ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「う」

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フォレストシンガーズ

「海は広いな大きいな」

 百数十年前には坂本龍馬も見ていたこの海。坂本龍馬なんて奴は郷土の英雄としてガキのころから聞かされすぎ、街を歩いていても公衆電話ボックスから郵便局からポスターから、と氾濫しすぎていて、親戚のおっさんのような親しみと、面倒くささをこもごもに感じていた。

「海は広いな 大きいな
 月がのぼるし 日が沈む」

 夏は終わってしまったから、桂浜には人影が少なくなっている。陽射しもゆるやかになって、風が心地よい。ふり仰ぐと、ここにも巨大な坂本龍馬がいた。

「ヒデさーん!!」
「おーい!!」

 恋人同士になる前よりも、三津葉は女っぽくなったような気がする。ヒデさんは男っぼいから、自然に女らしい服装がしたくなるんだ、と本人が言ったのは、俺に惚れてるからか。
 女のファッションなんてわからないけれど、細くて小さめの三津葉には少女っぽいワンピースもよく似合う。三津葉は実際、二十代なのだから、三十四歳の俺の彼女としては相当に若いのだ。

 淡いブルーのワンピースを着た三津葉は、貝殻でも探しているのか。彼女は坂本龍馬の登場する漫画を雑誌に連載中だから、土佐には取材でたびたびやってくる。ヒデさんと一緒に行きたいな、と以前から言われていたのがようやく実現したのだった。

 こんなに若くて可愛い女が、俺の婚約者だなんて、そんなに素晴らしいことがあっていいのだろうか。俺は夢をかなえられなかった三十四歳の電気屋。彼女はプロの漫画家。最初は遠い世界の住人に思えていたのに。
 
 かなえられなかった夢が、今になって俺にひとつずつ、不思議なことをもたらしてくれているのかもしれない。
 この海で産湯をつかったヒデは、高校を卒業すると土佐から出て東京の大学に進学した。先輩にそそのかされて入った合唱部で、生涯の仲間になれそうな男たちと知り合った。ついでに、女とも知り合った。

 大学三年になろうとしている秋に、本橋さんと乾さんに誘われてフォレストシンガーズを結成し、三沢、本庄、小笠原の五人でプロになろうとの野望を抱いて走り出した。

 そこにからんできたのが女で、俺はそいつにたばかられてフォレストシンガーズを脱退し、結婚して一児の父となり、歌は捨てた。
 そのあたりの事情には見解の相違があるだろうから、恵に語らせたらまったくちがう側面が見えるはずだ。俺の視界、俺の思考ではそうとしかとらえられなかったというだけである。

 バツイチになった俺は、どこかでかつての仲間たちを渇望し、それでいてひどく怨み、筋違いの怨恨や後悔や。苦悩の中で放浪暮らしを続けていた。

 あんな奴ら、売れなかったらいいんだ、消えちまえばいいんだ。売れない歌手が麻薬や覚醒剤に手を出して破滅するってのを聞くだろ。フォレストシンガーズもそうなったらいいんだ。
 木村章が入って、俺がいたころとはハーモニーが変わったけど、フォレストシンガーズの歌は最高だな。スターになってくれたらいいな。もっとも、俺には関係ないけどさ。

 ふたつの考えの中で葛藤していたのが、吹っ切れたのはなんのせいだったのか。シゲが結婚したと、偶然にも遭遇した泉水に聞いたからもあった。

 徐々に売れてきているフォレストシンガーズ。たまには雑誌で彼らの写真を見るようにもなった。みんなかっこよくなったな。イケメンってのでもないんだろうけど、輝いてるよ。これで歌は最高なんだから、売れないなんて嘘やきに。

 そんなふうに思えるようになって、しかし、俺がフォレストシンガーズにいた時期があるとだけは絶対に誰にも言わないつもりだった。

 放浪暮らしはおしまいにして、神戸の電気屋勤務になった。それからだっていろんないろんなことがあって、フォレストシンガーズのみんなとは元通りに近いつきあいができるようになった。シゲと恭子さんの夫婦と、彼らの息子の広大と壮介とも触れ合って、俺も三十代の独身男らしく、なんだかんだとあった。

 プロポーズして断られたり、東京から赴任していた女の神戸夫みたいになったり。
 
 長い前置きでなにが言いたかったのかといえば、俺がフォレストシンガーズにいなかったとしたら、今の境遇はないってことだ。本橋、乾、本庄シゲ、三沢、と出会わずに大学を卒業していたら、俺は中小企業のサラリーマンにでもなっていただろう。恵と惰性で結婚し、惰性で結婚生活を続けている可能性も高い。

 そんな人生だって悪くはないけれど。

 たった今の暮らしの一部。作曲をしてフォレストシンガーズのアルバムに入れてもらう。ごくたまには作詞もして、俺の書いた歌を乾さんのあの美声が歌ってくれる。本橋さんがピアノで弾いてくれる。幸生と章の高い声がデュエットして、シゲのベースヴォイスがハーモニーをつける。

 その上に、テレビの主題歌や売れないシンガーの持ち歌の作曲依頼までが来るようになった。
 自身が驚いているうちに、狭い業界でだけは小笠原英彦、HIDE、ヒデの名がちょっとだけ知られるようになった。ファンだと言ってくれるひともいて、フォレストシンガーズ内抱かれたい男人気投票では、幸生をさしおいて五位になったとか。

 どれもこれも、フォレストシンガーズのおかげなのだろう。そのおかげで他人はしない経験も多々させてもらった。三津葉と知り合ったのも、広く考えればフォレストシンガーズのおかげだ。

 漫画家、蜜魅。本名すら知らなかった彼女に告白して、小山田三津葉と小笠原英彦は婚約者になった。俺はバツイチ、三津葉は当然×なし未婚だが、彼女は気にしないと言ってくれている。娘さんがいるんだね、と納得してくれていて、瑞穂については深く言及しない。

 ふたりで高知に来たのはまったくのはじめてではないが、ゆっくり観光するのは初だ。あとは三津葉が期待しているらしいあのことが、俺としては気がかりだった。

「弟と妹には、三津葉の話はしてるんやけどな」
「お母さんとお父さんには?」
「弟か妹がしてるかもな」

 妹は結婚して福岡暮らし。弟は独身で親許にいる。妹も弟もひそかにフォレストシンガーズとはつながっているようで、乾さんって素敵、と妹の美咲が呟いたり、三沢さんって気風がえいのぅ、と弟の鋼が呟いたりしたのを耳にしていた。

「美咲さんと鋼さんにも会いたいな」
「うん、そのうちにな」

 で、もっと会いたいのは俺の両親か。三津葉は美江子さんと同じ栃木県出身で、結婚が正式に決まればそちらの両親にも会いにいかねばならない。そんなめんどくさいこと、避けて通るわけにはいかないのだろうか。
 婚約はしたものの、正式には決めていない。三津葉は東京で漫画家をやっていて、俺は神戸で電気屋をやっているから、どちらに住むのかもきちんとは決めていない。

 なのだから、両親に会うのも先延ばしにしている。
 けれど、高知に来ているのだ。ここからだと歩いてでも行ける距離に親の家がある。あまり渋っていると、ヒデさんって私と結婚する気はないの? と詰られそうで。
 
「海は大波 青い波
 ゆれてどこまで続くやら

 海にお舟を浮かばして
 行ってみたいな よその国」

 ガキのころ、この海を見つめて遠い国に憧れた。まずは東京に出てから、その先ははるかに果てしなく……と高校生のときには漠然と感じていた。
 いまだ俺は外国には行ったこともないが、坂本龍馬の時代とはちがうんだから、いつかはよその国にも行ってみたい。

「新婚旅行でよその国、行こうね」
「ああ、そうだな」

 受け売りだけど、と言いつつ、本橋さんが話してくれた。
 結婚ってお互いを見つめ合うものじゃなくて、ふたりして同じ方向を見つめるものだそうだ、だそうだった。

 一度目の結婚はなりゆきまかせというか、ただ責任を取るために、流されるままにしてしまった。二度目も同じ過ちを犯したら小笠原英彦の名がすたる。いつの間にか俺のかたわらに立っている三津葉の肩を抱いて、吹いてくる風に身をゆだねる。

 ここは覚悟のしどころだ。母ちゃんと父ちゃんに会いにいってくるぜよ。そういやぁ、離婚してから親に会うのははじめてやきに、応援しちょうせ。海に向かってひとりごとを言っている俺の肩に、三津葉の頬がそっと優しく寄せられた。

END








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