ショートストーリィ(しりとり小説)

107「未練」

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しりとり小説107

「未練」


 もてたことなどは大学生までは皆無だったので、女性から告白されて舞い上がっていたのかもしれない。大学を卒業して就職し、地方勤務から中央の本社に戻った二十五歳のある日、取引先の女性に言われたのだった。

「井上さん、彼女はいるんですか?」
「いませんよ。就職してからは仕事一筋だったんですから」
「ほんとかな」
「ほんとですよ」
「実は結婚してたりして?」
「僕がですか? 僕はまだ二十五ですよ。独身、彼女ナシ、ってか、彼女いない歴は二十五年です」
「……二十五歳なんですね」

 同じ職場ならば自然に、同僚の年齢を知るものだろう。けれど、彼女は別会社だ。関連会社ではあるが、互いのプライベートなどを知る立場ではない。彼女は僕が二十五歳だと知って、いささかショックを受けているように見えた。

「田辺さんだって僕と変わらないでしょ。同じくらいの年齢ですかね」
「……そう見えます?」
「同い年くらいかなと思ってました」

 実は少々年上かと思ってはいたのだが、女性には実際に見えた年齢よりも下に言うのが礼儀だと教わっていた。田辺さんはむにゃむにゃとごまかし、その日はそれだけですんだのだが。

「井上さんのこと、好きになってしまったみたいなんです」
「……ありがとうございます」
「迷惑じゃありません?」
「いいえ、嬉しいです」

 そう答えたときに彼女の表情がぱっと晴れたのが、僕には可愛らしく映った。高校や大学のときに女の子とデートくらいだったらしたことはあるが、つきあうまでは行かなかったし、告白というものはしたことはもちろん、されたことなどまったくなかったので、感激していたのもあった。

「じゃあ、今夜、「味彩」でゆっくり話しましょうよ」
「いいんですか」

 両方の会社の社員が親睦のために、何人かで入ったことのある和風居酒屋だ。彼女から恋人の有無を訊かれたときにも、数日後の今日も、彼女の会社のカフェテラスで話していたから、落ち着ける場所に移りたかったのだ。

「あの、こうして改めて会えたってことは……」
「えと、田辺さんは……」
「おつきあいしてもらえたら嬉しいです」

 だったら、あなたの年齢を教えて、と冗談っぽく切り出すべきだった。けれど、まあ、年上だとしてもちょっとだけだろうし、深刻につきあうわけでもないだろうし、とうやむやにしてしまったのだ。

 二十五歳の男は女性とつきあっても、おおむねは結婚までは考えていないものだ。二十代後半の女性はどうだか知らないが、当時の僕は、二十代だったら男も女も気楽につきあって、将来のことは三十になってから考えればいいと思っていた。

 営業補助的な事務職の田辺さんは、社員としても有能だったらしい。取引先同士の社員恋愛が禁止されていたわけでもないのだが、なんとなく面映ゆくて内緒にして、僕らはゆるーい感じでつきあっていた。
 頭が良くて気働きもできて、思いやりがあって優しくて、それほどの美人ではなくてやや太目だけど、あたたかみもあって母と触れ合っているような安心感も与えてもらえた。

 無理しなくていいのよ、と言ってくれて、デート費用は割り勘にしてくれた。僕はまだ社歴が浅くて収入だってよくはない。彼女、田辺奈摘さんのほうが、もしかしたら給料は上だったかもしれない。なのだから、彼女の誕生日やクリスマスにだって、レストランやホテルの費用も折半していた。彼女はそれで不満ひとつ口にしなかった。

 いい恋人ができたと嬉しかったのもつかの間、人間は贅沢に慣れてしまうものなのだ。その上にその時期に、人生初のもて期が到来してしまった。

「井上さんって彼女、いるの?」
「まあ、一応はいますよ」
「なーんだ、つまんないの」

「恋人、います?」
「ええ、まあね」
「わぁ、残念。告白しようと思っていたのに」

 女性からのそんな質問、本気だとしか思えない告白もどき、そのような出来事が立て続けにあり、僕は悩ましくなった。若い美人もいた。才気煥発のキャリアウーマン候補生みたいなひともいた。三人の女性に彼女いるの? と質問されたのは、僕がもてるようになったってことだ。

 誰かに聞いてみようにも、男友達に言うと嫉妬されそうだ。職場の同年輩女性には言いづらいし、まさか奈摘さんに話すわけにもいかない。そうしているうちに四人目の女性に、井上さん、フリー? ええ? 彼女いるの? がっかり、と言われて、ついにそう言ってくれた女性に話してしまった。

 四人目のその女性は、奈摘さんと同じ会社のひとだ。部署は異なるので奈摘さんを知らないかな、と思って話したのだが。

「え? 営業三課の田辺さん? 井上さんって田辺さんとつきあってるんですか」
「そうなんです。内緒ですよ」
「へぇぇ、かなり年上でしょ?」
「かなりでもないと思うけど、僕は井上さんの年齢を知らないんですよね」
「嘘っ、信じられない」

 一年近く前に奈摘さんから、好きになったと告白されたのと同じ、彼女たちの職場のカフェテラスだ。この席は他の場所からは見えにくく、会話も周囲には聞こえないということで、社内のカップルが密談に使ったりもすると奈摘さんから聞いていた。

「一年もつきあってて、田辺さんの年を知らない? 訊かないの?」
「彼女が言わないから……高橋さんは知ってるんですか」
「そりゃあ知ってますよ。井上さんは二十六でしょ。田辺さんは十ほど年上ですね」
「……え」

 そこまで年上だとは想像もしていなかったので、けっこうなショックだった。
 訊かなかった僕が悪いのか、言わない奈摘さんが悪いのか。ひとつ、ふたつの年齢差だったら言うだろうから、奈摘さんも引け目に感じているからこそなのか。

 なんだかな、奈摘さんの人間性、疑っちゃうよな。それって詐欺みたいなものなんじゃないか?
 そう考えるようになってしまったのは、僕はほんとはもてるんじゃないかと思うようになっていたからだったのもある。僕は身長もあるほうだし、細マッチョだとかいわれる体格で、見た目はイケメンの部類なのだ。

 仕事だって、奈摘さんの会社よりはずっと大きな企業に勤めていて将来性もある。はじめてできた彼女に満足している場合じゃないのではないか。

 もっと若くて、もっと綺麗で、もっと収入もいい、もっといい大学を卒業していて、実家も裕福なお嬢さま、僕だったらそんな女性も望めるのではないか。僕は奈摘さんと結婚したいとは思っていないが、彼女も三十代後半なのならば、実は結婚願望があったりして?

 実際、もてるらしい僕が、なにを好き好んで十も年上の、見た目も冴えない短大卒の女とつきあっていなくちゃならないんだ? つきあってるだけだったらまだしも、既成事実でも作られて結婚に持ち込まれたら身動きが取れなくなる。徐々に徐々に、僕はそう考えるようになっていった。

 二十代のうちは何人かの女とつきあいたい。奈摘さんに縛られている必要なんかない。そう思うとデートも間遠になり、奈摘さんと会っていても不機嫌な顔をしてしまうこともあった。

「和雄さん、疲れてる? このごろ元気ないね」
「うん、知ってしまったからね」
「なにを?」
「奈摘さんの会社の、高橋さんから聞いたんだよ。どうして正直に言ってくれないのかな。そういうのって年齢詐称でしょ」

 一度口にすると、一気に言ってしまった。

「高橋さんに告白されたんだ。その前にも三人の女性に告白されたんだけど、僕には奈摘さんがいるからって断ったんだよ。でも、奈摘さんは僕をだましていたんだから……」
「だましてたわけじゃない。和雄さんが訊かなかったからよ」
「訊かなくても自己申告するものでしょ」
「……言いにくかったから」

 奈摘さんのほうが悪いということにして、僕は彼女と別れた。奈摘さんは僕と別れたあとで会社も退職してしまい、彼女ばかりが一方的に悪かったわけでもないのにな、と、後悔の念が胸を噛んだ。
 けれど、後悔は一瞬で、十も年上の女から解放されて若い彼女を作れるとの喜びも感じていた。

「田辺さんとは別れたのよね」
「……彼女のほうから去っていったんだよ。高橋さんはいくつ?」
「二十三歳よ」
「やっぱり女性は若いほうがいいな。知ってしまえば……いや、モトカノを悪く言うのはよそう。高橋さん、僕とつきあってくれる?」
「どうしようかなぁ」

 そもそもは自分から告白しようとしたくせに、高橋緑さんはもったいぶる。結婚を前提に? などと条件をつける。高橋さんのとりえは若いってことだけだ。そんならいいよ、と背を向けると追ってきた。

 追えば逃げる、逃げれば追うのが男女の仲ってものなのか。これが駆け引きってやつなのか。追ってこられると僕もその気になって、緑さんとつきあうことになった。
 だけど、緑さんには不満もたくさんあって、ついつい口にしてしまった。

「緑ちゃんには女性らしい気配りや思いやりが足りないよね」
「誰かと較べてるの?」
「いや……」
「私は若いんだもの。三十女……ううん、四十近い女と較べないでよ」
「……較べてないけどね。いや、若いっていいよね」

 虚ろな笑いが出てしまう。若いっていいよね……でもでもでも、やっぱり比べてしまう。若いこと以外はすべてが、奈摘さんのほうが上等だった。

「緑ちゃん、きみはがさつなんだよ。頼むからもうちょっと女らしく……」
「また較べてる。やめてよね」
「……較べていないんだけど」
「そんなら言わせてもらうけど、和雄さんはケチだよね。いっつもデートは割り勘だしさ」
「それとこれとは話が別だろ。割り勘って当たり前なんじゃないの?」
「当たり前じゃないよ。なんかもう、和雄さんがいやになってきた」

 いや、較べているのはまぎれもない。そんなやりとりが積み重なって、緑ちゃんから別れを切り出された。
 いいんだいいんだ、僕はもてるんだもの。これからだって告白してくれる女性はいるさ。若いうちに何人もの女性とつきあって、いいひとがいたら結婚する。それまでは試用期間のようなものだ。

 だから、ひとりと別れたって寂しくない。つらくもない。新しい恋への第一歩が別れってことなのだから。そうと自分に言い聞かせながらも思う。奈摘さん以上の女性はもう、あらわれないんじゃないか。新しい彼女ができたとしても、奈摘さんと較べてばかりいるんじゃないかと。


次は「れん」です。

主人公について

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
しりとり小説も100話を越え、ネタ切れ、主人公切れを起こしております。
今回の井上和雄くんは、一応はフォレストシンガーズのみんなの大学合唱部の先輩なのですが、名前だけちらっと過去ストーリィに出てくる程度のキャラでした。





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~ Comment ~

NoTitle

度量が小さい男なのか。
あるいは、男の本音を出しているのか。
本能から言えば、男性は女性の年齢を気にするものですからね。
それがないのはどこか欠落しているのかな。
まあ、若さからの遊びというのもあるのかと思いますが。

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。

若さだけの中身空っぽ美人と、若さと美貌はないけど中身のしっかりつまった(ついでに肉もけっこう詰まっていたり)年上の女性と、どっちがいいですか~?

まあ、性格ってのは好みや合う合わないもありますから、他人から見て変な奴でも、自分にはしっくりしたらいいんですよね。

経験もやはり大切ですから、ある程度は遊んで、覚悟を決めてから結婚したほうが、こんなはずじゃなかったと思わなくていいかもしれませんね。
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