、俺の対談相手は彼、ステージネームポンだったのだ。

 初対面では互いにあまり好印象ではなかったのだが、洋介のほうが妙になついてきたので親しくなった。公には名乗っていない彼の本名も知り、フォレストシンガーズのみんなは彼を洋介と呼ぶようになっている。

 ヨシ、ポン、かっちゃん、ロロ、さあや、と愛称のみを名乗っている彼らのうち、ヨシとかっちゃんとは多少の交流もある。本橋がヨシをカラオケボックスに連れていったり、テレビ局で一緒になってかっちゃんが俺たちの楽屋に相談にきたり。

 ロロとさあやとは挨拶をかわす程度だが、アイドルグループとヴォーカルグループというまったくの別もの男五人組同士は、まあまあ親しくしているほうだ。特に洋介はなれなれしいというか、こりない奴というのか、俺が説教しても本橋がなにかしらで叱って殴りつけてもなつきにくる。

 身長は俺と同じくらいだから特に高いわけでもないが、脚は長い。当代アイドルナンバーワンになるのも当然なほどに整った顔をしていて、やんちゃな不良っぽさも女性受けしそうだ。声は甘く太く響きがいいのだが、いかんせん歌唱力が……。

 というような奴だが、売れっ子ホストを演じるにはうってつけだろう。彼はこのままどこかのホストクラブに出ても大丈夫だと思える。若くて表面は人当たりもよく、笑うと可愛げもあり、性格も悪くないというふりができるのだから。

「そいつ、カクテルに詳しいって設定なんだよね。俺は酒ってのが好きじゃないんだよ。ビールもうまいと思わないし、ワインだと悪酔いするし、吟醸酒とかってのも変な味だから、缶チューハイや缶カクテルだったら嫌いでもないかなってとこ。だからさ、乾さんはカクテルに詳しいんだろ。乾さんって薀蓄おじさんだって三沢さんも言ってたよ。教えてよ」
「それって、それか」

 つまり、なにがひと回りなのか知ってるか? 干支だ、と俺が言ったのを示しているのだろう。すなわち、乾隆也は薀蓄おじさん。二十歳から見たら三十代はおじさんであろうから、反論する気もないが。

「じゃあ、かっこいいバーテンダーさんのいる、カクテルを飲ませる店に連れていってやろうか」
「うんうん。俺は甘いカクテルだったら好きだよ」
「甘いカクテルってのは本来は女性向きで、男の客が伴ってきた女性に……ま、いいか。行こう」

 タクシーの中では、俺は自分自身の二十歳のころを思い出していた。
 三月生まれの俺が二十歳になったのは、大学三年生になる春だった。将来は歌手になりたい……確固とはしていなかった夢を抱き、好きな古歌の学問もやっていた。短歌もソングも歌は歌。俺は歌というものが大好きなのだ。

 合唱部の活動も学問も、アルバイトも忙しかった。多忙だということは日々が充実してるってこと。金はなくても楽しくて、酒といえば安いウィスキーかビールがもっぱらで、特に美味だと感じなくても、大人の男は酒を飲むのが当然だ、それも友人とのコミュニケーションだと考えていた。

 三年生ならば後のフォレストシンガーズの面々が全員そろっていて、未成年の後輩たちとだって飲んだ。やたらに酒の強い土佐の鯨、下地はあったらしくて、じきに土佐の鯨に負けない酒豪になった三重県の酒屋の息子、ヒデとシゲ。

 このふたりはともかく、身体が小さくて十八にも見えない幼いタイプだった幸生は、無理をして飲んで気持ちが悪くなったり、真っ青な顔をしてそれでも笑ったりはしゃいだりしていた。

 二十歳になれば本橋はいっぱしに飲めるようになっていたから、俺は幸生以外には酒量では完全に負けていた。あのころの大学生には酒だって食いものだって、量をいけるのが男らしいと勘違いしている奴もいたっけな。

 それっぽっちしか食わないのか、それでもおまえは男かよ。
 乾さん、飲んでないじゃないですか。そんなだったら土佐では男として認めてもらえませんよ。
 ヒデ、無理強いしたら駄目だろ。
 ふひぃ、俺、もう駄目。ヒデさん、おんぶぅ。

 仲間たちの声がごっちゃになって聞こえてくる。あれから十年以上がすぎて、土佐の鯨はどこでなにをしているのだろうか。

「あ、ここで止めて下さい」
「ここ? 店は?」
「あっちのほうだよ。タクシーを乗りつける店じゃない」

 車を降りて洋介と歩き出す。運動神経抜群なアイドルはバネの効いたすらりとした筋肉質で、たまに一緒にジムに行くと嬉々としてトレーニングをこなす。歩き方もダンスしているようだ。

「乾さん、タクシーで黙ってたじゃん? 機嫌悪かった?」
「いや」
「金がないとか? 俺、おごるよ。教えてもらうんだしさ」
「ガキが生意気言ってんじゃねえよ」

 わざと乱暴なもの言いをすると、洋介が口をとがらせる。ガキじゃねえもん、と不満げな口ぶりはガキでしかなくて、俺は先に立ってバーのドアをくぐった。

 従業員は男性ばかり、かといってホストクラブではない。昔ながらの正統派バーだ。この時刻だと客はまばらで、ピアノのそばの席に案内された。
 細身で粋で、少々崩れたムードもあるバーテンさんが、いらっしゃいませ、とあいさつしてくれる。洋介はいささか緊張しているようで、俺に尋ねた。

「なにを注文したらいいの?」
「今夜の俺の服装にマッチしたカクテルを作って下さい、とか?」
「気障……うげ、かゆい」

 冗談のつもりだったのだが、では、と応じたバーテンさんが洋介の前にカクテルを置いた。俺にはスコッチのオンザロックを出してくれ、軽いつまみも並べてくれた。

「エメラルドクーラーです」
「俺の……あ、これ?」
「お客さまの服装は黒いですから、黒のカクテルというよりもそちらを……」
「気障っつうか、おしゃれとも言うのかな」

 洋介の耳に光る小さな宝石をイメージしたカクテルか。エメラルドいろの酒を灯りにかざして、洋介が言った。

「この店、よく来るの?」
「たまにね」
「乾さんの声ってエメラルドグリーンだって言わなかった?」
「自分ではピーコックグリーンだと言ったよ」
「似た色だろ」
「まあ、そうだね」
「そのせいもあんのかな。憎いね」

 芝居がかった言い方をして、洋介がグラスに口をつける。ひと口飲んでふーん、と呟いてから、バーテンさんに言った。

「俺、誰だか知ってます?」
「存じておりますよ」
「動じないんだね。そりゃそっか。俺さ、今度ドラマでカクテルを作るのがうまいホストの役をやるんだ。このルックスもだけど、何人もの女の見た目や性格にぴったりのカクテルを作ってやって惚れさせるわけね。そういうの、得意なひとっている?」

「私は昔……ちょっとだけ……」
「なに? ホストやってたの?」
「ほんのちょっとですが」
「おわっ、聞かせて聞かせて」
「乾さん、よろしいんですか」
「バーテンさんさえよろしければ、レクチャーしてやって下さい」

 では、と彼は洋介に向き直り、質問をどうぞ、と促す。洋介としては俺がそうと知っていてここに連れてきたのだと思っているようだが、俺だって初耳だ。しかし、このバーテンさんだったらホストも似合いそうに思えて納得だった。

「女、泣かせたの?」
「泣かせてはホスト失格ですよ」
「そっかぁ、うんうん、ためになるよ。メモしとこっと」

 売れに売れているアイドルは仕事をなめているふしがあると思っていたのは、俺の偏見だったのだろう。仕事のためと、好奇心のためもあるのか、目をきらきらさせてバーテンさんの話に聞き入っている洋介は、エメラルドクーラーの色にふさわしくきらめいていた。

END







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