ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS過去物語「柿の実いろした秋」

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フォレストシンガーズ

「柿の実いろした秋」

 急に足を止めてにやりとして、本橋さんが高いところを見上げた。
 ここは本橋さんの自宅近く。本橋さん、乾さん、シゲ、幸生、俺の五名でフォレストシンガーズを結成し、プロを目指そうと誓いを立てた今年のはじめからでも九か月もすぎて、秋が深まりつつある季節だ。

「乾にはうちの兄貴たちを会わせたことがあるんだけど、ヒデも会うか。今日だったらどっちかはいるんじゃないかな。家に来る用事があるって言ってたよ」

 大学四年生の年に家出をして、本橋さんは狭いアパートでひとり暮らしをするようになった。彼はフォレストシンガーズの中では唯一の東京出身者だ。幸生も横須賀なので、四国出身者から見たら似たようなものだが、幸生は最初からひとり暮らしだった。

 親の家にいると金には困らなくていいよな、だけど、干渉されるだろうから面倒だろうな、と地方出身者は思うわけで、当人だってその通りだと言っていた。
 両方ともがなくなった本橋さんは、解放感と金欠感を味わっているらしい。金がなくても三人の後輩にはおごってくれるところが、本橋さんらしいともいえる。

 半年もすれば俺とシゲも大学を卒業する。本橋さんと乾さんは今年の春に卒業してフリーター暮らしだ。親兄弟には干渉されなくなっても、周囲の大人に説教されるのだと本橋さんは苦笑いしている。本橋さんは切れずに我慢しているようだが、俺だったら我慢できるだろうか。来年になっても俺たち、デビューできてなかったりして。

「ここだよ」
「ここが本橋さんの家ですか」
「そうじゃなくて、ここのじいさんだ。うちはもうちょっと先だから、道々話すよ。ああいうことってヒデもやったんじゃないのか」
「ああいうことって?」
「こういうことさ」

 見上げた場所には鮮やかな柿いろが鈴なりになっている。柿いろなのも道理。柿の木だ。柿の木、じいさん、ひらめくものがあるが、東京でもそんなことってあるのかな、と思っていると、本橋さんが木にとりついた。彼はけっこう身体が大きいほうなのに、するするっと身軽に上っていく。二十歳もすぎた大人が木登りなんかやるのか? 呆れたような、俺もやりたいな、みたいな気分になって眺めていると、その家の窓が開いた。

「こらーっ!! ん? ガキじゃないじゃないか。大の大人がよその家の木に登るって……あれ? シンちゃんか」
「やあ、じいちゃん、いいお天気ですね」
「おまえが登ったら木が折れるだろ」
「折れませんよ。柿、もらっていいですか」
「あ、ああ、いいよ」
「ふたつ。出世払いで返しますからね」

 近所のひとなのだから、顔見知りなのだろう。おじいさんの了承を得た本橋さんは、柿の実をふたつ持って木から降りてきた。

「甘いぞ。食えよ」
「おまえもああいうことをやったか、って。やりましたよ。土佐には東京よりも果物の木はたくさんあったから、いちじくやびわや、柿やぶどうやって、よその庭のを失敬して怒られたり、寛大にもやるよって言ってもらったり、ビニールハウスの中の苺を盗ろうとして大目玉を食らったり……」
「おまえだったらやっただろうな」

 不良というほどでもないが、俺は悪ガキだった。子どものころにはやんちゃだった、なんて自慢みたいに言わないで、と女には怒られるが、事実なのだからしようがない。
 年寄りみたいな感慨だが、俺がガキのころには世間がこんなにぴりぴりとがっていなくて、悪ガキのいたずら程度だったら大目に見てもらえた。大人のつめたい白い眼よりは、げんこつのほうがよほどよかった。

「おふくろの財布から小銭をちょろまかしたりね」
「俺はそれはやらなかったな。兄貴に見つかったら殺される」
「俺はおふくろに見つかって、泣き落としに殺されそうになりましたよ」
「うちのおふくろだったら泣きはせずに、兄貴にまかせただろうな」

 彼の台詞には頻繁に出てくる、兄貴。ふたりの兄さんは三十路近い年齢で、結婚していて子どももいると聞く。その兄さんのどちらかに紹介してもらうために、本橋さんの親の家にやってきた。

「俺が歌手になるなんて言って、一家そろって猛反対だったんだけど、最近は軟化してきてるんだよ。兄貴たちの奥さんたちが間に立ってくれて、俺を応援してやろうって気になってるんだ」
「うちは弟も妹も、兄ちゃんは馬鹿やって言ってますけどね」
「俺は兄貴よりも弟がほしかったけど、大人の兄貴がいるってのも悪くないものなのかもしれないな」
「俺は美人の姉貴がほしい」
「おまえの姉さんだったら美人だろうな」

 妙に真面目に言ってからこほっと咳をして、本橋さんが家のドアを開けた。大きな家だ。東京二十三区内にこんな立派な家。うちの親父は平凡なサラリーマンだと本橋さんは言うが、大企業の重役クラスであるらしい。うちの大学は金持ちの息子や娘が多くて、俺はちょっとだけひがんだりもしたものだ。

「親父はこのごろは休暇が増えたらしくて、長い休みになると夫婦で旅行するんだ。そんなときには兄貴が留守番に来てる。今日もその口だよ」
「どっちの兄さんですか」
「わかんね」

 双生児ってそんなに似ているのだろうか。どんなに似ていても、家族にだったら区別がつくものではないのだろうか。だが、あの勘の鋭い乾さんにも判別がむずかしかったというのだから、弟であろうとも、本橋さんにはさらにむずかしいのだろうとは、想像に難くなかった。

「おう、お、男前だな」
「だろ。ヒデだよ」
「はじめまして、小笠原です」
「ああ、入れ」

 それだけの挨拶をかわして、家の中に通される。栄太郎さんだか敬一郎さんだか、弟にも不明だという兄さんが日本酒を持ってくる。湯呑も三つ持ってきた。

「ヒデって土佐の酒豪なんだろ。飲めよ」
「いただきます」
「肴はないのかよ」
「そんなもん、あるか」
「これ、食うのを忘れてたな。柿は肴になるか」
「柿なんか……うん? これ、柿のじいちゃんの家からかっぱらったのか。おまえはまだそんなことをやってんのか」

 兄さんが立ち上がろうとする。本橋さんは腰を浮かせて逃げるかまえで言った。

「ちがうよ。じいちゃんがくれたんだ。そんな発想をするってのは、おまえは栄太郎だな」
「誰がおまえだ」
「おまえだろ、あんただよ」
「ふむ、鋭いな」
「乾がヒントをくれたんだよ」

 もうひとつこの会話の意味が理解しづらいが、弟におまえと呼ばれて怒る兄貴の気持ちはわかる。俺の下は妹で、美咲は俺をおまえと言ったことはないが、弟の鋼は喧嘩をすると、おまえが悪いんやきにっ!! とわめいた。誰に向かっておまえ言うとるんや? 俺は凄み、鋼を泣かせて母に怒られたこともあった。

 ガキのころのひとこまを思い出しつつ、柿を肴に酒を飲む。
 小さな真次郎があのじいちゃんの柿を盗んで、兄ちゃんに怒られたエピソードでもあるのだろうか。酒を飲み飲みじっくり眺めれば、栄太郎さんらしき兄さんはまぎれもなくいかつい、ごつい。

「ヒデもがんばってるんだろ」
「はい、がんばってます」
「努力が一番だ。めげるなよ」
「兄貴、説教はいらないって」
「うるせえ」

 どんっと突かれた真次郎くんが、あっけなくもひっくり返る。俺だったら全力で立ち向かわないと本橋さんにはかなわないってのに、さすがの膂力だ。酒を飲んでほどよく酔っぱらったら、俺も兄さんにもんでもらいたくなってきた。


HIDE/21歳/END







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~ Comment ~

NoTitle

柿かあ・・・。。肴になるかな。
あまり酒の肴は持たない人間ですからね。
甘いものは肴にしないかな。
私は。

・・・普通のコメントになってしまった。
(*´ω`)

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。

シン&ヒデはお酒が好きで、肴なんかなくても飲みたいクチなんですよ。
真次郎は甘いものは嫌いですが、ヒデはなんだっていいから飲みたいのです。

柿でお酒……私は飲めなくもないかな。今度やってみます。
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