別小説

ガラスの靴33

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「ガラスの靴」

     33・復縁

 ジムなんてところに来るのは初体験だから緊張する。僕には得意なことというのは特にないけれど、苦手なものならいくつもあって、特に運動は嫌いだった。

「笙、腹が出てきたんじゃないのか?」
「そ、そうかな? 運動不足かなぁ。胡弓と一緒におやつを食べて、胡弓と一緒に昼寝して、カロリーも多すぎるのかもしれない。だけど、僕はもとが細いから、ちょっとぐらいおなかが出てきても大丈夫でしょ」
「大丈夫じゃねえんだよ。おまえは細くてすっきりした体格なのがとりえなんだ。おまえのとりえったらその若々しくて綺麗な身体と、ガキっぽくて可愛い顔だけじゃないか。太るのは厳禁。ブタになったら離婚だ」
「えええ……そんな……」

 じゃあさ、僕が年を取って醜くなったら捨てるの? 潤んだ瞳で見上げてみたら、アンヌは言った。

「年を取るのは止められないんだからしようがないけど、体型はコントロールできるだろ。トレーニングしろ。ジムに行け。金は出してやるから、ほのかや知可子が行ってるってジムに行け」
「ほのかさんと知可子さんって仲良くしてるの?」
「ふたりともシングルマザーだから、気が合うらしいよ」

 おばさん体型で三人の子持ち、小説家になりたくて離婚したという知可子さんと、最初から結婚する気はゼロで子どもを三人産んだ、しかも子どもたちの父親がみんなちがうという確信犯、ほのかさん。
 タイプはまったく異なるが、共通点はあるわけだ。知可子さんはこれ以上太らないため、ほのかさんはスリムなボディを維持するためにジムに通っていて、アンヌにも紹介してくれた。が、アンヌはそんな暇もないので、僕に行けと言うのだった。

 いやだなぁ、運動は嫌いだなぁ、ではあるのだが、これ以上たるんだボディになると離婚されてしまう。妻ではあっても主人である、稼ぎ手の奥さまの命令には従わなくちゃ。専業主夫はつらいね。

「胡弓はあたしが見てるから、行ってこい」
「アンヌも一緒に行こうよ」
「あたしはステージで死にそうなほど運動してるからいいんだ。文句を言わずに行け」
「……はい」

 仕方なくやってきたジムで、トレーナーがついてくれて基礎のトレーニングをやった。くたくたに疲れ果てた僕を見て、僕よりはやや年上に見えるお兄さんトレーナーが言った。

「プールにほのかさんやと知可子さんが来てらっしゃいましたよ。笙さんは泳げるんですよね」
「ちょっとはね」
「プールでクールダウンしてこられては?」

 更衣室やシャワールームは男女別だが、トレーニングルームは一緒だ。僕がトレーニングしていた部屋には、このひとに較べたら知可子さんだってスリムだよ、と思えるような、トドみたいな身体つきのおばさんやら、ボンレスハムみたいなおばさんやらもいた。

 トレーナーに勧められて、僕も水泳パンツに着替えてプールに行く。半そで半パンの競泳用ふう水着の知可子さんが知らない男性と話をしていて、ほのかさんは泳いでいるようだった。

「ああ、笙くん、紹介するよ。佳士くん」
「ケイシくん? こんにちは」
「こんにちは。新垣アンヌさんと結婚してるって、笙くんですよね」
「そうだよ」

 アンヌはロックバンドのヴォーカリストなので、僕は音楽業界でもけっこう有名だ。新垣アンヌの専業主夫の夫ということで、ファンの間でもわりに知られている。佳士くんはこのジムでほのかさんや知可子さんと親しくなったのだと言っていた。

「それでね、相談してたんですよ。僕の好きな女性はシングルマザーだから」
「佳士くんって独身?」
「ええ」

 三十代だろうか。彼も水泳パンツ姿なので素の体格がよくわかる。二十三歳の僕よりはだいぶ年上だろうに、引き締まっていてかっこいい。背も高くてきりっとした顔立ちで、うらやましい男前だ。

「笙くんにも話してやってよ」
「ええ」

 促されて、佳士くんが話してくれた。
 大学時代に佳士くんがつきあっていた女性は、優亜さんという。テニスサークル仲間の優亜さんは美人で快活で性格もよくてもてまくっていたのだが、佳士くんだって頭脳明晰でかっこいいのだから、告白にうなずいてくれて恋人同士になった。

 だが、佳士くんは大学を卒業しても就職はせず、大学院に進んだ。大学院……勉強の大嫌いな僕には大学を卒業してまで勉強するとは地獄の責苦以上だとしか思えないが、大学院に行くひとも世の中にはけっこういる。ほのかさんも外国の大学と大学院を卒業しているそうだ。

 優亜さんのほうは大学を卒業して一流企業に就職し、それでもふたりはつきあっていた。
 ところが、ま、よくある話で、学生のまんまの彼氏に頼りなさを感じた優亜さんは、別の男性に恋をしてそのひとと結婚してしまう。佳士くんはふられてしまったらしい。

「それから他の女の子とつきあってみたりもしたけど、優亜ちゃんほどのひとには出会えなかった。僕はほんとのほんとに優亜ちゃんが好きなんだ。好きだった、じゃないんだ。今でも好きなんだ」
「そうなんだ」

 こっちは優亜さんを知らないのだから、そうとしか反応できない。

「あれから十年。僕は優良物件らしくて、女を紹介するって言われたり、見合いを持ち込まれたりもするよ。三十五歳になろうとしてるんだから、いい加減身を固めろって上司にも言われる」
「佳士くんってなにしてるひと?」
「東証一部上場企業のサラリーマンだよ」

 トーショーイチブジョウジョウ、聞いたことはある言葉だが、僕の世界には関係ない。つまり、大きな会社で働いているということだろう。

「こういう会社で働いてると、女は独身でもいいみたいなんだけど、男は家庭を持ってることが求められるんだね。こういう企業ってむしろ体質が古いんだ。だけど、僕は優亜ちゃんくらいの上等な女性としか結婚なんかしたくない。そんな女、そうそういるものでもない。だから独身を貫いていたんだけど、先日、優亜ちゃんからメールが来たんだよ。離婚したんだって」
「へぇぇ」

 この十年、いろんなことがありました。佳士くんとは年賀状のやりとりだけしかしてなかったから、細かいことは知らないよね。敢えて幸せそうにふるまっていたんだもの。
 でも、結局は離婚してしまったんだから、幸せだった時期はほんのちょっとだけ。

 子どもは三人だってことは、年賀状に書いたよね。小学生が三人いるからかなり大変。もちろん私が三人とも引き取って、必死で育ててます。
 一生懸命やってはいるけど、時々は弱音を吐きたくなるの。
 あなたは独身なんでしょ? 彼女はいるの? いたとしたらその女性に悪いからできないけど、フリーなんだったら相談に乗ってくれますか。

 そんな文面のメールだったと話す佳士くんの声を、いつの間にかプールから上がってきていたほのかさんも聞いていた。ほのかさんは水色のシンプルな水着で、とってもプロポーションがいい。ほのかさんと知可子さんは年齢も変わらないはずだが、見た目は大違いだ。

「返信はしたんだよ。ごくあっさりと、彼女はいません。優亜ちゃんは子どもさんがいて夜も忙しいだろうけど、もしも時間があったら食事でもしましょう、ってね」
「すごいよね」
「うん、たいしたもんだ」

 なにがすごくてたいしたもんなのか知らないが、ほのかさんと知可子さんはうなずき合っていた。

「僕としては今すぐにでも優亜ちゃんに会いにいきたい。僕にできることだったらなんでもしてあげたい。優亜ちゃんの子どもたちにだったら会いたい。五人で遊園地なんかに行けたらいいなぁ。だけどね、離婚して間もない女性の心の隙につけ込むようなことはしてはいけないんじゃないかとも思うんだ。シングルマザーだとモトカレが接触してくるのなんて迷惑でしょ」
「佳士くんは迷惑だとは思ってないの?」

 質問したほのかさんを、佳士くんはきょとんと見返した。

「なんで僕が迷惑? 僕は優亜ちゃんに頼ってもらえて嬉しいよ」
「……だったらいいわよ。ご自由に」
「優亜って女がどんな感じになってるのか、佳士くんは知ってるの?」
「彼女が結婚してからは一度も会ってない。はじめての子どもが産まれたときに母子の写真で年賀状が送られてきたから、そのとき以来彼女の姿は見てないよ。あのときの優亜ちゃんは神々しいほど綺麗だったな。あれから十年近くたつんだから、さらに大人らしく母親らしくなって……どんなに素敵なお母さんなんだろ。会いたいけど……迷惑だろうなぁ」

 うっとりと想像しているらしい佳士くんに、知可子さんが言った。

「優亜ちゃんの実家って裕福なんじゃないの?」
「昔は相当な金持ちだったんだけど、お父さんが病気になってお金がかかったらしいんだね。闘病の甲斐なく亡くなられたから、お母さんは貧しくなってしまわれて、小さいマンションに引っ越されてひとり暮らしだって聞いたよ。優亜ちゃんはお母さんには頼れないんだろうな」
「優亜ちゃんって仕事は?」
「仕事はしてるみたいだけど、詳しくは知らないよ」

 離婚して三人の子を引き取った知可子さんは、優亜さんとは似た立場だ。ただし、知可子さんの両親は金持ちなので、実家に頼りまくって子育てをしたらしい。その件でアンヌの義妹の操子さんが怒っていた。

「知可子さんみたいに恵まれた女、なかなかいないからね」
「あんたみたいに強すぎる女も、なかなかいないよね」
「ありがとう、知可子さん」
「どういたしまして、ほのかさん」

 なぜだか女性ふたりは微笑んで頭を下げ合っている。知可子さんとほのかさんが上げた顔には皮肉な笑みがはりついていて、僕にはもうひとつ意味がわからなかった。

「僕はいても立ってもいられない気分なんだけど、優亜ちゃんに会いにいくには時期尚早なのかな。彼女は男どころじゃなくて、母として子どもたちを育てるのに無我夢中でしょ。僕も協力してあげたいんだけど、下心があると思われたくないしな」
「下心ね」
「……ふむ、いや、佳士くん、一度会ってみたら?」
「ってか、なんで離婚したのかは知ってるの?」
「そんなこと、訊けないよ。でも、亭主が悪いに決まってるんだ。優亜ちゃんは耐えに耐えて、耐えかねて子どもたちを連れて家を出てきたんだよ」

 作家になりたくて離婚した知可子さんの場合、知可子さんが悪いとも言えない。作家だなんてちゃらちゃらしたこと、許さん、と言ったらしき知可子さんの夫も、一方的に悪いわけでもない。離婚ってむずかしい問題だからなぁ、と僕は思う。佳士くんは立ち上がり、泳いでくるよ、とプールのほうに行ってしまった。

「笙くんはどう思うの?」
「どうって……優亜さんがものすごく太ってたりしたらどうするんだろうなって」
「それもあるよね。それもあるけど、すっげぇしたたかな女だよ。ほのかさんも真っ青ってか」
「私を引き合いに出さないでよ」
「うん、種類が違うか」

 したたかな女……僕にはその意味もわかりづらい。
 僕の周囲の女性たちはたいていが強いが、強いとしたたかは別ものか。強かと書いて「したたか」と読むそうだが、ニュアンスはちがっている。

 けれど、強くはない女性もいるもので、操子さんみたいな立場のひとも大勢いる。親にも頼れず三人もの子どもを育てていかなくてはならないのだから、モトカレに相談するくらいはいいのでは? 疑問を口にすると、ふたりのシングルマザーが異口同音に言った。

「相談ですむわけないし……」
「佳士くん、詰めが甘そうだよね」
「ねぇ……」
「……ねぇ」

 このひとたちにはなにもかもお見通しのようだが、僕にはやっぱりその意味が読めないのだった。

つづく






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~ Comment ~

NoTitle

ふうむ。私も体形コントロールは大変ですね。
最近またバランスが崩れているのですが。。。
体重コントロールと体形は大切ですからね。
男にとっては。
それを維持するのも大切です。
それがダンディズムってもんです。
|д゚)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

お、LandMさんも体型コントロールにはご苦労なさってるのですか?
男性は食事よりも運動重視でしょうか?
私の身近にはトレーニングおたくがいますので、あれこれ教えてくれます。
先日教わった背筋と腹筋を一度に鍛える運動は、きついけど効果ありそうな感じですよ。
ダンディズムのためにもがんばって下さいね。
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