ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSカクテル物語「シャンディ・ガフ」

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シャンディガフ
フォレストシンガーズ

「シャンディ・ガフ」

 ビールとジンジャエールを混ぜた酒だというのだから、強くはない俺にはちょうどいいだろう。パナシェと似たカクテルだと聞いて、ああ、あのロックバンドの名前はそれなのか、と思い当った。

「パナシェ、パナッシェだっけ? そんな名前のロックバンドを思い出したせいか、ステージにいるあいつが似てる気がしてきたよ」
「誰に似てるんですか 木村さん?」
「そのバンドのヴォーカルの奴。あいつ、ハーフだろ」
「そうみたいですね」

 暇つぶしに入ったライヴハウスというのか、ライヴもやるバーというのか、といった感じの店だ。明日も仕事だから酒を飲んで潰れて寝てしまうと遅刻する恐れがある。だから酒は軽いのにして、ソフトなロック、その昔のAORのような曲を演奏しているのを聴いていた。

「AORってなんですか?」
「アダルトオリエントロックっつうんだったかな」
「アダルト?」
「大人の意味のアダルトだよ。AVじゃないぜ」

 これでもバーテンなのであろうが、アルバイトだろうか。カウンターのむこうにいる若い男は、音楽を聴かせる店で働いているくせになにも知らない。古いネタだから、俺が知っているほうがおかしいのかもしれないが。

 パナシェだかパナッシェだかいうバンドは、一時的に売れていたと聞いている。俺だってリアルタイムで知っているわけでもないのだが、中古レコード屋で見つけたアルバムを聴いてみた。女? と思ったヴォーカリストは男で、えらく綺麗な顔をしていると感じた。

 綺麗でも男には興味はないが、今、演奏しているバンドのヴォーカルが、そのポールに似ているのだ。パナシェとシャンディ・ガフの差くらいに?

「こんばんは、バーテンさんがあなたのことを教えてくれました。僕に興味を示してくれたって」
「ああ。まあね」

 演奏が終わると、彼が俺の隣にやってきた。アマチュアなのか、セミプロ程度なのか、そのぐらいだと客に挨拶をしたり雑談したりする場合もよくある。俺は十九からアマチュアロックバンド、二十一からはアマチュアヴォーカルグループにいたから、客と話をしたこともあった。

 ロックバンド時代にだったら、楽屋に入り浸っていた女の子をお持ち帰りしたりしたなぁ。フォレストシンガーズではそんなことをしたら先輩からお目玉を食らうから、内緒でやったりもしていた。俺はポールと名乗ったヴォーカリストに言った。

「似てると思ったら、名前まで同じだな」
「誰と?」
「知らないのか? 意識してないの? ポール・ハンプシャーだよ」
「……さあ?」
「きみらのバンドの名前は? 関係ないのかな」

 「アルスター・ヴァッサー」(Alsterwasser)と綴るバンド名はドイツ語だそうで、俺には意味がわからない。ポールが教えてくれた。

「あなたが飲んでるそのカクテルの名前ですよ」
「だったら……きみは知らなくてもバンドの誰かは意識してるかもな。どっちでもいいけど、きみもなにか飲めば?」
「ありがとうございます」

 音が嫌いだとハナもひっかけたくない。音が気に入っても知り合ってみて性格がよくなかったらつきあいたくはない。けれど、無名のロックバンドには肩入れしたくなることもよくある。他のメンバーは近づいてこないし、ポールは意外に礼儀正しい奴だと感じる程度だが、酒をおごってやるくらいはいいと思えた。

 いつからやってるの? いつもあんな感じの曲? 誰かが曲を書いてるの? 俺がここに入ってきたときの歌、よかったな、きみの声に曲調が合ってるね、優しい声だな、なんかこう、けだるい感じがけっこう好きだよ、そんな話をぽつぽつしていると、ひとつずつ丁寧に応じていたポールが言った。

「木村さんって音楽関係者ですか」
「あれ? 俺の名前を知ってるんだ」
「バーテンさんに聞きましたけど、なんの仕事をしてる方だかは知りません」
「スカウトってわけじゃないから、喜ぶなよ」
「……そうですか」

 こういう人種に話しかけると、期待させてしまうこともある。女だと色仕掛けをされる場合もあって、俺もいくつも経験している。むこうは俺を利用しようとして近づいてたらしこもうとしてるのに、俺はその気になって恋愛だと思ってしまったり。

 もう女にはそんなふうには話しかけまい、と思ってしまったり、なのにまたもや、歌い手志望の女の子に恋をしてしたたかに裏切られたり。あれは裏切られたというよりも、俺が身勝手にも思い込んだのかもしれない。最近の俺の女とのつきあいはそんなのばかりだ。

 輝きかけた目の光が失せたように思えるのも、俺の勝手な憶測か。俺が何者なのかは告げず、むこうも追及はせずに、ぽつぽつ話しながら飲んでいた。

「ポール……」
「あ? あ、うん、行くよ。木村さん、失礼します」
「あ、ああ、うん」

 小声のバーテンダーに呼ばれて、ポールが立っていく。細い背中を目で追っていくと、ポールは恰幅のいい男に走り寄って彼の胸に手で触れた。

 うん? ポールは男なんだから、こういった機会での女との出会いとはまったくちがうと思っていたけれど、まったくちがったりはしなかったのだろうか。噂によると、パナシェを脱退したあとのポール・ハンプシャーは音楽関係者の愛人になったとか? ポールも関係者も男だが、英米ロック界では珍しい話でもない。日本でだってなくもないらしい。

「俺、そんな趣味ないし」
「え? ああ、そうなんですか」
「そうなんですかって……」

 そう思っていたから、バーテンは俺の席にポールを呼んだのか。しかし、さらに有力な金づるが来店したから、ポールをそっちに行かせたのか、もしかして、ここってそういう店?

 はじめての店ってのは得体が知れないこともあるのだと、俺はなかなか学ばない。都会は怖いんだよな、と、東京暮らし二十年近い三十代シンガーの俺は思う。どこかしら、俺は稚内のロック兄ちゃん気質をひきずってるんだな。

 苦笑いして店を出る。ちらっと振り向くと、ポールは恰幅のいい男に寄り添って、泡立つ酒のグラスを手にしていた。


END






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~ Comment ~

NoTitle

誰の一人称かな、と思っていたら、章でしたか。
章も、このバーテンにしてみたら、ポールにお似合いの男に見えたのでしょうか。
やはりロック界、いや音楽界にはそういう気のある人たちって、多いのかな。
それもアリですね。
でも章は、どう転んでもやっぱり女性の方がいいかな^^

NoTitle

酒と恋の話が合いそうだ。
・・・と言っても、私の近隣は田舎だから、
ビールと混ぜたものってあんまり売ってないんだよな~~~。
仕方ないから、冬は焼酎かウイスキーにホットを混ぜて飲むのですが。
酒の肴にくだらない話をする。
そういう情景が浮かぶのも話の良さを感じます。

limeさんへ

コメントありがとうございます。

読み返してみるとよく、あ、これ、誰だかわからなーい、となるときがあります。私の癖なんですね。
最近は気がついて、早めに「木村さん」「あのな、幸生」なんてひとことを入れるようにしています。
一人称だと気を付けないといけませんよね。

はじめて章が入ったこの店は、たぶん男性に男性をお世話するということもしている場所、かな?
章はたしかに、同性は似合いませんよね。本人も、俺に関係ないところでやっててくれ~、と叫んでますから(^^ゞ

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

ふらりと知らない店に入り、お店のひとや相客とコイバナをする。
雰囲気がのいい店だったらいいですよね。
私はそういう経験はなくて、お酒と会話は知人、友人とばかりですが、知人や友人が紹介してくれた初対面の誰かとだったらあります。幕末の話なんかしてました。

冬は焼酎かウィスキーのお湯割りですか? 季節柄にはそっちのほうが似合いますよね。
私は年中、安いスパークリングワインか、赤ワインをソーダで割ったものを飲んでいます。一ヶ月に二回くらいしか飲みませんが、炭酸が好きなのです。
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