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小説375(すれちがい)

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フォレストシンガーズストーリィ375

「すれちがい」

1

 世慣れなくてはいけないなと常に考えている。俺だってプロのシンガーになって四年目の成人男子だ。二十六歳になり、好きな女性もいる。いずれは彼女と……と考えては、プロポーズ? それって俺がするんだよな、彼女に言われるなんて男としてはかっこ悪いもんな、とも考える。
 近いうちにはしよう、でも、恥ずかしいからもうちょっと後で。
 それはそれとしたって、歌手というのは特別な職業で、芸能人でもある。そんな人間がこんなに世慣れていないとは失格なのではないか。彼女ができたからって女性慣れするものでもないし。
「本庄さんは独身よね」
「ええ」
 ただいま、俺は苦手な状況の中に身を置いている。
 どうやらうちの社長はパーティ嫌いらしく、なにかと理由をつけては逃げたがる。代理が必要なときには本橋さんや乾さんに押しつけるのだが、今日は先輩たちも所用があるとのことで、だったらシゲ、おまえが行け、と命令されたのだ。
 いつでも本橋さんや乾さんに押しつけるのも気が引ける。先輩たちだってパーティなんて好きじゃないらしいのだから。たまには俺が受けるしかなくて、シゲさん、がんばってね、と幸生と章に激励されてやってきた。なににがんばるのかといえば、パーティでは会話だ。
 先刻紹介された女性のうちのひとり、金城三千子さん。最初は何人もの音楽関係者たちと話していて、俺としては適当にうなずいていればよかったのだが、なぜか流れでふたりきりになってしまった。中年女性なのだから多少は気が楽とはいえ、女性とふたりで話すとなると緊張する。
 フォレストシンガーズがラジオ番組を持つことになり、俺はテニス選手の川上恭子とペアになり、恭子さんが彼女になってくれて、という経験を経てちょっとは女性慣れしてもいいものを、やはりそう簡単には本庄繁之は変わらないのだった。
「ご結婚のご予定は?」
「いえ、別に」
「恋人はいるんでしょ」
「いえ、特には」
「結婚っていいわよぉ」
 女性が既婚者か未婚者かを判別するには、まずは手を見る、と乾さんが教えてくれた。女性の場合は左手の薬指にリングをはめていれば、既婚、もしくは決まった彼氏がいる。
 男性は指環をはめていないことも多い。女性だって既婚なのにはめていない者もいる。けれど、はめていればまちがいなく彼氏か夫がいるんだから、そんな女性には手を出すなよ、と乾さんが冗談まじりに話してくれたのだ。
 思い出して手を見ると、金城三千子さんは左手の薬指に銀色のリングをしていた。結婚指輪は銀じゃなくてプラチナだよ、とも乾さんが言っていたが、銀とプラチナってどうちがうんだろ。指輪を確認すればいいとわかっていても、俺はじきに忘れてしまう。
 もっとも、中年女性が未婚だったとしても手を出すはずはないし、俺には好きな女性もいるし、好きな女性がいなくて、三千子さんが魅力的だったとしても、手を出すとは思いも寄らないし。
 口に出したら失礼だとはわかっているので、俺は、そうなんですか、と微笑んでうなずいた。
「そうよ。私の夫、作曲家の兼代三朗なのね」
「ああ、そうなんですか」
「金城の読みをカネシロに変えたペンネームなの。私は本名よ」
 キンジョウとカネシロが同一人物だとは、あまり見抜かれたりはしないらしい。
「主人が独身だと偽ってるわけではないし、私は結婚してるって知られてるし、兼代と私が夫婦だとは知ってるひとは知ってるけど、知らないひともけっこういるの。本庄さんには教えてあげるわ」
「ありがとうございます」
「私たちは結婚して十五年になるの」
 見た目からすると、わりあい遅い結婚だったらしい。
「結婚して五年以上もたつと、どれだけ熱々だったカップルも落ち着いてくるのよね。男女の恋愛が同志愛や家族愛に変わる。私の周囲の夫婦はそんなふうだわ。私たちって珍しいと言われるの」
「はい」
「だって、十五年もたっても主人は私にぞっこんなんだもの。むしろ私のほうがクールかもしれないわ。私はもてるから、二十代や三十代の男性に、結婚なさっていてもいいからつきあって下さい、だとか、ご主人と別れて僕と結婚して下さい、だとか、そんなアプローチがいっぱいで」
 ふーん、物好きもいるもんだね、と章だったら言いそうな気がするが、俺は決してそんなことは言わない。考えもしない。
「まあ、だから、本庄さんにも、私は結婚してるって言っておきたかったのもあるのよ」
「はい」
「……残念でしたね」
「え、はい」
 こんなときになんと反応すればいいのか。できれば幸生にタッチしたかった。金城さんは俺にはなんと形容すればいいのかわからない流し目で俺を見つめ、うふっと笑った。
「本庄さんって真面目なのね。本心は表情に出てるけど」
「そ、そうですか。いえ、別に……」
「あなたのことは可愛いとは思うけど、結婚してるんだから我慢してね。それでも我慢できなかったら……そこは自分で考えなくちゃね。それでね」
「はい」
「だからね、愛されて充実してるからなのよ。私、若く見えるでしょ」
「えと、俺は金城さんの実際のお年を知りませんので……」
「いくつに見えます?」
「えっと……」
 うわっ、困った。俺には五十五歳くらいに見えるのだが、もしも四十代だったらどうしよう? 乾さんだったらこんなときにはなんと答えるのだろうか。若い女性と話すよりは緊張感が少ないと思っていたのだが、こうなると慌てふためきそうになってしまった。
「正直に言っていいのよ」
「えーっとえーっと……」
 わかりません、と言うのも変だろうから、思い切って口にした。
「三十五歳ぐらいですか」
「……失礼ね」
「あ、あ、失礼でしたか。すみませんっ!!」
 え? どういうことだ? 金城さんの目に怒りが見える。
 五十五歳くらいに見えるのだから、四十五歳と言ったほうがよかったのか。五十歳程度にしておくべきだったのか。若すぎる年齢を言って気を悪くされたのか。お世辞がすぎるとでも思われたのか。
「いえ、俺は女性の年齢ってわからなくて……本当はおいくつなんですか」
「教えてあげない。まあ、年なんかどうだっていいのよね。主人は私にぞっこんなんだから、フォレストシンガーズの本庄繁之って男が私に失礼なふるまいをしたと言いつけたら、どうなるかしら。私にしつこく言い寄ってきた若い歌手が、主人につぶされたこともあるみたいなのよ」
 作曲家の兼代三朗、一般人だって名前は知っている程度の存在だが、俺たちは直接関わりはない。彼が熱愛している奥さんに失礼なふるまいをした俺のいる、フォレストシンガーズはどうなるのだろうか。いや、失礼なことって俺はなにをした?
「これ以上の失礼は許しませんからね。じゃ、あとでね」
「あの……」
 あとでって、どうすればいいのだろう。パニックを起こしそうになっている俺から、金城三千子さんは離れていってしまった。
 ウエストとヒップの差がないような後ろ姿を呆然と見送る。私はたくましいから、淡い色は似合わないの、と言っていた恭子さんを思い出す。だけど、太った中年女性はあんなピンクを着ているよ。恭子さんのほうがあのドレス、似合うんじゃないかな。
 一種の現実逃避みたいなことを考えていると、俺の隣に別の女性が立った。彼女も先ほど紹介された音楽関係者の女性だが、名前は忘れてしまっていた。
「宗森です。大変だったわね」
「あ、聞こえてましたか」
「本庄くんが金城さんにつかまったのを見て、あっちで聞き耳立ててたのよ」
「はあ」
「いいこと教えてあげようか」
「なんでしょうか」
 こちらも中年女性だが、すらっと背が高くて金城さんとはタイプがちがう。彼女は言った。
「金城さんは私よりもふたつ年上で、五十三歳よ」
「そしたら、俺の推理はだいたいは当たってましたね」
「そう見えた? そうよね。私も若くは見られるけど、五十をすぎたら若く見えたってせいぜい四十代でしょ。みっちゃんは現実から目をそむけようとしているの」
 たしかに、五十一歳らしい宗森さんは四十七、八歳といわれてもうなずけそうな年ごろに見えていた。
「彼女の怒りを解く方法は……」
「なんでしょうか」
「追いかけていって言うのよ。俺はあなたに……だけど……あなたには旦那さんがいらっしゃるのだから、これ以上は……すみません、ってね」
「はあ」
「みっちゃんの目はそれを望んでたよ。気づかなかった? だって、彼女、言ってたじゃないの……」
 言葉が途切れ途切れになっていたのは、笑いたいのをこらえていたからか。言いかけた宗森さんがぶっと吹き出して爆笑した。
「ごめんね。私ってサバサバしすぎなんだよね。悪気はないんだからね……ごめんね。私って男みたいだって言われてて……思ったことはなんでも言わないと……気がすまないの。まぁね、兼代さんって別に……そんなに実権があるわけでもないから……ほっといても……大丈夫だろうけど……その気があるんだったら追いかけて……ないよね? いくらあなたでもね……あなたでもって……いや、本庄くんって冴えないタイプだけど、若いもんね。いくらなんでもあんなおばさん……いやだ、私ったら失礼なことばっかり……私は自分の年も絶対にごまかさない潔い女なんだから、それに免じて……ごめんね」
「いえ、いいんですが」
 笑いの合間に言った宗森さんの言葉は、冗談なのだと思っておこう。これからも金城さんにも兼代さんにも逢わずにすむことを祈って、さっさと帰ろう。


2

 プロポーズといえるほどに改まってはいなかったが、恭子と結婚したい意志を告げ、受け入れてもらった。
 婚約指輪をふたりで買いにいき、フォレストシンガーズのメンバーにも発表した。本橋さん以外は薄々察していたようだが、みんなして上手にとぼけてくれて、びっくりしたぁ!! と言ってくれた。
 ほとんど恭子に丸投げだったとはいえ、結婚式の準備も進んでいる。長崎の恭子の実家、三重の俺の実家にも挨拶にいき、次第に部外者にも広まってきているらしい。フォレストシンガーズは売れっ子ではないので、広まっているといってもたかが知れているのだが。
「フォレストシンガーズの本庄くんだよね、婚約したんだって?」
「は、はいっ」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
 相手が男だと初対面でもさほどには緊張しないのだが、彼にはぎくっとしてしまった。
 仕事を終えて、飲みにいこうか、俺はすませてしまいたいことがあるから、シゲ、先に行ってて、と乾さんに言われて入った、酒場だ。音楽業界人が大半の店で、俺は乾さんを待って薄い水割りを飲んでいた。そうしていると声をかけてきたのが、兼代三朗氏だったのだ。
 去年、パーティで彼の奥さんと話した。俺には奥さんの三千子さんの意図がいまだにつかめていないのだが、フォレストシンガーズの本庄繁之は失礼な奴だと思われたらしい。
 作曲家であり、音楽業界に少々の権威は持つ兼代さんが怒ったら、なんらかの報復があるかもしれない。俺はいくぶん心配していたのだが、別段なにもなかった。三千子さんの言動はあの場限りのジョークのようなものだったのかと考えていたら、ご主人に会ってしまった。
 むろん存在は知っていたが、仕事での関わりはないのだから話をしたこともない。兼代さんにしても、俺と酒場で話してもメリットはないはずだ。なのに話しかけてきたということは。
「まあね、一般的には結婚はめでたいんだけどね」
 ひとりで来ていたのか、連れと離れてきたのかは知らないが、兼代さんは俺の隣にすわった。
「結婚は人生の墓場だとも言うでしょ。ある意味、ほんとだよな」
「そうなんですか」
「きみには実感は湧かないだろうな。婚約中って一番いい時期かもしれない」
「そうかもしれませんね」
「私はね……いや、愚痴になるけどさ」
 二十年ばかり前、兼代さんは作曲家として名が売れてきていた。当時三十代だった兼代さんは、もてるのをいいことに遊びまくっていたのだと笑った。
「私はもとはジャズバンドやってた、ミュージシャン崩れの作曲家だよ。あのころのミュージシャンなんて、いや、今でもそうなのかな。みんな遊びまくってた。軽いドラッグに酒に博打に、それから女」
 ドラッグとはいっても合法なやつだよ、と兼代さんがウィンクする。ドラッグは聞かなかったことにするしかないが、飲む打つ買う、は昔から男の三大娯楽なのだから、現代でもやっている者はやっているだろう。章や幸生だって、買わないまでも女性と遊んでいるはずだ。
「私もそうだったよ。なのにさ、今の女房と出会っちまって……きみはうちの女房は知らないだろうけど、なんであんな女と……」
「は、はあ」
 知っています、とは言えない空気になってしまった。
 してみると、奥さんは俺とのことを夫に話してはいないのだろう。あのパーティの夜とは無関係に、婚約中の俺に結婚というものについて忠告したくなったのか。
「できちゃったって言うんだったら諦めもつくんだろうけど、そうじゃなくてね……私が四十五くらいで、あいつが四十前のころだったかな。喧嘩して、つい頭にきて突き飛ばしたんだよな。たいしたことはしてないんだよ。なのにあいつ、大げさに倒れてどこかで頭を打って、警察を呼ぶとか言ってさ……」
 必死になって詫びる兼代さんに、三千子さんは言ったのだそうだ。そうよ、結婚しようよ、ね、それがいいわよ、と。
「なんかの策略だったのかと思わなくもなかったんだけど、こっちにも弱みがあるものだから、結婚したらいいんだったらしてやるよって感じで、勢いで結婚したんだ。それからは後悔の連続。後悔してない日はないってほどだよ。そんなら離婚したら? とも言われるんだけど、うちの女房はなぜかうちの母親には受けが良くて、おふくろのために離婚はできないんだ。嫁姑問題だけはうちにはなくて、女房がうまくおふくろに取り入ってるんだとしても、仲がいいのはなによりだしね」
「そうなんですね」
「……ああ、お連れが来たようだね。じゃ」
「はい、どうも」
 ただ話したかっただけらしく、俺がろくに返事をしなくても気にもしていない様子で、兼代さんはもとの席に戻っていった。
 言わせてもらえばどっちもどっちだ。似合いの夫婦だ。妻は夫がいつまでも私にぞっこんだと思いたがり、もしかしたら本気で信じているのかもしれなくて、夫は実はうんざりしている。そして、ふたりともに適当に遊んでいる。
 妻のほうはただの見栄か勘違いなのかもしれないが、こんな夫婦もどこにでもいるのかもしれない。だけど、俺たちはこんなふうにはならない。絶対にならない。
「誰かと話してたか?」
「いえ、なんでもありません」
 水割りを作ってあげると、乾さんはありがとうと呟いて口をつけ、それから言った。
「この間の相談、結論は出たか?」
 やってきた乾さんの相談とは、結婚祝いにはなにがほしい? だった。俺の特別な仲間たちは、各自がプレゼントをくれるつもりらしい。女性同士で美江子さんは恭子のほしいものをくれるそうだし、幸生と章もなにやら考えているようだ。
 本橋さんは現金をかなり包んでくれた。乾さんも俺のほしいものを言えと言う。俺としてはその気持ちだけで嬉しくて、まともに答えられずにいた。
「乾さん、俺ね……」
「んん?」
 絶対に絶対に、兼代さん夫婦みたいにはならない、とは言えない。そう言うのならばあの夫婦の話をしなくてはならなくなる。告げ口みたいな行為は俺はしたくない。
 それに、あの奥さんにもいいところはあるみたいで、意外に悪いのは旦那だったりするのかもしれなくて、夫婦って底が深いんだなぁ、としか言えなくて、俺は口ごもっていた。
「そうだな」
「そうだなって、乾さんにはわかるんですか」
「俺はおまえよりは年上だけど、独身の半人前だよ。これから結婚して本当の大人になろうとしているおまえの気持ちなんて、わからないよ」
「大人に……そうですね」
 「大人」とはよい意味も悪い意味もある。俺はよい意味での大人になって、恭子といい夫婦になりたい。「いい夫婦」ってなんなのか、これからの人生で知っていきたい。乾さんはなにを考えているのか、俺の水割りのグラスに自分のグラスをかちっと合わせた。

END





 
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NoTitle

・・・わからん世界だ。
女性の心理を読み取るのは。
(*´ω`)

特にカネシロさんのそれは。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

この金城さんほどの女性にはお目にかかったことはありませんが、私、若く見られるの、と言いたがる女性は多数派ですね。
私も昔は言ってましたが、もはや……若く見られてもね、という心境に達しました。

うちの母などは、若く見えるのはアホやから、と言い放っておりました。
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