ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ゐ」

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フォレストシンガーズ

「居丈高」

 おっはよー、あんたってタレント? ちがうよね? あのさあのさ。

 むこうからすれば私は見知らぬ女だろう。ラジオ局の廊下で会ったのだから、ラジオ局勤務の人間だと思われたのか。挨拶と質問はしたものの、私の返答は待たずに話しはじめた。

「このごろ時々、この局で会う男がいるんだ。何者なんだか知らなかったんで聞いてみたら、フォレストシンガーズのリーダーだって。あたしの好みなんだよね」

 当然、彼女は私がフォレストシンガーズのマネージャーだとは知らないのだろう。同性のよしみで話しかけてきたのか。私が暇そうにしていたからか。誰とでもすぐさま親しくなる、幸生くんみたいな性格なのか。

「フォレストシンガーズって知ってる? 知らないよね。有名じゃないもんね。デビューして十年近くになるらしいけど、ぜーんぜん売れてないらしいんだ。そんなだったら金に困ってるんだろうな。リーダーって本橋っていうんだそうだけど、デートしてあげようか、あたしがメシ代は出してあげるから、金の心配しなくていいよ、って言ってやろうかな。フォレストシンガーズって今日も局に来てるらしいんだよ。どこのスタジオにいるのか、あんた、知らない?」
「さあ……」

 自己紹介もさせてくれず、さあ、と言いかけたのもさえぎられて、彼女はひとりで続けた。

「あたしのことは知ってるだろ? うん、あたしは急にスターになっちゃったんで、男と寝たりするのも前みたいに簡単ではないんだよ。前以上にもてまくって困るんだけど、あたしは好みがうるさいんだ。なんだっていいわけじゃないんだよ。仕事のためだったらちょっとくらいいやな男とでも寝るけど、プライベートでだったら好みの男じゃないといやじゃん? わかるよね?」
「そりゃあね」
「あんた、タレント志望? そんな感じでもないけど、もしもそうだったら忠告してあげる。仕事のためになる相手だったら、好みがどうたら言ってたら駄目だよ。「女」は最大に利用しなくちゃ」

 芸名かと思っていたら、彼女がテレビで言っていたのを聞いたことがあった。

「親は大衆食堂やってたんだよ。あたしが生まれる前にパパがリストラされたらしくて、食ってくためにママと一緒に食堂をはじめたの。がんばって働いて店が繁盛するようになってきたときにあたしが生まれた。この可愛い可愛い娘のためにも、店がもっと繁盛しますようにって願いをこめて、客来って名前にしたんだって。あたしも客商売っちゃ客商売だから、本名をそのまま使ってるわけ」

 お笑いタレントの範疇に入るのだろうか。ぼってりしたくちびるとぼってりした身体つきで、フェロモン全開を前面に押し出している。幸生くんあたりは彼女をセクシーだと言い、章くんは気持ち悪いと言っていた。
 今夜も派手な衣装を着た客来、「キャラ」と読む彼女は、私が誰だか知らずに喋り続けていた。

「あんたみたいになんの特色もない女って、売るのは大変だろうな。ちょっと綺麗な顔はしてるけど、若くねえだろ? 中年年増半端美人……そういうのをうまく売ってくれるオヤジに上手に取り入って、寝るだけじゃなくてそいつの言うなりになんだってして、がんばれよ」
「あのぉ……」
「あんたのことなんかどうでもいいんだけどさ、本橋、どうにかならないかな? あんたに言っても無駄なのはわかっちゃいるけど、あいつと寝たいよぉ。あの広い胸に抱かれてみたい。ついこの間、貧弱な中年オヤジを抱いたばかりなんだよ。あたしは本橋みたいにたくましくて背の高い男が好き。顔はどっちでもいいんだ。ねえねえ、こんなのどうだろ」

 質問しているようで、私の答えは待ってもいない。キャラはひとりで納得顔になった。

「金に困ってるんだから、身体を売らないかな。あたしみたいなスターが買ってやるって言ったら喜ぶかな。いやぁ、だけど、そろそろ本気で結婚もしたいから、売るだの買うだのじゃなくて、真面目につきあうってほうに持っていきたいな。格差婚ってのも流行りじゃん? スターのあたしが売れない歌手を婿にもらってやるって、話題にもなりそうじゃん?」

 だんだん不愉快になってきた。反論したいことはいくつもあるが、キャラは私に口をはさませてくれないのである。

 フォレストシンガーズはそれほど売れてないわけじゃない。スターでもないけど、無名ではない。テレビに出ないのは売れていないからだと考えるひとは多いが、彼らはCDとライヴとラジオを大切にしているから、テレビは極力避けているだけだ。

 格差婚って、あなたと較べたら本橋くんに格差なんかありません。失礼ね。
 それに、あなたの場合は露悪で売っているんだろうから、それも客来のキャラなんだろうけど、知らない相手にそんなにも露骨に言う? 何パーセントかは真実? 女が……なんて言わない。男だってそんなのはいやだけど、聞いてるほうが哀しいのよ。

 心でだけ反論している私の気持ちには気づいていないからだろう。キャラは得意げに、あたしってもてるから、金はあるから、売れない芸能人は惨めだから、本橋と寝たいなぁ、あたしのベッドテクニックってすげえんだよ、などと、自慢のつもりが自慢になっていない話を繰り広げていた。

「こんにちは」
「……あんた、フォレストシンガーズじゃない?」
「知っていただいていたとは恐悦至極、光栄に存じます」
「なんだよ、変な喋り方。あたしは本橋だったら好きだけど、あんたは趣味じゃないね。先に言っとくよ。口説いたらぶん殴るぜ」
「お、ハードボイルドですね」

 どこかでキャラの話を聞いてでもいたのか、助け舟を出しにきてくれたのか。キャラと私が並んですわっていたベンチの私の隣にすわったのは乾くんだった。

「時々いるんだよな、流行ってるんですかね」
「なにが?」
「まあ、今どき女性だからって言ったらいけないんだろうけど、俺は……いや、あなたは俺には興味ないとおっしゃるんだから、言う必要もないか」

 女性としての慎みが云々。乾くんの言いたいことはわかったので、私は横を向いてくすっと笑った。

「本橋は俺以上に、そういうのは嫌うんですよね。あいつはおのれの男らしさを追求するわりに、いわゆる女らしい女性は好きじゃないとか言うんですが、そういうのは眉をひそめるだろうな」
「あんたの言い方、回りくどいね」
「よく言われます、すみません」
「だからなにさ? 本橋はあたしみたいのは好みじゃないって? いいよいいよ、一回寝てみな。あたしのこの魅力で悩殺して、とりこにしてみせるから」
「はあ」

 ため息ひとつついて、乾くんは私を見やった。

「遅ればせながら紹介させていただきますよ。我々のマネージャーでもあり、本橋真次郎の妻でもある山田です。親しくなられたんでしたらごぞんじでしたか?」
「親しくなんかねえけどさ……本橋の……妻? なんだよ、てめぇ、あたしを馬鹿にして笑ってやがったな」
「いえ、言わせてもらえなかったから……」

 立ち上がったキャラは、腰に手を当てて私を睨み下ろした。

「見てろ。復讐してやるから」
「キャラさん、彼女はあなたになにもしてないと思うんですけど、復讐ってどうするつもりですか」
「本橋を奪ってやる」
「……」
「……はぁ」

 ひとりで喋ってひとりで怒って、キャラは荒々しい足音を響かせて行ってしまった。

「ああいうの、居丈高っていうのかな」
「ミエちゃん、念のために言っておきますが……」
「心配するなって? わかってますわよ。乾くん、ありがとう」

 居丈高っていえば、今の私の心境もそうかしら。あんな女に夫を横取りされるはずがない。本橋真次郎は私に惚れているのだし、キャラなんかよりはるかに山田美江子のほうが魅力的だもの。

「いろはの二十五番目はゐだね。「い」ではなく「ゐ」」
「旧仮名遣いだよね。それがどうしたの?」
「ゐというのは特定の単語に使うんだ」

「紫陽花(あぢさゐ)、藍(あゐ)、位(くらゐ)、紅(くれなゐ)、慈姑(くわゐ)、敷居(しきゐ)、芝居(しばゐ)、潮騒(しほさゐ)、所為(せゐ)、鳥居(とりゐ)、率いる(ひきゐる)、参る(まゐる)、用いる(もちゐる)、基(もとゐ)、井・堰(ゐ)、猪(ゐ)、亥(ゐ)、藺(ゐ)、藺草(ゐぐさ)、田舎(ゐなか)、威張る(ゐばる)、井守(ゐもり)、居る(ゐる)、など」

 古典文学専攻の本領発揮というか、乾くんが学んだ古典よりは新しい時代の仮名遣いなのかもしれないが、彼は並べ立て、最後につけ加えた。

「乾(いぬゐ)、居丈高(ゐたけだか)にも「ゐ」を使うね」

 それがなんなんだか知らないが、乾くんらしい台詞ではあった。

MIE/32歳/END







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乾君、いいところに出てきてくれたなあ。
すごくスッキリしました。
芸能人の中にはこんなうぬぼれ女、いるのかもしれませんね。
こうやって虚勢張って生きてるんだとしたら、かわいそう。
恵美ちゃん、どんな気持ちできいてたのかな。
でも、自分の旦那を狙ってる女のたわごとを聞くのは、ちょっと楽しいかも(笑)
居丈高。ほとんど使った事無い言葉だけど、乾君が言うと、ちょっとしっくりくる感じです。

limeさんへ

いつもありがとうございます。
ここまでの女性は知り合いにはいませんが、近いひとはいたかな。
なんでこのひと、そんなにもてるんだろ。本当のことを言ってるんだろうか……なんてね。

自分の夫を、彼はタイプ、抱かれたい、買いたい、まで言われるってどんな気分でしょうね。
ちょっとうれしいひとも、むかつくひともいるでしょうか。

だけど、美江子もけっこう意地悪ですよね。
自信過剰だし。

居丈高のゐは乾のゐ。
隆也は(そういえば中国に、乾隆帝ってのがいたんだそうですね)別に居丈高な人間ではないのですが、これはそこからできたストーリィでした。
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