ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSファンシリーズ「朧月夜」

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フォレストシンガーズ

「朧月夜」


 のどかな春の昼下がり、歌いながら歩いてくる男性と出会った。彼の前を歩いているのはうちのアンリだ。まだ一歳にもなっていない茶色い猫と、小柄な男性が楽しそうにお散歩していた。

「菜の花畠に、入日うすれ
 見わたす山の端はかすみ深し
 春風そよ吹く、空を見れば
 夕月かかりて、にほひあはし

 里わのほかげも、森の色も
 田中のこみちをたどる人も
 蛙かわずのなくねも、鐘の音も
 さながらかすめるおぼろ月夜」

 高い綺麗な声。少年というわけではなさそうで、二十代半ばぐらいにはなっているだろうに、少年みたいな声をしている。それに、とてもとても歌が上手。まだお陽さまは高いけれど、おぼろ月が出てきたらぴったりの歌だ。ぴったりすぎて綺麗すぎて、もしかして、あの男性はタヌキじゃないのかと思えてきた。

 先日、インターネットでパソコンの周辺機器を買った。疑いもせずに手続きをして届くのを待っていたのだが、いっこうに送られてこない。もしかしてだまされた? そう思ってネットのマップでその住所の場所を見てみると、けっこう人里離れた空き地に草がはえていた。

「そうか、詐欺なんだね」
「そこにはタヌキがいるんじゃない? 空地のタヌキにだまされたんだよ」
「三千円? タヌキ、お酒を買って酒盛りしてるかもね」

 友人たちはそう言って大笑いし、私からすれば三千円だって惜しいのに、と思ったのだが。
 房総の山の中に住んでいる高校生には、アルパイトだってほとんどない。大学は東京に行かせてもらう予定だから、高校生のうちはアルバイトなんかしなくていい、と親は言うけれど、お小遣いをたくさんくれるわけでもなく、都会の高校生がうらやましい今日このごろ。

 そんな私の金銭事情を知って、タヌキがお金を返しにきてくれたのでは? ふっと現実離れした空想をしてしまうほどに、歌と光景がマッチしていた。

「アンリ!! アンリ!!」

 呼びかけると、アンリがこっちに走ってきた。続いて男性も走ってくる。十六歳の私よりも十くらい年上だろうか。カジュアルな服装がわりとかっこよくて、都会のひとだろうと思えた。

「お宅の猫ですか。ノラちゃんじゃないのはわかったけど、そっか、けっこう遠くまで散歩に来てたんだな」
「はい、うちのアンリです。観光客の方ですか」
「まあそんなもんです。神奈川から来ました」

 どきっ!! 詐欺師がネットに載せていた住所も神奈川だった。千葉県民から見ると神奈川県は都会に思えるから、神奈川にもこんな田舎があるんだとも思えた。

「横浜のチベットと呼ばれている地域から来ました」
「そうなんですか。横浜にチベットがあるんですか」
「あるんですよ。えーっと、三沢と申します。あなたは?」
「……亜純です」

 苗字は平凡だが、亜純と書いてアズミと読むこの名前は珍しいほうだろう。詐欺師の会社の住所は横浜ではなかったが、神奈川県のチベットとは近いのだろうか。チベットにだったらタヌキもいそうな? 亜純の名前に思い当らなかったようだから、このひとはタヌキではないのだろうか。

「アンリ、おなかすいた? ごはんにしようか」
「房総の猫ってなにを食べるんですか」
「キャットフードです」
「ああ、そりゃそうだね」

 このあたりは海じゃないもんね、と納得顔をしている彼をどこかで見たことがある気がする。やっぱりタヌキ? 半信半疑のままでアンリのキャットフードを取りに行く。三沢さんは楽しそうに、アンリの食事風景を眺めていた。

「海辺の猫はキャットフードは食べないんですか」
「キャットフードも食べるだろうけど、海辺のノラちゃんだったら魚をもらうでしょ」
「そうなのかもしれませんね。猫、お好きなんですよね」
「好きですよ」
「歌も上手ですね」
「ありがとう」

 くすっと笑ってから、いえいえ、なんでもありませんよ、と三沢さんが横を向く。本当にどこかで見た覚えのある顔だ。顔をよく見ようとしたらそらされた。

「誰か有名なひとに化けてるんだけど、未熟だから化けきれなくて顔をそらすとか……」
「は?」
「肉食だよね。まさか、アンリを食べるつもりだったんじゃないよね?」
「俺は肉食ってか……亜純さんは高校生かな」
「そうです」
「高校生は食べないからね」
「猫は?」
「猫も肉食でしょ。食べないよ」

 どうも話がかみ合っていない気がする。あなたはタヌキ? とはっきり訊くわけにもいかなくて探りを入れているのをはぐらかされているのだろうか。

「俺は草食じゃないけど、むやみやたらに肉食ってわけでもないし、猫も高校生も食べないから心配しないで」
「化け方が下手」
「……バケ?」
「えーっと……誰かに似てる。どうせ化けるんだったら、誰なんだかすぐにわかるひとに化けなさいよね」
「化けてないんですけど……」
「三沢……そんな名前の歌手が……」
「……ああ、わかった」

 彼が人間なのかタヌキなのか、判然としていなかったのがはっきりした。

「俺をどこかで見たことがあると思って、誰なんだかわからなくて気持ちが悪い。そういうのはわかるよ。どこかで見た奴だと思ってくれてるだけでも嬉しいな。ここには亜純さん以外には人はいないんだから……」
「やっぱり、人はいないのね、人は」
「へ? そうでしょ」

 人が私以外にいないということは、彼は人ではない。ここにいるのは人と猫とタヌキだ。

「中途半端な化け方して、私にあやまりにでもきたの? 化けるんだったら相川シンヤくんに化けてよ」
「亜純さん、シンヤのファン? 次に会う機会があったら、シンヤのサインをもらってあげるね」
「ほんと?」

 思わず喜びそうになって、頭を振った。

「私はもうだまされないのっ。だけど、きっと下級なんだよね。化けるの下手だもんね。平社員なのかな?」
「平社員ってよりも下っ端だけどね」

 下っ端なのだったら、私に返すお金は持っていないのかもしれない。お金は惜しいけれど、こんな経験をさせてもらったのだから許してあげよう。ごはんを食べたアンリはお昼寝をはじめ、私は言った。

「もう一度、さっきの歌、歌って」
「そういえばそろそろおぼろ月が出てくる時刻が近づいてきましたね」
「こんなに天気がいいんだから、おぼろ月じゃないんだろうけどね」
「歌うのはいいんだけど、タクシー、呼んでくれる?」
「お金、あるの?」
「タクシー代くらいはあるよ」

 だったらお金、返せ、と言おうか、どうしようか。そう言った途端にどろんと化けてもとのタヌキに戻ったら、歌ってくれないかもしれない。もう一度あの歌が聴きたかった。

「じゃあね、ありがとう。またね」
「ばいばーい」

 おぼろ月というのは、翌日が雨になるしるしだと言う。三沢タヌキの希望通りにおぼろな月が出た菜の花の道を、タクシーが去っていく。もう一度歌ってくれた「おぼろ月夜」は最高だったから、詐欺を怒るのはやめておいてあげた。

 それにしても、彼はほんとに誰かに似ていた。下手な化け方をしていたから下手だったのかもしれないが、似てはいた。誰だっけ、誰だっけ、三沢……三沢……パソコンで調べてみよう。
 家に帰って夕食もお風呂もすませると、アンリを連れて自分の部屋に入る。パソコンを起動してインターネットにアクセスし、三沢という名前の有名人を検索してみた。

「あ、このひとだ。似てるっ!!」

 フォレストシンガーズの三沢幸生、小柄で若く見えるが、三十三歳だそうだ。やはり化けるのの下手な下っ端タヌキだったからか、彼はおじさんには見えなかった。しかし、なんだってこんな中途半端な歌手に化けてやってきたのだろう。ほんとに三沢幸生かな?

 歌の聴けるサイトがあったのでアクセスしてみる。三沢幸生ソロのフォレストシンガーズの歌があったので聴いてみる。見た目も似てはいるが、声は私が生で聴いたそのまんまだった。

「わかんないな。こういうのを意味不明っていうんだよね。私をだました神奈川のタヌキが、三沢幸生に化けてうちの近くにやってきた。そんで、歌ってくれた。なんで三沢幸生なの? アンリ、あのタヌキ、あんたになにか言ってなかった?」

 返事はみゃーお、それからあくび、それから、アンリは丸くなって眠ってしまった。
 シンプルに考えればもうひとつの可能性があるが、本物の三沢幸生がこんなところに来るはずもない。本物の三沢幸生に会ったとしてもたいして嬉しくもない。だけど、あの歌は最高だったから、なんだかフォレストシンガーズの、特に三沢幸生のファンになってしまいそうだった。


END









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