別小説

ガラスの靴26

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「ガラスの靴」

     26・内助


 咄嗟に押しやった胡弓は尻餅をつき、泣くのも忘れたように僕を見つめている。僕は知らない奴にいきなり胸倉をつかまれて吊り下げられ、じたばたしているしかなかった。

「……新垣アンヌの……」
「そ、そうだけど……そうだけど……あれ? あ」

 大柄な人物だ。がっちりした体形で、華奢で小柄な僕が抵抗してもかなうわけもない。ぐいっと持ち上げられてパニックを起こしかけ、殴られたりはしなかったのでちょっとだけ落ち着いて相手を見てみたら、あれっ!?
 作業服のようなグレイのシャツとパンツを身に着けたそいつは、女の声で喋る。押し殺した作り声ではあるが、女だ。女みたいな声の男? 顔を見ても……男、女?

「あんた、女?」
「それがどうしたんだよ。女だっておまえになんか負けないよっ」
「う、うん、そうだね。わかったから離して。息子にだけは危害を加えないで。胡弓、大丈夫だからね」
「……パパぁ」

 声をかけたせいか、胡弓が泣き出した。女だと自分で言っている人物はうろたえたようで、僕の胸倉をつかんでいた手を離した。

「あんたは誰? 泥棒?」
「そんなんじゃないよ。アンヌの……アンヌの……」
「アンヌのなに? ファン?」
「ファンじゃないよ」
「友達?」

 人通りはないのだが、立ち上がって駆け寄ってきた胡弓が僕にしがみついて泣き、女もしゃくり上げはじめたので僕も焦った。泣いている女は大きいけれどまだ若くて、たくましい体型はしているけれどあどけなさもある顔をしていて、思わず言ってしまった。

「ここであんたと胡弓が泣いてると、女子どもを泣かせてる悪い奴に見えるのかもしれない。僕があんたを泣かせるのは無理があるけど、それでも男の僕が悪者にされるのかな。なんて名前?」
「あ、あたし? カンナ」
「カンナさんか。うちに入れば?」
「いいの?」
「いいよ。事情を聞きたいな」

 身長はアンヌくらいか。僕が百六十センチ強で、アンヌは百六十五センチくらいだから、カンナも女性としても特別な長身ってわけでもない。ただ、カンナはごついので大きく見える。
 作り声を出さなかったら意外に可愛い声で、泣いていると大きな大きな子どもみたいだ。なんたって僕は育児にいそしむ専業主夫。よその子どもにも母性本能を発揮してしまう。

 父性本能ってやつは別ものらしいから、僕にあるのは母性本能。甘いのかもしれないが、泣きじゃくっている男の子をだっこし、女の子を連れて部屋に入った。

「それ、アンヌの子?」
「そうだよ」
「嘘だ。あんたがよその女に産ましたんだろ」
「アンヌが産んだのはまちがいないよ」
「なんでアンヌが……そんなはずないのに」
「そんなはずって……」

 部屋に入ると、先に胡弓をなだめてジュースを飲ませ、トイレに連れていってからベッドに入れた。胡弓は三歳。半分は僕、半分は僕の母がトレーニングをして、おむつがはずれて間もない。
 公園に遊びにいって帰ってきた途端に、パパが暴漢に襲われた。暴漢ってのは男のことだが、一見はごつい男みたいな女だったのだからそれでもいい。そんな突発事故にびっくりして、どうにかおさまって安心して泣いて、疲れたのだろう。胡弓は素直にお昼寝をした。

 そうしている間、こっちにもジュースを出してやったカンナはぼけっとしている。放心状態みたいな顔をして、ダイニングルームを見回したりしていた。

「あんたはアンヌのなんだよ?」
「僕はアンヌの夫だけど?」
「嘘だよぉ」
「ほんとだよ。婚姻届けだって出してるし、新垣アンヌと笙と胡弓の三人家族の戸籍もあるよ。戸主はアンヌ。僕はアンヌの姓に変えて専業主夫。なんか変?」
「変だ」
「一般的には専業主夫って変かもしれないけどさ」
「主夫なんかどうでもいいけど……いいけど……」
「そういうカンナさんはアンヌのなに?」

 ファンでもなく友達でもないんだったらなんだろう。カンナはジュースを飲み、長く考え込んでから口を開いた。

「五年ぐらい前だったかな。あたしは高校生で、アンヌはアマチュアバンドをやってたの」
「僕とアンヌが知り合ったころだね」

 アート系の専門学校で、僕は他にやることもないからCGを学び、ロックバンド活動のかたわら、アンヌはイラストを学んでいた。
 高校を卒業して入学したばかりの僕は十八歳。寄り道もして専門学校に入ってきたアンヌは二十五歳。七つ年上のユニークな美女にひと目惚れして、交際がはじまったのが五年ほど前だ。

「曼荼羅蠍って名前の、ものすごくかっこいいバンドだった」
「マンダラサソリか。すげぇ名前」

 実は僕はロックには興味はない。音楽ってものには疎くてアンヌには馬鹿にされる。ま、おまえは家事と育児をやってりゃいいんだから、あたしの仕事に理解がなくてもいいんだけどさ、と言われてもいた。
 だから、アンヌのロックバンド遍歴もほとんど知らない。アンヌは東北の高校を卒業して東京に出てきて以来、ロックバンドを渡り歩いているから、マンダラサソリって名も記憶にはなかった。

「ギターとヴォーカルが女だった。ベースとドラムの男はたいしたことないんだけど、アンヌとギターのお姉さんは美人でさ、あたし、憧れたの。学校さぼってなんとなく入ったライヴハウスではじめて見て、それほどロック好きでもなかったのにはまっちゃったんだ」

 そのころから、カンナはごつかったらしい。ぽっちゃり高校生だったらまだしも、ごつい女の子は格闘技でもやっているのではなかったらコンプレックスだろう。カンナも自分に自信はなかったのだが、ある日、意を決してマンダラサソリの楽屋を訪ねていった。

「お嬢ちゃん、誰のファン?」
「俺か?」
「俺だなんて言わないでくれよ」
「俺だとも言わないよな。ユズル、おまえに譲るよ」
「いらねえよ。おまえにやる」
「いらねえっての」

 どっちのファンだとも言っていないのに、ユズルとトオルという名の男ふたりはカンナを譲り合ってげらげら笑う。そこにギターのメグが入ってきた。

「あんた、女? うへぇ、すげ」
「だろ? 高校生でこんなだったらお先真っ暗だな」
「カンナっていうんだそうだけど、こいつのそばにいるとメグの美人度が千パーセントアップして見えるな」
「この子のそばにいなかったら美人じゃないわけ?」
「そんなはずないけどさ、メグ、今夜どう?」
「いや、俺とだよな、メグ?」
「じゃんけんする? 負けたほうがカンナにすれば?」
「それだけは勘弁してくれーっ!!」

 からかわれていたのだろうが、高校生の女の子としてはいたたまれなくて、帰ろうと楽屋を出ていこうとしていたら、入ってきたアンヌと鉢合わせした。アンヌは楽屋の三人に、聴こえてたよ、と声をかけてじろじろっと睨み回し、カンナを連れてライヴハウスの外に出ていった。

「カンナっていうの? あたしはアンヌだから、似た名前だね」
「……似てるの、名前だけかな」
「カンナ、何歳?」
「十六」
「あたしはカンナよりも十ほど年上だけど、十六のときだったらあんたに似た体形だったよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。女は二十代になると綺麗になるのが当たり前なんだよ。今度、あたしの若いときの写真を見せてやろうか。カンナは身長もあたしぐらいあるから、二十歳すぎたらかっこいい女になるさ」

 信じ込んだわけでもなかったが、カンナの心は晴れた。
 こういう嘘は許されるだろう。僕はアンヌの故郷で彼女の高校生以前の写真を見せてもらったが、太っていたりたくましすぎたりする時期は一度もなかった。アンヌは赤ちゃんのとき以外は、ずーっとスレンダーな美人だったのだから。

 また遊びにきていいよ、と言ってもらったから、カンナは時々、そのライヴハウスに出向くようになった。ライヴが終わると、ちょっとぐらいいいだろ、と言うアンヌに誘われて、お酒を飲みにいったりもした。

「カンナには好きな子っているのか」
「いない。男なんか嫌い」
「そう? そっか。そこもあたしと同じだ」
「……アンヌも男が嫌い?」
「男なんてのはいないほうが平和だよ。仕事だから仕方なくつきあってるけど、あたしは男とはプライベートでつきあう気はないんだ。結婚もしない」
「うん、あたしも」
 
 おそらく、カンナは男に傷つけられてばかりいるから嫌いになったのだろう。アンヌのほうはカンナを慰めるためにそう言ったのだろうが、罪つくりな真似をした。

「五年ほどあとが楽しみだな。かっこいい大人の女になったカンナと、そのころにだったら恋ができるかもしれないもんな」
「恋?」
「そうだよ。女同士の恋って麗しいだろ」
「……そ、そうだね」
「じゃ、約束」

 なんと、アンヌはカンナにキスをして、言ったのだそうだ。

「マンダラサソリは解散するんだよ。あの店でカンナと会うことはもうないかもしれないけど、五年後にはあたしはまちがいなくロックスターになってるから、遊びにおいで。カンナを忘れないから。あんたもあたしを忘れんなよ」
「は、はい」

 それから五年、カンナは高校生のときよりもさらにごつくなった。アンヌとの約束の半分は果たせなかったが、アンヌのほうはロックスターになっている。会いたくて、けれど、こんなあたしじゃ会えないと思い詰め、なんとかしてアンヌの住まいを突きとめようと努力した。
 
 スーパースターというほどでもないのもあり、アンヌが秘密主義でもないのもあって、ネットには僕らのマンションの住所が流出しているらしい。カンナはそこでアンヌの住まいを探し当てて、たびたび偵察にきていたのだそうだ。そして今日、噂には聞いた夫と息子に遭遇した。

「アンヌは男なんか嫌いだって言ってた。結婚もしないって言ってた。高校生のあたしと恋はできないけど、大人になったら恋人になろうって言ってくれた。なのに、あんたなんか……」
「いや、あのね」

 それはカンナを励ますため、慰めるためだろうけど、やりすぎだよな、と僕は思う。オレンジジュースのグラスを握り締めるカンナの大きな手が、グラスを割ってしまいそうに見えた。

「きっと僕が男らしくないからだよ。僕は見た目も男っぽくないでしょ。アンヌと結婚して、養子ってわけでもないんだけど苗字も変えて、主夫をやってる。アンヌは本当に男は嫌いなんだけど、男には見えにくい僕だから結婚したんじゃないかな」

 だったらどうして、あたしを待ってくれなかったの? と突っ込まれたらどうしようかと悩んだのだが、カンナは肩を落とした。

「あたしとは会わなかったから……あたし、アンヌの言うようなかっこいい大人になれなかったもんね。笙くんだったら……そうなのかもしれない。笙くん、幸せ?」
「うん、とっても」
「……ごめんね」
「ううん」

 こっちこそごめんね、気分もあったのだが、そう言うのはおかしいだろうから口を閉じた。
 今はなんの仕事をしているの? そんな質問もしないでおこう。僕の訥々した弁解を信じたのか、信じたほうが身のためだからなのか、カンナは最後に子ども部屋で眠っている胡弓に、ごめんね、と呟いてから帰っていった。

 この話はアンヌには言わないほうがいいのだろうか。アンヌがカンナを忘れ果てていたり、ああ、あのブス女か、と笑い飛ばしたりしたら僕が哀しいから。
 カンナがこれ以上、僕らの家庭に介入してくるのを未然に防げたのだとしたら、これはこれで内助の功。内助の功ってのはひそかに行うものなのだろうから。

つづく








 
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~ Comment ~

NoTitle

個人的に父性というのはまるきり信じていないので、実際にそういいのは抽象的なものは信じない。女性はホルモンの関係があるから母性は存在すると思っているけど、父性も専業主夫的な存在も最終的には自己満足じゃないのかなあ。。。。

・・・・と今回は
・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。

の中身をコメントしてみました。
大体・・・の中身はこんな感じです。
(*´з`)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

…………の中身ですね。

父性ってなんでしょうね。簡単に言ってしまえば、父親としての本能。そんなものはないと言う方もけっこういますが、母性本能も神話だと言う方もいて、それもやっぱり人それぞれかと思います。

人間とは本能のこわれた生き物だという説もありますよね。

自己満足といえば、まあ、内助の功なんかはその最たるもので。
内助の功をしたと自己満足している夫か妻、配偶者は迷惑がっている、ってのもありそうに思えます。

ところで、12000HitはたぶんLandMさんでしたよね?
記念のショートストーリィをアップしました。
それにつきましても、いつもご訪問ありがとうございます。


NoTitle

先日久し振りに覗いてガラスの靴25までまとめ読み
してコメントしました。何か感想をいっぱい書きました。
感動したり?とおもったり。ところが何かの手違いで送信
出来ていなかったようです。残念です。
今日は26について、何かほのぼのとした心地。笙くんは
いつも誰にでも優しい、これ人間性だと思います。彼に
かかれば相手はつい本当の自分を見せてしまう。
どんな人が現れてもアンヌさんに関わる人たちとうまく
付き合っていく笙くんを、アンヌさんは口は悪いけど心底
愛しているのだと思います。そして笙くんも。
私には全く知らないミュージシャンの物語だけど、興味深く楽しみに読ませて頂いています。

danさんへ

コメントありがとうございます。
ご感想、書いて下さったのですか。
FC2はちょっとセクシャルな単語などをコメントに使うと弾いてしまいますので、どこかに隠れてないかと探してみましたが、隠れていないようです。

せっかく書いて下さったのに、消えてしまったとはもったいない。
FC2になりかわって、私からお詫び申し上げます。
すみません。

笙はたしかに、優しい子だとは思います。
なんだか時々優しさがずれていたり、相手によってはものすごく冷淡だったり、内心で馬鹿にしていたり、アンヌへの恋心も歪んでいたりもするのですが。

そういう微妙なずれ加減をうまく書けたらいいなぁと願いつつ、これからも試行錯誤していきますので、よろしくお願いします。
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