別小説

ガラスの靴24

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「ガラスの靴」

     24・愚痴

 いつもの公園、いつもの顔ぶれ。親しくはないけれど、平日のこの時間にはよく見るお母さんたちが子どもを遊ばせている。お父さんもいるにはいるが、専業主夫は美知敏と僕だけかもしれない。

 三歳の胡弓は僕の実子だ。ほんとに笙の子かよ? と意地悪を言った奴もいるのは、妻のアンヌが自由奔放な恋多き女性だったからだが、僕は我が子だと信じている。
 パパ友のミチが連れている子どもは二歳の来闇。ライアンと読む。
 こちらはミチの事実婚の夫、吉丸さんの連れ子だ。ミチは男なので吉丸さんと結婚できないから、連れ子と呼ぶのは正確ではないかもしれないが、そうとしか言えない。

 自分が浮気性だからって、吉丸さんは前妻がライアンを産んだときにDNA鑑定をしたらしい。他の女性が産んだ次男のときにも鑑定をして、どちらも実の子だと判明したそうだ。

「笙はDNA鑑定してないのか?」
「する必要ないもん」
「……甘いな」

 吉丸さんも意地悪を言ったひとりだが、誰でも彼でもあんたみたく浮気性じゃないっての。
 僕の妻、アンヌはロックヴォーカリスト。アンヌのバンド仲間である吉丸さんはドラマー。そこそこ売れている「桃源郷」のメンバーの妻というか夫というかである僕とミチは、幸せな専業主夫をさせてもらっているのだった。

 当人たちは幸せなのだが、はたからとやかく言われる場合は間々ある。アンヌも吉丸さんもご近所では有名だし、専業主夫の配偶者もまあまあ有名なので、主婦たちには疎外される。なので今日も、ミチと僕はくっついて砂場のそばにすわって、ライアンと胡弓が遊んでいるのを見張っていた。

「……いやになっちゃうのよね」
「またなにかあったの?」
「うちの旦那がひと回り年上なのは、奈々ママも知ってるでしょ」
「知ってるよ。理沙ママがそうとわかってて結婚したのも知ってるけど?」
「そりゃね、わかってて結婚したんだけどさ」

 奈々ママ、理沙ママ、胡弓パパ、来闇パパ、子どもを中心とした仲だとそう呼ばれる場合もある。奈々ママと理沙ママはこの公園の常連で、しばしば大きな声でプライベートを開陳しているので、僕も彼女たちの事情はいくらか把握していた。

 二十代であろう理沙ママの夫は、四十歳くらいのサラリーマン。三十代であろう奈々ママの夫はたぶん年下だ。たしか娘たちの本名は奈々那と理沙穂、こんな名前は珍しくもない子どもの世界である。
 その娘たちも胡弓やライアンの近くで砂遊びをしていて、ママたちはお喋りをしていた。

「加齢臭っていうのよね。もうこのごろは、そばに寄られると避けたくなっちゃうの」
「うちの旦那は加齢臭なんかしないけどな」
「そうよねぇ。若いっていいよねぇ。奈々パパのほうが私に似合いの年頃なんだな」
「理沙ママは人の旦那を羨む前に、その二の腕をなんとかしたら?」
「二の腕? 奈々ママに言われたくないわよ」

 言いたい放題言い合っているふたりの会話は、佳境に入っていった。

「その上にうちの旦那はにんにくが好きで、汗っかきなんだよね。餃子を食べてお酒を飲んで帰ってきた日にはそばに寄らないでって言うんだけど、そんなときに限ってくっつきにくるの。酔っぱらいのにんにく親父は大嫌いよ」
「うちの旦那はお酒は飲んでもちょっとだけだから、そんなことはないな。くっつきにこられると可愛いよ」
「……旦那の親もお酒とにんにくが好きで、一昨日なんか旦那が夜に両親を連れてきたの。三人分のにんにくとお酒の匂いで、頭が痛くなっちゃった」
「へええ、大変だね。うちの旦那の親は私にアポイントも取らずにうちには来ないし、旦那も連れてはこないよ。そういうのって最初の教育が肝心なのよ」

 うちの親は胡弓に会いたくてたびたび遊びにくるが、アンヌが留守がちなのを知っているので、嫁のいないときに来る。自分がいないときならアンヌは寛容なもので、お母さんがいなり寿司を持ってきてくれたのか、食う食う、とか言って喜んでいる。

「匂いだけだったら我慢できるんだけど、ふたり目はまだか、もうちょっと飲みたいな、おつまみはないのか? なにか肴を作れとかって、もう、やんなっちゃう」
「うちはそういう干渉はしないな。理沙だってママやパパのほうが好きだから、そんなにはじじばばになつかない。預かってあげようかとは言われるんだけど、理沙がママのほうがいいって。ふたり目は? なんて訊かれたこともないよ」

 だって、理沙ママはもう年だから……と言いかけたように僕には思えたが、理沙ママは奈々ママの言葉を聞いていないのか、聞こえないふりなのか。ママ友って面白いな、と思っているのはミチも同じなのか、こっちは喋らずにあっちの会話に聞き耳を立て続けている。と、砂場で女の子が立ち上がった。

「理沙ちゃんって三輪車、乗れないんだ。奈々は三歳で乗れたよ」
「えーっとね……」

 立ち上がったほうが理沙だ。理沙が四歳、奈々が五歳だとはママたちの会話で知っている。奈々は勝ち誇ったように理沙を見下ろし、理沙は口をとがらせ、奈々ママが言った。

「奈々ちゃん、どうしたの?」
「理沙は三輪車に乗れないの、どうしたらいいの? って言うから……」
「そんな言い方したらダメよ。お姉ちゃんが教えてあげる、って言うの」

 あやうく吹き出すところだった。さすがあなたの娘、としか僕には感想の持ちようもなく、そんな娘にママのあんたが言う? と話しかけたくて、それを我慢するのが精いっぱいだった。

 それから数日。

 豪壮なマンションが林立する、僕のご近所さんたち。こういう住宅地の住人は収入がいい。ミチだって僕だって、主人が稼いでくれるからここに住める。ミチも僕も、配偶者を「主人」と呼ぶと語弊があるのだが、一般的「妻」ではないアンヌなのだから、それでもかまわないのではないだろうか。

「わかってるよ。あなたが働いてくれるから、僕はこうして主夫をやってられるんだ。わかっちゃいるけど、そういう言い方をされると悲しいよ」

 昭和の時代の関白亭主が、誰のおかげでメシが食えてるんだ?! と怒鳴るというのは聞いたことがあるが、アンヌの中身はそんな亭主に近い。僕も時々そう言われるので泣き真似をしたら、アンヌが抱きしめてくれた。

「機嫌が悪いと口から出ちまうんだよ。笙、機嫌直せ」
「直してあげるから、なにか買ってくれる?」
「……またそれかよ。ま、いいか。今日は胡弓もいないし、外でメシ食って酒飲んで、おまえのほしいものを買ってやるよ」
「わーい、やったぁ!!」

 今日はアンヌの休日。胡弓は昨日から僕の両親の家にお泊りにいっている。たまの休みに小さい子がいると落ち着かないでしょ? 預かろうか、と言ってくれたのは僕の母で、アンヌも寛大に許してくれた。
 だから、今夜はふたりっきりだ。手をつないで、すこし僕よりも背の高いアンヌの頬に頬を寄せて歩く。アンヌが僕の肩を抱いたり、僕がアンヌの腰を抱いたりもする。近所のひととすれちがうと変な視線を感じるが、僕らは夫婦なのだから、外でキスをしたって抱き合ったっていいじゃないか。

 高級住宅地の最寄駅前には、しゃれたレストランやブティックもある。食事をすませたら胡弓を迎えに行くつもりなので、近くで飲んで食べることにした。

 酒豪のアンヌは焼酎を飲む。ショウチュウだもんね、と言ってみては、アホか、と頭を小突かれたり、なにを買ってもらおうかなぁ、とうきうきしながら僕はチューハイを飲む。料理もおいしい居酒屋のカウンター席でアンヌといちゃついたりもしていたら、近くの席に見覚えのある男がすわった。

「いやいや、うちは女房にプロポーズされたんですよ」
「奥さん、ひと回り年下ですよね?」
「そうそう。女房が二十三、僕が三十五の年に知り合って、こっちは年上だから引け目を感じてたんですけど、むこうから猛烈にアプローチされて落とされたんですよ」
「ほぉぉ。それだけ魅力があったってことですね。羨ましいな」

 ひと回り年下の女房? 誰かと同じだな、と思ってしっかり顔を見ると、彼は理沙パパだ。連れの男は仕事関係なのか、一生懸命理沙パパにお世辞を言っていた。

「すると、奥さんはまだ二十代なんですよね」
「そうです。子どもも生まれたんだけど、いつまでも若くて綺麗ですよ」
「もちろん、若いんですもの」

「若くて綺麗なのも嬉しいけど、女房も僕にいつまでだって惚れてくれてて、ラヴラヴっていうんですかね。うちの両親を急に家に連れていっても愛想よく応対して、みじんもいやがってないのがわかるんですよ。いやだと思ってたら隠したってにじみ出るものでしょ。女房は僕のおふくろのことも本心から好いてくれてるんだなってのがわかる。そんなの当然なのかもしれないけど、嬉しいです」
「よくできた奥さんですな。子どもさん、女の子でした?」
「ええ。理沙穂っていいます。四歳の娘です」

 ただの理沙だったらありがちだが、理沙穂、四歳。決まりだ。

「可愛いでしょうね」
「そりゃあもう、若い女房も女房に似た娘も可愛くて、親とも円満、夫婦仲はラヴラヴ。これほどの幸せ者はいないだろうな」
「ごちそうさまです」

 本気で言ってんのか、おっさん? アンヌは理沙パパになど関心ないようだが、僕は横目で彼を見る。酔ってきていておでこがてらてら光っていて、上機嫌だ。どうやら本気らしい。
 見解の相違ってのは夫婦にもあるんだな。信じていれば幸せだよね、おっさん。

 まあね、アンヌには精神的に恋してる男がいて、僕は秘密のお小遣いがほしくて、この若さと美貌が売りになるんだったら考えてみようかな、って揺らめいたりもしているけど、僕らの根底は揺るがない。ラヴラヴってアンヌと僕みたいのを言うんだよ。

つづく







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~ Comment ~

NoTitle

・・・。
・・・・。
・・・・・・・。
( ゚Д゚)

(*´ω`)


この小説は皮肉ととらえたらいいのだろうか。。。
深読みすると・・・トンデモ小説なような。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

これは前にLandMさんが読んで下さった「すれちがい」の別バージョンですね。似てますね。

深読みというのはどういう方向なんでしょうか。
気になります。

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