ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「く」

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フォレストシンガーズ

「雲の通い路」

 
 すべてのお客さまを送り出し、片付けもすませると、カウンターに並んですわってコーヒーを飲み、音楽を聴く。結婚してからのふたりの日課になっていた。

「まゆりちゃん、今夜はフォレストシンガーズがテレビに出るんだよね。見たいんだろ」
「そりゃあ見たいわ」
「じゃあ、見ましょうか」

 和風喫茶「雲の通い路」は、夫の松原隼平が二十年近く、金沢の東尋坊で営んでいるお店だ。私も何度もそばを通りかかったことだったらあった。

 常連さんもいちげんさんも、静かにコーヒーを飲んだり、和菓子と日本茶で休憩したりする喫茶店だから、音楽もいつでも静かに流している。テレビをつけることはまずないのだが、持ち運びのできる小さいものは置いてあった。

「かっこいいねぇ」
「かっこいいよね」

 深夜の音楽番組にフォレストシンガーズが出演して、歌っている。オープニングタイトルに続いてすぐさま彼らの歌になった。

 ダークブルーのジャケットに、それぞれにすこしだけデザインのちがうシャツ、パンツ、ネクタイ。ネクタイはしない歌い手もよくいるけど、俺はネクタイをしたほうが決まると思うんですよ、と乾さんがファンクラブの会報で発言していた。

「似合ってるよね、特に乾さんがいちばん……そっかぁ……いやいや、歌が聴こえないね。黙ってるよ」
「そうね、あとでね」

 最近の流行りものなどは知らない、三十六歳と六十三歳の夫婦だ。妻の私は初婚、夫は再婚で、数か月前に結婚式を挙げた。フォレストシンガーズの乾さんも参列してくれて歌ってくれた。
 
 結婚式ではソロで、乾さんのオリジナルだという歌を披露してくれた。私のために……ううん、夫と私の結婚式のために、乾さんが歌を作って歌ってくれた。感激すぎて涙が止まらなくなって、あれで私は完全に乾さんを吹っ切ったのだろう。

 高校受験ではじめて見た、よその中学校の男子生徒にひと目惚れをした、彼とは同じ高校に入学したものの、クラスは別々だった。私は彼に片想いをし続け、春には高校三年生になるバレンタインディに思い切ってチョコレートを渡した。

「プレゼントとお手紙をありがとう。まゆりちゃん、俺とつきあってくれますか」

 そう言ってくれたのは彼のほうからで、私はそのまま天に舞い上がりそうになった。
 たったの一年、彼が東京の大学に行ってしまうまでの間だけ、隆也とまゆりはカップルだった。たった一年だけだったのに、彼はじきにまゆりを忘れただろうに、私は長く長く彼をひきずっていた。

 というのも、隆也くんがフォレストシンガーズのメンバーとしてデビューしたからだ。しかも彼はフォレストシンガーズの公式サイトやら、ファンクラブの会報やらに時々綴っていた。

「俺は金沢で生まれて、高校生までは故郷にいたんです。はじめて女の子とつきあったのは十六歳のとき。彼女、元気にしてるかな。とっくに新しい恋人ができたよな」

「おりにふれて昔の彼女を思い出します。彼女も俺も十代で、外見も中身も幼かった。
 彼女のセーラー服、おさげ髪、花火大会の浴衣姿、大き目のセーターから覗いた細い指と、俺の指をからめて歩いた犀川のほとり……寒い日の彼女のコートの肩に、薄く積もった雪も」

「青春だったなぁ。あんな素敵な青春を経験できたのはきみのおかげだよ。ありがとう」

「金沢というと、祖母と彼女がセットになって思い出される。
 しわくちゃの妖怪ばあさんだけを思い出すのは苦々しいけど、彼女の可愛い笑顔がセットになってるから……両極端だな、俺の故郷の想い出って」

 昔の彼女って私? 私だよね。そんな文章を読むたびにときめいて、私は隆也くんを忘れることができなかった。

 その上に、フォレストシンガーズのファンクラブにも入ってしまい、一年に一度ほどはフォレストシンガーズが金沢でライヴをやるというのもあって、私はフォレストシンガーズだけを楽しみに生きているようになった。

 男性とつきあってみたり、別れてみたり、お見合いをしてみたり、転職もしてみたり、人並みにいろんなことはあったけれど、特別な出来事もなく三十代半ばになって、このまんま金沢でひとりで年を取っていくんだろうな、と考えるようになっていたころ。

 昔なじみの友達から電話があったのは、フォレストシンガーズのライヴを聴きにいった帰り道だった。フォレストシンガーズの誰かが友人の夫が経営する旅館に泊まっていると教えてくれたのだ。彼女は私が乾さんとつきあっていたのを知っているから、乾さんじゃないよ、とも言い添えた。

 だったら誰? 会いにこない? と誘われて急いで向かった先にいたのは、三沢幸生。三沢さんも乾さんから、金沢のまゆりについてはちょっとは聞いていると話してくれた。

 それだけだったらそれだけのことだったのだろうが、偶然がもうひとつあって、私は松原隼平と出会い、結婚することになった。夫となった彼はフォレストシンガーズの所属事務所の社長の友人だから、乾さんが私たちの結婚式に出席してくれた。

 だからもう、彼は私の「隆也くん」ではなく、フォレストシンガーズの乾さんだ。そんなの、十年前からそうだったのに、生身の乾隆也に会ったおかげで、まゆりさん、おめでとう、と微笑んでもらって、あの歌を聴かせてもらったおかげで、本当にそうなのだと心から思えるようになった。

「……乾さん、恋してます?」
「なんだよ、いきなり」

 視線はテレビに向けていても、昔を思い出してぼんやりしていて歌を聴いていなかった。三沢さんが乾さんに問いかける声で意識が戻る。トークの時間になっていたらしい。
 してるよともしてないよとも言わず、乾さんは短歌を口ずさんだ。
 
「天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ」
「その心は?」
「ご想像におまかせします」
「うわぁ、意味深だなぁ」

 乙女って好きな女性のこと? 天女のことだよ、などと語り合っているうちに、彼らの会話は百人一首のほうに流れていく。乾さんは大学では古歌を専攻していたのだと、リーダーの本橋さんが補足していた。そういえば高校三年生のとき、高校かるた選手権に出場する隆也くんのお手伝いをしたっけ。

「三沢さんはうちの店の名前、知ってるんだよね」
「乾さんも知ってるよね。うまくごまかしたのかな。完全にまゆりちゃんのことを含めてるよね」
「……うふ」
「まゆりちゃん、嬉しい?」
「嬉しくなくもなく……あら、隼平さん、妬いてます?」
「いやいや、僕にだってモトカノのひとりやふたり、ってか、モトツマまでいるんだからね。妬くだなんてちっちゃいことはしませんよ」

 などと言いながら、夫が私の肩を抱く。ほんとはちょっとだけ妬けるよ、きみのモトカレはいい男だね、と囁かれると、背筋がむずむずっとした。

END









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~ Comment ~

うーん

女はやっぱりどこか魔性だな^^;って感じます。
結婚してもやっぱりどこかで別の男性を想ってたりして。

結婚しても、アイドルとか俳優に熱を上げる人は多いけど、まゆりちゃんのはリアルだから、ちょっとね^^;
でも旦那さんが大人な人で、良かったね(めちゃくちゃ歳の差・・・)

たとえばこんなお話を書くとき、あかねさんはこの主人公の女の子を、どんなふうに思っているのか、気になります。
私は主人公は、すごく感情移入してしまうタイプなのですが、あかねさんはわりと冷めた視点で見ていますよね。
そう言うところも面白いなって^^

今年もあとわずかですね。
私は今日からお休みで、午前中大掃除をしたせいで、いまはフラフラです。
今日はもう、なにもしない・・・。

なにはともあれ、良いお年を^^

あかねさんへ!!♪

今年も終わりになりましたが、コメントもかけずに終わりましたね~~汗)お許しください!
小説家は大変だということが良く分かりました。!
来年も佳き年でありますよう祈っています。!!
まずはご挨拶まで。!

limeさんへ

あー、ほんとに、あっという間に大晦日ですね。
大掃除、お疲れさまでした。
お疲れのところコメントいただけて、ありがとうございます。
私の小説を読んでいただいて、すこしでも息抜きになりましたら幸いです。

フォレストシンガーズのみんなには、モトカノがいます。
特に代表的なのは。

章には、limeさんがお嫌いであるらしいスー。
幸生は蘭子、アイ、麗子、くるみ、詩織、などなどなどっ。
シゲには……いない。まともにつきあった女の子はいません。

真次郎はゆかり、志保、ひかり、などなどなど。

そして、隆也のこのまゆりは、私の中ではスーと並んで思い入れのある女性です。
こうしてまゆりがこんなにも年上の、お父さんみたいな男性と結婚したのは、彼女がなんだかんだ言っても隆也をひきずっているのを許容してくれるから、というのもありそうですね。

今回、limeさんからご感想をいただきまして、ああ、そうだったんだと再認識しました。

私は主人公よりも、書いているうちにどんどん脇役に感情移入していき、その人物を主役にして枝分かれしたストーリィを書き、そしてまた脇役に……の無限ループにはまっていくタイプです。

ものすごく思い入れのある主役と、そうでもない主役とがいますので、limeさんだったら読んで下さったら、あ、このひとにはあかねさんは思い入れてないな、と気づかれてしまいそうな気もします。

さてさて、今年も本当にお世話になりました。
来年も期待しております。
よいお年を!!

荒野高虎さんへ

コメントありがとうございます。
こうして書いていただけると、とーっても嬉しいです。

お正月には大阪にも雪が降るとの予報。
北海道は大雪になりそうですね。

荒野さんはくれぐれもご自愛下さいませね。
よいお年を。
来年もよろしくお願いします。

NoTitle

ま、いつになっても恋はするものです。
それに性格も魔性もありません。
そこに悪意はないからこそ複雑なんでしょうね。

LandMさんへ2

こちらのほうにもありがとうございます。

悪意はないから残酷、なんてこともあるかもしれませんね。

このストーリィの場合は、おじさんのほうが彼から見れば若い女性に一目ぼれして、知り合いの男性の知り合いみたいだからぜひ紹介してほしい、といった感じにはじまりました。

彼女のほうは恋というのとちょっとちがうようですが、仲良く暮らしていけたらいいですよね。
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