別小説

ガラスの靴29

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「ガラスの靴」


     29・共感


「赤毛のアン」という少女向けの物語があると聞いたことはあるが、僕には少女だった時期はないし、本を読む習慣もないので登場人物などは知らない。主人公はアン、彼女の母代りの女性がマリラという名前なのだそうだ。

「そこから取った名前なわけだ。文学的だね」
「でしょ?」
「だけど、マリラだったら摩理良くらいにしておけばいいのにね」

 摩丁香花と書いて「マリラ」? なんで? としか僕は思えない。笙は普通だが、僕の息子の胡弓だの、吉丸さんの長男の来闇だのにしても今どきキラキラルームかもしれないが、コキュウ、ライアン、ちゃんと読めるのだから摩丁香花よりはいいではないか。

「リラの花ってライラックともいうんだけど、日本語では紫丁香花なのよ」
「ムラサキハシドイ? そしたら、丁香花ってハシドイじゃん」
「そんな変な読み方はしないの。両親が一生懸命考えてつけてくれた名前なんだから、ケチをつけないで」

 一ヶ月に一度くらいは、妻のアンヌにパーティに連れてきてもらう。僕はパーティが好きだから、時々は我が家でもやる。今日はアンヌのバンド「桃源郷」のギタリストで、ドラムの吉丸さんと同じバツイチ、ただし子どもはいないマルヤさんちでのパーティだ。

 ヨシマル、マルヤというのは本名ではないが、なんだっていい。マリラだって漢字はどうでも呼びやすい名前だからいい。僕は頭の固い年寄りではないのだから、名前にケチをつけているつもりはなかった。

 将来は女子アナになりたいと言うマリラは、竜弥くんの大学の同級生だそうだ。西本竜弥、西本ほのかさんの同居人。彼がほのかさんのなんなのかは知らないが、同じ苗字なのだから……いや、遠い親戚だったら恋人同士にもなれるし、もしかしたら禁断の関係だったりして?

 吉丸さんの内縁の妻、ただし男である美知敏や僕は竜弥くんの正体に興味津々なのだが、彼はいつだってすっとぼけている。今日も誰に誘われたのか、ガールフレンドを連れてミュージシャンのパーティに出席していた。

「しかし、マリラってのは地味で頑固な中年独身女だよ」
「竜弥くん、読んだことあるの?」
「マリラは読んだことないのか。だから得意そうに名前の由来を語ってたんだ。そうだよ。僕は「赤毛のアン」は読んだ。マリラの両親がきみにそんな名前をつけたのだったら、外見を重視しない、中身のいい女になってほしいって願いがこもってるんじゃないかな」
「私は哲学書だったら読むけど、子どもの本なんかは読まないな。赤毛のアンって女の子女の子してるでしょ」
「そういうところはあるだろうね。少女が好きなものであふれてて、少女趣味ってのはあるよ」

 まったく内容を知らない僕は会話に入っていけなくて、ふーん、へぇぇ、と聞いているだけだ。

「竜弥くんは知ってるけど、私ってこう見えて中身は男なのよ。子どものころから少女じゃなくて少年だったの。だから、少女っぽいものなんか大嫌い。お人形遊びじゃなくてミニカーで遊んだり、男の子とサッカーしたり、男の子のアニメを見たりしてたんだ。こんなふうにおしゃれをすると女らしいって言われるけど、中身は男だから」
「ふーん」
「ふーーん」

 どっちでもいいので僕は気のない返事をし、竜弥くんは皮肉っぽい相槌を打った。

「だから、普通になりたいんだよね。中身は男なのに、見た目は美人で女っぽいでしょ? いやでたまんないの。繊細すぎて敏感すぎて、そういうところは女性的なのかもしれないのもいや。普通になりたいの」
「普通ってどういうの?」
「哲学書が好きで美術やクラシック音楽も好きで、成績が良くて神経も頭も鋭敏すぎる。そういう人間は生きにくいんだよ」
「マリラはお嬢さまなんだから、周りもそんなのばかりだろ」
「そう思われるのもいやなの。普通の女の子になりたい」

 ああ、はいはい、と言いながら、竜弥くんは僕を見た。今にも笑い出しそうな顔をしていた。

「まあね、そんな普通じゃない名前をつけられて、普通じゃない美人に育って、普通じゃない金持ちの親に好き勝手させてもらってるんだから、普通以上の高級な女になっちまうのは当たり前なんだよ。どうしてもいやだったら、平凡なサラリーマンと結婚して庶民の主婦になれば? マリラはアナウンサー志望だろ。それだって普通の女には絶対に無理なんだからね」
「そうだね。心から愛せる男ができたら、駆け落ちして普通の主婦になるのもいいかもしれない」

 とろんとした目をしてマリラさんが言い、竜弥くんはうしろを向いた。ごほごほ咳をしているのは、たぶん笑いをごまかすだめだ。

「竜弥くんと結婚したら?」
「竜弥くんは好みじゃないから」
「そんなに……」
 
 普通じゃなくなりたいんだったら、女性と駆け落ちしたらいいじゃない? とは言ってはいけないものだろうか。僕が迷っている間にも、マリラさんは嘆き続けていた。

「そうなのよねぇ、わかるわ」
「は?」

 そこに割り込んできたのは、僕は知らない女性だ。年のころなら四十代だろうか。マリラさんも竜弥くんも長身のほうだが、彼女は竜弥くんと同じくらいの身長で相当に痩せていた。こういうのを痩せさらばえているというのではなかったか。

「私も普通になりたいの。ほら、私ってモデル体型じゃない? そんな仕事に就きたくはなかったから、この身長とスリムな身体は活かせなかったんだけど、いまだにスカウトされるのよ。もううんざり。性格的にも変わってるって言われるの。世間一般の考え方とはちがった考え方しかしないから、まだ独身なのよね。普通になって結婚したいと思うんだけど、ほら、世間の男性って通俗的で保守的で、私みたいな女とは相いれないのよね。普通の女に産んでくれなかった親を憎みたいわ。あなたと私は同族なのね」
「……ちょっと失礼」

 そう断って、竜弥くんは走っていってしまった。どうも笑いをこらえるのが限界だったと見える。マリラさんはといえば、実に不快そうなしかめっ面をしている。

 女性が愚痴を言うのは解決したいからではなく、そうなのよね、わかるよ、と言ってもらいたいからだと聞いた。ならばこうして、マリラさんから見ても知らない相手であろうとも、そうそう、そうでしょ、そうなのよ、私も、と言い合えばいいのでは?

 なんだってマリラさんがこんないやぁな顔をするのか、僕にはさっぱり理解不能だった。


つづく






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~ Comment ~

NoTitle

・・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
「・・・。」が長くなってしまった。
(*´ω`)

いや、結婚と恋愛は違うと思います。
って前もコメントしましたね。
愛なんて曖昧なものに、他人の人生や育児の責任を任せるわけにはいかないと思っているものですから。
・・・あかねさんにまた笑われそうだ。

LandMさんへ2

いえいえ、笑いませんよ。
LandMさんのおっしゃること、わかります。

たしかに愛は曖昧なものですよね。恋愛だけだったらふたりの気持ちのみでいいんでしょうけど、結婚となるとそうはいかないはず。
それでも大人ふたりだったらどうにでもなるけど、子どもというものはそう簡単な存在ではない。

ファッション感覚で子どもを産むとか、キャリアウーマンの子道具だとかいう言葉には、おばさんは眉をひそめてしまいます。
それでも、子を持ちたいのはやはり人間の本能なのでしょうか。つきつめて考えるとむずかしいですよね。
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