別小説

ガラスの靴25

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「ガラスの靴」

     25・俗人

 行きつけのバーで、西本ほのかと話していた。
 三十歳になったあたしよりは、ほのかは年上だろう。女の子がふたり、男の子がひとりいる母親だが、主婦ではない。兼業主婦ってやつでもない。シングルマザーだって家に帰れば主婦をやっているのだろうが、彼女は家事も育児もしない。アウトソーシングってやつをやっている。

 職業は通訳。ロックバンドをやっているあたしたちと同業の、海外ミュージシャンの通訳をやることが多いほのかとは、仕事の関わりで知り合った。

「アンヌもぶっ飛んでるけど、ほのかはもっとだな」
「ぶっ飛んでるってどんなふうに?」

 うちのバンドのドラマー、吉丸が言うことには。

「ミチと笙には話したんだよ。笙は関係ないのにつべこべ言ってて、ミチも怒ってたけど結局は受け入れた。ま、笙やミチは旦那のやることに文句を言えた立場でもないもんな」
「笙には旦那はいないよ。妻のあたしがいるんだよ」
「おまえが旦那みたいなもんじゃないか」

 言えてるのだが、それで、吉丸はなにを?

「笙からは聞いてないか。アンヌには俺から話すって言ったのを守ってるのか。笙は女みたいな奴だけど……いや、それはいいんだけど、それでだな。俺はほのかとつきあってたんだよ」
「ああ、またかよ」

 バツイチ吉丸の以前の離婚理由は、ミチとの浮気だった。男の子と浮気された元妻は怒り、息子の来闇を吉丸のもとに残して家を出ていった。吉丸の元妻、真澄とあたしはけっこう親しくしている。
 吉丸が浮気男なのは立証済みだから驚きもしないが、彼は驚くべきことを口にした。

「ほのかが妊娠して出産した。子が産まれてから、あんたの子だって言うんだよ」
「あんたって、おまえか?」
「そうだ、俺だよ」
「……」

 上の女の子たちは、長女が白人と、次女が黒人とのハーフだ。男の子もほしいと思っていたほのかは、吉丸を利用して望みをかなえたのだと言う。

「ほのかはひとりで育てていくって言うんだ。ふたりの女の子だってひとりで育ててるんだから大丈夫だって言うんだけど、信じられなくて。俺の子だってのがまちがいないんだったら、養育費よこせくらいは言うだろ。それもいらないって言うからDNA鑑定したよ。まちがいなかった……てっ!! アンヌ、なにすんだよっ!!」
「アホ」

 外野がとやかく言っても仕方ないので、あたしは吉丸を一発殴っただけだった。
 しかし、女が妊娠したくなって、精子をくれる男が身近にいたらだますのなんてわけはない。吉丸は被害者なのかもしれないが、安易に誰とでも寝るからいけないのだ。

 最初はすねたりもしていて、今でもすっきり気が晴れたわけでもないのだろうが、ミチはほのかをかっこいいと言う。笙は無関係だから、さらにほのかをかっこよく思っている。あたしとしてもほのかは嫌いではないので、たまにこうしてふたりで飲んでいた。

「アンヌもふたり目、産めば?」
「笙じゃない男の子どもをか」
「どっちでもいいけど、ふたり目は女の子で、日本人じゃないアジア系とか、中南米とかの血を入れてみるのも楽しいかもね」
「エイリアンとのハーフってんだったらいいかもな」
「あ、それだったら私も、四人目、産んでもいいかも」

 この店は行きつけだし、マスターや従業員や常連客などもほのかやあたしの境遇を知っている。なのでおおっぴらに話していた。今夜は店はすいていて、何人かの客はほぼ常連。その中にひとり、常連の男が連れてきている女がいた。

「よっ」
「あら、こんばんは」
「やあやあ、ほのかさん、アンヌさん、ちょっと久しぶり」

 男のほうは広告代理店勤務で、バブルをひきずっているという評判もある中年。豊満で長身の綺麗な女のほうには見覚えがなくて、杉内と姓だけ知っている男が三人を紹介した。

「通訳のほのかさん、子どもが三人いて、全部父親がちがうって豪傑だよ。それから、ロックヴォーカリストのアンヌさん。彼女も既婚なんだけど、専業主夫の夫に子どもをまかせて自由にやってる。で、こちらはインテリアデザイナーの深雪さん。彼女のご主人はフランス人で、夫婦は夫婦として別の恋人を持つって主義なんだそうだ」
「杉内さんは深雪さんの恋人なの?」
「いやいや、僕なんか相手にしてもらえませんよ。しかし、感動的だな。今を生きるトンデル女三人、なかなか三人もそろいませんよ。トンデルってのは、飛翔の翔のほうね」

 ださっ、とあたしは呟き、杉内は頭をかく。そんな言葉がバブルをひきずっているという所以だろう。中年以上にはバブルオヤジやバブルおばばが時々いて、あたしの知らないそんな時代を楽し気に話す奴もよくいるのだ。

「そんなの珍しくもないだろ。あたしの友達夫婦だって、浮気公認だって言ってたよ。信じていれば浮気なんてのは許せるもんだ、結婚しても恋が永続してるし、愛情もあるから嫉妬はしないんだってさ」

 浮気は夫婦関係に刺激をもたらす、という感覚があたしにはある。笙がいやがるので両方ともに別の相手と寝るという手段を実行はしていないが、あたしは精神的な浮気だったらしている。だが、あたしの友人の涼夏の言うような夫婦は、芯からは理解できずにいた。

「深雪さんたちもそんなふうなの?」
「でもなくて……そうね。嫉妬はするのよ。嫉妬するがゆえの夫婦の……いいのよ、他人にはわかってもらえなくてもいいの」
「フランス的な感覚?」
「夫にはあるんだろうけど、私は俗な日本の女だもの。人それぞれってことかもしれないわ」

 深みのあるアルトで言って、深雪が微笑む。その台詞って、私はあんたらみたいな俗な女じゃないのよ、って言いたいのか? たいていの人間はほのかやあたしの境遇を聞くと驚くってのに、深雪は顔色ひとつ変えない。私はあんたたちの一枚も二枚も上よ、ってか?

 うふふっ、とばかりにほのかも微笑み、挑戦的というのでもない表情で深雪を見返す。あたしも超然としていたいのだが、胸がざわめいて深雪を睨み加減になってしまった。

「ほのかさんに較べたらアンヌは普通だよね」
「そうだろうな。あそこまで飛んでたくないよ」
「アンヌだって普通まっただ中でもないからいいじゃん?」
「あのな、笙、あたしはガキじゃないんだから、あたしって変わってるのぉ、なんて言いたくねえんだよ」
「そぉ?」

 笙とはそんな会話をしたこともあるのだが、あたしはロックミュージシャンだ。女には少ないほうの、ハードロックヴォーカリストだ。そんな人間が笙の言うような「普通まっただ中」の平凡な女ではいたくない。
 とはいえ、深雪やほのかみたいな域までは飛んでいけない。

 口に出しては特になにも言えず、見つめ合う女ふたりを見返す。心の中に渦巻く思いは、くそっ、むかつく!!

つづく





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NoTitle

豪快なお母様ですね。
それはそれで感服するのですが。
女性は女性の強さがあるのでしょうね。
・・・それもまた私にはわからない世界ですが。。。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

こういう女たちって書いているのは楽しいですし、エスカレートする傾向もあるのですが。

実際、こんな女たちに取り囲まれたら辟易しそうですね。
彼女たちはフィクションの住人だからこそ……かもしれません。
でも、こんな女、ほんとにいるんだろうか。
いるのだったらお話を伺ってみたいです。友達にはなりたくない……です。
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