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小説377(あの時君は若かった)

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フォレストシンガーズストーリィ377

「あの時君は若かった」

1・忠弘

 スマホで落とせるだの、無料の違法サイトでダウンロードできるだので、若い者はCDを買わない。レンタルさえもあまりしなくなって、CD受難の時代到来だ。
 近頃のレンタルショップは、CDのほうは大人にターゲットを向けているようで、俺たち、四十代以上の者の好む古いフォークソングやらジャズやらロックやら、演歌や歌謡曲なども取りそろえるようになっている。夜の酒場で会ったフォレストシンガーズの三沢幸生も言っていた。
「CDを買ってもらう立場の俺たちとしては歓迎できませんけど、母なんかは喜んでますよ」
「きみのお母さん、音楽好き?」
「はい。母はGSファンでして、いきつけのレンタルショップにGSのベストアルバムがどんどん増えてるって、嬉しがってました」
 音楽が仕事の我々は、好きなCDや古いレコードなども買う。インターネットで見つけて買ったり、人に頼んで買ってきてもらったり。俺はレンタルショップには行かないが、一般のひとは興味のあるCDやDVDをいちいち買っていては経済的に保たないだろうから、そんなものなのだろう。
 そこから話が広がったのは、三沢もGSが好きだと言ったからだ。俺は世代的にはGSは知らない。母も別に音楽好きではなかったので、三沢が母親から受けたような影響はなかった。が、むろん、俺だって歌手なのだから、興味はなくもない。
 フォレストシンガーズはGSカバーアルバムを出している。スタジオにあると三沢が言い、プレゼントしますよ、と言ってくれたので、彼とともにフォレストシンガーズ専用スタジオへと出向いた。
 
「あの時君は若かった
 わかって欲しい 僕の心を
 小さな心を 苦しめた
 僕をうらまずに いておくれ
 それでも君が望むなら
 僕は待ってる いつまでも

 きっとわかって もらえる日まで
 僕は待ってる いつまでも」

 まずは俺が歌いまーす、と言って、三沢が歌ってくれたこの歌、苦笑いしたくなるような歌だ。ついこの間、ちょいと久しぶりに会って口説いて、さらりとかわされた女を思い出す。
 はじめて会ったときには、潤子は大学休学中のフリーター、俺はまるっきり売れていない新人歌手だった。
 なぜか俺は潤子の地元に縁があり、偶然にしても三度、四度と、潤子が暮らしている町を仕事で訪ねていった。売れないころにはライヴハウスで歌い、旅番組で桜を見にいき、ドラマに出るとロケで訪れ、他にも行ったかもしれない。
 若かったころの俺は、可愛い女の子は気軽に口説いた。売れていなくてもルックスはいいほうだし、軽い女の子だったらいくらでもひっかかってきて、俺はもてるから、なんてうぬぼれていた。
 そんな男だったのだから、潤子にだって本気になったわけではない。俺が多少は有名になってきたのだから、若かったころに一度、寝ただけの女なんて忘れてしまっていたのに。なのに、潤子のほうも有名になったのだ。
 こっちが忘れている間に、潤子は俺が一時は彼女の間男をやっていた料理家のアシスタントになった。そうして、時代の波に乗れたのか。潤子もけっこう名の売れた料理家になっていた。
「桜田さん、お疲れですか」
「あ、悪い。寝てはいなかったんだよ。じゃあさ、このCDもらっていい?」
「はい、どうぞ」
 ひとりになってゆっくり聴こう。俺が生まれたころにはすでにほとんどが消えていたというGSの歌なんてものに浸るのも、シンガーは浮き草稼業だという自虐気分になれていいかもしれない。


 年末年始の間は故郷の富山に引っ込んで、いつになったら孫の顔を見せてくれるの? と母にぐちぐち言われたり、忠弘、暇なんでしょ、バーゲンに行ってくるから子守りをしていて、と姉の息子たちを押しつけられたりしながらものんびりできた。
 故郷ボケしてしまっていた俺の、今日は新年初仕事だ。元旦から俺の顔はテレビに出ていたが、生放送の歌番組とドラマの録画撮り。ボケボケ頭も復活して、田舎もいいけど都会もいいね、などと共演者と話していると、マネージャーの平野が控室に入ってきた。
「桜田さん、ああ、大城さんもいるんだ。大城さんには言わないほうがいいのかな」
「なんだよ、言えよ」
「えーっとね……僕が話したって、大城さんは言わないで下さいよ」
 もとアイドル、売れなくて役者に転向した大城ジュンと、長く長く売れなくて、ドラマに出てブレイクしたと言われている俺とに、平野が持ってきた話とは。
「大河ドラマですよ。さ来年の大河、「平賀源内」ですって」
「桜田さんが主役?」
「主役ではないんです。桜田さんは源内の親友である杉田玄白、大城さんは遊び人の町人で架空の人物だっていう役柄なんです」
「俺も?」
「そうです、大城さんもですよ」
「平賀源内だったら名前は知ってるけど、何者だっけ? 杉田玄白って誰?」
 漫画で読んだことはあるが、俺だってよくは知らない。平野はどこかで借りたか買ってでもきたのか、「平賀源内」という本を持っていて、ジュンに見せて説明していた。
 今年の俺はドラマ出演は少ない。フォレストシンガーズを主役にしたドラマ「歌の森」では、大学を中退してロックバンドのメンバーになっている木村章が出入りしているライヴハウスのオーナー役。ロック好きのちょい悪オヤジ役を演じる。
 それ以外も主役はなく、映画やドラマの脇役ばかりだ。役者としてよりは歌に力を入れていて、春から夏にかけての全国ライヴがメインのつもりだった。
「俺は出たいな。大河ドラマって役者としては箔がつくだろ。遊び人の兄ちゃんなんて俺にぴったりじゃん」
「そうですよね」
「桜田さんはどうすんの?」
 三十三歳のジュンは、俺は頭がよくないから若いんだ、とけろっと言う。言うほど頭が悪いとは思えないが、若く見えるのは事実だから若い遊び人役ははまるだろう。俺はジュンよりは十も年上で、若き日の杉田玄白なんてやれるのだろうかと気にならなくもない。
 もっとも、江戸時代の二十代はおっさんなのだから、俺だったら二十代の玄白はおかしくもないかとも思う。ジュンほど若くないのは当然にせよ、桜田さんは若々しいですね、と誰だって言う。
 女でもあるまいに、若く見えたって嬉しくもないが、老けて見えるよりはいいだろう。物理的にはやれなくもないな、と思っていたら、ジュンが平野に質問した。
「そんで、主役は誰?」
「平賀源内はkcイッコウさんに内定しています」
「イッコウ? げげぇ、あいつかよ。えーっと……」
 本をめくったジュンが言った。
「イッコウは俺と同じくらいの年だろ。玄白よりも源内のほうが五つ上だよ」
「その程度はどうにでもなるんじゃないんですかね」
 マイナーな劇団出身で人気者になったイッコウは、ジュンとはライバルだと言われている。ライバルというよりも馬が合わないようで、俺もイッコウとジュンの角突き合いは幾度か目撃した。イッコウはハーフだそうだが、テレビや映画で時代劇にも出演していて武士も似合っていた。源内は奇矯な人物でもあるのだから、外国人の血が混ざっている設定にでもするのだろうか。
「イッコウは承諾したの?」
「ほぼOKみたいですよ」
「俺も出たい。うちのマネージャーを探してくるよ」
 じゃ、と俺に挨拶してジュンは出ていき、平野は俺に、どうします? と問う目を向けた。
「すぐに返事しないといけないわけでもないだろ」
「猶予はありますね。イッコウさんより格下の役っていやですか」
「そんなんじゃないよ。大河の撮影ってのは来年だろ。主人公の親友役、準主役ってところ?」
「そうなりますね」
 だとすると、来年の後半は歌をおろそかにすることになる。俺は歌っていないと生きている気がしないというほどのシンガー体質ではない。そのへんはフォレストシンガーズの面々ほどではないが、シンガーとしてデビューしたのだから、歌えないのはつまらないな、ぐらいは思うのだ。
「考えさせてって返事しておいて」
「わかりました」

 
 初にこの町に来たときは、俺はまったくの無名だった。商店街にある居酒屋でライヴをすると言いにくくて、潤子にはバイトだと言った。そんなバイトはいない、と責められて嘘つき呼ばわりされて、潤子を連れて居酒屋へ釈明してもらいにいった。
「そうそう、ここだよ。この商店街だ。まだ店はあるかな」
 ひとりで町を歩いていても注目するひとは皆無で、ライヴをしても客の入りはきわめて少なかった。今夜の俺は商店街に人通りがなくなった時刻に、事務所の車で近くまで来た。
「なんていう店ですか?」
「チェリー」
「ああ、ありますよ。この商店街もシャッター通りになりつつあるみたいですけど、チェリーは細々とやってます。見にいきますか」
「行くか。停めて」
 夜には町自体の人通りが少なくなる。車を適当なところに停めてもらって、事務所の若いスタッフとともに商店街に入っていく。俺がチェリーでライヴをやった二十年近く前には、この彼、青芝は幼稚園に通っていたってところか。彼はこの市の出身で、土地勘があるというので車の運転をしてもらったのだった。
「桜田さん、こんなの書いてありますよ」
「なに?」
 暗くなっていても古びたたたずまいになっているとわかる、「チェリー」の前にはメニューボードが立っている。その横には「あの桜田忠弘がライヴをやった店。詳しくは店長に聞いて下さい」と書いたボードも立っていた。
「入ってみます? 賑わってはいないようですけど、開店中ですよ」
「いいよ。青芝くんは腹が減ったか?」
「そうでもないですよ」
「だったら……ちょっと待って」
 チェリーの隣には潤子がアルバイトしていた雑貨屋があったが、今は別の店になっている。二十五歳のときにはじめてこの町に来て、それからも時々は仕事で訪れ、潤子とも城址公園や店の中で話した。東京からはさほど遠くもなくても、用事がなければ来ない町だった。
 この季節にはむろん桜は咲いていないが、城址公園を通って西のほうへ歩いていけば潤子の親の家がある。潤子から聞いたその家を見にいったこともある。今はむろん潤子もいないが、俺はなんとなくそっちのほうへと歩き出していた。
「ここの桜、見事だって知ってるだろ」
「城跡の桜でしょ。子どものころに親に連れられて花見をしたことがありますよ」
「ここの桜の絵、大河ドラマで使ったらいいな」
「桜田さん、出るって決めたんですか」
「そうだなぁ」
 潤子の親の家に行っても意味はない。そんなものを見てどうするつもりだ。花の咲かない桜の樹を見ても無意味なのは同じかもしれないが、なぜか見たかった。
「寒くていやだったらひとりで行くよ。きみは車で待っててくれるか」
「桜公園に行くんですか。ボディガードしますよ」
「……そっか」
 三沢幸生を若くしたような小柄な体格の彼は、ことあれば俺が守ってやらなくてはいけないようなタイプだ。それでも彼としては、桜田忠弘はスターなのだから、僕がボディガードしなくては、と思っているのだろう。
 そしたら頼むよ、と呟いて、あとは黙って歩く。
 デビューしてから二年か三年程度だった俺は、どこを歩いていても誰も気にしないただの若者としてこの町にやってきた。桜の咲く城址公園で潤子と会い、だからといって潤子に恋をしたわけではない。なのになぜだか、この町とも潤子とも縁があった。
 冬の夜の桜は寂しげなようでいて、ほんのかすかにピンクをまとって見える。目の錯覚かもしれないが、俺にはそう見える。うしろで肩をすくめている青芝には、俺の行動の意味はまるで不明だろう。俺にだってなんのためにこうしているのかはわからない。
 あの無名の若者に、いったいなにがどうなったのかわからないけど、大河ドラマに準主役で出演しろってオファーが来てるんだよ、人生ってわからないもんだな? いつか俺にも春が来るのか……そんな歌もあったけど、俺には春が来たってことか。
 それでも君が望むなら、僕は待ってるいつまでも……君って誰だよ? なにを望むんだよ? なにを待つんだよ? 口ずさんだ歌に自分で突っ込むと、風が吹いて桜の梢がざわっと揺れた。


2・ジュン

 十六の年にアイドルグループの一員としてデビューして、売れないものだから個別活動をして、それでもメンバーのほとんどは売れなくて、俺だけが売れた。グループは解散して俺だけが生き残り、仲間だった奴を付き人のようにしていた時期もあった。
 同じような男のアイドルグループは、次から次へとあらわれては売れ、売れては消えていく。売れずに消えていく奴らもいる。俺が歌ではなく役者として売れてきていた二十代半ばのころ、ラヴラヴボーイズがぱっとデビューしてぱっと売れた。
「ジュンさんって……この雑誌、知ってる?」
 歌で売りたいという気はほぼなくなってはいたが、役者としては名前も知れたからついでにって感じで、俺もCDを出した。その宣伝のために歌番組に出た。歌番組の楽屋で話しかけてきたのは、ラヴラヴボーイズのポンだった。
「この雑誌? それは知ってるよ」
「抱かれたい男ってアンケートがあるでしょ」
「ああ、定番だよな」
「今年の一位はジュンさんだって、知ってるんでしょ」
「知ってるけどさ……おまえ、俺に似てるって言われない?」
「似てるかな」
 嬉しくなくもないようなポンの顔が、鏡の中で俺の顔と並んだ。
 背は俺のほうが高い、ポンのほうが俺よりもだいぶ若い。けれど、不良っぽさが特徴だという売り方が似ている。俺のほうが大人の男の渋さが加わってきていてかっこよさも上だが、体格や雰囲気が似ていた。
「大人になってきたら、ポンは俺みたいなタイプになるよ。ドラマにも出るんだろ」
「ラヴラヴボーイズでデビューする前に、学園もののドラマに出たんだ」
「そうなのか。なんてドラマ?」
 そのドラマは俺は知らなかったが、評判は悪くもなかったらしい。その後、ポンとは歌番組でもドラマでも共演した。
 学園ものドラマというのはいつの時代にも人気があるようで、ポンが不良男子高校生、俺が熱血新人教師なんていう笑えてきそうな配役で共演もした。誰かと誰かがセッションするという趣旨の歌番組で、デュエットしたこともあった。
「ポンは演技も下手だけど歌も下手だな」
「ジュン、本人に言うなよ」
「なんで? 言ってやったほうが本人のためになるじゃん」
 ラヴラヴボーイズの事務所と俺の事務所の社長は、仲がいいらしい。俺がラヴラヴのポンやヨシの批評をすると、社長が真顔で止めた。
「ヨシが音痴なのは周知の事実なんだよ。もはやネタみたいなものだから、おまえは音痴だと言ってもいい。番組で軽く笑いにするのもいい。他の三人も上手じゃないのは言ってもいいんだけど、ポンの歌に関しては正直に言っちゃいけないんだ」
「演技はいいの?」
「演技は余技みたいなものだからいいけど、ポンが歌が下手だってのはNGワードだよ。ジュンにだったらその意味はわかるだろ」
「メンドくせぇ」 
 つまり、おだててその気にさせるってわけか。その調子でラヴラヴは非常に大事にされていたのだが。
「え? 解散?」
「うん」
 彼らがデビューしてから二年ほどだったか。急にポンが言い出した。
「なぜ?」
「解散するしかなくなったからさ。俺らみたいなのが解散するなんてありふれた話だろ。ジュンさんとこだって理由もなく解散したんじゃないの?」
「俺たちは売れなかったけど、おまえら、売れてたじゃないか」
 もったいなくはないのかもしれないが、解散なんていつでもできる。売れなくなってからすればいいのに。とはいうものの、事情があるのだろうから追及はしなかった。
「それで、おまえら、どうすんの?」
「ヨシとロロはひとりずつで芸能活動、さあやとかっちゃんは引退。さあやは完全に引退するんだけど、かっちゃんは高校に行き直して、卒業したら戻るとか言ってたな。俺はシンガーソングライターになるんだ」
「シンガー……」
 こうなってもまだ言ってはいけないのだろうか。おまえは歌は下手なんだから、ソングライターはまだしもシンガーにはなれねえよ、と。
 我慢して言わないでいる俺の前で、フォレストシンガーズの本橋さんの弟子にしてもらうんだ、乾さんも作詞や作曲は教えてくれるよ、フォレストシンガーズって歌の才能がすげぇよね、などとポンが喋っていた。当時の俺はフォレストシンガーズなんてものは知らないに等しくて、生返事をしていた。
 あれから何年たったのか、ヨシとロロはバラエティ番組で司会をしたり、クイズ番組に出演してウケ狙い回答をしたりしている。さあやとかっちゃんはまったく噂も聞かなくなって、ポンもスターではなくなった。
「ジュンさん、売れてるね」
 昔は歌手、今はアクション俳優の友人が、ヒーローショーに出ているのを激励にいって、ポンに会った。
「だけど、今年は抱かれたい男のナンバーワンじゃなかったんじゃない?」
「そんなのチェックしてるのか。あれはもう卒業だよ」
「三位じゃなかった?」
「殿堂入りしてもいいんだけどさ。おまえはこんなところでなにをやってんの?」
「大道具係のアルバイト」
「……へぇ」
 あの、女の子の前に出ていくと発狂しそうな悲鳴、嬌声、歓声にもみくちゃにされていたポンは、本名の麻田洋介に戻っていきいきと働いていた。
「アイドルって虚業だろ。未練はないよ。俺もアクション俳優目指してがんばってるんだ」
 まだ成功はしていないにしても、ポンは転身をはかっている。俺は上手にアイドルから転身できた部類だろう。それというのも俺はアイドルとしては売れていなかったから、というのもあるかもしれない。
 大人のシンガーや俳優や、歌うのではないミュージシャンやらに転向した者もいて、一般の人間として生きている者もいる俺のかつての仲間たち。その中でももっとも心に残っているのは、ユタカだ。
 仲良し六人組!! パッション6、デビューシングルを買ってくれたファンにプレゼントするために作られた、俺たちのファーストポスター。玉田豊と大城ジュンのツィンリードヴォーカルで、俺はポンよりはちょっとだけマシな歌唱力、ユタカは俺よりも格段上の歌唱力を持っていた。
 一枚だけ残したポスターを見ると、顔だってユタカが一番いいと思える。俺のほうが背は高いが、ユタカの甘い笑顔は特別だ。
 事務所としてもユタカとジュンの両トップで売り出すつもりだったのだろうが、思惑通りにはいかなかった。特にユタカがどうにもこうにも売れなくて、しまいには彼は大城ジュンの付き人になった。
 パッション6の残り四人がどうしているのかは、俺は知らない。ユタカも一昨年に事務所を辞めて、つきあっていたトキコとも別れて行方知らずになってしまった。Tokicoと名乗ってバラエティタレントをやっているトキコは、芸能界にしがみついている。
「ユタカとは別れた。ユタカは放浪の旅にでも出るってかっこつけてたよ」
 そんな報告を聞いてから、トキコにも会っていない。だらだらと同棲し、結婚もせず別れもせずに続いていたユタカとの仲を清算して、トキコはすっきり気分でいるのだろうか。
「ジュンさん、おはようございます。久しぶりですね」
 もとラヴラヴボーイズのヨシ、現在では伊藤吉矢の名でけっこう売れている彼が司会を務める番組に、トキコが出るとは聞いていた。テレビ局の楽屋はむろん、ヨシとトキコは別々だ。トキコは女だし、その他大勢の賑やかしタレントなのだから、女芸人たちと同じ部屋に詰め込まれているのだろう。
「久しぶり。この間、ポンと会ったよ」
「ポンですか。へぇぇ」
 どうしてました? とも訊かないのは興味がないからか。訊かないのだったら俺も話さない。廊下にいた女性スタッフにメモを渡しておいたので、トキコには伝わるだろう。トキコのケータイナンバーは以前とは代わっているようで、通じなかった。


「ジュンちゃん、大河ドラマに出るんだってね」
「もう情報が届いたか。脇だけどな」
「そりゃそうでしょ。ジュンちゃんに大河の主役ってのは時期しょ……そうしょう?」
「むずかしい言葉は言わなくていいからな」
「そだね」
 長身で細いトキコと会うのは二年ぶりか。芸能人の女は特殊例を除いてはおおむね痩せているが、トキコほど細いと痛々しい。これでも色気要員もやらされているのは、テレビ画面には太って映るというのもあるからだろう。
「メシ、食ってるか?」
「食ってないよ。今夜はおごってね」
「ああ。ちょっと太ったほうがいいよな」
「ジュンちゃんって太目好きだった?」
「いや、ナイスバディが好きだよ」
 前にはちゃんなんて付けなかったくせに、呼び捨てにしないのは遠慮しているのか。芸能人としてのトキコと俺とは格が違いすぎる。十五年も前だったら彼女も俺も、売れないアイドルだったのに。
 深夜のチャイニーズレストラン、個室に席を用意してもらって、中華のコースを食いながら話す。俺は料理なんかどうでもいいのだが、こんな高いの食べるの、百年ぶりだよ、と言ってトキコははしゃいでいる。そのくせろくに食わず、紹興酒ばかり飲んでいた。
「ユタカはどうしてるか、知ってるか?」
 何枚かの大皿が半分ほど減った状態で下げられ、アワビとエビのチャーハンが出てきたあたりで、俺は尋ねた。
「う、うまっ。いくらのコース?」
「そんなのおまえは気にしなくていいから、ユタカは?」
「知らないよ。田舎に帰って結婚でもしたのかもね。だいたいからして、ジュンちゃんはどうしてユタカを気に掛けるの? 大嫌いじゃなかったの? ああやって苛めてたの、本音じゃなかったの?」
 あいつを見ているとイライラするから、さっさとこんな業界は辞めろ、と言いたくて言えなかったから、俺はユタカにつらく当たった。人前で罵倒したり、こいつには名前なんかないんだ、大城ジュンの付き人だよ、と他人に言ったり、周囲にいた誰かに俺が軽蔑の目で見られたり。
 ワルぶっていたのもある。俺はいい子キャラでなんか売っていないんだから、悪党ジュンのほうがみんなが納得すると思っていたのもある。ユタカが辞めたと社長に聞かされたときには、安心したような気が抜けたような気分だった。
「あたしも大河ドラマ、出たいな」
「出ればいいじゃないか」
「簡単そうに言わないでよね」
「おまえはドラマには出たっけ?」
「映画にだったら出たよ」
 ユタカの話はしたくないようだから、こっちの話題に乗ってやった。
「キャバクラ嬢の役」
「AVか?」
「みたいもんかな。かなり色っぽい映画なんだけど、予算がないからって年寄りの女優だの、あたしみたいな売れないアイドルだの使って、ホラー映画になってるよ。三十代のキャバクラ嬢なんていないでしょ」
「そうなのかな」
「ジュンちゃんはそんなとこ、行かないよね」
 チャーハンも半分以上は残り、デザートの杏仁豆腐も、うまいと言うわりにはトキコはちょっとしか食わず、なんだか侘しい食事が終わる。トキコは酒だけは強くなったようで、ふらつきもせずに立ち上がった。
「カラオケ、行こう」
「ああ、いいよ」
「カラオケが終わったら、ホテルに行きたい?」
「そんなつもりで誘ってねえって」
「そうだよね。ジュンちゃんとあたしだったらつりあわなさすぎる。ジュンちゃんはカリコ・キリコとだってその気になったら寝られるんだから」
 カリコ・キリコは俺となんか寝てくれない。あんなにお高くとまった女優よりは、おまえと寝るほうがいい。けれど、俺が会いたかったのはユタカのモトカノとしてのトキコで、彼女と寝たかったのではなかった。
「これ、桜田さんが言ってた歌だ」
「桜田忠弘? すごいね、桜田忠弘ともお友達? 桜田忠弘とも寝たとか?」
「馬鹿か、おまえは」
 ぎゃははと下品に笑うトキコを蹴る真似をしてから、俺はカラオケルームでマイクを手にした。さ来年の大河ドラマで共演すると決まった、トキコから見れば大スターの桜田忠弘が教えてくれた古い歌だ。

「あの時僕も若かった
 ごめんね 君を困らせちゃって
 僕の心も 苦しいんだ
 僕を許して 欲しいんだ
 それでも君が望むなら
 僕は待ってる いつまでも

 きっとわかって もらえる日まで
 僕は待ってる いつまでも
 いつまでも
 いつまでも」

 若かったから困らせた「君」ってのは俺にも心当たりはある。ユタカだってあのころの彼女だって、困らせてばかりいた。俺も困らせられて喧嘩をして、二度と会わなかった友達もいる。トキコもユタカを想っているのか、それとも居眠りでもしているのか。黙って俺の歌を聴いていた。


END






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~ Comment ~

NoTitle

音楽の世界って考えてみれば儚いですよね。
ずっと歌い続けるって難しいんでしょうね。
第一線で歌い続けることの難しさはこの小説を見ているとすごく感じます。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
純粋に「音楽」の世界と芸能界は別ものかと私は想像していますが、一部接していたりもしますよね。

第一線で活躍はできなくなっても、とある番組で、あ、このひと!! と思い出す往年のスターがいたりして。
そういう意味では芸能界っておいしいのかな。主婦になっている女性タレントがアルバイト感覚でテレビに出られるってのは、なんだかうらやましいです。
そりゃあもちろん、そういう仕事も大変なんでしょうけど。

NoTitle

だ、だめだ!イッコウがikkoで再生されてしまう(笑)

潤子さんとくっついて欲しい!と思っていたけど予定ないんですね…残念。
桜田さんと乾くんが並んだらどんな感じになるでしょうか。
…イケメン二人、絵になりそうです。


幽霊とか妖怪とか、そういった類の物はさっぱり見えませんが、
実際にはいるのではないかと思っていて、
「そういうのに乗っかられたらお祓いはどこにけば?!」なんて予定もないのに考える時があります(笑)

大阪に行ってたこ焼き食べながら神社めぐり……ほうぅ、最高じゃないですか!

ハルさんへ

いつもありがとうございます。

ははははは(^o^)
ikkoさん、同感です。
イッコウを書いていると、あの方のお姿が脳裏にちらつくのですよ。

桜田忠弘って、福山雅治がモデルなのです。私は福山さんには興味ないんですけど、「龍馬伝」のときの束ねた髪を背中に流し、浴衣かなんか着ていた姿だけはかっこいいと感じました。

福山さんが結婚したときには、ペットロスみたいな症状になった女性もいたとか? 理解不能ですが。
だったらみなさん、桜田忠弘のファンになって下さい。彼は絶対結婚しません。しないほうが世の女性のためです。

幽霊、妖怪。
私も霊感なんてものはゼロですが、桜田忠弘が絶対結婚しない、の「絶対」ほどには「絶対にいない」とは言い切れない気もします。

先祖がどうの、水子がどうの、それも絶対になくはないかなぁ。
考えたら怖いなぁ。「絶対にそんなものはない」なんて台詞は不遜ですよね。

いつかぜひぜひ関西に遊びにいらして下さいね。
粉もんと神社ツアーをいたしましょう。

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