別小説

ガラスの靴30

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「ガラスの靴」

     30・妄想

 スペイン人美青年でアンヌの旧友、もとモデル、現ヴォーカル教室の先生、フェレ。
 使えるものはなんだって使え、親でも旦那でも女房でも兄弟でも、友達でも子どもでも、というアンヌの主義にのっとっていえば、フェレはルックスを世渡りの武器にしている。

 
 ルックスは僕もかなりいいほうだ。あんな頼りなそうな、弱々しい、ちび、へにゃへにゃなどと言われることもあるが、おおかたの女性は僕を美少年だと言ってくれる。二十三歳で美少年だと言われて喜ぶな、と父には罵られるが、「美」がつくからこそアンヌだって僕を好きになって結婚してくれたわけだし、なんにもとりえがないよりはいいではないか。

 そんな僕が言えた義理でもないのだが、おのれの美貌に自信を持ちすぎているフェレは可愛くない。彼のヴォーカル教室に通おうかと見学に行ったものの、僕だって主夫なのだからそう暇なわけでもなくて、なんとなく遠ざかっていた。

「うん、今日は暇だし、ちょっと行ってみようかな……フェレ、もう一度見学にいっていい?」
「いいよ。笙くんに教えるくらいの時間だったら取れるんだから、ぜひうちの生徒になってくれたまえ」

 電話をすると、フェレも熱心に誘ってくれた。うがった見方をすれば、教室の生徒が減っているのでは? フェレの美貌に惹かれて習いにくるのは大半が女性らしいから、そこに美少年の僕までがいたら、美しい花に引き寄せられるミツバチのように、女性たちが集まってくると目論んでいるのでは?

 日本暮らしが長いので日本語は上手なフェレだが、なってくれたまえ、だなんて古い言い回しも使う。

 今日は息子の胡弓は、僕の両親に連れられて水族館に行っている。アンヌはアルバムのレコーディングだそうで、二、三日は帰ってこない。胡弓も夜にならないと帰らないだろうから、昼間の僕は自由の身だ。

 前に見学にいったときにお茶を飲んだ女性……名前はなんていったっけ? 僕の母くらいの年頃のおばさんで、フェレを可愛くない奴だと心から思った原因になった女性だった。おばさんには興味ないので会わないでいると忘れていたが、フェレの教室に行くと思い出した。

「思い出したよ、瀧子さんだね」
「あら……あなたはなんて名前だったかしら? なあに? 私に会いに来たの?」

 果たして、瀧子さんはいた。
 彼女はスリムだが、この年頃の女性は太っていればおばさん体型、痩せていれば貧相に見える。身長、体重はアンヌと変わらないだろうに、おばさんになると悲惨だなと僕は思っていた。

「フェレに会いにきたんだよ。前にフェレに歌を教えてって言って、それっきりになってたからね」
「笙くんはここの教室に通うの? 私に会いたいからなのかしら」
「僕の名前、覚えててくれてるじゃないですか」
「今、思い出したのよ。笙くんは忘れてなんかいなかったでしょ。そうよねぇ、まったくもう、男ってみんなこうなんだから」

 みんなこう、という意味がわからないが、わからなくてもいい。僕はおばさんには興味ないけれど、以前に彼女の自慢話を聞いたので、その続きには興味がなくもなかった。

「フェレは休憩に行ったわ。私も行こうとしていたところ」
「じゃあ僕とお茶します? 」
「ほら、やっぱりこうよね。ねえ笙くん?」
「はい」

「今、思い出したんだけど、前にもお茶を飲んだわよね。あのときには割り勘だったでしょ? 笙くんは男性として、女性にお金を出してもらうのはどう思う?」
「年上の女性だったらおごってくれるのが当然かな」
「……そう。ま、あなたは子どもだからしようがないわね」

 子どもじゃなくて子育て中の主夫なんですけど……と、前には言っただろうか。前のときには一方的に瀧子さんの話を聞かされてばかりだったような記憶もあった。

「私は煙草は嫌いなんだけど、フェレだったら受け入れられなくもないかもしれない。だけど、フェレが私を愛してくれてるんだったら、煙草なんかは私のためにやめてくれられるものよね」
「前のときにもここ、入ったね」
「よく覚えてるわね。笙くんったら……」

 むふふといった感じで笑われても意味がわからない。前と同じ喫茶店、全席禁煙と大きく書いてあるのもあって思い出したのだが、瀧子さんはなにがそんなに嬉しいのだろうか。
 今日も瀧子さんは自分の話ばかりするので、僕のほうの話ができない。もっとも、おばさんと話をしていてこっちの話題に持ってくなんて真似は無謀なので、僕としても諦めて聞き役に徹していた。

「フェレが私を愛しているのはまちがいないの。私も年貢のおさめどきだから、フェレがきちんと手順を踏んで、愛してます、おつきあいして下さい、結婚して下さい、一生あなたを幸せにします、って告白してくれたら、お嫁にいったっていいのよ。会社でも重宝されてて私が退職すると困るから、辞めるなんてことになったら必死で引き留めにかかると思うんだけど、フェレのためだったら退職してもいいわ。私は家事は得意ではないけど、そんなものはどうにだってなるわよね」

 そうそう、以前にも瀧子さんはこう言っていたのだ。フェレのほうは、瀧子さんは教室のお得意さん、金づるとして使えるんだから大切にして、思わせぶりもやってのけるという態度だった。

「うんうん、デパ地下のお総菜って瀧子さんが作るよりもおいしいはずだよ」
「……失礼な言い方ね」

 つんっとしてみせてから、瀧子さんは運ばれてきた紅茶を優雅にすすった。

「子どもも絶対に無理ってこともないかもしれないし」
「養子をもらうって手はあるよね」
「フェレと私に子どもができなかったら、そうしてもいいのかもしれないわ」

 ん? 聞き間違えた? 三十代にしか見られたことはないと瀧子さんは言っていたが、実年齢は五十代のはずだ。六十歳で出産という例がギネスにあったはずだから、絶対不可能ではないのだろう。僕には無関係だから、そういうことにしておこう。

「でもね、私、危機なの」
「更年期?」
「失礼ね。私はまだそんな年じゃないわ。そうじゃなくて、同窓会のお知らせが届いたの。私は産まれて育った高校を卒業して父の仕事の関係で、地方の短大に進学したのよね。卒業してからもしばらくはそっちの地方で働いてたの。国家公務員のような仕事をしていたのよ」

 国家公務員とはどういう仕事だか知らない。のような仕事、だとなおさらわからないので、へぇ、そう、としか返事できなかった。

「笙くんにはわからないむずかしい仕事よ。でね、わりあいに最近になって東京に戻ってきたの。高校の同級生たちも私みたいな優秀なクラスメイトの行方がつかめなくて、必死で探していてくれたようなのよ。ようやく住所をつきとめて連絡してきて、同窓会に出てねって懇願されたのよ」
「いいじゃない。行けば?」

 なぜそれが危機なんだろ? おばさんってのは回りくどくてわかりにくい話し方をするものだ。

「だってね、私はこんな女よ」
「はい?」
「見たらわかるでしょうけど、すらっとした美人で頭がよくて、仕事もできて話題も豊富で政治や語学なんかにも堪能で、センスがよくて才気煥発、才色兼備って私のためにある言葉じゃない?」
「……はい」
「そんな私も三十はとっくにすぎたのよ」

 五十だろ、との突っ込みはやめておいた。

「だから、同級生たちって老けてるのよね。結婚してる子がたいていなの。そんなところに行ったら妻子持ちの男に不倫のお誘いをされるでしょ」
「独身もいるかもしれないよ」
「この年で独身なんて、魅力がないからじゃないの。そんな男はお断り」

 あなたも独身でしょ? 矛盾しすぎてない? ねぇ、瀧子さん、認知症の検査をしてもらったら? と言いたいのを我慢していた。

「不倫のお誘いをされるってだけで、フェレに対しては不貞になるわよね。だから行けないの。ああ、もてる女ってつらいわ。いつになったら平穏な人生になるのかしら」
「……はあ」

 危機ってそれか。脱力しそうだ。

 その同窓会に僕が行って、瀧子さんについてのエピソードを話したら受けるのではないだろうか。
 とも思わなくもないが、僕には無関係なひとたちだ。おじさんやおばさんに受けてもそれほど嬉しくない。瀧子さんはまだ自己陶酔して話し続けている。僕の目には「全席禁煙」の張り紙の文字が入ってくる。僕は煙草は吸わないが、喫煙者の気持ちがわかる。煙草でも吸って手持無沙汰をまぎらわせたくなってきた。

つづく







 
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