ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS続・四季の歌「春の小川」

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フォレストシンガーズ・春

「春の小川」

 こんな景色が日本にまだあったんだ。俺はぽけっと口を開けて、目の前に広がる風景に見とれていた。
 のどかに流れるせせらぎ。周囲は見渡す限りの田んぼで、川の土手にはたんぽぽやすみれが咲き、つくしも顔を出している。

 仕事で訪れた関東平野の端っこ、もうじき桜も咲くだろう。この川、なんて名前? と尋ねたら、名無しの川なんじゃないか? と乾さんが言っていた。

「俺は都会っ子だから、こういうのってほんと、珍しいよ。横須賀近辺だったら二十年前でもこんな景色は絶滅してたんじゃないかな」
「ふん、そうかよ」
「章の故郷にだったらあった?」
「俺の故郷は……」
「あ、そか。今ごろだったらまだ雪に閉ざされてるよな」

 デビューしてから約半年。プロになるのもたやすくはなかったが、予想通りにまるっきり売れない。それでも仕事はなくもないわけで、昨日は電車に乗ってこの村までやってきた。

 俺の故郷はド田舎だと自分では罵るくせに、俺が言うと章はひがむ。都会っ子のユキちゃんがうらやましい? まで言うと蹴られそうなので、昨日のことを思い出してみた。
 
「あんたら誰? フォレストシンガーズ? 知らないな。イベントに出演するって? 聞いてないよ。お笑い? コントでもやるの? ええ? 歌? 五人で歌うの? 五人もいないと歌も歌えないって情けないね」

 これも予想通りではあったが、村に到着して訪ねた役場からあっちこっちとたらい回しにされ、どこに行っても知らない、聞いてない、とつめたく扱われ、章が切れかけるのをなだめ、怒りそうになっているリーダーを乾さんが叱咤し、ようやく仕事をさせてもらえた。

 イベントというのは、この村出身の政治家が大臣になったとかで、それを記念する祝賀会だった。政治家代理の秘書かなんかがイベントに来ていて、演歌をやれの女にも歌わせろのと無茶を言う。できる範囲でご要望にお応えして、歌えたんだからいいよね、と俺は自分をもなだめていた。

 役場の中の宿直室みたいな部屋に五人で泊まって、朝からみんなで体操をして、電車の時刻まで散歩しようか、どこかで朝メシも食わなくちゃ、ということで、五人で荷物を持って外に出てきたのだった。

 大臣が誕生した村だというのに、寂れている。これから賑やかにするつもりでいるのかもしれないが、現在のところはコンビニもありゃしない。蕎麦屋があったが、朝は閉まっている。腹減ったなぁ、とぼやきながらも歩いていたら、こんな景色が広がったのだ。

「章、眠いんだろ。眠いとご機嫌が悪いなんて、赤ん坊みたいだな」
「うるせえよ。眠いってより腹が減ったんだ。なんにも食わずに電車に乗るのか」
「駅に売店はなかったっけ」
「そんなもん、あるわけねえだろ」
「車内販売はないかな」
「ローカル列車だぞ。あるわけないっ」

 いやに力強く、章はあるわけないと言う。さもありなん。怒るとよけいに腹が減るよ、と言いつつ、つくしを折ってみた。

「これって食えるんじゃないのか?」
「料理したら食えるよ」
「どうやって?」
「知るかよ」
「稚内にはつくしってないの?」
「俺は見たことないな」

 むこうのほうでは先輩たちが、大きな樹を囲んでなにやら議論している。俺は章と、そのあたりの野草をどうにか料理して食えないか? と相談していた。

「お兄さんたち、おなかが減ってるの?」
 ぽってり太ったおばさんが、俺たちに話しかけてきた。

「こんなところでなにをしてるの?」
「……えーっと、昨日の政治家のイベントにはいらしてなかったんですよね」
「行ってないよ。あんなもん、面白くもないでしょ」

 来てほしかったな、俺たちの歌を聴いてほしかったな、とは思うけれど、昨日のイベントに来ていなかったひとならば、フォレストシンガーズを知っているほうがおかしいってもんだ。章が知らん顔をしているのは、おばさんと話してもつまらないからなのかもしれないが、俺はおばさんであっても女性と話すのは大好きだ。

「俺たち、ほら、むこうにいる三人も含めて五人のグループで、昨日のイベントで歌ったんですよ。今朝の電車で東京に帰る前に朝食を食べたかったんだけど、開いてる店もコンビニもないんですよね」
「そうね。昼前にならないとお蕎麦屋も開かないよ。そう、あんたたちって歌手なんだ」
「はい」

 知らないな、という顔をされるのも慣れている。俺は言った。

「フォレストシンガーズです。ここで会ったのもなにかの縁なんだから、覚えて下さいね」
「フォレストシンガーズ、はい、覚えたよ。そしたら、朝ごはんをごちそうでもしたら私もテレビに映るんだろか」
「ロケではないので、カメラはいませんが」

 なーんだ、と笑ってから、彼女は言った。

「それでもいいわ。なにか食べる?」
「え? いいんですか」
「私の家はすぐそこだからね、おにぎりだったら作ってきてあげるよ」
「お願いしますっ!!」
「残りごはんだから無料でいいけど、あとで歌ってね」

 ゲンキンにも章も立ち上がり、ふたりそろって、ありがとうございまーすっ!! と叫んだ。
 なんだなんだ? と先輩たちが寄ってくる。地獄で仏!! と俺が言って今しがたのやりとりを説明すると、シゲさんが切実な調子で言った。

「よかったぁ。腹が減りすぎて眩暈がしそうだったんだよ。あ、でも、乾さん、本橋さん、いいんですかね」
「しようがないだろ、いいよな、乾?」
「ご親切に甘えよう。あとで心をこめて歌おう」

 昨夜から暗くなっていた心持ちが、優しい女性の心遣いで癒されていく。だから女のひとって好きなんだ。おっさんはそんな親切はしてくれないから、出会ったのがおばさんでよかったね。
 しばらく待っていると、大きなおにぎりと漬物を山盛りにした皿を持ったおばさんがやってきた。魔法瓶の中には熱いお茶。空腹でなくても最高に美味な日本の味だった。

「うまーいっ!! 最高ですよ」
「五臓六腑にしみわたるってこのことですね。自家製の漬物ですか? ほんとにうまいです」
「高橋さん、料理がお上手ですよね」

 奥さんとも呼びにくいし、おばさんとは呼べないし、と思っていたら、乾さんがソツなく姓を尋ねてくれた。本橋さんが料理が上手だと言い、こんなもんのどこが料理さ、と高橋さんは照れて笑っている。シゲさんも嬉しそうに、うまいうまいとおにぎりを食べている。俺はおにぎりを手にして立ち上がった。

「あとから高橋さんのためのフォレストシンガーズオンステージをやりますが、前座は三沢幸生です。聴いて下さいっ」

 きゃーっ、三沢さん、素敵っ!! と高橋さんがノリよく叫んでくれる。捨てる神あれば拾う神あり、かな。ちょっとちがうかな。俺は気をよくして歌い出した。

「春の小川は
 さらさらいくよ

 岸のすみれや
 れんげの花に

 すがたやさしく
 色うつくしく

 咲けよ咲けよと
 ささやきながら」

 まずは俺のソロで歌ったこの歌は、季節にも風景にもぴったりすぎるほどにマッチしていた。 


 幸生・23歳・終わり





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~ Comment ~

NoTitle

五臓六腑染み渡るのは酒だけだ。。。
なんて、思ってしまった私はおっさんですかね。。。

やれやれ。
酒は控えた方がいいのですが。
それでも飲んでしまうのが私なのですが。

まったく関係なコメントなってしまった。。。
( 一一)

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

以前、真冬の北海道の雪の中を歩いていましてね。
空腹になってきて、寒くて、やっと見つけたお店でもやしラーメンを食べました。
あれは五臓六腑にしみわたりましたよ。

お酒はほどほどだったらいいんじゃないでしょうか。
私は煙草も悪いものだとは思ってないんですが、アルコールは飲みすぎなかったらいいものだと思います。
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