ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSカクテル物語「ラスティ・ネイル」

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ラスティ
フォレストシンガーズ

「ラスティ・ネイル」


 ドランブイとは、歴史ある有名なウィスキーリキュール。それを使用した比較的新しいカクテルではあるが、「ラスティ・ネイル」とは俗語では「古めかしい飲み物」。直訳すれば「錆びた釘」。

 室生愛風、ムロウ・アイフウ。モデル出身の俳優でもあり、新人シンガーでもある。オフィス・ヤマザキ所属ではないのだから私がお世話をする立場ではないが、フォレストシンガーズが休暇中で別のシンガーの担当をしていて知り合った。

 オフィス・ヤマザキの所属シンガーは、テレビに出る機会は少ない。それでもたまには、ということで杉内ニーナさんがテレビの歌番組に出演した。ニーナさんは彼女になついてきた愛風くんを飲みにいこうと誘っておいて、あ、先約があったんだった、美江子ちゃん、愛風くんをお願い、と押しつけられた結果なのだった。

 スコッチウイスキーとドランブイをステイした甘口で強いカクテルの講釈を聞いていたのは、言い出しにくかったからなのだろうか。バーテンさんの解説を聞き終えた愛風くんは、私の顔を見ようとはせずにぽつぽつ語りはじめた。

 彼女には前世の記憶があるんだと言うんですよ。前世の記憶? 勝手に言ってろ、ってなものなんでしょうけど、彼女だったらそんなことがあってもおかしくもない。そんなひとなんだ。山田さんは彼女を知っていますか? 映画監督の娘で、彼女も新進映画監督です。

「哀憂さん? アイユウさんなんですね。I と YOU なのかな。その字は本名ですか」
「そう」
「なんかすごいなぁ。僕もアイフウだけど、本名ではありませんよ。本名は愛人。愛人って書いてアイトなんだから、僕も普通じゃないってか、親もよくも、こんな恥ずかしい名前をつけたってか、なんですけどね……」

 新人を売り出すために、彼なり彼女なりを映画に出すという手はよくある。愛風くんもそのために、アイユウさんの父親が監督をつとめる映画に出演していた。

 そうやって僕が喋ってるってのに、アイユウさんはいつの間にかどっかに行っちまった。僕がつまんないことを言ったから? そうかもしれないけど、悔しいじゃないですか。それからは僕は彼女を見かけるたびに近づいていって、話しかけたんだ。

 お父さんの手伝いをするためでもなく、映画に出演するためでもなく、勉強のために彼女は現場に通っていたみたいですね。彼女はものすごく無口なんで、なんにも教えてはくれないんだけど、周りのひとが話してくれました。
 まだ彼女は映画は撮ってないみたい。え? 監督作品がなかったら新進映画監督とはいわないって? いいじゃないですか、時間の問題なんだから。

 一生懸命話しかけているうちに、彼女も僕の相手をしてくれるようになりました。嬉しかったな。僕もそんなに忙しくもないから、出番がなくてもロケ現場に行ったりして、彼女と話をしていたんです。

「前の私は平凡な主婦だったんだ」
「へぇ、意外だな」
「意外? そんなもんさ。でね、次はどんな人生がいいか? って訊かれたんだよ」
「誰に?」
「誰にでもいいだろ」

 あまり突っ込むと話をしてくれなくなりそうだから、しつこくは訊きません。神さまに訊かれたのかな。

「そんときには答えたよ。もういいよ。せっかく望み通りに五十代で死んだんだから、もういい。もう一度の人生なんてもういらない。寝てるほうがいいよ」
「……死ぬって、寝てるみたいなもの?」
「そうさ。だけど、どうしても生まれ変われって言われたんだ。私の魂って特別上等らしくてさ、このまま滅びさせるのはもったいないって。いらねえんだよ、そんなの」
「ふーん」

 さらっと言うんですよ。いかにもつまらなそうに、望み通りに五十代で死んだとか、魂が特別上等だとか……すげぇ。かっこいい。

「だからね、そんなら芸術家がいいって言ったんだ。努力なんか嫌いだから、天性の才能のある芸術家。その通りに生まれてきちまった。私が映画監督になるのはほんとのほんとに運命なんだから、なるしかないんだな。ああ、めんどくせぇ」
「めんどくせえの?」
「めんどくせえだろうがよ。ま、この人生も五十年足らずで終わるはずだから、生きてる間はやるけどさ」
「……かっこいい」
「下らなねえ」

 もうもうもうもう、僕、駄目。恋しちゃいましたよ。
 美江子さんは勅使河原晋さんって知ってます? そうそう、その勅使河原監督の娘です。お母さんは女優の井出真綾さんですね。お父さんの才能とお母さんの美貌を受け継いだんだもんな、そりゃあもう、最高に恵まれてますよね。

 お父さんの顔とお母さんの頭を受け継がなくてよかったね、ってのも、勅使河原さん夫妻にはあてはまりませんよ。お父さんも男前だし、お母さんは才女女優だって言われてたんですものね。僕は真綾さんの若いころって知らなかったけど、哀憂さんに恋して調べたんです。

 そっかぁ、美江子さんは勅使河原哀憂さんを知らないんだ。知るわけないって? 駄目ですよ。不勉強ですよ。ああ、そだ、見せてあげる。はい、これ。

 見せてくれたのはスマートホンの画面。枯れ枝みたいに細くて背の高い女性が写っている。新進気鋭映画監督、勅使河原哀憂、代表作、未定、とのコメントは皮肉なのだろうか?
 スマホの画面は大きいとは言いにくいので、写真もわかりやすいとはいえない。ベリーショートヘア、ノーメイク、タンクトップにジーンズ、無表情な彼女は、今どき流行りの美人かもしれなかった。

 コメントのしようがないと思っている私に、アイフウくんが熱っぽく語りかけた。

 もちろん、彼女はもてますよ。めっちゃライバルもいるんだろうな。僕は年下だから不利なのかもしれない。だけど、彼女への恋心は僕を強くしてくれるんです。
 もてもての彼女なんだし、こだわりってのが浅いみたいなんですね。男と寝るのは平気みたいだ。妊娠さえしなかったら問題ないみたいに言ってたけど、僕とは寝てくれないんだな。

「どうして僕とはセックスしてくれないの?」
「めんどくせえから」
「どうしてあいつとだったら寝たの?」
「しつこくて、断るのがめんどくせえから」
「僕もしつこくしたいよっ」
「うるせえな」

 僕だとこんな扱いを受けて、彼女はふらっとどこかに行ってしまうんですよ。彼女、足が速いんだ。こんな女性とは生まれてはじめて会いましたよ。僕は絶対、絶対に彼女を落としてみせます!!

「美江子さん、なにを笑ってるんですか?」
「笑ってないよ。ふーん、ほんと、すごいねぇ」
「彼女? すごいでしょ。なんていうのかな、尊敬? 憧れ? 僕だってこの顔なんだし、歌手になれたぐらいなんだからもてましたよ。だけど、今までの女なんかは全部、彼女に恋した途端に色褪せたんだ。悪いけど、こうして一緒に飲んでる美江子さんだって、ただのおばさんにしか見えませんよ」
「それでいいけどね」

 恋は盲目とはよくいったもの、なのだろうか。それとはまたちがうのか。盲目というよりも、彼女の張った煙幕のようなものに目をくらまされているとか?
 若いねぇ、アイフウくん。その経験も今後の糧になるだろうから、どしどし恋をしなさい。おばさんは遠くから見守っていてあげるからね。

 ラスティネイル、古めかしい飲み物。アイユウさんの手は古いようでいて、新しい味つけもしてあるのか。本人には手練手管であるとの自覚もなく天然なのか。
 いつの時代にも恋には「錯覚」や「勘違い」の部分があるのだから、アイフウくんが燃えているのはそれはそれで幸せなのだろう。バーテンさんの微笑にも、同じ意味が含まれていたのかもしれない。

END




 
 

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~ Comment ~

NoTitle

ふふ。ラスティネイルで語られる恋のお話。良いですねえ。
アイのつく名前はインパクトありますよね。
知り合いでいらっしゃるのですが、苗字では絶対に呼ばれない。
アイフウくん、落とすまで頑張ってね。

ラスティネイルといえば、Xジャパンのライブオープニングだなあ。
カラオケで歌えるようになりたい曲の一つです。
住んでいるところから1時間弱で行ける、素敵なレストランの名まえでもあります^^

けいさんへ

コメントありがとうございます。
ラスティネイルって名前のお店があるのですね。
カクテルの名前だから店名にしたのでしょうか? いつかその国に行ける日が来たら、そのお店にも行ってみたいです。

Xジャパンはちょっとだけしか知らなくて、曲となるとほとんど記憶にないんですよね。私はHIDEが好きでしたが、亡くなってしまったんですよね。

アイのつく名前の男性がひとり、友人にいます。
彼も確かに、みんなに姓ではなくて名前で呼ばれています。

恋は錯覚、カンチガイ。
まさしくそれを絵に描いたような、愛風の恋心ですよね。冷めた目で見ている美江子は、本当におばさんになった証拠だったりして(^o^)
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