ショートストーリィ(しりとり小説)

104「なんで私が」

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しりとり小説104

「なんで私が」

 
 外見的にいい男などめったにいるものではないが、ルックスに目をつぶれば、いわゆる「いい男」とはけっこう出会える。
 大学を卒業して銀行に就職したものの、一般職だったので、三十歳にもなると居づらくなってくる。辞めたいな、語学留学でもしようかなと思っていたころに、伯父の紹介で「画廊・涼風」へ転職することができた。

 あれから一年、仕事にも慣れてきて、画廊を訪れるいい男に目を向ける余裕が出てきた。
 「画廊・涼風」のオーナーは伯父の古い友人で、絵画関係の友人仲間が大勢いる。その中のひとりだという、画商の龍田と深い仲になったのも、彼がいい男だからだった。

 三十一歳になった幾美よりも二十歳も年上なのだから、当然、妻も子どももいる。最初のうちは幾美には忸怩たる気分もあった。なんでこの私がこんなおじさんと……だけど、さすがに金持ちだしね。同年輩の男とだったらとうてい行けないようなレストランだのにも行けるし。

 髪が薄くなっていておなかも出ていて、かっこよさの要素はないが、見ようによっては恰幅が良くて貫禄があるともいえる。結婚する気はさらさらないのだから、彼が既婚子持ちでもいっこうにさしつかえない。だったら、今を楽しみましょう。

 そのつもりで、幾美は龍田との恋愛を謳歌していた。画商としては由緒正しき家柄の跡取りなのだから、龍田は金持ちだ。毛並みもよいから、幾美の知らない世界の贅沢を教えてくれた。

「幾美ちゃん、僕とつきあおっか」
「つきあうの?」
「いや? 僕が嫌い?」
「嫌いじゃないけど……」
「そしたらつきあおうよ。ね?」
「いいかもね」

 既婚者と恋をしていても結婚には至らない。龍田は略奪婚をしたいと思うほどの男でもないのだから、独身男とつきあうのもいいだろう。

 軽い気持ちと打算とで、軽い告白をされた相手ともつきあいはじめた。三十三歳の河口とは合コンで知り合ったのであり、彼は絵画とはまったく無関係のサラリーマンだから、幾美の仕事とはなんの接点もないところもいいと思えた。

「彼氏ができたんだったら、不倫は清算したほうがいいんじゃない?」
「不倫だなんて大層なものでもないし、彼氏のほうだってどうなるかわからないし」

 忠告したがる女友達もいたが、幾美には罪悪感はない。河口とだって結婚したいほどでもないが、もしも彼が本気になったとしたら、龍田とは別れるつもりだ。三十三歳ぐらいまでは楽しみたい。若いときに十分楽しんだほうが、主婦になっても落ち着けるのだと思っていた。

「……検査薬で調べてみたら、陽性だったのよ」
「なんの検査薬?」
「なんのって……決まってるでしょ」
「検査薬、検査薬……」

 一ヶ月に一度くらいは会う龍田とホテルに行き、抱きしめようとする彼の腕を押し返しながら、幾美は言った。首をかしげていた龍田は、ややあって目を見開いた。

「妊娠?」
「そうよ。たぶん当たりみたい。今夜はその報告をしたかったから会っただけで、身体のためによくないからしないの」
「……産む、つもり?」
「産むわけないじゃないのよ。龍田さんだってそのほうがいいでしょ。私が産むって言ったら困るでしょ。手術の費用だけは負担してね」
「う、うーん……」

 抱きしめようとしていた腕を離し、その腕を組んだ龍田が唸っている。幾美はシャワーを浴びにいき、戻ってきてベッドに入る。その間、龍田はずっと考え込んでいたようだった。

「幾美ちゃん、産むって選択肢はないのかな?」
「産んでどうするの? 龍田さんのお妾さんにでもなるの? いやだよ」
「僕の子はもう大きくて……娘はアメリカで働くとか言ってる。息子も就職して独立してからは家に寄り付きもしない。妻だって僕なんかに関心ないんだよ。離婚したっていいんだ」
「なにを夢みたいなことを言ってるのよ。馬鹿らしい」

 醒めてるね、幾美ちゃんは、と龍田が寂しそうにつぶやく。当たり前ではないか。
 河口とはまだ三度ほどしかベッドインしていないから、龍田の子なのはまちがいないだろう。それでも万が一ってこともあるし、幾美は結婚前に妊婦になどなりたくない。子持ちの妾にも子持ちの後妻にもなりたくはなかった。

 うだうだ言っている龍田には取り合わず、ひとりで産婦人科の手続きをした。堕胎のための書類には夫の署名捺印が必要なのだから、そこだけは龍田に頼った。金銭的にも頼った。龍田には未練があるようだったが、幾美としては事故の事後処理程度にしか考えてもいなかった。

 職場には有給休暇をもらい、ちょっと旅行に、とごまかしておいた。堅実ではあるが小さな画廊なので、女性社員はいない。ひとり暮らしをはじめたから、母の目も気にしなくていい。手術も無事に終わり、三日ほどは安静にしているつもりで、マンションで横たわっていた。

 暇なせいか、こうしていると腹が立ってくる。無事に手術はすんだとはいえ、有休を無駄遣いしてしまった。精神的にも肉体的にも苦痛があって、なんだって私ばっかり……と思う。どうして私ばっかりが損をしなくちゃいけないの?

 堕胎手術直後のくせに体調も悪くなく、退屈だったのがよくなかった。龍田の妻に電話をしてしまったのは、血迷ったとしか思えない。専業主婦ではあるが、裕福な家庭の娘でもあり、自由になるお金を動かして収入もあるのだと聞いていた、龍田の妻は冷静だった。

「またですか」
「また?」
「何度目かしらね。女好きの浮気亭主は困ったものだわ。だけど、私は知りません。あなただって自業自得でしょ。慰謝料を請求したっていいんだけど、面倒だからやめておきます。ありがたいと思いなさいよね。あなたもあんな男とつきあうのはやめて、ちゃんとした彼氏を作ったら?」
「彼氏はいるわよ」

 嘘ばっかり、と言わんばかりの対応をされて、幾美のほうは冷静さをなくしてしまった。本当にいるんだったら、彼氏のことを教えて、と言われて正直に答えてしまったのは、ますます血迷ったからだったのだろう。

「電話なんかするんじゃなかった。でも、これで吹っ切れたかな。龍田とは別れよう。河口とつきあっていたのは正解だったね。予定よりは早いけど、河口とまともにつきあって結婚しようかな。なんだか弱気になっちゃったな」

 ベッドでひとりごとを言い、あとはおとなしくすごしたので、術後の経過は順調だった。
 三日間の休暇が明けて出勤する。旅行に行ったからといってお土産を配るような習慣もない職場なので、いつもと同じように仕事をして接客をして、ゆるやかに日々がすぎていく。当分はこうして穏やかにすごすのもいいだろうと、河口にも連絡はせずにいた。龍田とは当然、接触を絶っていた。

 一週間ほどして、河口からメールが届く。出張で海外に行くから帰ったら連絡するよ、幾美ちゃんと話したいこともあるしね、との文面に、幾美はプロポーズの予感を覚えていた。

 それからまた一週間ほどして、龍田から電話がかかってきた。無視してやろうかとも思ったのだが、留守電にしつこくメッセージが入っていたので、渋々幾美から電話をかけた。龍田は元気のない声で言った。

「河口って男、知ってる?」
「どこの河口さん?」
「幾美ちゃんに紹介されたって、うちの女房が言ってたよ。心当たりはある?」
「……河口さんがどうしたの?」

 言いにくそうに口ごもってから、龍田は続けた。

「正直に言えば、僕はこれまでに何度も浮気をした。妻は見て見ぬふりをしていたようなんだけど、今回はね……きみ、妻に電話したんだろ。それで、きみは彼氏がいるって言った。妻は手を尽くして河口って奴を調べて、会いにいったようなんだね」
「そ、そうなの?」

 裕福な家庭の娘だということは、龍田の妻はそういったことを調べられる立場なのか。彼女の父親のコネでも使ったのだろうか。

「一生に一度くらいは、私も仕返しするって言ってね。あなたには責める権利はないって言って、妻は河口って奴とつきあってるらしいんだよ」
「ええ? 龍田さんの奥さんっておばさんでしょ」
「年は食ってるけど、プチ整形だのアンチエイジングだのってやってるから、外見はまだ綺麗だよ。金も腐るほど持ってるんだから、三十代の男とだったらつきあいにかかる金は妻が出す。そういうつきあいだったら、男だって割り切って楽しめるんじゃないかな」

 あり得なくはないと思うと、幾美の視界が暗くなってきた。

「僕は静観しているしかない立場なんだけど、幾美ちゃんは気の毒だったね。あとはきみ次第だ。どうするかはきみが考えて。報告はしたからね」
「そんな……」

 電話を切った幾美はがっくりとすわり込む。自業自得だと言われるほどに悪いことをした覚えはない。誰だって多少はやっているようないたずらのようなものだ。なのに、なのに、どうして私ばかりがこんな目に遭うのっ!! であった。

次は「が」です。

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
中島幾美、またまたフォレストシンガーズの大学の先輩です。意地悪な女の子として過去ストーリィに出てきます。このあたりのしりとり小説はパターン化してしまっていますので、次からは一新する予定でおります。





 

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~ Comment ~

NoTitle

女性はね。妊娠がありますからね。
そこが男女を大きく分けるのかも。
勿論、性差もあるのでしょうが。
女性が強いところの所以かもしれませんね。

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。

そうなんですよねぇ。
それが問題ですよね。

女は妊娠する。それが悲劇のはじまりだったり、喜ばしいことになったり。
それゆえに女は弱し、母は強しだったり?
いや、女ってものは強いんだ、だったり?

個人差も性差もありますよね。

NoTitle

久しぶりにしりとり小説読みました。遡って五編。
それぞれ面白くて、それにあかねさんの小説は私を現代に
連れ戻してくれるのでとても参考になりす。
大分免疫性もできたし。「ブルーノート」笑いながら少し切ない。
これからも楽しみにしています。

danさんへ

わー、五つも読んで下さったのですね。
ありがとうございます。

まったく、ほんとに、私は根が意地悪ですので、danさんの描かれるような純愛は書けそうにありません。
ここでこうひねって……なんて考えたくなるのです。
この前の四編はほぼ、ひねくれてますよね。

「ブルーノート」は、このお姑さんの恋心は本気なのか否か、どっちとでも取れる感じにしてみましたが。
少なくとも、ちょっといいなと思っている男性に、あのばばあ(もしくは、ああ、あのおばさん)と言われるのは切ないですよね。


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