ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「の」

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フォレストシンガーズ

「野ばら」

「童はみたり 野なかの薔薇
清らに咲ける その色愛でつ
 飽かずながむ
 紅におう 野なかの薔薇」

 透き通った歌声が五月の空に昇っていく。
 若い女性のグループが輪になってすわって歌っているのを、小さな少年が見つめていた。

「手折りて往かん 野なかの薔薇
 手折らば手折れ 思出ぐさに
 君を刺さん
 紅におう 野なかの薔薇」

 少年合唱団で習っている歌だ、と少年は思う。今度の発表会でみんなで歌うために練習している歌だ。オレはソリストをやりたいんだけど、合唱団に入ったばかりだから抜擢はされないかな?

 近所のおじさんが誘ってくれて、両親も賛成してくれたので、横須賀あすなろ少年合唱団に入団した。母は、ウィーン少年合唱団みたいなの? と目を輝かせ、父やおじさんに苦笑されていたが。
 ウィーンよりははるかに庶民的だし、中に入ってみれば少年同士の確執やいがみ合いなどもある。幸生の通っている小学校も同じようなものだ。

「幸生くん、いい声よね。歌も上手よ」
「でしょ? オレ、嬉しいな」
「少年合唱やりたかったの?」
「そんなことは考えてなかったんだけど、あすなろに入ってよかったと思うんだ。万衣子先生に会えたから。美人の先生に教えてもらえるって嬉しいな」

 だって、小学校の音楽の先生は男なんだもん、と言った幸生に、万衣子先生は応じた。

「そういうことを言ってはいけないのよ。それにしても幸生くんって……」
「ませてるでしょ。よく言われるんだ。身体は小さいけど中身は大人ってことだよね」
「……さ、練習しましょ」

 はぐらかした万衣子先生は、それでもいつも優しい。少年合唱団の個性豊かな少年たちを指導するのは大変だろうが、彼女は子ども好きらしいし、少年たちにも慕われているようだった。

「ソリストってソロで歌うひとのこと?」
「合唱団でだったらそうね。オーケストラなんかだと担当楽器でソロパートを演奏するひとのことよ」
「そっか。かっこいいな」

 はじめての発表会でソリストをやらせてほしいと申し出るのは僭越だろう。幸生にもそのくらいの分別はあるが、いつかはきっと、と決意している。もとから目立ちたがり、自己顕示欲旺盛傾向はあったが、合唱団の歌で自らを表現できるようになってからは拍車がかかってきている。

 みんなで歌うのも楽しいけど、その中でいちばん輝きたいな、と漠然とながら幸生は思うようになっていた。

「童は折りぬ 野なかの薔薇
  折られてあわれ 清らの色香
 永久にあせぬ
 紅におう 野なかの薔薇」

 美しい歌声を響かせていた女性たちのうちのひとりが、周りを見渡した。

「なんとなく異質な声が混じってると思ったら……」
「私も気づいてたよ」
「でも、異質っていっても違和感はなかったよね」
「私、耳が悪いのかな。気がつかなかった」
「ねぇ、こっちにおいでよ」

 そっか、気づかれていたんだ、幸生はぺろっと舌を出して、彼女たちのそばに寄っていった。

「こんにちは、三沢幸生です。僕も合唱やってるんです」
「学校で?」
「少年合唱団に入ってるんだ。もうじき発表会があるから、この歌も練習してるんです」

 普段の自称はオレだが、若くて綺麗なお姉さんたちに囲まれているのだから、気取って「僕」と言ってみた。

「私たちは女子大の合唱サークルなのよ」
「私たちも夏の合唱コンクールのために練習してるの」
「私たちに交じっても遜色ない感じだったよね。幸生くん、相当上手よ」
「変声期前のソプラノなんでしょうけど、それにしたってこの声は……」
「うんうん、天使の歌声ってこんな感じよね」

 十人ほどはいるお姉さんたちに注目されて話題の中心にされて、なんて気持ちがいいんだろ。今まで生きてきたうちいでいちばんいい気持ちの日だ。幸生の頭の中はぽーっとしてきていた。

「合唱団ではソロもやるの?」
「はい……ううん、やりたいんだけど、僕はまだ新人だから」
「新人だからってソリストをやらせないのはもったいないよね」
「ねぇ、幸生くん、ひとりで歌ってみて」
「はいはい、喜んで!!」

 よぉし、このお姉さんたちを感嘆させてみせよう。幸生くんだったらソリストがやれるわ!! と保証させてみせよう。初夏の薔薇と、ひとりひとりはさしたる美人ではないにしても、これだけ集まると華やかに美しい女性たちの集団に囲まれて、幸生は決意を新たにしていた。

YUKI/9歳/END









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~ Comment ~

NoTitle

ユキちゃんったら、この年頃から、おませさん(笑)
いや、ちゃんと自分の売り込み方を知ってるんでしょうね。
自分の武器を知ってるというか。
変声期って、ソプラノをやる男の子には酷ですよね。
ユキちゃんはうまくその変声期を乗り越えられたのでしょうか。
ウイーン少年合唱団ではその昔、ソプラノを維持するために少年が去勢してしまったとか。
凄い熾烈な世界だったんだなあ・・・と、しばらくいろいろ思ったものです。
カナリアユキちゃんは、今もソプラノで頑張ってるんですもんね。
すごいです^^

limeさんへ

いつもコメントありがとうございます。
もうもうもう、「三つ子の魂百まで」を体現してますね、幸生は。
九つの魂三十三まで、きっと命尽きるまで女好きです。
男は女好きのほうが可愛いと、私はどこかで思ってますから。

ウィーン少年合唱団は一時、流行ってましたよね。
今もたまに来日してコンサートはやってるようで、なつかしく感じます。
私が子どものころの少女雑誌に、ウィーン少年合唱団の物語や漫画が載っていたような。

カナリアユキはその気になれば今もソプラノっぽい声は出せます。
女性が男性みたいな声を出すのは、よほど特殊な人でないと不可能だけど、逆は可能だと聞いたことがあるのですよね。男性ソプラノ歌手ってたまにはいらっしゃいますものね。
ユキはああいう方とはちょっとちがうのですが、なにかにつけてちょっと特殊な奴だと、タカのシンちゃんには想われています(^-^;

NoTitle

合唱と一人で歌うというのは違う・・・。
というのを感じさせますね。
合唱で異質な声は目立ちますからね。
それをどう活かすかも合唱、ですね。

LandMさんへ

いつもコメントありがとうございます。

ヴォーカルグループのライヴに行くと思います。
そのうちのひとりでも体調なり声の調子なりがよくなかったら、全部駄目なんですよね。

そういう意味でもグループ、合唱などは面白くもあり、ひとつずれると大変なことになるから怖くもありますよね。
歌に限らず、スポーツの団体競技、チームプレイも同様ですが。
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