ショートストーリィ(しりとり小説)

101「セカンドラブ」

 ←いろはの「ゐ」 →FS続・四季の歌「春の小川」
しりとり小説101


「セカンドラブ」

 
 ひとつ年上、東京の大学を卒業して現在の会社に就職し、三十歳になった今は業務部第三課第三係主任である。阿部睦は彼と同じ職場の総務部庶務課の平社員であるから、彼、吉田治也の役職がどんなものかも知っている。今どき、彼はまあまあの優良物件だとも思えた。

「阿部さん、僕と交際してもらえますか」
「……いいですよ」

 なのだから、私もまあ、このへんで手を打つか、のつもりで治也とつきあうようになったのだ。中肉中背、顔もまあまあ、可もなく不可もなくなルックスなのは、治也も睦も似たようなものだ。

「結婚式については、睦ちゃんはどう思ってるの?」
「結婚式って、結婚したいの?」
「僕ら、もう三十だよ。交際を申し込むってのはそれが前提なのが普通なんじゃないのかな」
「だったらそう言ってほしかったな。治也くんは今、いきなり言い出したんだもの。びっくりするよ」
「きみもそう思ってるってつもりだったから……いやなの?」

「いやじゃないよ」
「そんならいいじゃないか」
「プロポーズもなしで?」
「じきに三十になろうってのに、プロポーズなんかされたい? 恥ずかしくない?」
「治也くんが結婚したいって考えてるんだったら、プロポーズの言葉はなくても許せるけどね」

 不満はなくもないが、ときめきもない交際なのだから、プロポーズもなく結婚式をして、ときめきもなく夫婦になって子供を持つのか。せめて結婚指輪はブランドものを……と今から言っておこうかと睦が考えていると、レストランにカップルが入ってきた。なーんだ、意外に質素だよね、と言っている女の声を聞いて、治也の顔色が変わった。

「名前はかっこいいけど、入ってみたらファミレスみたいだね。がっかり」
「そう? ここ、けっこうおいしいんだよ」
「安いんじゃないの?」
「ファミレスほど安くはないよ。ライラちゃんはお金のことは気にしなくていいから」
「気にするほどの店でもないよね」
「そんなことばっかり言わないで。せっかくの夜なのに……」
「せっかくの夜がこんな店って、がーっかり」

 どうして治也がそわそわしているのかは知らないが、睦もカップルをさりげなく観察した。給料日なので治也と睦のデートとしては張り込んだレストランを、あんなふうに言われて腹立たしかったのもある。

 ライラと呼ばれているのは華やかな美貌のおしゃれな女の子だ。ハーフでもなさそうだが、ライラという名前が容貌に似合っている。こんな店、つまんないよ、食べたいものもないみたい、と不平を言われて困っているようなのは、四十代に見える男性だった。

「ライラは子羊の肉が食べたいな」
「そんなのが好きなの? だったらはじめからそう言ってくれなくちゃ」
「セイさんが気が利かないんじゃんよ。そんなぐらい察したら? もういい、ライラはフルーツパフェにする」
「ディナータイムだよ」
「おいしくなそうなメニューばっかりだもん」

 なんてわがままな女の子なのだろう。男性も怒ればいいのに、と思って睦はカップルを眺めている。治也も無口になってしまって、チキン料理を食べていた。

「そんならしようがないな、店を変えようか」
「えー、そんなのもメンドクサーイ」
「だったら我慢する?」
「やだよ。セイさんがこんな店に連れてくるから悪いんだからね。ライラ、帰ろうかな」
「そんなこと言わないで。よそに行って、ライラの好きなものを食べて、帰りになにか買ってあげるよ」
「ほんと? ブルガリのリングは?」
「うんうん、買ってあげる」
「だったら許してあげようかな」

 あれはどこかのバーのホステスとそのお客? バブルのころでもあるまいし、水商売の女性はあそこまで客にわがままは言わないのではないか? 睦も黙って考えながらサーモン料理を食べる。セイさんと呼ばれた男性はあくまでも下手に出てライラのご機嫌取りをしながら、席を立っていった。

「すごい子」
「……だよね」
「治也くん、顔色がよくないね。あの子、ライラって子、知ってるの?」
「う、うん、ああ、いや、うん、いやいや……ごめん。僕、急用を思い出したから先に帰るよ。明日にでも半分返すから、払っておいてっ!!」
「はあ?」

 ナプキンで口と汗を拭き、治也は走り出ていってしまった。しばし唖然としていた睦は、コースは終わっていないのに、全部食べるべきだろうか、と悩んだ。
 しかし、連れが帰ってしまったテーブルでひとり、食事をするのも間抜けだ。睦も席を立ち、連れが急用で……と言い訳をして支払いもしてレストランの外に出た。

 落ち着いて歩き出すと腹が立ってくる。通りすがりのライラはどうでもいいが、治也の態度はなんなのだ。しかし、ライラと治也は連動していたような? 知り合いか? 明日も会社で治也には会うだろうから、そのときに問い詰めよう。それはいいとして、食事が途中だったので空腹が残っている。

 空腹だとよけいに腹が立つので、そこらの屋台で売っていたクレープを買って公園に入っていった。都会のオアシスには夜でも人が行きかい、ベンチでサンドイッチやおにぎりを食べているひともいた。

「ん?」
 むこうのベンチに治也がすわっている。彼がぼんやり見ている先には、大きな樹にもたれているライラがいる。ライラはセイさんに向かっていやいやと頭を振っていて、睦もそこに近づいていった。

「だから、店が閉まってたんだからしようがないでしょ」
「そしたら、デートは明日にしようよ。ライラはもう帰りたいんだもん」
「おなか、すいてないの?」
「一晩食べなくったって平気だよ。ダイエットになってちょうどいいじゃん」

 こうして立っていると、ライラは睦よりも治也よりもセイさんよりも背が高い。頭が小さくてほっそりと均整がとれているので、その長身は非常に美しかった。

「デートはまた今度もやって、ブルガリも買ってあげるから、今夜もおいしいものを食べようよ。僕はおなか減ったよ」
「セイさんってわがままなんだから」

 どっちがわがままなんだ、と睦としては突っ込みたいのだが、セイさんはでへでへ笑っている。治也はライラを見つめて、可愛いな、可愛いな、と呟いていた。

「んじゃあね、ターコイズにだったら行く」
「急に行っても……いやいや、僕がなんとかしてみせるよ」
「なんとかしてくれなかったら帰るからね」
「まかせておきなさい」

 セイさんとライラが腕を組んで行ってしまうのを、治也はバカ面で見送っている。睦は治也の背後から肩を叩いた。

「おわっ!! びっくりしたっ!! む、むむむ、む、つ、み、ちゃん……」
「知り合いなんでしょ、なんなの、ライラって?」
「いや、あの……すわって」

 観念したらしく、睦が隣にすわると、治也が話しはじめた。

「ライラ……名前からしても華やかな女の子で。僕は彼女とスポーツジムで知り合ったんだ。二年ぐらい前だったかな。ライラは大学に入学したばかりで、どこのジムがいいかおためししてるって言ってたんだ。お兄さんって力持ちだね、ってむこうから話しかけてきて、僕は舞い上がってしまったよ」

 このジム、あまりよくないな、と言うライラに、僕がお金を払うからしばらく来てよ、と治也は思い切ってお願いしたのだそうだ。ライラは渋々のていでうなずき、それからはたまにジムにやってきた。治也はライラを待ち焦がれ、会えるとデートに誘う。ライラは五回に一回ほどはデートにつきあってくれ、ごちそうしたりプレゼントをしたりすると無邪気に喜んでくれた。

「小悪魔だよね、わかってはいたんだけど、可愛くて魅力的で、のめり込んでいったんだ。性格はよくないのかもしれないけど、小悪魔ってたまらないんだよ。翻弄されるのが快感なんだ。それでも僕は一介のサラリーマンだから、ライラは無茶は言わなかった。他にもデートする男のひとはいるから、そっちに高いものは買ってもらうからって……」
「はぁ……」

 ため息をつくしかない睦に、治也は切々と語った。

「僕を気遣ってもくれるライラが愛しくて、僕にできる限りでつくしたよ。一年くらいはつきあってたんだけど、会ったのって数えるほどで、だからこそ僕も破産せずにすんだのかな。一年ほどたって、一度でいいから抱きたいって言って……身持ちの固い純情なお嬢さんにそんな誘いをかけた僕がまちがってたんだ。ひっぱたかれてふられたよ。ライラを忘れるために……僕は分相応の交際をして結婚するつもりだったのに……あんなところで会ってしまうなんて……」

 悲劇のヒーローというのか、この場合は男でもヒロインか、そんな気分で悲嘆にくれているらしき治也に、睦は言った。

「で、治也くんはあの子がまだ好きなの?」
「好きだけど、諦める努力をするよ。すぐには忘れられないかもしれないけど、僕には睦ちゃんという婚約者がいるんだ。きみは僕を愛してくれてるんだろ。結婚したいんだろ。きみだと僕に捨てられたら、二度と男なんかできないんじゃないかとも思う。僕にはきみと結婚する義務があるよね」
「ふーん、そうなの?」

「そうだろ。僕は律儀なんだ。そりゃあね、ライラと比べたらきみは……ってか、他の女は誰だって見劣りするさ。ライラがプリンセスだったら他の女は掃除婦。ライラが女優だったら他の女はテレビ局のAD。ライラが……」
「そのへんでいいわ。わかったから」
「そう? だけどね、僕とライラは釣り合わないんだよ。あんなにレベルの高いお嬢さまは僕には……悲しいけど諦める」
 
 あの女の素性をあなたは知ってるの? ジムで会ってたかられて、何度かデートしただけでしょ? ほんとにお嬢さま? と問いただすのも、馬鹿馬鹿しいのでやめにした。

「どうぞ、治也くんはライラを追っかけて」
「そんなの、不毛だよ。僕にはきみが分相応なんだ」
「……結婚前でよかったわ。会社でもまだ、そこまでのつきあいだとは知られてなくてよかった。私もね……ま、いいか。治也くん、幸せになってね」
「それって……?」
「別れますから。さよなら」
「ええ?」

 ことの次第が呑み込めていないらしき治也をベンチに残して、睦は歩き出す。小悪魔にだまされたおめでたい男は、一生ひとりで幻想に浸っていればいいのだ。

次は「ぶ」です。

主人公について

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
阿部睦はフォレストシンガーズが所属していた大学合唱部の、名もなき先輩です。しりとり小説の主人公はこういう立場の女性が多いようです。







 
スポンサーサイト



【いろはの「ゐ」】へ  【FS続・四季の歌「春の小川」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

・・・この男は恋がしたいのか、家族が欲しいのか。
私個人としてはこの二つは相反するものだと思うんですけどね。素愛と恋が違うのに、それを一緒に考えるとするから面倒くさいことになるような。。。

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。
「素愛」? ですか? 素の愛ってことでしょうか。
愛と恋とは微妙にちがいますよね。
恋愛と結婚もちがうものだと思います。

この男は、現実は現実として妻がほしい、子どももほしい、そのほうが社会的に一人前だと認められそうだから、との思想だったのですが、睦にふられたので開き直って、幻想の彼女を抱きしめて生きていくことでしょう。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【いろはの「ゐ」】へ
  • 【FS続・四季の歌「春の小川」】へ