ショートストーリィ(しりとり小説)

105「がたがた」

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しりとり小説102

「がたがた」

 法学部は卒業したものの、希望の職には就けなくて母校の事務員になった。二十五歳になったころから、母がしきりに環に言うようになった。

「なんと言っても男性は料理上手な女が好きなのよ。男は胃袋でつかめって言うでしょ。掃除や洗濯なんてものは慣れれば誰にだってできるけど、料理は大変で大切なの。私の娘なんだから環にはセンスはあるはずだけど、今から本格的に習っておきなさい。あなたは専門職には就けなかったんだから、二十代のうちに結婚しなくちゃね」

 だせっ、とも思ったのだが、月謝は出してくれると言われたので、料理教室に通うことにした。
 子どものころには、秀才の娘を母は誇りに思っていたはずだ。お手伝いなんかしなくていいから勉強しなさい、いい大学に入って専門的な仕事をして、自立するべきだ。結婚はしてもしなくてもいいのよ、と言っていたのに。

 なのだから、母には料理を教えてもらわなかった。大学には自宅通学で、職場も母校なのだからひとり暮らしの経験もない。家事は母にまかせっぱなしだった。
 料理教室では基礎から教えてもらい、徐々に応用に入っていく。和、洋、中の本格的な料理も習い、凝り性の環としては楽しくなってくる。習った料理を家でふるまうと、父も母も弟も褒めてくれた。

「乃理子ちゃんは結婚するみたいよ。退職して故郷に帰るんだって」
「あら、そうなの。乃理子さんって環と同い年だったわね。あなたもさっさとしなくちゃ。二十代はカウントダウン状態じゃない?」
「そうだね」

 同僚の下川乃理子の退職理由は、故郷の淡路島でお見合いをするというものだった。お見合いがうまくいくかどうかはわからないものの、彼女のほうが先に結婚する可能性が高くなった。
 そうと聞いた母がまず焦りだして、結婚相談所に環の名前で登録してしまった。えー、そんなのぉ、とぼやいてみたが、好奇心がなくもない。

 三十歳に近くなるまでに、環だって男とは幾度かつきあった。学生時代には法学部の秀才もいて、彼は今ごろは弁護士同士の彼女ができたか、結婚したか。

 そのあとの男とは結婚までは至らなかった。二十代の男は女とちがって結婚願望が薄い。環にだってそれほど願望はなかったのだが、ノリちゃんのお見合いと母の焦りが環の心にも火をつけた。結婚相談所で紹介してくれる男だったら、結婚願望はあるはずだ。会ってみよう。

 そう決めて十人ほどと会い、断ったり断られたりでへこみそうになっていたころ、母の知人がお見合いをセッティングしてくれた。お見合いとはいってもカジュアルなもので、ふたりきりで会い、五回ほどデートを重ねた。

「転勤が決まったんですよ」
「あら、どちらに?」
「札幌なんです。環さん、仕事を辞めてついてきてくれませんか」

 細身で背は低めで、かっこよくはないが堅実そうなタイプだ。佐藤弘明、三十二歳。年回りもちょうどいいと中年たちは言う。中堅企業勤務のサラリーマンだから、条件も悪くはない。愛が芽生えているわけでもないが、真面目にプロポーズしてくれたのだし、お見合いだったらこんなものだろう。

「私、専業主婦になるの?」
「働きたいんだったら働くのはけっこうだけど、環さんの自由にすればいいですよ」
「……わかりました、結婚しましょう」
「ありがとう」

 淡々としたプロポーズもすみ、淡々と、ごく尋常な段階を踏んで結婚式を経て同居になった。
 札幌の小さなマンションで、環は主婦業をこなす。大人ふたりの家庭では掃除も洗濯もたいした仕事でもなくて、いきおい料理に力を入れていた。

「今日はビーフストロガノフでーす。デミグラスソースに凝ったのよ」
「ああ、おいしいね」

「本日はチャイニーズレストランふう中華のフルコースです。化学調味料やレトルトは一切使っていません」
「ふーん、すごいね」

「イセエビのテルミドールがメインなのよ。ちょっと高かったけど奮発しました」
「へぇ、イセエビか」

「北海道はやっぱり早くから寒くなるのよね。今日は鳥ガラスープから作ったボルシチよ」
「ボルシチってこんなか」

「懐石料理まではいかないけど、実家からおいしい日本酒を送ってもらったんで、和食をいろいろ取り揃えてみました。召し上がれ」
「ああ、豪華だね」

 どれほど環がバリエーション豊かに美味な料理を作っても、弘明は感激もしてくれない。もとから淡々とした性格なのだろうが、淡々と食べ、淡々とごちそうさまを言い、余裕があれば皿洗いはしてくれる。
 おいしいね、とは言ってくれるが、まったく感情がこもっていない。環にはまだ夫に対する遠慮が残っているので、だからって怒るのも筋違いかと思う。絶対に感動させてやるのだと決意して、いっそう料理に力を入れた。

「ミラノ風仔牛のカツレツと、ミラノふうサラダ、トマトソースをしっかり煮込んで作ったシーフードパスタです。弘明さんはイタリアンは好きよね」
「好きだけどね」

 いただきます、とフォークを手にした弘明は、淡々と黙々と食べている。おいしい? と尋ねると、うん、と応じる。今日は凝り具合が足りなかったかと思っている環に、弘明が言った。

「お願いがあるんだ」
「なんでしょうか」
「こっちに来て二か月ほどになるよね。毎日毎日……もう、うんざりなんだよ」
「なにが?」
「朝はパン食だろ。僕はトーストとコーヒーだけでいいんだけどね。朝から食べ過ぎると胃が重いんだよな」

 なんでもいいよ、と弘明が言ったから、朝はオープンサンドやパンケーキやフレンチトーストやらをメインに、夕食にはなりにくい軽くてしゃれた料理を用意していた。

「昼は親子丼とかカレーライスとか、シンプルなものがつくづくうまいんだよ」
「お弁当を作ってって話じゃないのね?」
「いらないよ。恥ずかしい」
「恥ずかしいの?」
「……うんざりなんだよ。こう言ってもわからない?」

 えーっと、と環は首をかしげた。
 シンプルな食べものが好き? 肉じゃがだとか味噌汁だとか? そんなものも作ったことはあるが、弘明の態度はなにを出してもおおむね同じだった。

「インスタントラーメンとか冷凍のピラフとか、キュウリに味噌をつけたのとか……」
「……」
「俺はそういうのが好きなんだよ。毎晩毎晩これじゃ、外に飲みにいきたくなるよ」
「……はあ」

 シンプルはシンプルでもレベルがちがう。九州出身の弘明はひとり暮らしが長いから、インスタントラーメンや冷凍食品にこそうんざりしていると思っていたが。

「弘明さんって味覚音痴なのかな」
「そうだとしてもかまわないよ。明日は単純なものにしてくれなかったら、よそに飲みにいくから」
「……せっかく作ったのに」
「きみが勝手にやってるんだろ。俺はこんな食いものには興味ないんだよ」

 はっきり言われてしまって、環の意気込みが崩れた。がたがたっという音が聞こえてくるようだった。

次は「た」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズの本橋真次郎のモトカノ、下川乃理子のストーリィに出てくる彼女の同僚、松隈環です。男と女の想いはすれ違う、なーんて。




 
 
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~ Comment ~

NoTitle

普通なら、こんなに料理の上手い奥さんは,ありがたがるんでしょうけど。
もったいない話ですね。
この結婚は失敗だったかな?
でも・・・私も、「さあ食べて、いっぱい食べて」と言われるのが苦手な小食系なので、ちょっと弘明さんの気持ちも分かるかな。
もしかしたら環には、料理以外の魅力がなかったかな?

……とか言ったら、世の女性に怒られちゃいますね。
(私が食に興味ないから、ついつい・・)
このお話はきっと、旦那様に怒るべきストーリーなのでしょうね。

それにしても、お見合いってどんな感じで臨むのでしょう。
結婚前提で初対面の人と会うって、面白いような怖いような。
でもちょっと、やってみたかったな・・・。

limeさんへ

コメントありがとうございます。

昔、結婚したがっていた友人に、「お見合いしてみたら? お世話してくれる人はいないの?」と尋ねたらえらく怒りましてね。
私の周囲にはそんなお節介なおばさんなんかいない!! って。

まあ、たしかに、環と弘明は相性がよくないんですよね。
だけど、毎日毎日ハレの食事ってうんざり、な気持ちもわかります。
私も食べることには執着の薄い人間ですから、ごちそうはたまだからいいのよ、と思ったりして。

世の中の女性は特に、料理がいちばん大切だと言いますよね。
案外男性のほうは、凝った料理は食べたくないと思っているものだとも聞いたことがあります。

女性が彼氏に作ってあげて、彼氏のほうが白ける料理。
キッシュだと聞きました。
わかるなぁ。

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