ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSカクテル物語「ピニャ・コラーダ」

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フォレストシンガーズ

「ピニャ・コラーダ」


 政令指定都市ライヴツアー、十五番札所ではなくて十五番公演所は大阪府堺市だ。
 大阪市が政令指定都市なのは知っていた。三大都市というと東京、大阪、横須賀……いや、名古屋でしょ、札幌でしょ、博多でしょ、横浜でしょ、と三番目には諸説あるが、一番と二番は一般的だろう。

 それ以外にも大阪に政令都市があるんだ。神奈川にも横浜と川崎があるもんな。横須賀はなんで政令指定都市じゃないの?
 毎度のごとく脱線しながらも、シゲさんの講義も聞いた。

「あのな、幸生、堺市って歴史の宝庫なんだよ。遺跡もたくさんたくさんあるから、古代から栄えていたんだな。千利休から与謝野晶子までの寓居跡ってのもある。俺は堺では歴史めぐりがしたいんだ」
「大阪市では豚まんでしょ」
「それとこれとは別だよ」

 歴史好きのシゲさんのレクチャーも受けて、ライヴの終わった翌日には堺の街を歩いてみた。堺には海もある。この道をずーっと行くと和歌山県になるという湾岸線のむこうに漁港があると聞いて、近くでタクシーを降りて歩くことにした。

 この先は行き止まり、小さな漁港だ。住まいなのか会社なのか、建物が並んでいるところを歩いていくと、看板が立っていた。

「子猫に注意、徐行」

 脳内変換はしたが、ジョコウのジョがさんずいへんに余るになっている。それはまあいいとして、猫がいるの? 俄然嬉しくなってきた。

 にゃあ、とお空で声がする。空? 出島漁港には空飛ぶ猫がいるのか、と見上げていると、舞い降りてきた鳥が、ぎゃあともにゃあともつかない声で鳴いた。ウミネコってやつか? 仔猫に注意というのも海の仔猫なのか。どこかにウミネコの子ども、ひな鳥でもいるのかな。

 猫というと人が変わるのが三沢幸生だと言われている。いや、人が変わるのではなくエスカレートするだけだともいえる。ことほどさように俺は猫が好きで好きで、仕事柄同棲はできないから、想いが果てしなく募るばかり。

「にゃんちゃん、ミケコちゃん、タマちゃん、キティちゃん、どこにいるの? 出ておいでよ」

 我知らずひとりごとを言って、生い茂った草の中を覗きこんだりする。家と家の間を窺ってみたりもする。そうして探していると、黒い猫を見つけた。勇んで駆け寄ってみたものの、猫は素早く逃げていく。こっちはこんなにも猫が好きなのに、猫のほうは必ずしも俺が好きではないらしい。

「なにをしてまんねん」
「……あ、すみません。猫を……」
「猫? 迷子の猫か?」
「そういうわけでもなくて、仔猫に注意って看板があったものですから」

 すこし涼しい秋の日だというのに、汗じみたランニングシャツを着たごついおっさんだった。

「このへんは野良猫だらけで、次から次へと子を産みよる。漁港やさかいに魚は落ちてるからな。餌をやる者もおるから野良猫がはびこる。しゃあないけどな」
「迷惑ではないんですか」
「別に迷惑ではないよ。このへんには車が入ってくるから、仔猫はちょろちょろするから、誰ぞが看板を立てよったんやろ。仔猫が轢かれてるんを始末するんは厄介やからな」
「ええ」

 車に轢かれた仔猫の死体……面倒そうに言ってはいるが、おじさんのまなざしはあたたかい。この方は猫が嫌いではない。猫好き同士はわかりあえるのだ。むさくるしいおっさんに見えていたのが、優しい男性に見えるようになっていた。

「あ、あそこにおるで」
「どこどこ?」
「あっこの上や。ほら、あっちにも……」

 数か月前には仔猫だったのかもしれないが、成長してオオネコになったふてぶてしい態度の猫が、建物の屋根の上にいる。叢にも猫がいる。全部が黒っぽい毛皮を着ていて、顔も体格も似ている。きょうだい、あるいは一族だろうか。おじさんと俺が追っかけても一匹もつかまえられずにいると、どこかの建物から女性が出てきた。

「猫をなつかせたいん? もの好きな人やな。ちょっと待っとりや」

 がらがら声で言った女性は、たくましい足で大地を踏みしめて去っていき、間もなくなにかを手にして出てきた。その手にあったのは竹輪。年のころなら六十代か、猫に優しい人間はみんないいひとだ。彼女も神々しいような美女に見えた。

 竹輪につられた猫が寄ってくる。おじさんもキャットフードを持ってくる。キャットフードを備蓄してあるなんて、猫好きに決まっている。おやつの時間だと察知したのか、五匹の猫があらわれる。全部が黒っぽい毛色で、栄養が足りているらしく丸々していた。

「きゃわいいなぁ、たまんないよ」
「こんなん、可愛いか。変わっとるな、あんた」
「なんちゅう声を出すねん。あんた、それでも男か」
「ちっこいけど大人やな? なんで昼日中からこんなところを歩いてるん?」
「セールスマンとちゃうんか」
「ああ、そうか。ほんならええけど、うちはなんにも買わんよ」

 セールスマンだと認定されてしまったのでそういうことにしておいた。こんなカジュアルな服装をしたセールスマン……堺市にはいるのだろうか。
 おじさんとおばさんにはなつくくせに、猫たちは俺が触れようとすると怒る。しゃーっ!! うぎゃっ!! と威嚇されても幸せ。空からも似て非なる猫もどきの声が聞こえて、気分は上々だった。

 さて、猫を満喫したから帰ろう。猫カフェも嫌いじゃないけど、素朴な野良ちゃんたちもいいなぁ。俺はおじさんとおばさんにいとまを告げてその場から去る。おばさんには素直に抱かれたクロ一号の手をおばさんが振って、ばいばーいと言ってくれた。

 ホテルに荷物を取りにいき、タクシーに乗って新大阪にたどりついたときにはもう夕方。みんなは先に帰京したのだろう。堺では大学の先輩にも、大阪に住む先輩シンガーにも会えた。街の方々とも触れ合えた上に、猫にも会った。ライヴだって盛況で大成功だった。

 このまま帰ってしまうのが惜しくて、店を開けたばかりらしい小さいバーに入ってみる。じっくりした風貌のバーテンさんにお願いしてみた。

「猫にちなんだ名前のカクテルってあります?」
「猫ですか……うーん、そんなのあったかな」
「ソルティ・ドッグだったら知ってるんですけどね」
「ソルティ・ドッグではなくて、ドックなんですよ。イギリスのスラングで『甲板員』だそうです」
「船のドックなんですか」

 バーテンさんが薀蓄を口にする。黒猫ってワインだったらありますよね、なんて話もしてから、彼がうなずいてシェイカーを振ってくれた。

 ロンググラスの中の液体は、黄色と白を混ぜたような色。こんな色の猫、いるよなぁ。トラ猫パインちゃんとか? 俺の想像は半分ほどは当たっていた。ラムをベースに、パイナップルジュースとココナッツミルクを砕いた氷と一緒にシェイクして作るロングドリンクなのだそうだ。

「かなり甘いですね」
「あ、お客さんは甘い酒はお嫌いでしたね。猫は大好き。音楽雑誌で読んだことがある気がしますよ」
「ってことは……」

 他のお客もいるから言わないようだが、彼は俺がフォレストシンガーズの三沢幸生だと知ってくれているようで、もひとつ満足した。堺の街で会ったひとはたいていが、俺をセールスマンだの学生? だのと言ったが、ここでやっと自己顕示欲も満たしてもらったわけだ。

「でも、猫がちょっとでも関係してるカクテルって思いつかなくて……」
「このカクテルの名前は?」
「ピニャ・コラーダ」
「……なるほど」

 すみません、シャレで、と苦笑いして、バーテンさんは頭をかいてみせた。

END








 
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~ Comment ~

うふふ

猫好き幸生くん、堺の街でしばし癒しのひと時でしたね。
でも、私もこんな看板見たら、探索しちゃいそうです。もちろん、あかねさんもされるに違いない。
そうそう、瀬戸内海の某島にもありましたよね。猫ってやっぱり漁港のある港町にはつきものかな。自由に生きていて、そして周囲の住民とも自然なコミュニケーションがあって。
堺は私も個人的に興味深い土地。千利休にも興味津々で、いつか書きたい時代小説でもファーストシーンになるので、いつかじっくりロケハンしたい場所です。
でも、さすがあかねさん、ネコ(にゃんこ)→ピニャ・コラーダ……この語呂、半にゃライダーに通じるものがあったりしませんか?

大海彩洋さんへ

おー、ピニャコラーダと半にゃ、似てますね。
意識してませんでしたが、そういえば。

と、興奮してしまいましたが、コメントありがとうございます。

我が家からだと堺市内には歩いてでも入れますので、よく行きます。この出島漁港にも行きましたので、一部は私の経験談です。
さんずいへんの「じょ」、そんな字はないはずですが「子猫に注意、徐行」の「じょ」がその字になった看板は本当に立っていました。

となると猫を探したがるのは猫好きのサガです。ウミネコは飛んでましたが、黒い猫はいたんだったかいなかったんだか、いたような気がするのは記憶を改竄しているのかもしれません。

あ、改竄って鼠って字に似てますね。

いつか大海さんとlimeさんと、リアルで小説話がしてみたいです。
けいさんもいらしたら嬉しいけど遠くにお住まいですので、関西在住の三人で、堺でお茶……なんてできたらいいなぁ、と夢見ています。
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