ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「や」

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フォレストシンガーズ

「弥生に生まれて」

1・繁之

「おまえ、何月生まれ?」
「三月」
「あ、そうじゃったがだ。俺も三月やきに」
「……それ、土佐弁か?」

 ほうじゃきに、とうなずいたヒデの誕生日を知ったのが一番で、楽しい偶然だと思っていたものだ。

「シゲさん、三月生まれ? ヒデさんも? へぇぇ、章も俺も三月なんですよ」
「四人も三月生まれがそろったんだな」
「そっか、三月生まれは歌の才能があるんだ」
「そんなアホな……」

 一年年下の幸生と話して、小笠原英彦、本庄繁之、三沢幸生、木村章の四人ともに三月生まれだと知ったのは、俺が大学二年のときだ。それから間もなくして。

「俺は三月生まれだよ。本橋もそうだ」
「へーっ、シゲも俺も同じです」
「それはそれは……」

 先輩の乾隆也さんと本橋真次郎さんも三月生まれなのだと知り、幸生が言っていた、三月生まれには歌の才能があるとの珍説を信じたくなった。少なくとも本橋さんと乾さんにはあてはまる。いや、しかし、俺が在籍している日本近代史の教室には、三月生まれの音痴もいたのだが。


2・章

 東京では三月に桜が咲くと知ったのは、上京してからだった。俺の故郷の稚内は、俺の誕生日のころには世界が雪に閉ざされているほうが一般的だ。

 去年、大学を中退して、一年間はロックに生きていた。今日は俺の二十歳の誕生日。東京の桜は蕾がふくらみかけているけれど、俺の心は稚内の桜以上に堅く閉じたままだ。大学を辞めてまで突っ走ってきた俺のバンド、ジギーが解散してしまったのだから。

 けれど、故郷には帰りたくない。
 親父に勘当されてしまって仕送りもなくなり、ロックのためならつらくないと自分に言い聞かせていたアルバイトは、生きていくためだけにやるようになり、鬱々するばかりだ。

「木村くん、今日は誕生日じゃなかった?」
「お祝いしてあげるから、飲みにいこうよ」
「ね、行こ?」

 バイト先の居酒屋で、女の子たちに誘われた。バイトも酒飲み相手だってのに、プライベートでまで飲みにいきたくない。好きでもない女の子たちに囲まれたってうるさいだけだ。ブスと飲みたくねえよ、と言うわけにもいかず、断るだけでも疲れた。

 日付が変わってから帰宅して、アパートの郵便受けを覗くと、小さな包みが入っていた。

「章、誕生日おめでとう。しっかりやってますか。
 にいちゃん、ハッピィパースディ。ぼくはもうじき三年生になるよ」

 小包に添えられたカードには、上が母の字、下が弟の字でそんな文言が綴られている。母の弱々しい字、弟の下手な字を見ていると、不覚にも鼻の奥がつんとした。

 包みの中身はなんだろう。軽くてやわらかいから手袋か。東京ではもう手袋はいらないのに、母が編んだのか。そんな安っぽいプレゼントに涙ぐむなんて、気持ちが相当弱っている証拠だ。俺は包みを開かずに放り出して、畳にごろっと寝そべった。


3・幸生

 帰省というほどの距離ではない、俺の親の家。横須賀だから一日の休みにだって帰れるのだが、億劫でめったに帰らない。それでもたまには顔を見せないとおふくろがヒステリーを起こし、その次に会うときには鬼になる。そうなると億劫さが倍増していっそう帰りたくなくなるので、自らを叱咤してやってきた。

「幸生、ちゃんと食べてるの?」
「食ってるよ」
「痩せたんじゃない?」
「俺はもとからこんなもんだよ。それよか、背が伸びたでしょ」
「そうかしら……背じゃなくて髭が伸びてるわよ」

 父は年齢のわりには背が高いほうだが、母は小さい。妹たちも俺も小さいのは母の遺伝だろうから恨みたい気分がなくもない。母は俺よりも背が低いので、背比べするみたいに背伸びして顔を近づけてきて、ちょこっと残った髭を発見した。

「髭がはえる年だっていうのに、あんたはちっとも大人にならないのよね。ちゃんと食べてる? ちゃんと寝てる? ちゃんとお風呂にも入ってるの? 仕事はあるの? 髭もちゃんと剃りなさいよ。テレビに出てるところなんて見たこともないけど、そんなんで大丈夫なの? 幸生、今夜はなにを食べたいの? 肉じゃがだったら作ってあるけど、野菜は食べてないだろうから、野菜たっぷりの鍋でもしようか。幸生? 聞いてるの? 待ちなさいっ、どこに行くのっ?! 幸生っ!!」

 やかましくて頭が割れそうになってきたので、外に出ていった。
 二十三歳になった息子をつかまえて、がみがみがみがみ。俺のこのお喋りぶりも母に似たにちがいない。帰ってくるんじゃなかった。

 が、とってもいいことが起きた。
近所を歩いていると、高校時代のクラスメイト女子三名と遭遇したのだ。

「三沢くん、久しぶり」
「元気だった?」
「もう大学、卒業したんだよね。どこに就職したの?」
「えーっ?!  歌手になった?! 知らなかったっ?!」
「フォレストシンガーズ? 応援するよっ」
「今日は誕生日? お祝いしようよ」
「あたしたちがおごってあげる」

 可愛い女の子たちの声だと頭が痛くならないのが不思議だ。おふくろの肉じゃがは明日にでも食べることにして、四人で居酒屋に行った。

「そっかー、去年の秋にね」
「フォレストシンガーズ、絶対に売れるよ。あたしたちが応援してあげるから」
「うん、ありがとう。俺たちもがんばるよ」

「そうそう、今年はきっと飛躍の年だよね」
「三沢くん、誕生日おめでとう」
「ちょっと遅くなったけど、デビューもおめでとう」

 カンパーイ!! と四つのグラスを合わせる。女の子とふたりっきりもいいけれど、こうしてグループで飲むのもいいものだ。横須賀に帰ってきてよかった。


4・真次郎

「ま、そう簡単に売れるもんじゃないんだろうな」
「めげるなよ、真次郎」
「めげてねえよ。見損なうな」

 ガキのころから俺を虐げ、それでいて思い切り面倒を見てくれた兄貴たち。俺が打たれ強くなったのはこいつらのおかげでもあるのだろう。
 大学四年の夏に歌手になると爆弾宣言をして家を飛び出したときには、家族そろって猛反対していた。
 兄貴たちを説得してくれたのは、妻である義姉たちだと聞く。兄貴たちが両親を説得してくれて、みんなで激励してくれるようになった。

 あれから五年、フォレストシンガーズは二年前にプロにはなれていたものの、いっこうに売れない。俺はリーダーの立場でもあり、学生時代から後輩にはおごってきた習慣もあって金には困りっぱなしだ。
 社会人になったのだから、と兄たちは言い、小遣いはくれなくなったが、こうしてごちそうはしてくれる。日ごろたいしたものも食っていないので、栄太郎兄の家に招かれ、敬一郎兄夫婦もやってきて、小さいガキどももいっしょに食卓を囲んでいると、体内に栄養がみなぎっていくのを感じていた。

「シンちゃん、誕生日でしょ」
「ケーキを買おうかと思ったんだけど、甘いのは嫌いだったよね」
「せめて誕生日の乾杯でもしましょうよ」

 義姉たちが口をそろえ、兄貴は言った。

「男は誕生日なんかどうでもいいんだよ」
「そんなものはどうでもいいから、食え」
「そうだ、それよりも仕事だろ」
「誕生日なんてのは誰にだって来るんだ」
「仕事は誰にでも成功できるもんじゃないんだからな」

 いかにも兄貴たちらしいことを言っているふたりを無視して、義姉たちは言った。

「誕生日ってお母さんに感謝する日でもあるらしいよ」
「シンちゃん、帰ったらお母さんに電話でもしておいたら?」
「……はい」

 母に感謝の電話をするなんて気恥ずかしいが、今日は栄太郎兄貴んちでごちそうしてもらったよ、ってのは口実になるだろう。神妙にうなずいていると、バースディソングが聞こえてきた。

 敬一郎兄の長女、五歳の柚羽がおもちゃのピアノを弾き、その弟の欧太と、栄太郎兄の長男、展希、その妹の麻衣香、四歳から二歳までがたどたどしく歌っている。ハッピィバースディディアシンちゃん……歌が終わったら四人いっぺんに背中に乗っけて、お馬さんごっこをしてやろうかな。四人いっぺんはちとつらいだろうか。


5・隆也

 願わくば 花のもとにて春死なん
  その望月の 如月のころ

 如月って二月でしょ? 二月に桜は咲かなくない? 学生時代の幸生に質問されたことがあるが、この場合は旧暦だ。太陰暦二月、太陽暦三月、俺の二十七回目の誕生日だ。

 西行法師のこの歌に憧れたこともある。俺も如月の望月のころに、満開の桜のもとで死にたい、なんて妄想を語って、乾さん死なないで、と幸生にすがられたりもした。あいつはなんだってオーバーアクションで、ジョークとシリアスの境目が曖昧な奴だから、気にしなくてもいいのだが。

 ひとり、誕生日の夜に自室の窓から月を眺める。
 我々は誰かの誕生日だからって仲間うちで祝う習慣は持っていない。偶然に思い出しておごってやったり、ミエちゃんが合同パーティを催してくれたりしたことならあるが、たいていは触れることもなくすぎていく。

 だけど、どうして五人ともに、脱退してしまったヒデも含めればフォレストシンガーズのメンバー全員が三月生まれなんだろ。不思議な偶然もあるものだ。

 花のもとにて春死ぬのは、なにごとかを積み重ねてからだ。日本中のひとがフォレストシンガーズの名前を知ってくれ、嫌いか好きかには関わらず、歌を聴いて批評をしてくれる。そのうちには世界中にフォレストシンガーズの名が知れ渡る。

 そんな未来を夢見て、ひとり、酒のグラスを傾ける。
 一輪挿しには早咲きの河津桜が一枝、指でつつくと舞う花びらをグラスで受け止める。願わくば、花のもとにて咲き誇れ、我らの歌よ、フォレストシンガーズ。

END








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NoTitle

ちなみに私は誕生月は6月です。
変わらず、あかねさんは正月から飛ばして小説書いておりますねえ。。。
惚れ惚れしますね。
小説よりもそっちに感服しました。
今回は。

LandMさんへ

今年もコメントありがとうございます。
LandMさんはふたご座かかに座ですね。ふむふむ。

私は彼らと同じ、三月、魚座です。
彼らが全員三月生まれなのは、大学一年生のときはほぼずっと十八歳、などと計算がしやすいのと、私と同じだからでした。

今、アップしている小説はたいてい、以前に書いたものですが、今年もなんとかぼちぼち書けてはいます。
しかもこうして読んで下さる方がいらっしゃる、それがなによりうれしい今日このごろです。
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