ショートストーリィ(花物語)

花物語2014「十二月・クリスマスローズ」

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花物語2014・師走

「クリスマスローズ」

「冬枯れの街のそこかしこが、クリスマスの華やかさで彩られる季節。
 がっしりした体躯の老人が歩いている。彼に寄り添うのは小柄な老婦人。
 
 おじいさまはハーフかしら。彫の深い横顔、見事な銀髪、長身でハンサムだから、若いころにはさぞおもてになったのでは?

 おふたりは夫婦なのだろう。夫はすこし足が不自由なようで、妻が彼をいたわるように背中に手を添え、ゆっくりゆっくりと歩を進めていく。

 おばあさまのもう片方の手には、クリスマスローズの花が抱かれている。

 長く長くともに歩み続けてきた、夫婦の絆が感じ取れる。大きな身体と小さな身体が歩調を合わせて、数十年の時をともに生きてきた。ふたり寄り添って歩く姿に、積み重ねてきた歴史がかぶさって見える気もした。

 そんな光景を見ると、私としてはやっぱりちょっぴりうらやましいのです。
 若々しいカップルも初々しくて可愛くて素敵だけど、うらやましくはない。私にもそんなときはあったなぁとノスタルジーを覚えこそすれ、もうそんなころには戻れないからかしら。ジェラシーなどは起きません。強がってるんじゃなくて本心ですよ。

 けれど、私もさほど遠くない将来にはこの老婦人の年頃になる。
 この年齢になるまで独身で、仕事が生き甲斐だった私。仕事は楽しくてやり甲斐もあって、この人生を決して後悔はしていないけれど。

 人生の黄昏を迎えたときに、私のかたわらを歩く伴侶はいないかもしれないと思うと、寂しい気持ちになります。
 寒いからかしら。
 
 素敵なおじいさまとおばあさまのカップルがうらやましくなった、真冬の一日。できることならば私も今からでも彼氏を見つけて結婚して、あんな夫婦になりたいな。手遅れかしら。

 そんなこと、くよくよしていてもしようがないから、この原稿を書き終えたら、クリスマスローズを買って帰ります」

 市の広報誌とでもいうのか。市役所に行くと無料でもらってこられる。その雑誌に「木の葉」との署名つきでそんな文章が掲載されていた。

「ねぇ、これ、私たちのことじゃない?」
「ふむ?」

 老眼鏡をかけたデセムが、多み子の手渡した雑誌の記事に目を落とした。

「ね? ハーフらしい背の高い老人と、彼に寄り添って歩く小柄な老婦人。女性はクリスマスローズを持っていた。去年、私たちはこうして歩いていたじゃありませんか」
「そうだったかな」
「忘れたの?」
「忘れたよ」

 街角ですれちがったデセムと多み子を、この記事を書いた木の葉という名の記者が、憶測で文章にした。なのだから細部はちがっているが、おおむねはこの通りだ。去年の今ごろの記憶は多み子の中には鮮やかに残っていた。

「ずいぶんとあなたのこと、褒めて書いてくれてますね」
「そうかな」
「そうですよ。だけど、おじいさま、おばあさまだって。失礼ね」
「じいさんとばあさんはたしかだろうが」
「そうねぇ、じいさんのくせにさ……」

 こほっと咳払いをして離れていったところを見ると、デセムも本当は覚えているのだろう。いくらなんでも去年のあの出来事をまるきり忘れてしまうほどに、彼は耄碌はしていないはずだ。

 季刊誌の冬号の記事は、何か月か前には書き上げるのであろう。だから、去年のエピソードを記者がエッセイにした。おばあさまと書かれると気分はよくないが、デセムの言う通りで、多み子は他人から見ればまぎれもなくばあさんだ。ばあさんになると、一年がたつのがなんと早いのだろうか。

 五十年も前に、多み子は誰かと結婚した。農家に嫁いで夫の両親と同居し、子どもができないのもあって姑にはいびりにいびられた。夫がかばってもくれなかったのは、当時は当たり前だったのかもしれない。
 我慢して二十年ほど暮らしたが、舅が亡くなり、姑と夫の結束が固くなりすぎているのを見るにつけ嫌気がさして、多み子は姑に告げた。

「主人に言って下さいな。私は出ていきますから、離縁して下さいって」
「はあ? なにを言い出すの? いい年してみっともない」
「主人をよろしくお願いします」
「多み子さん、待ちなさい」

 離婚届を姑に託し、むろん姑の命令、待ちなさい、などは聞く耳持たず、多み子は家を出た。こつこつと貯めたへそくりだけを持って都会に出ていったのだった。

 あれからでも三十年近くになるのか。男なんてこりごり、二度と結婚はしないと決めていたが、三年ほど前から、多み子が働いている大衆食堂に足繁く通ってきていたデセムと昵懇になった。

「日本人じゃないんですよね?」
「半分は日本人だよ。デセムって名前は十二月のデセンバーから取ったらしいんだ」
「十二月生まれ?」
「ああ」

 どこの国の人間だっていい。デセムとは日本語が通じるのだし、別に結婚するわけでもなく、仲良くしているのは楽しいのだからそれでいい。茶飲み友達というところだ。

 七十代になっても、多み子は食堂で働き続けている。デセムは翻訳家なので、やはり七十代になっても仕事をしている。ふたりともに気楽な独身、係累もない身だから、適当につきあっていても文句は言われない。食堂の常連さんやおかみさんなどには、いっそ結婚したら? と言われるのだが、面倒だからいやだ、と多み子は答える。デセムも多み子に同感らしかった。

 しかし、そんな仲でも嫉妬はするもので、多み子としては珍しい自分の感情にむしろ戸惑った。
 結婚していたころには、夫が浮気をしているらしいと知っても感情は波立たなかった。姑が夫を諌め、多み子には、あんたがしっかりしないからだと小言を言い、多み子は頭を低くしてやりすごしただけだった。

 なのに、デセムが若い女の子と喫茶店にいるのを発見したときには、頭に血が上った。

「あれは駅前のキャバレーの女の子だよ」
「キャバレー? そんなとろに行ったの?」
「今どきはキャバクラとか言うんだったかな」
「名前なんかどうでもいいけど、いい年してそんなところ……」
「編集者が行ってみようって誘うからさ」

 総合雑誌に掲載されている海外小説の翻訳。それがデセムの数少ない決まった仕事だ。その編集者に誘われてキャバクラに行ったら、やけにもてたとデセムはにやけていた。

「イケメンだとかかっこいいだとか言われて、デートしてってねだられたんだよ」
「営業活動でしょ」
「そりゃそうだろうけど、俺としても若い女の子とデートするのは楽しいから、ちょっとつきあったんだよ。あれれ? タミちゃん、妬いてるの? あんたこそいい年して……」

 笑われていっそう頭がかあっとして、多み子はデセムの脛を力任せに蹴飛ばした。

「いててっ!! いってぇーっ!!」
「ふんっだ、骨折でもすればいいのよっ!!」
「痛いよ、ひどいよ」

 べそでもかきそうな顔をして、デセムは脛を抱えてうずくまった。自業自得よ、とばかりに多み子はデセムのマンションから飛び出したのだが、やはり気になって、翌日、訪ねていった。

「……タミちゃん、来てくれたのか」
「あの、やりすぎた……かな。大丈夫?」
「大丈夫だよ。ただ、昨日から食欲がなくてろくに食べてないんだ。外に食べにいかないか?」
「そうね。ちょっと早いけど、デセムの誕生日のお祝いに、おいしいものを食べよう」

 バスに乗って賑やかな街に出て、ふたりで食事をし、多み子がお金を払った。お礼にとデセムがクリスマスローズをプレゼントしてくれた。ふたりが住んでいる街に帰ってきて、やはり脚をかばっているデセムに寄り添って、ゆっくり歩いた。

「一年も前のこと、俺は忘れたよ。タミちゃんもしつこいね」
「私は忘れられません。いい年して……」
「いい年はあんたもだろ。おっと、忘れたんだった」

 いまだ、たまには蒸し返して喧嘩になりかけるが、デセムがとぼけるので続かない。
 お互いにいい年なんだから、喧嘩なんかしていてはもったいない。ふたりでいられる時間はどれほど残っているのか、出会ったのが遅かったのだから、それも仕方ないけれど。

 過去の話はほとんどしないから、互いの境遇を詳しくは知らない。過去を捨てているつもりの男と女の、ついこの間みたいな一年前を、こんな見当違いのエッセイにされて、苦々しい気もするのだが。

 しかし、見当違いのようでいて、どこかはその通りなのかもしれない。今年もクリスマスが近づいてきている。デセムの足もすっかり治ったけれど、去年のようにふたりで彼の誕生日を祝い、クリスマスローズを買って部屋に飾ろうか。

END/2014





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~ Comment ~

NoTitle

年輪を感じますね。
私も無情にも歳を食いますからね。
やれやれ。
私も年齢を重ねるとどうなるんでしょうかねえ。
歳をとるのは悪くない。
そう思っていますが。
身体と脳が動く限り小説は書きたいものです。

拍手コメントありがとうございます。

十二月にはクリスマスローズは、年越しの準備をして、年明けの開花を待つのだそうですね。

お花屋さんにだったら売ってませんかね?
ここでクリスマスローズが出てくるのはおかしいでしょうか?
できますれば「クリスマス」の名前がついているのだから十二月ということで、お目こぼしのほどを(^^ゞ

よろしくお願いします。

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。
当方、若くはないものでして、今どきの若者を書いていますと、古いんじゃないかな、なんて悩むのですよ。
その点、老人のほうが書きやすいかもしれません。

身体と脳が続く限り、小説を書きたい。
同感です。
私も小説を書けない人生なんて、クリープの入ってないコーヒーみたいなもの……古っ!! 意味不明だったらすみません。

NoTitle

私の好きな「花物語」早くも十二月ですね。
この物語もとてもいい感じで読み進んでいきました。
そして最初の木の葉さんの文章のところで終わっては
どうだろう?と考えました。
彼女が想像したように、長年連れ添った素敵な老夫婦を
私も頭に描いていたからです。そして仕事一筋に生きて来て、年を重ねた彼女の思いにも共感したからです。
 デセムと多み子には別の物語で活躍していただく訳にはいきませんか。
 勝手なこと言ってごんなさい。

danさんへ

今年も花物語をお読みいただいて、ありがとうございます。
来年も書けたらいいのですが。

danさんは木の葉のほうに共感して下さったのですね。嬉しいです。
彼女は去年の四月にも出てきていまして、今後も出てくる予定です。
こういう、街角ですれ違った誰かの境遇を想像して、エッセイにするってことはありそうですよね。

私は根が意地悪なものですから、勝手な想像して書いてるけど(創造の場合もありますよね)、実は……? なーんてほうに想像してしまいました。
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