ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「われは海の子」

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フォレストシンガーズ

「われは海の子」


1・章

 我が家の近くに海がある。本州の子どもならば嬉しいのかもしれないが、章は海なんか嫌いだ。
 真冬のオホーツク海なんか大嫌いだ。

 北海道生まれは寒さに強いのかと誤解されるが、章は生まれつき寒いのは嫌いだ、冬は嫌いだ。生ぬるい本州の冬しか知らない日本人には、稚内出身木村章の筋金入りの冬嫌いはとうてい理解できないのだ。

「だけど、夏には北海道でだって海で泳ぐんだろ」
「海水浴場ってあるんだろ」

 生まれてはじめて北海道から離れたのは、高校の修学旅行だった。父は安月給、母は貧乏性だから、子どものころには旅行に行くといっても道内オンリー。中学一年生のときに弟が産まれたので、なおいっそう遠くに旅行になど行けなくなってしまった。

 家族旅行になど行きたくもなかったからいい。修学旅行にだって行きたくもなかったのだが、初体験となるとわくわくはしてしまった。
 稚内市立○○高校の修学旅行は、例年関東と決まっている。東京に行きたいと章は思っていたのだが、彼らの学年は千葉から茨城方面への旅だった。

 ほうぼうに海水浴場がある。シーズンにはまだ早いのに、海に入っている人間もいる。俺は関東になんか生まれなくてよかった、と思っている章に、地元の高校生が話しかけてきた。

 どこから来たの? 稚内? うわぁ、遠いんだ。
 喧嘩でも売りたいのかと一瞬身構えた章に、ふたり組の男子高校生は親しく話しかけてくる。章も気を許して、俺は海では泳ぎたくないよ、と応じていた。

「北海道でも場所によるけど、オホーツクでは泳げないよ」
「夏でも?」
「えーっと、オホーツクってどこだっけ? それって日本?」
「だから、稚内のあたりの海だから日本だよ。そうそう、夏でも泳げないんだ」

「学校では水泳、やらないの?」
「俺の小・中学校では、ほとんどやらなかったよ」

 温水プールのある学校もあるようだが、章の通った学校にはそんなものはなかった。そしたら泳げないのか? と笑っているふたりの目に軽侮が見える。章は言った。

「泳げなくはないさ」
「スキーとかスケートとかは?」
「ああ、それは大得意だ」

 実は見栄であって、章はスポーツはなんでも嫌いだ。けれど、ふたりの目から軽侮が消え、さすが、などと言っているのを見ていると気持ちよくなってくる。今が夏でも冬でもなくてよかった。この高校生たちが単純な奴らでよかったよかった。

 
2・真次郎

 弟を鍛えるのが生き甲斐というのか趣味というのか、おまえらには他に楽しみはないのかっ、と真次郎は思う。
 七つ年上の兄たちは双生児。真次郎が小学生になったころからは、夏休みにどこかに遊びにいくと言っても父も母もついてはこないで兄たちにまかせっぱなしだ。

 父は仕事が多忙、母は暑がりだし、陽灼けしたくないと言うのだから致し方ない。真次郎だって兄たちとでもいいから遊びにいきたかったので、今年も海に連れてきてもらった。

 幼稚園のときだったか、どちらかの兄にいきなりプールに放り込まれて泳がざるをえなくなって以来、真次郎は達者に泳げるようになっている。兄の教育は結果的に実を結んではいるのだが、いかんせん荒っぽすぎる。今日だって潜水を教えてやると言われて、深いところへ連れていかれた。

 詰めた息が続く限り辛抱して海面に浮かぶと、早すぎる、と言われて頭を殴られる。もう一度、と頭を押さえつけられる。小さいときからあんなことばかりされて、オレってよく死ななかったもんだよな、と真次郎は自分のタフさに感動を覚えているのだった。

「我は海の子 白波の
 さわぐいそべの松原に
 煙たなびくとまやこそ
 我がなつかしき住家なれ」

 民宿の窓からは海が見える。兄たちはまだ運動が足りていないようで、夕食前にひと走りしてくると言い置いて出ていった。おまえはもうばてたのか? だらしねえな、と嘲笑されたのでむかついて、自棄になって歌ってみた。

「誰が歌ってるんだろ」
「いい声だね、上手だね。大人の声じゃないよね?」
「男の子かな。きっとかっこいい子だよね」
「うん、きっとね」

 窓の外を通りすぎていく女の子たちの会話が聞こえて、くすぐったくもいい気持ちにさせてもらった。

 
3・隆也

 夏休みにはどこそこへ連れていってもらうんだ、小学校のときには同級生たちはそんな会話をしていた。隆也だって祖母がどこかへは連れていってくれたのだが。

「海で泳ぎたいな」
「海……隆也はばあちゃんが何歳だか知ってるのかい」
「んんと……百歳くらい?」
「まっ、なんてことを言うのっ!!」

 子どもには老人の年齢なんて見当もつかない。そうやって怒ってから、祖母は言った。

「その半分くらいの年だけど、ばあちゃんには海はつらいよ。どうしても行きたい?」
「ううん、いいよ。お墓参りでいいよ」

 先祖代々の墓へ参ったり、繁華街で洋食を食べさせてもらったり、家に住み込んでいる行儀見習いのお姉さんが運転する車でドライヴに行ったり、その程度の夏休みの遠出もそれはそれで楽しかった。

 両親が仕事に忙しいのは知っている。祖母が一手に育児を引き受けているのも知っている。けれど、お父さまやお母さまはそんなにも僕とは関わりたくないのかな? 僕は両親に嫌われているのかな。うん、そうなんだったらいいんだ、僕にはおばあちゃんがいるもん。僕だってお母さまもお父さまも好きじゃないんだから。

 小学生の隆也はそう思っていたのだが、高学年になるとすこしずつ、だけど、お父さまもお母さまも大変なのかもしれないな、ばあちゃんが僕を取り込んでしまって、あんたたちは仕事だけしてなさい!! って命令してるのかもしれないな、とも考えるようになっていた。

「隆也、晴恵さんが婚約者と一緒に、あんたを海に連れていってあげたいって言ってくれたんだよ。行くかい?」
「泳げるんだったら行くよ」

 彼女の両親から預かって、我が家で花嫁修業をしている女性だ。婚約者であってもふたりきりで海に行くとは許してもらえなくて、隆也をお目付け役にしたのではないかとは、小学生にはまだそこまでは看破できなかったが。

「隆也くんは泳げるのかな」
「学校ではプールで習ってますから、泳げます」
「海は勝手がちがうよ。僕が見てるから安心して泳いでごらん」
「はいっ」

 小太りの青年と大柄な晴恵さんのカップルは、二十代なのだろうがやや老けて見える。言うと失礼だろうが、僕らは両親とその息子に見えるのかな、本物の両親が水着姿で海でたわむれるとは想像もできないから、このふたりが僕のお母さんとお父さんだったらいいのにな、とも考えた。

「楽しそうにしてたね」
「晴恵さんは隆也くんってちょっとませてるってか、ひねてるって言ってたけど、こうしてうたた寝してるとあどけない子どもじゃないか」

 遊び疲れて浜辺のシートに寝そべっている隆也の耳に、ふたりのやりとりが届いてきた。

「お父さんは和菓子屋さん、お母さんは華道の先生。それでおばあさんが面倒を見てる。そのせいでひねこびたところがあるのよね。お母さんやお父さんももうちょっとかまってあげればいいのに」
「そうだけど、事情もあるんだろ」
「なんか私、隆也くんの両親って嫌い」
「僕はよくは知らないけどね……」

 このふたりが両親だったらいいのに、と思ったのは取り消し。僕の親の悪口を言う人たちは嫌いだ。隆也は堅く目を閉じて狸寝入りを続けていた。

 
4・繁之

「生まれて潮にゆあみして
 波を子守の歌と聞き
 千里寄せくる海の気を
 吸ひてわらべとなりにけり」

 生まれて育った土地は三重県の内陸部だが、海だって遠くはない。
 親は酒屋を経営しているから、家族四人で泊りがけの旅行はしにくい。いきおい、父と繁之、母と姉の希恵の二組に分かれて近場に遊びに行く。今年の夏休みは父と繁之の番で、志摩の海へ泳ぎにきていた。

 海面に浮かんで「われは海の子」を歌う。顔に照り付ける陽光は激しいが、日ごろから外遊びをしていて灼けに灼けた肌はへっちゃらだ。
 この歌詞だと、主人公は海辺で生まれたのか。いいなぁ、夏には毎日、海までひとっ走りしたら泳げる。釣りをしたり砂浜で遊んだりもできる。

 食事は海で獲れたものをたらふく。毎晩、伊勢海老だの牡蠣だのあわびだの魚だのをどっさり食べられるんだ。いいなぁ。俺も海の子になりたかったな。

 見上げれば真っ青な空に、真っ白なカモメが舞っている。海の子もいいけど、海の鳥もいいなぁ。空を飛んで魚をあのくちばしでばくっと……なんか俺、食べることばっかり。腹が減ってきちゃったな。
 今夜の民宿の晩ごはんはなんだろ。でっかいエビが出てくるといいな。どうしてもそんなことばかり考えてしまう繁之を上空から見下ろして、カモメが笑っていた。
 

5・幸生

 遅ればせながらも変声期を迎えた幸生は、少年合唱団を退団すると決めた。中学生にもなって少年合唱団って、いつまでもガキの声だってことだからな、と考えると気分がよくはなかったので、嬉しいような、寂しいような心持ちになっていた。

「幸生くん、今年の夏休みにはみんなで海に行こうかと思うの。幸生くんと崇くんは最後になるから、お別れ旅行もかねて、行けるかな?」
「うんうん、行きたい」

 小学生だったころからお世話になっている、少年合唱団の指導者のひとり、本職は幼稚園教諭の万衣子先生が声をかけてくれて、幸生は大喜びで行くと答えた。
 あのころの幸生と同年以上の仲間たちは、皆が大人の声になって先に退団していった。少年合唱団はボーイソプラノが売りなのだから、声変わりすれば自然に退団する。毎年、誰かを送り出しているわけで、今年は幸生と、小学校六年生の崇の番なのだった。

 昼間はみんなで泳いだり遊んだりし、夕食をすませると海辺で歌う。ほぼ小学生ばかりを引率している万衣子先生が教えてくれた。

「われは海の子って歌、知ってるでしょ? 三番もあるんだよ。歌詞はむずかしいけどその歌を歌ってみようか。幸生くん、リードを取って」

 三番の歌詞はこんなふうだった。

「高く鼻つくいその香に
 不断の花のかをりあり
 なぎさの松に吹く風を
 いみじき楽と我は聞く」

 高らかに澄んだ歌声が、磯の香に混じっている。渚の松に吹く風が心地よい。万衣子先生が言った。

「幸生くんだったら変声期をすぎてもこのままの声が出るんだろうな。やめなくてもいい気もするんだけど……しようがないか。少年合唱団だものね。いつまでも少年ではいられないよね」

 当然じゃん、とばかりに横須賀の少年たちがうなずく。もしかして、万衣子先生ったら俺に恋を? だとしてもあなたは俺よりも年上すぎる。俺はまだ中学生だ、万衣子さん、俺をあきらめて幸せになるんだよ。
 いくらなんでも口に出しては言わないが、幸生は心でそんな台詞を呟いて、ちょっぴり酔ってみていた。

END







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