番外編

番外編18(18 And Life)

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番外編18

「18 And Life」


1

 幼稚園時代なんてものは思い出そうとしても、ちゃんとした形になって浮かんではこない。だが、気がつけばいつも近くに彼がいた。
 本名武者小路蒼、むしゃのこうじそうと読む。四歳のガキんちょだった俺がはじめて彼と会ったときの記憶はないのだが、テレビでヒーローに変身するお兄さんの名前みたいだな、と思ったような、かすかな思い出はある。幼稚園の先生たちが、すっごく綺麗な子だね、と言っていたような思い出もある。
 ガキにだって馬が合うの合わないのってのはあるようで、俺は蒼と馬が合って仲良くなったのだろう。いつしかいつでもいっしょに遊ぶ仲になっていた。あのころの俺たちは、ソウ、カズオと本名で呼び合っていた。
 人生初の記憶ってやつは、蒼と砂場で取っ組み合いをして、先生たちが周りで金切り声を上げて、やめなさーいっ!! と叫んでいたような、たぶんそれだろう。ふたつ年上の俺の姉も幼稚園にいて、先生たちといっしょに叫んでいたような気もする。
 ふたりしていたずらをして先生に怒られて立たされたり、ふたりして学校をサボったり、ふたりして宿題を忘れて放課後に残されたり、小学校も同じだったので、蒼とはそんなことばかりしていた。昔から勉強は大嫌いだったのだが、長じて思い起こせば、あのころの俺たちは普通の子供だった。
 とはいえ、小学生のころから派手好みだった蒼は、髪を長めにしてサファイアいろの髪飾りをつけていたりした。五年生だったか六年生だったかは記憶にないが、その日の昼休みに、俺たちは名前の話をしていた。
「おまえの名前はいいよな。かっこよすぎていやだなんて言うけど、鈴木一夫よりよっぽどいいじゃん」
「カズオは名前にコンプレックスがあるんだな。そしたらさ、改名しようぜ」
「改名?」
 髪飾りを指さして、蒼は真顔で言った。
「サファイアと呼べ」
「サファイアだぁ? けーっ」
「蒼はサファイアの色じゃないか。おまえは……エメラルドにしよう」
「エメラルドって緑だろ。俺の名前に緑はないよ」
「緑の黒髪って言うだろ。おまえの髪は真っ黒だから、そうしよう」
「変な理屈だな。サファイアもエメラルドも長い。呼びにくいよ」
「そしたら……」
 縮めてファイ、エミーと呼び合おうと言う蒼に乗せられて、俺もなんとなくうなずいた。昼休みが終わって教室に帰ると、ファイがクラスメイトたちに宣言した。
「これからはカズオはエミー、俺はファイだから、みんなもそう呼べよ」
 男子たちはブーイングをよこしたのだが、女の子たちは面白がって乗ってきた。ふたりとも綺麗な顔をしてるから、そのニックネームは似合ってるよ、そう呼んであげる、と女の子たちが賛成してくれたのは、俺にはまんざらでもない気分だった。
 それからはファイとエミーになった俺たちは、だんだんと大きくなり、だんだんと不良じみていって、同じ中学校に入学した。家が近いのだから中学校が同じなのは当たり前だが、勉強ができなくて、進学できる高校なんてないぞ、と教師に脅されたのも同じで、結果、高校も同じとなった。
 高校生ともなると記憶もだいぶはっきりしている。一年生ではクラスも同じで、蒼が早速親しくなった女の子が、俺たちをかわるがわる見て言ったのだった。
「ファイとエミー……こうして見るとほんと、ふたりとも綺麗だね。キミたちって女の子とどうこうしてるよりも、ふたりで恋人同士になったほうが似合うよ。抱き合ってキスしてみて」
「俺にはそんな趣味はなーいっ!!」
 逃げようとした俺はファイにうしろからつかまえられて、ファイの顔が迫ってきた。超アップで見てもファイの顔はたしかに綺麗なのだが、気持ちが悪いのが勝っていて、俺は力まかせにファイの脛を蹴飛ばした。ファイが怒って飛びかかってきて、教室の机の上をふたりで取っ組み合ってころがって、幼稚園、小学校、中学校のころとまったく同じに、教師に怒られた。
 俺たちに取っ組み合いをさせた張本人の女の子の名前は、あゆみといった。あゆみはそれからも、俺たちを彼女の妙な趣味の世界に引き入れたがった。あゆみはまんがを描いていて、ボーイズラヴとやらいう世界が大好きだったのだ。
「美少年同士の抱擁シーンの参考にするんだから、ファイ、エミー、リアルに抱き合ってみてよ」
「美少年ってのはなよなよっとしてるんだろ。ファイはなよなよしてないじゃん。俺は細いけど、背はけっこう高いし、そういうタイプじゃないっての」
「長身の美形同士って最高だよ。顔もそのまんま使えるし。ねえねえ、ファイとエミーのラヴストーリィ、描いていい?」
「俺はいいよ」
「ファイ、馬鹿、断れ」
「いいんだもん、俺は。そのかわりさ……描いていいから……な、あゆみ、現実のほうではおまえと俺のラヴストーリィを……」
「ちょっと待ってよ。エミーも待ってよ」
 勝手にやってろ、と言い捨てて、俺は教室から出ていった。
 中学校に入ったころから、ファイは猛烈な勢いでもてるようになった。この顔だし、ガキのころから背が高くて、お笑い好きの面白い奴でもあるのだから、特に可愛い女の子には愛嬌をふりまくのだから、もてるのは当然だろう。
 女の子のほうから告白された数も、ファイが告白した数も、俺は把握していないものの、相当数だったはずだ。ファイが自分で言うところによると、告白を断ったことも、断られたこともないらしい。つまり、二股三股どころか、百股くらいかけまくっていた計算になる。
「中学時代の女はみんな捨ててきたから、第一歩からやり直しだよ」
 そう言っていたファイは、まずはあゆみと、これからも次々に彼女を作るつもりでいるのだろう。あゆみといちゃいちゃしているファイを見ていると、こいつはとんでもない遊び人なんだぞ、と言いたくなるだろうから、言わないうちに逃げ出したのもあったのだった。
「鈴木くん……」
 馬鹿らしいから帰ろっと、とひとりで学校から出ていこうとしていたら、俺の本名を呼ぶ女がいた。
「まだ授業は終わってないよ」
「腹減ったから、パンでも買いにいくんだよ」
「お昼ごはんは食べなかったの?」
「弁当食ったけど足りないからさ」
「……じゃあ、あたしも行っていい?」
「あんたもさぼり? あんた、同じクラスの子だっけ。なんて名前?」
「関根彩子」
 程度の低い高校なのだが、時には真面目な生徒もいる。いい高校を受験して落ちて、すべり止めのはずのうちの高校に来るしかなくなったのか。彩子はそんな感じに見えた。
「デートしよっか。マックでも行く? ただし、鈴木って呼ぶな。エミーだからな、俺は」
「自己紹介でもそう言ってたね。緑の黒髪のエメラルド、通称エミー」
「よく覚えてるんだな。俺は……彩子ちゃんの自己紹介なんか覚えてねえよ」
「では、改めて自己紹介しましょうか」
 ふたりで歩きながら、互いの中学時代の話をした。予想通り、彩子は志望校に不合格になってうちの高校に来たらしい。つまりは優等生だ。俺の苦手な勉強家であるようだが、観察したところ、外見は合格していた。
「ファイも知ってる? あいつはガキのころからどうしようもなくてさ、なのにもてるんだよな。もてもてのもてもて」
「エミーももてるんじゃないの?」
「俺も悪くないとは思うんだけど、ファイのそばにいると霞むんじゃないのかな」
「私はエミーのほうがずっと好きだよ」
 心臓を直撃された気分ってこれ? 俺にしたって中学校に彼女はいた。その子とセックスだってした。ファイほどはもてないけど、女の子に人気はあったはずだ。エミーが好き、と言ってくれた女の子は他にもいたけれど、俺は彼女はひとりでいいと考えていたから、高校が別々になって別れた彼女としかつきあった経験はない。
「彩子、俺とつきあおうよ」
 さりげないふうに言ったら、うん、と彩子はうなずいた。
 できのよくない高校でも、ファイと俺は授業についていくだけで苦労していた。勉強嫌いはふたりともにで、ファイはお笑いにうつつを抜かし、俺はギターとロックにうつつを抜かしていたのだから、当然だったのだろう。ついていけない授業をさぼってばかりで、彩子に説教されたりもした。
「エミー、私が勉強を教えてあげるから」
「いらねえよ」
「だけど、このまんまじゃ落第するよ。卒業もできないよ」
「いいんだって。俺はギターで食ってくんだから」
「下手くそなくせに」
「なんだと。てめぇ、言いやがったな」
 そうやって喧嘩もしたが、高校時代の三年間、俺は彩子とだけつきあっていた。
 遊び人のもてもてファイは、あゆみとはじきに別れ、次から次へと女の子とくっついたり別れたりして、高校を卒業するまでに百人は軽いな、などと言っていた。ファイならば女方面は軽いだろうけど、将来はどうするんだ? 俺はちらっとはそうも考えていたのだ。
 考えてはいても学校は適当にやっていて、それでもかろうじて卒業はできて、予備校に通って大学受験をして合格した彩子とは別れ、俺たちは世の中にほっぽり出された。
 就職もせずフリーター暮らしをして、ギタリストになりたいと考えるばかりで行動も起こさず、ただただふらふらと漂っていたあのころ。俺はバンドを組んだりもしたが、ロック好き兄ちゃんたちのお遊びだった。そんなファイと俺に転機が訪れた。
 「燦劇」だ。このまんまじゃどうにもならないと、ファイも考えていたのだろう。ファイも俺とロックをやろう、と熱心に誘い、ロック雑誌でメンバーを募集して、選んだ三人の仲間たち。五人になった俺たちは、ビジュアル系ロックバンド「燦劇」を結成した。
 キーボードがパール、ベースはトパーズ、ドラムがルビー、ファイがヴォーカル、俺はギター。「燦劇」は宝石をコンセプトにして、服装も音もその路線で行こう。五人で相談をまとめ、貸しスタジオで練習もした。ファイと俺が十九、トビーとパールが十八、ルビーは十七。ルビーはまだ高校生だったのだが、トビーとパールが高校を卒業し、ルビーは高校をやめてしまった春には、俺たちには仕事も入るようになった。
 はじめてライヴハウスで演奏したら、俺たちがびっくりするほどに熱狂的な声援が降り注いだ。ファイの凄艶なまでの美貌のおかげか。他の奴らも俺も顔立ちはいいほうだが、みんなして濃い化粧をしているのだから、客席からは素顔はわからない。いったいなにがこんなにも、女の子たちを熱狂させるのか。俺はほとんど呆然としていたのだが、あとからライヴハウスのオーナーが言った。
「詞はファイで曲はエミーだね。きみたちの見た目と演奏する曲がうまく融合したってのもあったかな。いい世界を作ってる。他のビジュアル系とは一線を画す独自の世界がいいんだよ。ファイの声ときみたちの書いた歌がしっくり合うのもあるんだろうな。きみたち、売れてもうちの店を忘れないでくれよ」
 俺たちってそれほどのもの? だったのだが、アマチュアながらに燦劇にはどんどんどんどんファンが増えていった。借りていたスタジオで全員で話していたときに、パールが言った。
「ファイはそのガタイでその顔で、声も甘くて、アマチュアビジュアル系バンドのヴォーカルとしては、ファイが最高だって、ファンの子も言ってくれるよね。だからって羽目をはずしすぎないようにね」
「羽目をはずすってどういう意味だよ」
「わからなくないだろ」
「俺、学がないからわかんねえよ」
「学がないってね、俺だって高校にもまともに行ってなかったんだよ。詞を書く人間が羽目をはずすって言葉くらいは……ああ、意味は知っててもわかりたくないんだ。ファイ、女の子とはほどほどにね、って、俺はそう言いたかったの」
「そういう意味かよ。だってさ、むこうが俺をほっとかないんだもん。もてるってつらいね」
「エミー、なんとか言ってやって」
 トビーとルビーは曖昧に笑っていて、パールは俺に視線を向けた。
「トビーもルビーもパールももてるんだろ。俺にだってファンの子がなんだかんだと……こうなったら女にもてるって立場を楽しんで……そうしたらよくないのか、パール?」
「無茶をしたら駄目なんだよ。プロになりたいんだろ。インディズからCDを出すって話しにもなってるけど、本物のプロになりたいんだろ。誰かがファンの女の子にひどいことをしたりして、俺らの将来が悪い方向に進んだらどうするの? 特にファイだよ。自重しろよ」
「ふーん、おまえ、ちびのくせして生意気だな」
「ちびは関係ないだろ。生意気だからって殴るの? やれよ」
 おーいおいおい、やめろよぉ、とトビーとルビーがうろたえている。俺はどうしたらいいのかとやはりうろたえていると、ファイは立ち上がり、はるか下にあるパールの顔をぎろぎろっと睨みつけた。パールも立ち上がったのだが、立って向き合っても身長の差は相当なものだ。
「だけどさ、パールはねぇ……ねえ、トビー、ここ、さわってみて」
「ここ?」
 私服のシャツの胸を、パールがいきなりはだけた。俺はパールに尋ねた。
「ここって、おまえの胸? おまえの胸をさわるとどうなんの?」
「今は真っ平らだけど、乱暴されるとここがにょきにょきってなって、僕、じゃなくて、あたし、女の子に変身しちゃうの。ファイ、やってみる?」
「おい、こら、下らないジョークは……」
「ファイ、ジョークだと思ってる? みんなも? 本当かもよ。やってみたらわかるからやってみて」
「……最初から殴る気なんかねえよ。まあ、パールの言うことは正しい。おまえらも自重しろよ」
 言ったファイに、おまえがだ、と四人で言い返すと、ファイはふふんと嘯いていた。
「いちばんちっちゃいくせに、パールって案外……」
 帰ろうとしてスタジオを出ると、先に出ていったトビーがルビーに話しかけているのが聞こえた。
「俺たちも背は低いから、ファイってちょっとおっかないじゃん? 殴られそうになったら怖いよな」
「うん。エミーはそんなでもないけど、ファイはちょっとね」
「これからはパールにまかせようか」
「すげえこと言うんだよな、パールって」
「ほんとだったらどうする?」
「やめろよ、トビー、そっちのほうがもっと怖いよっ!!」
 笑い声とともに、ふたりの会話が遠ざかっていった。
 だからってファイが自重していたとは言いにくいのだが、燦劇はますます人気が出た。ファイと俺が二十一歳になった年だから、アマチュアとして二年近く活動していた俺たちに、プロにならないかという話しが飛び込んできた。
 みんなでガッツポーズをやって、泣きそうにまでなって、俺たちをプロにしてくれるのかもしれないという「オフィス・ヤマザキ」の社長に会いにいった。「オフィス・ヤマザキ」に行ったら社長は留守で、事務員の女の子が言った。
「社長ももうじき行くそうですから、みなさんも行ってて下さい。近いから歩いて行けますからね」
 事務所から近いところに、スタジオがある。そのスタジオはフォレストシンガーズが借りている。フォレストシンガーズなんて俺たちはまるで知らなかったのだが、男五人のヴォーカルグループなのだそうだ。
 フォレストシンガーズが借りているスタジオに、社長が行く。俺たちも行って、社長に俺たちの音を聴かせる。社長が行くまでスタジオで待っていろ。そういう段取りになっているそうなのだから、行くしかない。行ってみたら、フォレストシンガーズがいた。
 背の高い男がふたり、背の低い男がふたり、中間くらいの背丈の男がひとり。小さいふたりと大きい三人にはずいぶんと年の差がありそうだ。会った瞬間はそれくらいしか印象もなく、なににしたって俺たちは彼らに会いにきたのではなく、社長に会いにきたんだから、こんな奴らはどうでもいいんだと思っていた。
 スタジオではごたごたがあって、ファイが乾隆也って奴に蹴飛ばされた。脇腹に回し蹴りを喰らってぶっ倒れたファイを見て、俺はひたすらにうろたえていた。それまではルビーもトビーも虚勢を張っていたのだろう。ふたりともに俺と同じにうろたえて、倒れて呻いているファイを見たり、どうしよう、どうしよう、と言いたそうに俺を見たりしていたのだが、俺にもどうにもこうにもどうにもできなかったのだ。
 その場をおさめたのはパールだったので、自然、フォレストシンガーズとの交渉役をパールに押しつける形になった。社長が俺たちの音を聴き、デビューさせてやると約束してくれた数日後に、パールはひとりで再びフォレストシンガーズのスタジオに出向き、帰ってきてから報告してくれた。
「挨拶してきたよ。これからは俺たちの先輩グループになるんだからさ、フォレストシンガーズの知識を授けてあげようね」
「いらねえよ、そんなもん」
「ファイ、黙って聞けよ」
 俺が言うと、ファイはちぇっ、と舌を鳴らして口を閉じ、パールが言った。
「あの日にも話は聞いてたんだけど、今日はもっとじっくり聞いてきたよ。フォレストシンガーズってのは、大学の合唱部で仲間だった人たちの集まりなんだって。高い声が俺に似てるっていってた人、背丈も俺に似て小さくて若い人が、三沢幸生さん。若いったって俺より六つ年上の二十六歳。もうひとり、背の低い若く見える人がいたでしょ。彼は木村章さん。三沢さんと同い年で、昔はロックバンドをやってたんだってさ。ハードロックバンドだったから、ビジュアル系は嫌いなんだそうだけどね」
 その調子でパールが話してくれたのをまとめると、こうなる。
 十年ほど前、俺たちが小学生だったころに、フォレストシンガーズのリーダー、本橋真次郎、サブリーダー格になる乾隆也、背の高いほうのふたりが、大学に入って合唱部に入った。その一年後に、真ん中の身長の本庄繁之が、そしてその一年後には、背の低いほうのふたりが合唱部に入ってきた。
 すると、本橋、乾が二十八歳。本庄は二十七歳。三沢、木村が二十六歳。俺の印象ほどには年齢差はないのだが、合唱部の先輩と後輩というわけで、年上が年下にいばっている。中学、高校でも運動部の連中は先輩だの後輩だのと言っていたので、そんな感じなのだろう。
 大学のころからいっしょに歌っていた彼らのうちで、木村章のみは一年で大学を中退し、ロックバンドをやっていた。燦劇のメンバーは高校はお情けで卒業させてもらったようなもので、ルビーに至っては高校中退なのだから、その点は木村章には親しみが持てた。
 木村章が大学を中退し、年上のふたりが大学を卒業する間際に、フォレストシンガーズが結成された。結成当時は別のメンバーがいたのだが、彼は脱退して行方不明。よくある話だろう。
 彼らは燦劇のようにうまく行かなくて、なかなかプロにもなれず、なれたらなれたでまるっきり売れない。デビューしてから四年近くが経過した近頃になって、ようやくほんのすこしは売れてきてるかな、って程度だそうで、それもよくある話だ。
「それでね、ZIGGYの「ONE NIGHT STAND」をみんなで歌ってくれたんだよ。これからプロとしてやっていく燦劇へのはなむけにって。木村さんはもとロックヴォーカリストだけに上手だったけど、他の人たちはロックを歌うような声をしてないんだよね。ビジュアル系だったらやっぱファイが一番だよ。ファイ、いつまでもふてくされてないでさ」
 ふてくされてねえよ、だとか、フォレストシンガーズなんて関係ねえよ、だとか言っているファイを横目で見て、ルビーが言った。
「あの人たちって十年もいっしょにやってるんだね。俺たちは二年くらいになるのかな。十年もやってると、グループに歴史ってものができて、俺たちのグループはこうなんだよ、って他人に話すことがいっぱいあるんだ。俺たちもこれから歴史を作る……なんて言ったら……でも、そうじゃん?」
 正直言って、俺は燦劇のしょっぱなから違和感を覚えていた。俺はハードロックが好きなんだから、ビジュアル系なんていやだ。化粧なんかしたくない。そう言いたかった。が、言っておいてぺろっと舌を出して照れているルビーの顔やら、うまいこと言うじゃん、と言って笑っているパールの顔やらを見ていたら、言えるわけもなかった。
 けっ、だせっ、と呟いたファイも、グループの歴史かぁ、へぇー、と感心してみせているトビーも、瞳がきらきらして見える。ここで俺が、違和感が、なんて言えるか? プロになれるのは俺だって嬉しいのだから、とにもかくにもやってみよう。


2

 インディズ時代からCDを出していたのだから、燦劇にはファンが大勢いた。社長の息子の山崎数馬、中学三年生、彼も俺たちのファンのひとりなのだそうだが、ファイが乾隆也に蹴飛ばされる原因を作ったのはこいつだ。ファイがこんなガキと口喧嘩をして、あげくは乱暴しようとしたのだから、蹴飛ばされてもしようがないか、と俺は思うのだが、ファイは怒っている。
 怒っているというのか、怯えているというのか、でかいくせしていざとなるとからっきし気が弱い。ってのは俺も似たようなものなのかもしれないが、ファイは乾隆也には近づきたくないと言う。パールは彼らになつきつつあるようだが、ファイは彼らを避けている。俺もファイ寄りの気分だった。
 メジャーレーベルからCDが発売された日に、俺たちが事務所に借りてもらったスタジオに、数馬がやってきた。スタジオを借りてはもらったが、フォレストシンガーズのような専用ではない。そこもファイは不満であるようだ。ファイは数馬も大嫌いなのだそうだが、パールはにこにこと彼に話しかけた。
「数馬くんのおかげもあるんだってね。三沢さんから聞いたよ。三沢さんは全部は話してくれなかったんで、俺もみんなにどうやって伝えようかって思って、まだ言ってないんだ。数馬くんから話してくれない?」
「あの日のこと? 俺、うまく言えないよ」
「あの日って?」
 ルビーが尋ね、パールは首をかしげ、うーんうーんと唸ってから口を開いた。
「社長から連絡が来た日のちょっと前に、ライヴをやったじゃん? あのライヴを数馬くんが聴きにきてたんだよね。社長も詳しくは言ってくれなかったんだけど、そのときに乾さんが数馬くんのつきそいでライヴハウスに来てたんでしょ?」
「子供がひとりでライヴハウスに行くなんて、ってパパが言ってさ、俺はどうしても行きたい、って言ったんだ。そしたら、保護者と行けって。パパとライヴハウスになんか行きたくないよ」
「そりゃそうだろうな。それで乾さんがついてきてくれたんだ」
「乾さんだって来なくていいのに、来なくていい奴がふたりもついてきたんだよ」
「誰?」
「三沢さんと木村さん。木村さんってビジュアル系は大嫌いなんだって。それで、木村さんが三沢さんを連れてライヴハウスの外に出てった。俺は乾さんとふたりで聴いてたんだ」
 ファイもルビーもトビーも知らなかったはずだ。俺ももちろんそんなことは知らなかったので、四人でパールと数馬の会話に聞き入っていた。
「脅迫しやがってさ……俺は乾さんなんか大嫌いだよ」
「脅迫?」
「言いたくないよ。けどさ、俺はガキだからって脅迫だけで、ファイは蹴飛ばされたんだよね。乾さんってあんなことを……」
「ふーん、すこぉしわかるような気も……まあ、それはいいじゃん。で?」
 ガキの話はわかりづらい。ファイが苛々と口をはさもうとするのを遮って、パールが数馬から話を聞き出し、つまりはこうだね、と言った。
「俺はところどころは聞いてたから、だいたいわかったよ。あの日のライヴに数馬くんの保護者として来ていた乾さんは、社長から頼まれてたんだ。燦劇ってのはどんなバンドなのか、どんな音楽をやるのか、ファンの反応はどんななのか。乾さんのミュージシャンとしての耳で聞き定めてきてほしいってのかな。乾さんは俺たちの音楽を聴いて、社長に言ってくれたんだね。見所はあるよ、くらい?」
「俺は知らねえよ」
「数馬くんは社長になんて言ったの?」
「燦劇のファンって女ばっかりだけど、俺だってファンなんだから、男だって好きな奴は好きになる。ファンになるよ、だったかな」
「ファン代表の数馬くんの声と、専門家の意見とで、社長は俺たちに会おうって気になったんだよね」
「そうなんじゃないのかな」
 そこでついに、ファイが口を出した。
「だからって、そうだからって言ったって、俺は乾なんて奴は大嫌いだよ」
「それを感情論という」
「パール、おまえ、ちびのくせに……」
「ちびちびって言うなよな。論理的に反論しろよ。ファイは詞を書くんだろ。語彙ってのもあるんだろ」
「詞を書くときは言葉が出てくるけど、こうやって喋ってるとあんまり……」
「乾さんも三沢さんも詞を書くんだよ。木村さんや本橋さんも書く。フォレストシンガーズの歌は大部分が自作なんだ。本庄さん以外はソングライターでもあるんだ。詞も曲も俺の好みじゃないけど、あの人たちと話してると語彙が増えるよ。本庄さん以外はべらべらっとよく口が回って、話を聞いてるだけでも勉強になるっていうのか、自然にいろいろと教えてもらえるんだ。それにね」
 パールは俺を見た。
「乾さんと木村さんはギターも弾くんだ」
 続いてファイを見た。
「もちろん、歌はものすっごくうまい。ロックには向かないけど、大人のラヴソングってのはすんげえうまい。俺は生で何度か聴いて、ほえーってなっちゃったよ。本橋さんはピアノも上手なんだって」
「だからなんなんだよ」
 ぶすっと問い返したファイに、パールは言った。
「社長にも言われてるんだ。みんなで挨拶に行こうよ」
「……んんと……まあな。挨拶くらいはしないと……けど、やだよ、俺」
「ファイはうちの中心人物でしょ。燦劇のプリンスじゃないの?」
「中心ってのはどっちかってえとおまえじゃないのか」
「俺? まっさかぁ。ね、行こう、ファイ。エミーもルビーもトビーも行こう。数馬くんも行く?」
 やだ、と数馬はきっぱり拒否したのだが、俺たちは行かないとも言えなくて、パールについていった。ファイも渋々ついてきた。
「やあやあ、CD発売おめでとう」
 スタジオに入ると、三沢幸生が両腕を広げて俺たちを迎え、あとの四人も集まってきた。パールはにこやかに応じた。
「みんなで挨拶に来ました」
 とはいえ、メインになっていたのはパールで、他の四人はもごもご言っていただけだった。俺もみんなの真似をしてもごもごと挨拶をしながら、改めてフォレストシンガーズのメンバーを見ていた。彼らも五人、俺たちも五人。もっともちがうのは、彼らは髪が短くて、俺たちは長いという点だ。
 はじめて会った日には、俺たちは演奏をするのだからと、リキを入れてステージ衣装を着込み、メイクもばっちりしていた。俺の苦手なハイヒールの靴も履いていた。今日は練習をしていたのだから、メイクはしているが、私服でヒールのない靴だ。むこうも歌の練習中で、私服にスニーカーを履いている。
 総勢十人の男たちの中では、ファイが図抜けて背が高い。二番目がフォレストシンガーズのリーダー、本橋。ファイはひょろりとした長身だが、本橋は筋肉質だ。はじめて会った日にも迫力のある男だと思ったのだが、その通りだと二度目にも思える。
 三番目は乾か俺か。乾……さんをつけないと怒られそうだから敬称をつけるとしよう。怒ると乾……さんはかなり怖そうだから。乾さんと俺は背丈は同じくらいだろう。年の差の分だかどうだかは知らないが、彼のほうが俺よりはがっしりしている。いや、俺が細すぎるのであって、乾さんにしても筋肉質ってほどではない。
 四番目の身長は本庄……ついでだからみんなにさんをつけよう。本庄さんは中背で、十人のうちではいちばん筋肉が発達していると見える。いかにも力がありそうな、柔道でもやっていそうな身体つきをしている。
 五番目はルビーかトビーか、三沢さんか。いちばん小さいのは木村さんかパールか。この五人はあまり身長差がないので見極めづらい。ルビー、トビー、三沢、パール、木村、小さいほうの身長順はこうなるだろうか。ルビーとトビーは私服でいても靴のヒールが高めなので、正確ではないかもしれないが。
 十人のうちで明らかにでかいのがファイ、大き目が本橋、乾、俺。小さいのが五人。本庄さんはなにもかもが中庸ってところだ。そう覚えておこう。
髪の色は俺たちは時々変えるのだが、現在はルビーがプラチナ、トビーとパールがブロンド、俺はエメラルドがかったブラウン、ファイはアッシュブラウン。全員肩を越す長さだ。かたや、フォレストシンガーズは、三沢さんがいくぶん色を抜いていて、木村さんは茶髪で、あとの三人は生まれたまんまの黒髪だった。
 もとロッカーの木村さんは、服装のセンスもロッカーっぽい。三沢さんは子供っぽいファッションがよく似合っていて、とてもじゃないがこのふたりは二十六には見えない。乾さんは服装が気取っている。本橋さんと本庄さんはセンスなんてものじゃなくて、服装なんかどうでもいいのだろうとしか思えない。
 髪の短い五人を外見で判断すると、その中では髪が長めの木村さんはやはり、ロッカーに近い雰囲気を持っている。性格も俺たちに近いのだろうか。本橋さんはやっぱり迫力があって、本庄さんもけっこう怖そうで、三沢さんはパールに似ているような気がする。言うまでもなく、三沢さんはパールほどの美形ではないが。
 顔を言うならば、フォレストシンガーズは目立たない。木村さんはなかなか整った顔をしているが、あとの四人はたいしたことはない。顔は断然俺たちの勝ちだ。
 しかし、乾隆也って男は……彼は……彼が俺たちを? そしてファイにあんなふうに? シャレた大人の男の服装をして、カジュアルファッションの他の九人とは雰囲気のちがう彼の中身ってのは? 顔はたいしたことはなくても、なんとなく格好よくもないような……しかし、中身は? 静かに微笑んでいる乾さんを見ていると、彼が言葉を発した。
「練習中でもメイクしてるのか」
「メイクしてるほうが演奏しやすいってーか、気分が乗るんだよね」
 パールが答えると、木村さんも言った。
「ビジュアル系か……いいんだけどさ」
「なんで木村さんはビジュアル系が嫌いなの?」
 訊きかけたパールの腕を、ファイが引っ張った。
「そんなのどうでもいいから、スタジオに戻って練習だよ」
「そうだったね。ではでは、お邪魔しました。また近いうちに……」
 じゃあねーっ、とパールは愛想よくふるまっていたのだが、他の四人は逃げるようにしてフォレストシンガーズのスタジオを出ると、一斉に息を吐き出した。
「あんな奴らとつきあいたくねえよ。関係ねえだろうがっ!」
 ファイはそう言ったのだが、賛成のような反対のような、彼らに興味がなくもないような、俺としてはいわく言いがたい気分でいた。


 プロになるとプロのロックバンドの知り合いが増えていく。ビジュアル系もそうではないのもいて、そうではないほう。ハードロックでもプログレでもなく、シンフォニックロック? と疑問符つきで、ロックには詳しい木村さんが教えてくれた。
 大人数の彼らのバンド名は「エターナルスノウ」。ミズキという名の女の子がヴォーカルで、バックは男だ。デビューの時期も近く、年頃も近い彼らと親しくなったのは、メンバーのひとりが俺の昔のロック仲間だったからだ。いっぷう変わった楽器編成の彼らには男のメンバーが七人いる。その中で金管楽器を担当しているキースが、俺の知り合いだったのだ。
 燦劇のメンバーにしても本名はある。キースにもある本名を俺は知っているが、彼らも本名は公にしていないのだし、俺だって自分の本名は最小限の奴にしか教えたくないのだから、キースでいい。キースに紹介されて、ミズキとも知り合った。ファイと俺は同時に彼女に恋をし、競って告白し、のらりくらりと逃げられてそろってむかついていた。
「くそぉ。俺は女につきあってくれって言って、あんなふうにあしらわれたのははじめてだよ」
「ファイだったらそうだろうな。ミズキちゃんで何人目だ? 百人に到達したのか」
「エミー、ミズキちゃんによけいなことを言うなよ」
「言われて困るような、過去の多い奴は……」
「おまえにだってあるんだろうが」
「おまえほどはねえよっ」
 関係なかったはずのフォレストシンガーズとも、いつしか関係が深くなっている。ファイは本橋さんに愚痴をこぼしていたようで、ふたりともがんばれよ、と余裕の表情で励まされたりした。
「過去ったって、おまえらの過去なんて何年分なんだよ」
「本橋さんは女の経験は何人?」
「……そんなもん、簡単に数えられないよ」
「そうなんだ。盛んだったんだね。でも、ファイは本橋さんより上だよ、数だけはきっと」
「おまえがいばるこっちゃねえだろ」
 ごつんと頭にげんこつが飛んできて、俺は三沢さんや木村さんじゃねえっての、と抗議しても聞く耳も持っていない。本橋さんとはこういう男なのだと、今では知っているので、げんこつのひとつくらいどうってこともないか、と笑っておいた。
「エミー、ミズキとどうなった?」
 ある日、ライヴハウスでキースが尋ねた。
「ファイに取られないようにしろよ」
「ファイには負けそうな気もするんだけど、それより、ミズキちゃんはどう思ってるんだよ。あれって男をじらす戦術なのか」
「俺は知らないけどさ、昔の友達のよしみで、いいものやろうか」
 高校生のころによく行っていたライヴハウスで知り合ったキースは、俺よりはいくつか年上で、当時は理系の大学生。現在は「エターナルスノウ」の活動のかたわら、大学院で研究を続けている。俺にはまるっきり意味不明な研究をやっているのだから、ロックフリークとしては変り種だ。キースが俺にくれた「いいもの」とは、小さなガラス瓶だった。
「なに、これ? 薬?」
「一種の媚薬だよ。媚薬って知ってるだろ。女に飲ませるとエロスの花が咲いて、ああ、もう、どうにでもして、私はあなたのものになるわ、ってなるんだ」
「そんなの、そんなの使ったら犯罪だろうが」
「ひと晩寝て起きたらけろりとしてるよ。おまえの手腕でミズキにどうにかしてこれを飲ませて、ミズキの部屋にいっしょに行くんだ。ミズキの部屋だぜ。他の場所だと目覚めたときにミズキが不審がる。ミズキの部屋だったら、かすかになにか覚えていたとしても、夢だったか、ってなもんさ」
 細々とやり方を教えてくれるのを聞きはしていたのだが、俺はためらった。
「よくないよ、そんなのは」
「そうか。そんならこれはファイにやるよ。俺はファイは嫌いだし、おまえは昔の友達だから、おまえの役に立とうと思ったんだけど、おまえがいやだったら仕方ない」
「そんな薬は捨てたらいいじゃないか」
「せっかく開発したのに、効果もためさずに捨てられるかよ」
「そんならキースがためしたらいいだろ」
「俺には彼女はいる。お互い惚れてるんだから、薬の必要はない。今のところは別の女も必要ない」
「そういうふうにやるんだったら、彼女がいてもいなくても……」
「俺はファイじゃないんだから、複数の女とどうこうはしたくないんだよ。おまえもだろ」
 そういえば昔、ファイの遊び人ぶりをキースに話した。キースはそれを覚えていて、だからこそファイが嫌いなのか。意外に彼は真面目な奴なのだ。
「ミズキだってファイなんかの女になったら大変だよ。おまえだったらいい。ミズキは俺の妹みたいなものなんだ。うちのメンバー全員の妹のような子なんだ。だからだよ。おまえだったら許せる。けど、ミズキがはっきりしないんだから、薬でも使って……やってみろよ」
「ええと……なんかこう……」
 話しの辻褄が合わないのではないか? しかし、どう合わないのか。俺の頭もファイと似たようなものなので、論理立てた反論ができない。パールだったらできるのだろうか。
「誰にも言うなよ。わかってるよな。秘密裡に進めろ」
「う、うん」
 とりあえず受け取っておいたのだが、やはりどうしてもためらってしまう。うちのメンバーたちには告げずに、薬を大切にポケットの奥にしまって、仕事をすませてひとりになって、深く深く悩みながら歩いていた。
 俺は親元で暮らしている。近頃は稼ぎもあるので独立したいのだが、踏ん切りがつかないのはパソコンの群れと同居しているためだ。パソコンの引っ越しは面倒だし、インターネット環境だのなんだのを整えるのも新たにとなると面倒だ。パソコンとつきあうのはロックの次に好きなのだが、ひとたびトラブると面倒くさい奴らではあるのだから。
 家には姉と両親がいる。家族は俺を本名で呼ぶ。俺がこの格好をしていると、以前は父などはあとずさっていたものだが、慣れたのか諦めたのか、これが俺の仕事だと受け入れたのか、最近はとりたてて文句は言わなくなった。
「カズオ? おまえはいつから外人に……」
「目の色か? カラーコンタクトだよ」
 緑の目をしている俺を見ると、父はいまだに驚くのだが、俺だって好きでやってるんじゃねえよ、と言いたい。俺は決して、今の俺自身を心からは受け入れていない。が、誰にもそうは言えない。ハードロックなんて古いじゃん、とわざと言ってみているのだった。
 帰宅して自室にこもり、パソコンを起動して「媚薬」を検索したのだが、参考にならない。キースがくれたのは彼が開発した薬なのだから、成分も効用も不明だ。媚薬ってものにもいろいろとあるらしい、としか判明しなかった。
 しばらく隠しておこうと決めて、薬をしまい込んだ。まるで麻薬でも隠しているかのようにいたたまれなくて、しまった場所は見たくもなかった。
 もしもファイに薬を見せたら、あいつはどうするんだろう。使ってみようと言うだろうか。しかし、それは人としてしてはいけないことだ、うん、そうだ。だから忘れよう。変な薬なんかなかったことにしよう。そう決めて忘れたふりをしているうちに、俺はミズキに断られた。ファイも断られたのだそうで、どちらかが彼女の恋人になるよりは、そのほうがいいんだろうと俺は思っていた。
 強がりまじりではあるけれど、そんなふうに考えながら事務所の前まで来ると、ぎゃいぎゃいと騒いでいる声が聞こえてきた。あの声はファイだ。喧嘩でもしているのかと覗いてみたら、ファイは乾さんに引きずられてきてぽいっと放り出され、ふてくされた様子で地面にじかにあぐらをかいた。
「この次玲奈ちゃんに無礼な口をきいたら……いいな?」
「でもさ、あいつだって……」
「あいつだって、じゃないんだ。わかったのか」
 身体はファイのほうがはるかに大きいのだが、最初の出会いでがつんのどかんとやられたので、ファイは乾さんにはまともに抵抗できないと見える。わかったよ、と小声で言うファイに、わかればいいんだ、と言い残して、乾さんは立ち去ろうとした。
「なにやってんだよ」
 しばらくしてから声をかけると、乾さんには弱気だったファイが飛びかかってきた。
「俺にだったらそういうことをやるわけだ。うわっ……いてっ!! 加減しろよっ!!」
「くそーっ!! むかつくぞっ!!」
「うわーっ!! 乾さん、なんとかしてよっ!!」
「人に助けを求めるな」
 立ち去りかけていた乾さんが振り向いた。
「……元気でいいね。若いね。おまえたちを見てると俺は……玲奈ちゃんなんて八つも年下なんだよな。いやいや、俺もまだまだ若い」
「若いんだったら助けてよっ!!」
「幸生と章の取っ組み合いよりは迫力あるけど、ま、どうってこともないさ」
 ひとりごとみたいに言って乾さんが行ってしまったものだから、ファイの八つ当たりの的にされて、俺はもう散々だった。そうは言っても俺も一方的にやられていたわけでもない。顔が命のビジュアル系ロッカーなのだから顔は避けて、殴り合ったり蹴飛ばし合ったりしていたら、だんだん気分爽快になってきたのだった。
「ちょっと……ちょっと待て。疲れた。休憩しようぜ」
「おまえがはじめたんだろ。なにやったんだよ」
 土ぼこりだらけになってすわり込んで尋ねると、ファイはもがもが言っている。玲奈ちゃんとは「オフィス・ヤマザキ」の事務員だ。背は低いがプロポーションはいい。顔も可愛い。年齢も俺たちと同じくらいなので、気軽に口がきける。私はフォレストシンガーズの音楽のほうが好き、と俺たちの前で言うのは憎らしいが、可愛いから許そう。
「乾さんが言ってたよな。ミズキちゃんにふられたからって、おまえ、玲奈ちゃんを口説いたのか。おまえは女っていったら次から次へなのは知ってるけど、ふられた次の瞬間に別の女を口説くって、三沢さんに似てるんだよな、おまえ」
「俺のどこが三沢さんに似てるんだよ。俺はあんなにちっちゃくないし、あんなに口だって回らねえよ」
「懲りない奴ってのが似てるんだろ」
「エミーは懲りたのか」
「懲りてねえよ」
「そんなら同じじゃないか。いいんだよ、ふられるのもたまにはいいんだ」
「たまには、ね」
 ひょっとして、ファイは生まれてはじめて女にふられた? まさかとは思うが、尋ねてみたらきっと、そうだよ、と平然と言うだろうから、尋ねるのはやめておいた。
「同じ女を好きになったのははじめてだよな。おまえも女にふられるなんて珍しいんだろうけど、たまにはいいさ。たまにはいいんだから、そういうことにしておこう」
 そういうことにしておくしかないのだから、俺もうなずいた。
「続き、やるのか」
「なんの続きだよ。仕事だろ」
「その格好でか。ファイ、鏡を見たらのけぞるぞ。すげえ格好になってるよ」
「おまえだって」
 ふたりして互いの格好を指摘してげらげら笑っていたのだが、その笑い声にはかなり、ヤケクソが入り込んでいた。


3

 あれはミズキにふられる前、インディズであるハードロックバンドのダイモス、エターナルスノウ、俺たち燦劇。ここらへんは新人バンドで、キャリアのあるロックバンドも数組が出演するジョイントコンサートが行われた。
 ライヴの目玉とでもいうのか、今回のメインがグラブダブドリブであるのはまちがいない。俺たちなんかあいつらのおまけじゃねえの? と俺は思い、あいつらがおまけなんだよ、とファイは傲慢にも言った。だが、むこうがおまけであるわけはない。
 新人バンドたちは先に演奏し、メインバンドのグラブダブドリブはライヴのラストを飾った。俺たちだって他の新人バンドだって、ファンの大歓声を浴びて、ファンを熱狂の渦に巻き込むことはできたと思う。しかし、グラブダブドリブは桁外れにすごかった。
 他のバンドの奴らも、ラストのステージを裏側から見ていた。グラブダブドリブというバンドは、近頃ではライヴチケットが簡単には手に入らない。この中には客席からグラブダブドリブを見た経験のある者もいるのだろうが、俺ははじめてだ。
 ずーっと見ていると目が眩む。聴いていると頭が眩む。うちのメンバーたちもいくらかはグラブダブドリブのステージを見たようで、ファイでさえも、すげえよな、と漏らしていたが、俺ほどの気持ちにはならなかっただろう。だって、俺は……俺は…… 
 本当は俺もグラブダブドリブみたいに……あんな音楽がやりたいんだよ、とは仲間たちの前で言えるはずもなくて、暗くなっていたら、パールが俺の顔を覗き込んできた。
「エミー、なんだか落ち込んでる?」
「いやぁ……グラブダブドリブってすげえよな」
「すごいのはたしかだけどさ、俺たちだってこっち側の人間だよ。そんな卑屈な目をする必要はないの。客席できゃあきゃあ騒いでる立場じゃなくて、俺たちもステージに立って演奏するんだもん。グラブダブドリブと比べたら、俺たちは下手だろうけど……」
「比べんなよ」
「比べなくてもいいよね」
 あのライヴのせいで俺はいっそう、ハードロックがやりたい、俺のやりたかった音楽は、グラブダブドリブみたいな……と考えるようになったのだろう。そのあとでミズキにはファイも俺もふられてしまったのだが、そんなものはどうでもよく、もない。よくもないけど、忘れてもかまわない出来事となった。
 それから俺の苛々が高まっていった。うちの仲間たちは、ミズキにふられたせいだと思っていたのだろう。それもなくはないのだけど、それ以上に、俺はハードロックがやりたい、に凝り固まっていったのだ。
 

 ステージではメイクをしていると利点があるもので、素顔でいると人に気取られない。髪が長いので、ロックやってるんだろうな、と思われはするのだろうが、この手の若い男はどこにでもいる。素顔で私服だとなんにも気にせずにふらふら歩いていられるのは、大変によいところだ。
「エミーじゃないの?」
 休みの日にひとりでふらふら街を歩いていると、女の子に声をかけられた。相当に熱心なファンの子だったら、俺がエミーだと見抜くのだろうか。少々ぎくっとして、彼女の手を取って引き寄せた。
「ちょっと、なにすんのよ、いきなり」
「ハグしてキスして、ってんでいいだろ? サインだのなんだのやってると、かえって目立つんだよ。これだったら、街中で抱き合ってる恥知らずなカップルに見えるよね。嬉しいでしょ?」
「ハグしてキスしては嬉しいけど、あたしを覚えてないの?」
「どっかのライヴに来てくれてた? ファンの集いとか? 言っとくけど、ファンの子なんかいちいち覚えてねえんだよ。大きな声でエミーって呼ぶな。今日は休みなんだから」
「エミーって呼んだらいけないんだったら、鈴木一夫くん」
 少々だった「ぎくっ」が本物になって、俺は彼女の顔をじろじろっと見た。
「なんで俺の本名を知ってんの? あ……ああ、あ、あ、あゆみ!!」
「覚えててくれたんじゃないの。そうだよ、あゆみ。エミーは昔よりもっと綺麗になったよね。スケッチさせてくれないかな」
「絵を続けてんの?」
 高校入学早々にファイが仲良くなって、じきに別れてしまったあゆみではないか。スケッチで思い出した。あゆみは漫画研究会にいて、ボーイズラヴというおかしな世界が大好きだったのだ。
「高校出てから就職したんだよ。うちの高校って卒業後はフリーターってのが多かったけど、あたしは就職したの。カジュアルショップの店員をやってたんだけど、あたしはやっぱり絵の勉強がしたいと思って、一年間働いてお金を貯めて、勉強し直したの。それで去年、芸大に合格した。二十一歳の大学二年生」
「へええ、えらいんだな」
「漫画も嫌いじゃないけど、今は専門は人物画なんだ。綺麗な男の子を描くのがいちばん楽しいもんね」
「ああ、そっか、それでゲイ大なんだな」
「つまんなーい、寒い。エミー、オヤジギャグはやめなよね」
「寒いか。うん、しかし、ファンの子じゃなかったんだ」
「あたし、ビジュアル系って趣味じゃないから、ファンではないんだけど、燦劇は知ってるよ。すごいよね。あのファイやエミーがスターになっちゃったんだもんね」
「スターなんかじゃないけど」
 なにすんのよ、と言ったわりには、俺の腕から抜け出そうとしない。せっかくハグしたのだから、人前でキスする恥知らずカップルを演じようと、強く抱きしめてくちびるを重ねても拒まなかった。
「昼メシ食う?」
「おごってくれるの? そんなら……」
 近くのホテルに入っている有名で高級な店のランチがいいと言うので、ふたりしてホテルに入っていった。ふたりともに服装がいい加減なので断られるかとも思ったのだが、ランチなのだからいいのであるらしい。俺はあゆみの耳元で囁いた。
「どうせだったら部屋でルームサービス頼もうよ。金はあるんだからさ」
「あたしの食べたいものを食べてからにしようよ」
「食べてからだったらいいんだな」
「いいよ」
 かすかにひっかかるのは、あゆみはファイの昔の彼女であるという事実だ。しかし、そんなものは高校時代の話なのだし、俺には現在は彼女はいないのだし、あゆみだっていいよと言っているのだから、かまわないことにしよう。
 ミズキよりも玲奈よりも顔は落ちるが、あゆみだって充分に可愛い。背は高くも低くもなくて、プロポーションも悪くない。俺にはたいして美味にも感じられなかったランチを食べて、階上に取った部屋に入って裸になったあゆみは、想像以上に色っぽかった。
「こんな高そうなホテルの部屋で……なんだよね。稼げるようになったんだ。やっぱすごいじゃん」
「金は稼げるようになったよ。だけど……」
「どうしたの? エミーの悩みなんか聞きたくない。来て」
「うん」
 こんな奴に話したって意味はない。俺の心にたまっていく澱のようなものは、誰に話しても意味はない。仕事もプライベートも楽しいのが一番だ。俺はそう思って、あゆみの身体に溺れていった。
 そして数日後。
「エミー、彼女がいなくて寂しいんだったら、ミキちゃんの友達でも紹介してもらったら?」
 ミキちゃんとはパールの彼女である。俺には彼女がいなくて寂しい。それもなくはないのだが、パールはそればっかりだと思っているらしい。
「ま、そのうちにな」
「どうしたの? エミーってこのごろ変だよ」
「……俺はいっつも変なんだよ。パール、俺んち来るか?」
「パールちゃんになぐさめてほしいの?」
「あのなぁ、三沢さんみたいに言うなよ。それはファイとだけやってりゃいいんだ。ミズキちゃんにふられたのだって、もうずいぶん前じゃないか。なぐさめてほしいんじゃなくて、たまにはおまえとふたりっきりもいいかなって。俺んちがいやだったら外で飲むか?」
「だって、エミーんちはお父さんもお母さんもお姉さんもいるんだもん」
「今日は留守だよ」
 燦劇の五人が集まったばかりのころには、全員が親元にいた。しかし、今では俺のみが実家暮らし。そろそろ独立するべきなのだが、面倒くさいのでそのまんまにしているのだ。
 親と姉は三人そろって旅行に出かけた。うちの家族はやたら旅行好きで、たびたび俺はひとりになる。だからこそ、親元で暮らしていられるのかもしれない。家族はいないと聞いてその気になったパールとふたりで、俺の家に帰った。パールは俺の家の郵便受けを探り、たまっていた郵便物を抱えて、俺の部屋に入ってきた。
「あいかわらずパソコンだらけだね。エミーの恋人ってパソコン? パソコンに名前つけてる?」
「つけてねえよ」
「そうそ、これね」
「郵便か。ありがと」
 受け取って放り出した郵便物の束を、パールはちらちら見ていた。
「よその郵便物なんてどうでもいいだろ」
「あのね……気になるのがあるんだ。見ていい?」
「見たかったら見れば?」
 気になる郵便物とは、花模様の封筒だった。
「姉ちゃんとこに友達が出した手紙じゃないのか? 女だろ」
「女なのかな。差出人の名前はないね。宛名はエミーだよ。鈴木一夫さまになってる」
「差出人不明の手紙かよ」
「ポストから取り出したときにも、この手紙、差出人の名前がないな、って気がついてたんだよ。だから気になってたんだ。エミーへの手紙なんだから開けてみれば? 俺には見せたくない?」
「なにを変な勘ぐりしてんだよ」
 言いつつ、俺は封筒を開封した。
「……写真……なんだ、こりゃ?」
「あちゃちゃあ」
 俺の手元を覗いていたパールは、妙な声を発した。
「女の子とエミー……裸だね」
「……あゆみだ」
「あゆみって子? あゆみって子が送ってきたの?」
「こいつはあゆみだよ。顔はきっちりとは写ってないけど、身体であゆみだってわかる。男は俺だろ。顔もしっかり写ってるもんな」
「あゆみちゃんが撮った写真?」
「そうなのかな」
 高級ホテルだったのだから、おかしな仕掛けはないだろう。とすると、あゆみが撮って俺に送りつけてきたのか? あゆみが俺の住所を知っているのは不可解ではないが、では、なんのために? 強請りか? 
「これって大変なこと? スキャンダルになるのかな」
「んんと……そっか、そうなるのか、パール? あ、そういえば……」
「他にもなにかあるのかよ」
 急にパールが怖い顔になり、俺はしばし失念していたあるものを思い出した。
「ここだったかな。あった」
「なんだよ、それ?」
 ミズキに使ってみろと言って、キースがくれた「媚薬」とかいう薬だ。パールのほうが俺よりも頭がいいのはまちがいないはずなので、変な写真ついでに尋ねてみようと思い立ったのだった。
「こういうわけでさ……」
 キースが薬をくれたときの会話を、覚えている限り再現してみせ、俺はパールに質問した。
「どうしたらいいと思う?」
「エミー、こんなの使ってまで、ミズキちゃんを落としたかったの?」
「ちがうよ。キースが勝手にくれたんだ。気持ち悪いから隠しておいて、それっきり忘れてた。けどさ、こんな変な写真が送られてきて、もしやあゆみが雑誌社とかに写真を送って、それで警察に家宅捜索とかってされたとしたら……薬までばれないかな。捨てたほうがいいよな」
 ほっと息をついて、パールは言った。
「あゆみちゃんは未成年じゃないだろ? エミーがレイプしたんでもないだろ? 犯罪じゃなくてスキャンダルだったら、警察がエミーの部屋の捜索なんかしないんだよ」
「そうかぁ?」
「そうだよ。落ち着けよ」
 言われてようやく落ち着いて、俺はパールの判断にゆだねようと、彼をじっと見つめた。
「あゆみちゃんはなんのつもりなんだろうね。手紙は入ってないの?」
「えーと……」
 写真に驚いてしまったものだから、手紙までは考えなかった。封筒をさかさにして振ると、便箋がはらりと落ちた。
「エミー、この写真、絵にして発表していい? 顔は変えるけど、いいポーズでしょ? 何枚も撮った中で、これだけはいいアングルできちんと撮れてたんだ。美男美女のベッドシーン。使っていいよね。駄目だったらどこかで言って。あゆみ、あれ、没、って言ってくれなかったとしたら、進級課題の人物画に使うからね」
 文面を読んで、これはやはり脅迫なのかと考えて、俺はパールにも手紙を見せた。
「美大生の女の子?」
「ゲイ大だよ。美大も芸大もおんなじようなもんかな。あいつのことだから、自分自身も男にしちまって、美男美男のベッドシーンの絵にするって可能性もあるよな。俺の顔も変えてくれるんだったらいいけど、どこかで没って言うって、どうすりゃいいんだ?」
「一部、意味不明なんだけど、雑誌のインタビューとかさ、ラジオで言うとかさ、方法はいくつか考えられるよ」
「脅迫かな、これ。俺がいやだって言ったら、この写真をばらまくぞって」
「うーん、男がやることのような気が……エミーだけがばっちり顔が写ってるんだよね、これ」
 写真を取り上げて、パールが注意深く見ている。俺も改めてよく見ると、あゆみが裸なのはわかるのだが、微妙なところは微妙に隠れていた。ああやって抱き合ったものの、スケッチはさせてやらなかったから、隠し撮りをしたのか。
「近頃の女の子はやりかねないのかな。エミー、女って怖いね」
「うん、まあな」
「だから俺が言っただろ。ファイにだけ言ったときみたちは思っているのかもしれないけど、エミーもだよ。彼女がいないからってよくない遊びはやめろ」
「うん、まあな」
「課題の人物画がベッドシーンって、そんなの許されるの?」
「あゆみがいいって言ってるんだから、そこまでかまっていられるかよ」
「そんなら信じておこう。描かれてもいいんだよね」
「顔を変えるんだったらいいよ」
 しかし、もうひとつ思い出した。
「パール、絶対にファイにもルビーにもトビーにも言うなよ」
「言ったらいけないんだったら言わないけど、なぜ?」
「ファイはあゆみを知ってる」
「……へええ、まあね、これだけですむんだったら、内緒にしておいてもどうってとはなさそうだね。だけど、エミー、くれぐれも……」
「わかったって言ってんだろ。しつこいんだよっ」
 けれどけれど、パールに弱みを握られてしまったのだろうか。いまだ俺の中では確固とはしていないのだから、いいと言えばいいのだが、当分は言い出せなくなってしまった。俺はハードロックがやりたいんだよ、とはますます言えなくなってしまった。
「薬は捨てたらいいよな」
「そのほうがいいだろうね。ねえねえ、フォレストシンガーズってさ、プライベートでもみんなでよく歌ってるよ。エミー、ギター弾いてよ。なにか歌おう」
「おまえとデュエットか。いいよ」
 話題がそれたので安心して、俺はギターを取り上げた。
「SKID LOWだ。18 And Life」
 ハードロックなんて古い、とパールも言うが、知識はなくもない。ロックバラードとはいえハードな曲調の英語の歌だ。俺のギターに乗せて、パールとふたりで歌った。
 
「Ricky was a young boy, he had a heart of stone.
 Lived 9 to 5 and worked his fingers to the bone.
 Just barely got out of school, came from the edge of town.
 Fought like a switchblade so no one could take him down.
 He had no money, oooh no good at home.
 He walked the streets a soldier and he fought the world alone
 And now it's

 18 and life you got it
 18 and life you know
 Your crime is time and it's
 18 and life to go」

 この歌詞はけっこう重たい内容だったはずだが、18のころに、というのだから、俺たちと似た境遇でなくもないはずだ。俺ももうすこし我慢してみようか。石の上にも三年とかいうんだし、せめてプロとして三年ほどはやってみるしかない。人間すべからく我慢が大切、だなんて、社長も言っていたのだから。

END




 
 
 
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