ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSカクテル物語「エックス・ワイ・ズイ」

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フォレストシンガーズ

「エックス・ワイ・ズイ」


 こんな顔をして、このおっさんはカクテルも得意なのである。こんな顔とは、無精ひげをはやした愛想のかけらもないオヤジ顔だ。では、どんな顔だったらカクテルを作るのが似合うのかと問われても困るが、このおっさんは焼酎か泡盛かどぶろくあたりが似合うのはまちがいない。

 神戸の港近くにあるバー、「Drunken sea gull」、日本語にすれば「酔っぱらいカモメ」だ。俺が神戸に住み着くようになってひいきにしているのは、俺にもこんな無愛想オヤジのバーが似合うからだろう。

 勤務している電気屋でバイトしている大学生の高畑新之助に勧められてブログをはじめ、フォレストシンガーズをネタにし、この店もネタにするようになってから、「Drunken sea gull」では何人ものひとと出会った。学生時代の友達や後輩、俺のブログを読んでファンになってくれたという、変な感覚のひととも知り合った。

「XYZっていうんですか?」
「ラムと、キュラソーと、レモンジュースの、いたってシンプルなカクテルでしてな、エックス・ワイ・ジーは、アルファベットの終わり。すなわち“最後のカクテル”という意味。「これ以上のものはない、最高のカクテル」というわけです」

「マスターが考案したの?」
「いやいや、どっかのバーテンが考えたんでしょ。ラムをブランデーに変えたら、「サイドカー」。「エックス・ワイ・ジー」に使うてる材料の比率を変えると「マイアミ」にも変化するんですわ」
「さすがに詳しいですよね」

 白いカクテルを前に、マスターはカクテルについての能書きを口にしている。このおっさんは女性客にはやや愛想がよくなり、カクテルの話になるとさらに饒舌になるとは、最近になって知った。

 ヒデさんがうちの店をブログに出すから、客が増えてえらい迷惑や、とはマスターは言わないが、考えているに決まっている。客商売をしているくせに、彼は店を繁盛させたくないらしい。それでも、女性客と俺とが店の中にいるのはいやではないらしく見えていた。

 最高のカクテルが飲みたいな、とマスターに頼んだのは、俺の婚約者だ。ブログがらみで親しくなって俺のほうから恋をし、プロポーズをして承諾してもらった。ただし、彼女、小山田三津葉は東京在住の漫画家で、結婚はできてもたやすく同居するわけにもいかなくて、婚約者関係が長くなってきていた。

「ヒデさんが離婚していて、子どもさんがいるってマスターはご存知ですよね」
「知っとりますよ」
「……そういう男性の気持ちは、マスターには理解できますか」
「できんこともないわな」

 平素でも客に話しかけられると、マスターはぼそぼそっと答える。女性客相手だと返事の言葉数が多くなり、優し気になる。性別によってその程度の差はあるわけだ。

「マスターの過去ってどんななのかなって、ヒデさんがよく気にしてますよ」
「わしの過去なんか、噛みすぎて味のなくなったスルメみたいなもんや」
「……面白いたとえですね」

 マスターについては過去どころか、俺は本名も知らない。この店で彼の息子らしき男と出会ったので、姓が同じなのかもしれないとは思うが、それだって定かではないわけで。

「私、漫画家なんです。ペンネームは蜜魅っていうんですけど、マスターは知りませんよね」
「女の漫画は知らんなぁ。あしたのジョーやとか巨人の星やとかやったら読んだことはあるけど」
「あ、そうなんですか」

 そんな漫画だって、マスターが読んでいたとは俺は知らなかった。

「漫画家だから、いろんなひとの人生に興味あるんですよ。マスターってご結婚されてます?」
「いや」
「結婚経験は?」
「……む」

 笑ったのか怒ったのか、ひとつの文字で応じて、マスターはギターを手にした。
 幸生は長時間無言でいると、口の中が干潟になってムツゴロウが飛び跳ねると言う。幸生に負けないくらいによく喋る乾さんが、時々はワンフレーズ言葉しか喋ってくれなくなると嘆いていた。

 ワンフレーズどころか、マスターは一文字だ。彼は幸生とは逆で、長く喋っていると口が疲れてくるのだろうか。三津葉はごめんなさい、と呟いて黙ってしまった。

 マスターには話しかけても、三津葉は俺には顔を向けない。俺は誰とも喋らない。三津葉が「Drunken sea gull」に行きたいと言うので案内してくる途中で、ちょっとした口喧嘩をしたからだ。
 きっかけは俺のもと妻と娘のこと。三津葉は俺の過去をしっかり理解してくれてはいるが、婚約者にもと妻と娘がいるというのは嬉しいことではないだろう。離婚したら妻は他人だが、娘とは絶対に縁が切れないのだから。

「木村さんはお父さんに絶縁されてるって聞いたけど、それって感情的なものなんだよね」
「戸籍から抜くってことはできるらしいけど、それでも親子は親子だな」
「わかるけどね……」
「どうしてもいやだったら……」
「別れたいの?」
「別れたいと思ってるのは三津葉やろ」
「……」

 そこで黙ってしまった三津葉は、店に入ってからはマスターとしか話していないのだった。
 XYZ……アルファベットのおしまいの三文字。そんな名前のカクテルを作るとは、このおっさんは俺にいやがらせをしているのか。店内に流れる沈黙の空気を、マスターのギターがゆるやかに動かしていた。

 なんだろう、このメロディは……俺はウィスキーを飲みながら考える。そうだ、これも「XYZ」じゃないか。やっぱりこのおっさんのイヤミなのか。五十代か六十代だかは知らないが、いい歳のおっさんにすれば新しい曲を選んで弾いているではないか。


「さびしくなったら またここに来ればいい」と
 カッコつけすぎの アナタらしい 別れ方ね

 ワタシが贈った 青い服 着てくれたの
 最後のやさしさ こんな時 イヤミじゃない?

 じゃれあって キスをして 愛を誓った
 あの時が すべての 始まりだった
 「ずーっと好きさ」とささやいたアナタの唇 誰のものになるの?

 ABC 恋の始まりは みんな 主人公で
 XYZ 恋の終わりには 誰か エキストラね

 さびしくなっても もうここに戻らないわ
 あなたのほうから やって来る日を待ってる

 悲しくはないんだ クヤシイだけ
 最後まであなたが 強がるから
 オンナの前で涙流せる強さだって アリじゃないでしょうか?

 ABC 恋の始まりは みんな 主人公で
 XYZ 恋の終わりには 誰か エキストラね
 ABC 恋の始まりは 永遠を信じてたわ
 XYZ 恋の終わりには 出口さがしてるの

 アナタの香り 熱いシャワーで洗い流そう」

 なんのつもりやねん、マスター?!
 問い質してやろうかとマスターに顔を向けると、ひと足早く三津葉が言った。

「そんなのいや。ヒデさんはこの歌、知ってるよね」
「ああ。三津葉も知ってるんか」
「歌詞も知ってるよ。いやだから」
「こんなふうにはなりたくないって意味で?」
「そうだよ」

 カウンターの下から手が伸びてきて、俺の手がぎゅっと握られた。

「俺も別れたくなんかないけど、おっさんが聴いてるから出ようか」
「うん、そうだね」

 実はちょっとだけ残念なのは、三津葉が向けた水にマスターが乗ってくれなかったからだ。彼もバツイチだったりするのかと、答えを聞いてみたかったからだ。
 けれど、マスターの過去よりも三津葉との仲が大切なのは言うまでもない。XYZのカクテルと歌が、恋の終わりにつながったりしなかったのはラッキーだったのだろう。

END









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