別小説

ガラスの靴31

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「ガラスの靴」

  31・野外

 隠花植物の群れのように、業界人の集まるパーティは暗いところで開催される。今日のように外でバーベキューは珍しい。知った顔はいないだろうかと見回していたら、知可子さんを見つけた。

 妻のアンヌの知り合いの、フィンランド人と日本人のハーフだという、ゲルダさん主催のパーティだ。ゲルダさんは若いころには北欧の航空会社のキャビンアテンダントをしていて、現在はアーティストだそうだ。音楽系ではなく美術のほうでもないらしいが、僕には彼女がなんのアーティストなのかはわからない。

 一方、知可子さんはわかりやすい。僕は小説なんか読まないけど、小説家というものがこの世にたくさんいるのは知っている。知可子さんはケータイ小説家なのだそうで、普通の作家との差は煙草の煙と焼き肉の煙のちがいくらいなのだろうか。

「年下なんだね」
「ええ。十歳年下ですわ」
「あたし、年下って趣味じゃないな。で、あんたはスッチーだったって?」
「CAと言って下さいな」
「なんでもいいけどさ」

 質問しているのは知可子さんで、答えているのがパーティのホステス、ゲルダさんだ。知可子さんは僕に気づいているようだが、ちらっと僕を見ただけだった。

「日本ではスッチーってもてはやされるけど、外国ではそうでもないんだってね。ただの接客業だろ」
「そうですわね」
「背、高いな。高すぎじゃね?」
「私ですか。フィンランドの人間は背が高いから、遺伝ですわね」

「その年下の男とは結婚してるの?」
「いえ、結婚はこりごり」
「あんた、いくつ?」
「日本ではアラフィフっていうんですよね。そんな年頃です」
「……嘘ついてないか? 年を多くサバ読む女なんて……いやいや、お若いですねって言ってほしくてサバ読む奴もいるかも」
「若く見えます?」

 アラフィフというと四十代後半から五十二、三歳ってところか? 横で聞いている僕もちょっとだけ驚いた。僕は女性の年齢を言い当てるのが得意で、私、いくつに見える? とおばさんに訊かれて正直に答えては嫌われるのだが、その僕にもゲルダさんは三十代に見える。知可子さんはアラフォーのはずだが、ゲルダさんのほうが若く見えた。

「ヨーロッパ人って若いときは綺麗だけど、中年すぎると見る影もなくなるだろ。肌が汚いんだよね」
「私は母が日本人ですから、肌は母からの遺伝ですわね」
「ほんとに五十?」
「ええ。そのくらいです」

 ふーん、と知可子さんは不満そうに呟き、さらに質問した。

「あそこにもあそこにも芸能人がいるね。あのひとはテレビ局のプロデューサー。あっちは映画監督。アンヌのバンドのメンバーも、ミュージシャンやカメラマンやって、有名人がたくさんいる。それほど一般的じゃない有名人にしたって、あたしは知ってるよ」
「ええ。私の人脈です」

「あんたの男って何者?」
「彼の知り合いではなくて大半は私の知り合いですけど、彼は外資系の大企業の……まあ、詳しいことはいいじゃありませんか。私は彼の仕事に恋をしたわけでもないんですもの」
「そいつ、どこにいるの? 紹介してよ。盗らないからさ」

 おほほっと上品に笑ってから、ゲルダさんはずばっと言った。

「そんな心配はしていませんわ。知可子さんが私よりも魅力的だなんて、彼が考えるはずがありませんもの」
「あたし、あんたよりもかなり若いよ」
「それがどうかしまして? あら、でも、年下? そうは見えませんわね」

 これっておばさん同士の丁々発止のやりとりってやつなんだろうか。僕には関係ないのだが、アンヌにほったらかしにされているのもあって、息を呑んでふたりの会話を聞いていた。

「ところでさ、あんたも専業主夫の旦那ってほしい?」
「男性の専業主夫ですか? 私はシュフってものは認めませんわ。男だから女だからではなく」
「アンヌの夫ってか男妾ってか、知ってる?」
「噂には聞いています」
「どう思う?」
「……アンヌさんはいらしてるんですから、悪口は申しません」
「ってことは、言いたいんだね」

 つんっとした顔をするゲルダさんを見て、知可子さんは意地悪く笑う。ゲルダさんは僕がアンヌの夫の新垣笙だとは知らないから、知可子さんひとりの意地悪なのだろう。

「ねえ、知可子さん」
「なにか?」
「あなたとお話できて有意義でしたわ」
「そう?」
「会話をしている相手の言葉を否定して、わずかでも優越感を抱く。そういうことをすると見苦しいとよくわかりました。そんなことを教えて下さったあなたには感謝します。ありがとう」
「……」
「あなたが私の友達じゃなくてよかったわ」

 強烈、ってのはこれだろう。知可子さんは言葉に詰まって手近にあった缶ビールを取り、プシュッと空けてぐびぐびっと飲み干し、缶を握りつぶした。こわこわこわっ。

「……おまえもさ、女だったらちっとは気を利かせなくちゃ」
「……ごめんなさい。ちょっとだけ酔ってたみたい」
「酔うほど飲むなよ。女だろ」

 こっちのおばさんたちが黙ってしまったものだから、よその会話が聞こえてきた。長身のかっこいい男と、ほっそりした美人だ。どこかで見たことがあるふたりだ。

「おまえに引き換え、ワミちゃんはてきぱき働いてるぞ。あれでこそ女の子だよ。ワミちゃんが皿を下げたりしてるのも見てて、おまえは知らん顔だったんだろ」
「お客さんはそういうことってしないほうがいいかと思って……」
「そんな女を連れてくるんじゃなかったな。おまえは帰れ」
「そんなぁ……」

 泣き出しそうな顔をしている女は若く、男は中年に見える。不倫カップルかな、と僕が想像していると、ゲルダさんがそちらに寄っていった。

「横溝先生、いらっしゃいませ」
「ああ、ゲルダさん、お招きありがとう」
「こちらのお嬢さまは?」
「結婚したがってるからしてやってもいいかと思ってたんだけど、こんなに気の利かない女だとは思わなかったよ。考え直すべきだな」
「そんなぁ……」
 
 すっと寄ってきた知可子さんが、僕に囁いた。

「脚本家の横溝と、その彼女。彼女はモデルだよ。ふたりとも有名人で、ちょっとしたワイドショーネタにもなってたね。歳の差婚だろ。横溝はバツ三ってところだけど、セレブみたいなもんだからね。彼女からしたら玉の輿だもんな」
「モデルなのに?」
「モデルなんて若いうちしかできない仕事だもの」

 玉の輿、年の差婚、僕の周囲にもなくはない。それで男が強気で、若い女が下手に出ているのか。近頃はこういうカップルは珍しいかもしれない。

「そんなつまらないことで、婚約解消?」
「そうするかもしれないな」
「……そんなこと言わないで。きちんとしますから。心を入れ替えますから。ごめんなさい。今度からちゃんとします。ごめんなさい」
「泣くな。見苦しい」

 つめたく横溝は言い、モデルの彼女が彼の腕にすがろうとする。そんなにあんなおっさんと結婚したいのか?
 要は他の女は気をきかせて片づけを手伝ったりしているのに、彼女は動かずに食べたり飲んだりして酔っぱらってしまった。それが気に食わなくて横溝が怒っているのだろう。すると、ゲルダさんが言った。

「ゲストに働いてもらおうだなんて、当方は思っていませんことよ」
「しかし、働いている女性もいるんだ。そういうひとを見ていたら、気の利く女だったら私も手伝おうってなるでしょ。俺はぼーっとした女は嫌いなんですよ。それに、片づけを手伝ったりしている女性は大変で気の毒じゃないですか」
「そうお思いになるのなら、横溝さんが手伝えばよろしいのでは?」
「……なんで俺が……」
「男はなんにもしなくていいの? へーんなのぉ」

 歌うように言って、ゲルダさんはその場から離れてしまった。僕の横に立つ知可子さんは、けっと吐き捨てる。僕としては、横溝さんは不機嫌になってしまって、モデルの彼女ははらはらしているようだから、ゲルダさんの言葉は逆効果じゃなかったかと思わなくないのだが。

 だけど、アンヌだったらまちがいなく、ゲルダさんに賛成するだろうな。僕もそっちに賛成。

 勘違いおばさんというのはよくいるが、ゲルダさんの自慢は本物だ。だからってあそこまで他人を見下すのはどうかと思うが、かっこよくなくもない。ゲルダさんが歩いていく先には、長身の美青年がいる。スペイン人のフェラよりも綺麗な顔をして、あんなふうに崩れた雰囲気はない、正統派美青年だ。

 あの彼もハーフなのだろうか。やっぱハーフって綺麗だな。僕も負けそうだな。ってか、僕にはゲルダさんほどゴージャスな女性は似合わない。アンヌくらいがほどほどでいい、なんて言ったら、僕の奥さんは怒るだろうか。


つづく







 

 
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~ Comment ~

NoTitle

日本人と他の人では肌の質が違いますからね。
日本人は若くみられるときが多いです。
わりかし僕も日本人は年齢を間違えるからなあ。
いやはや、女性を見る目がない。

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。

白人さんと日本人では、肌もちがえば体質もちがいますよね。
真冬でも白人さんは半そで姿でへっちゃらだったりするようですし、先日は寒空の下、ショートパンツに生足で自転車に乗っている白人男性を見ました。
あのひとたちの肌感覚はどうなっているのでしょうか。

女性の年齢については、予測よりも十歳ほど若く言ってあげるのが無難かと。特に中年以上の女性だと、内心ではちょっと嬉しいはずですよ。
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