ショートストーリィ(しりとり小説)

99「癖」

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しりとり小説99

「癖」

 
 ワーキングマザーもシングルマザーも珍しくもない。坂本清遊の会社にだって働く母は何人もいるけれど、独身男子から見れば関心の外だ。が、彼女はなぜか気になった。

「宮川さんって結婚はしてないみたいよ」
「離婚や死別じゃなくて?」
「出産したときからご主人はいなかったらしいの。本人はあんまり女子の会話にも入ってこないから、噂で聞いたんだけど、本当みたい」

 教えてくれたのは清遊と同期の女子社員の越村で、それからはいっそう、彼女が気になるようになった。
 女子社員同士の雑談にも加わらず、ランチどきにも群れたりはしない女性だから、年下の男子社員などは気軽に話しかけられない。同じ会社で働いているのだから、時おり見かける彼女の姿に胸をときめかせているだけだった。

 染めてもいない黒い髪を束ねて、常に地味な服装でいる。年齢は三十歳ぐらいのはずだと、清遊の同期女性は言っていた。清遊とは五つ、六つの差だろう。

 長時間動いている彼女の部署、海外管轄室は、その名の通り海外相手の業務を担当している。彼女、宮川弥英子は渉外担当で、二交代制で勤務しているとは聞いていた。海外相手の渉外業務をしているのだから、外国語には堪能であるらしい。

 やや長身で痩せ型で、涼しげな容貌の年上の女性。彼女は無口だと評判で、女子社員にも彼女と特別に親しくしている人はいないらしい。
 ただでさえミステリアスな空気をまとって見えていた彼女が、未婚の母だと聞いて清遊の興味が高まっていった。

「未婚の母がタイプなの?」
「タイプってわけでもないけど、かっこいいってか……」
「かっこいい? そうかなぁ」

 かっこいいという台詞は軽薄なのかもしれないが、清遊にはうまく言い表せない。どこがかっこいいのよ、と言っていた越村は、女子社員のネットワークを駆使して、宮川について調べてくれた。

「ランチに誘ったら、お弁当を持ってきてるからって断られたのね。そしたら私もお弁当にしますって、買ってきて一緒に食べたの。坂本のためにおいしくもない弁当、食べたのよ」
「それはどうもありがとう」

 退勤後に越村と飲みにいって、宮川の噂を熱心に聞いた。

「一ヶ月ほどの間に三、四回は一緒にお弁当を食べたから、ちょっとは情報が入ったな。話してあげるんだから、ここはおごってね」
「うん、いいけどね。それで?」
「えっとね……」

 二十代のころ、宮川は他の会社にいた。そちらで恋愛をした男性との間にできた子どもが、彼女の娘であるらしい。結婚はしなかったようで、その理由まではまだ、越村には聞き出せなかったらしい。
 坂本のために、と言ってはいるが、越村自身の好奇心もあったのだろう。これからもっと情報収集をしてあげると、越村は請け合ってくれた。

 その次のおごりの日、越村は言った。

「結論から言うとね、宮川さんはやめたほうがいいよ」
「どういうわけで?」
「宮川さんの前の会社の人と知り合って、その女性からも話を聞いたんだ」
「越村って探偵か刑事みたいな真似までするんだな」
「そうじゃなくて偶然だよ」

 偶然、越村が知り合った女性は、宮川の過去をよく知っていた。

「宮川さんは上司と不倫をしたらしいのね。それじゃあ結婚できるわけもない。上司の奥さんともめて、結婚はしなくてもいい、それでも私はこの子を産みます、って言ってひとりで産んだそうなの」
「かっこいいじゃないか」
「かっこいいかねぇ、短慮じゃないの?」
「ひとりでしっかり育ててるんだろ」
「なんでも、宮川さんのご両親がまだ若くて、娘さんはほとんどおばあちゃんに育てられてるらしいよ」

 そんなにもひとりの男を愛し、結婚はできなくてもその男の子どもを産んで育てている。しっかり働いてもいる。両親のサポートがあってこそできるのだろうが、潔くも凛々しい女性だと清遊は感じた。

「惚れ直したかもな」
「坂本って変わった趣味だよね。それにね、宮川さんってメンタルもちょっと弱いらしいの。出産してちょっとは強くなったみたいだけど、前の会社では精神的に弱いってのがちらほら見えてたって……」
「そりゃあ、不倫なんかしてたらメンタル面では弱くもなるよ。宮川さんはそれを乗り越えたんだろ」
「出産したらメンタルがどうこうとは言ってられなかったのかもしれないね」

 メンタルが弱い……その言葉も清遊のハートを刺激する。精神的にはか弱いはずの女性を支えてあげたい。坂本くんがついていてくれたら強く生きられるわ、と宮川に言わせてみたい。俺がいなかったらこのひとは駄目なんだ、と信じたい。越村は殺しても死なない女だろうが、女は宮川さんのように、弱いところがあってこそ可愛いのだ。

「そのギャップもいいよな」
「そおお? そしたらアタックすれば?」
「うん、もうちょっと俺が強くなったら告白するよ」
「好きにしたらいいじゃん」

 呆れたように言っていた越村が、そのまた一ヶ月ほど後に新たな情報を運んできてくれた。

「告白はしてないんだよね」
「してないよ。宮川さんのために強くなろう、弱いところを見せずにがんばっている女性の支えになれる、精神的な強靭さを身につけようって……」
「それはいいから、だけど、宮川さんのあれって、癖みたいなものなのかもね」
「癖って?」
「どうもまた不倫してるみたいよ。坂本みたいな趣味の男もけっこういるんだよね。宮川さんはなまじ色っぽいもんだから、男にはたまんないんだろうけど……OS商事の大道さんと……」
「本当なのか」

 ひょっとしたら越村は清遊が好きで、宮川に夢中になっている彼の気持ちに冷水をかけるために虚偽の情報を持ってきたのではないか、そう思わなくもなかったのだが、うぬぼれがすぎたかもしれない。

「疑うんだったら自分でも裏を取ってみたら? ちらほら噂になってるよ。宮川さんも子どもをほったらかして不倫だなんて、よくやるよね」
「そっか……遅かったんだな」

 彼氏はいるんですよね、と越村がカマをかけてみると、宮川はエロっぽい微笑で、さあ、どうかしら、と応じたのだそうだ。清遊もそれとなくリサーチしてみたら、どうも真実らしかった。
 大道さんって俺と同じような好みなのか。先を越されてしまったんだったらしようがないな。宮川さんは魅力的だもの。さっさと行動しなかった俺が悪いんだ。

「宮川さんって、男なしでは生きていけない女なのかもね」
「いやな言い方をするなよ」
「本気で好きだったの?」

 馬鹿じゃなかろか、と呟いていた越村に、おまえみたいにがさつな女には、宮川さんの気持ちはわからないんだよ、と言い返し、別の彼氏ができたんだったら諦めるしかないかなぁ、としょんぼりした清遊だった。

「もう思い切った?」
「しようがないよ。俺には高嶺の花だったんだ」
「不倫女が高嶺の花……あんたって倫理観が狂ってるよね。そういう男は結婚したら平気で不倫するんじゃないの?」
「俺はしないよ」

 ほーっとため息をついた越村が、愁いありげな表情で清遊を見る。いつもだったらがっぽがっぽ飲んで食べて、坂本のおごりだもんね、と笑っている越村の、飲み食いが控えめだ。宮川のことは思い切るしかなくて、別の女にも目をやる余裕が出てきたからなのか。清遊は越村に尋ねた。

「なんだか元気なくない?」
「そうなんだよね。私はがさつで、メンタルも強いと思ってたんだけどなぁ、最近、仕事がうまく行かなくて落ち込んじゃってるの」
「恋愛じゃないところが越村らしいな」

 どうせそうだよ、ほっといて、と小突かれるのかと思ったのに、越村は物憂げに笑っただけだった。
 ん、なんだか……メンタルが弱ってるらしい彼女って魅力的かも。そう考えそうになって、清遊は頭を振った。

 宮川さんは本当に不倫の癖があるのかもしれない。そうするとさしずめ、俺はメンタル的に弱っている女に惹かれる癖があるのか。それってかなりまずいのかもしれない。まちがえて越村なんかを口説いたりしないように、気を引き締めなくては。


次は「せ」です。

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
このあたり、ちょっとワンパターン気味ですが、しりとり小説はわりに現実的なストーリィが多いというわけで、見逃してやって下さいね。
坂本清遊くんはシゲやヒデと同い年の、合唱部の脇役です。ほんのちらっと、本編にも出てきます。三十代になるとメンタルの強い女性と結婚して、喫茶店のマスターになって再登場します。







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~ Comment ~

NoTitle

・・・。
・・・・。
・・・・・・・。
( 一一)

男は恋に走ると経歴など関係ないのです。
たとえ騙されていようとも。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

LandMさんの「…………」はほんとに雄弁ですね。
このてんてんにはなにが隠れているのだろうかと、ちょっと「…」をめくってみたりして。

東野圭吾氏の「白夜行」など読みますと、ある種の男性は魅力的な女性に破滅させられたい願望があるんじゃないかと思ってしまいます。

あと、ほんとにいたのですよ。
「俺の理想はメンタルのちょっと弱い、俺が守ってあげないといけないような女の子」と言っていた若い男性が。
彼は周りのおばさんたちに、総攻撃つっこみをされてましたが。
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