ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ら」

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フォレストシンガーズ

「頼芸求食(らいげいきゅうしょく)」

 就職活動はしない、俺は歌手になる。卒業してただちにデビューするのはむずかしいだろうから、歌手になるための活動をしながらアルバイトをする。

 両親の前で宣言し、猛反対された。ふたりの兄も反対し、それを潮に独立を決めた。
 東京生まれで東京育ち。父は俺が親の職業を意識するようになったときには会社の役員で、転勤などもなかったようだから、東京都内の大きな家で大学生までをすごした。

 地方出身の友人たちのような、金や食いものの苦労はしたことがない。それだけに甘ちゃんだと他人にも言われ、俺もそうだと思っていたから、独立はしたかったのだ。

 バイトはしていて金は貯めていた。貯金ができたのも七つも年上の兄たちと、両親の援助のおかげだ。俺がバイトで稼いだ金は全部小遣いにできたのだから。
 なにもかもわかってはいたが、俺は俺の行きたい道を進む。大人はなんだかんだと言うけれど、若いんだから自分の信じた通りに、やりたいことをやらなくちゃ。

 大学四年生、二十一歳。俺は家を出て安いアパートを借り、生まれてはじめてのひとり暮らしを開始した。

 それから二年半ほどしてデビューを果たしたものの、フォレストシンガーズは売れなかった。金がないことにかけては誰にも負けないほどの金欠が続き、仕事よりも歌の練習のほうが多い日々が続いた。
 なのだから、はじめて借りたアパートには長く長く住んでいた。

「ええ? 本橋くんって歌手なんでしょ? 歌手の本橋真次郎なんて聞いたこともなかったけど……」
「ヒットのひとつもないし、フォレストシンガーズの一員だからさ、俺の名前をきみが知ってるほうが不思議だよ」
「だよね。だけど、それにしたってあまりにも……」
「あまりにも、なに?」
「いいよ。帰るわ」

 アパートにやってきた女が、中に入ってみもせずに帰ってしまったこともあった。

 
「こんなとこに住んでんのか?」
「そうだよ、悪いか」
「おまえ、仮にも芸能人だろ。馬鹿にされるぞ」
「あんたが馬鹿にしてるんだろ」

 たまたま近くで会った知人が、ここがおまえのアパート? と尋ねて、そんなふうに馬鹿にされたこともあった。

「シンちゃんのアパートって……今どき、貧乏学生でもこんなところに住んでないわよ」
「俺は貧乏学生以下なんだよ」
「いくらなんでもひどいわね。そんなだったら歌手なんてやめたら?」

 親戚の叔母が同情してくれて、スーパーマーケットで食材を買ってきて差し入れしてくれたこともある。
 父も母も兄も、兄の妻も俺のアパートをこっそり見にきていたようで、それぞれに感慨を抱いたらしい。俺としては狭いアパートは掃除が楽でいい、ひとり暮らしなんだから、寝られたらいいんだと思っていた。

「へぇぇ……せまっ!!」
「狭いってわかってて来たんだろ」
「知ってたけどね……へぇぇ、歌手の家ってこんなか」
「生意気な口をきくな」

 つかまえてくすぐってやろうかと手を伸ばすと、展希はけらけら笑いながら逃げていった。兄貴につかまりそうになったガキのころの俺のようには、緊迫感はない。

 本橋ノブキ、八歳。俺の兄の息子だから、俺には甥にあたる。兄たちには息子と娘がひとりずついて、敬一郎には柚羽、欧太。栄太郎には展希、麻衣香。敬一郎のほうは姉弟、栄太郎のほうは兄妹だから、ノブキは兄だ。妹のいる兄ちゃんってのは、でかい兄貴ふたりに虐げられるよりは楽しいだろう。

「マイカって可愛いだろ」
「可愛くねーよ。妹なんて大嫌いだ。俺はひとりっ子がよかったな」
「あんな兄貴ふたりよりは、他のなんだっていいよ。俺はおまえがうらやましいぜ」
「シンおじちゃん、うちのお父さんに苛められた?」
「苛められたってか……遊んでやったんだけどな」

 もう三年生だよ、ひとりで電車に乗ってどこかに行きたい、とノブキが言い出したのだそうだ。息子の独立精神は尊重してやりたいが、近頃なにかと物騒だから、安全なところに行かせたい、ならば、おまえんちはどうだ? と兄貴が電話をしてきた。

 ふたりの兄の区別はいまだにつかない。声も同じなので、電話をしてきて、俺はどっちだ? と訊かれると、どっちでもいいよ、と言ったり、あてずっぽうで応えたりする。が、ノブキのことを頼んできたのだから栄太郎だろう。あれが敬一郎だとしたら……だとしても支障はないが。

 幸生はこのくらいの年ごろに、はじめてひとりで電車に乗ってハマスタから横須賀の我が家まで帰ったと言っていた。俺も同じくらいの年ごろには、夏休みにひとり旅をしたことがある。しかし、俺たちがガキだった二十年前よりも現代は格段に物騒だ。男の子なんだから大丈夫だろ、と思っていたのだが、山田が言っていた。

「近頃……ってか、昔からいたのかもしれなくて、近頃になって明るみに出たのかもしれないけど、男の子に妙な気を起こすロリコンっているらしいのよ」
「そのロリコンってのはおばさんか」
「おじさんもいるみたいね」
「それが本物の変態なんだな。幸生の比じゃない変態だ」
「あー、なんでそこに俺を引き合いに出すんですか」

 そこにいたから引き合いに出した幸生も言った。

「栄太郎さんの息子さん、可愛い? リーダーに似てます?」
「まあ、わりと似てるらしいよ」
「だったら大丈夫だろうけどね」
「そうかもね」

 ふたりそろって俺に似ていたら大丈夫だと言いやがったが、それでも心配は心配だから、約束の時間に駅までノブキを迎えにいった。本人も心配そうな顔をしていたのが、俺を認めた途端に晴れやかになって生意気な口をきくようになっていた。

「たまにしか会わないとでかくなったよな。ノブキはなにが好きだ?」
「ゲームかな」
「俺もゲームって好きだよ。バトルゲームだったらあるぞ」
「お、やるやる」

 別になにがしたくて遊びにきたというのでもなく、電車に乗っていく先に叔父の住まいを選んだだけだ。なのだから、久しぶりに会った叔父と甥はゲームで遊ぶ。俺が持っているのは古いソフトだから、ノブキにはむしろ目新しいらしかった。

「……シンおじちゃんってそんなに暇なの?」
「今日は休みだから暇だよ」
「仕事、ないの?」
「なくはないけど、今日は暇なんだよ。だからおまえと遊んでやってんだろ。何時に帰るってお母さんに言ってきたんだ?」
「シンおじちゃんと晩ごはん食ってから」
「おー、そうか」

 夕飯は外でおごってやるべきか、いや、ゲームばかりしていては非生産的だから、俺が作ってやろう。えー、シンおじちゃんのメシ、食えるの? などと、またもや生意気を言う甥をこづいてやってから、ふたりで買い物に出かけた。
 普段はほとんど外食だが、料理はまったくできないわけでもない。デビューしたてで今以上に金がなかったころは、外で食う金も惜しくて自炊したことだってある。

 あのころはなにを食っていたか? 飯を炊いてふりかけだけだったり、インスタントラーメンだったり、安売りの食パンにマーガリンも塗らずに何枚も食ったり、そんな食生活もしていたから、山田に怒られた。

「ノブキ、なにを食いたい?」
「ビーフストロガノフ」
「なんだ、それは。なんでおまえはそんな料理の名前を知ってるんだよ」
「前にお母さんが作ってくれたよ。できない?」
「できるさ」

 あら、本橋さん、息子さんがいらしたの? 顔見知りのスーパーの店員さんがそんな目で見ている気がする。彼女に惚れているわけではないのだが、子持ちだと思われては心外なので聞こえるように言った。

「よし、シンおじちゃんが作ってやるよ」
「大丈夫?」
「当たり前だろ」

 だが、大丈夫ではなかった。
 ビーフストロガノフってのは要するに高級ハヤシライスのルーのようなものなのだが、俺んちの包丁はろくに切れないので玉ねぎの薄切りにひと苦労する。横でノブキがごちゃこちゃ言うので、殴ってやりたくなるのを我慢するにも気が散る。怒りそうになっていると、玄関の外で声がした。

「料理してるのか? 外にいい匂いが漏れてるよ。ってか、焦げてないか? お客さん?」
「乾、いいところに来た。入れ」

 声でわかる、乾隆也だ。小さい靴が……女性じゃないよな、などと言っている乾をキッチンに引っ張り込んだ。

「ああ、栄太郎さんのご子息でいらっしゃいますか」
「どこがご子息だ。こわっぱだよ」
「こわっぱってなに?」
「小さな童。子どものことだね。はじめまして、乾です」
「うん、知ってるよ」
「知っててもいいからきちんと挨拶しなさい」

 穏やかに、それでいてきびしく言われて、ノブキはぺこっと頭を下げた。

「ビーフストロガノフか。作ったことはないけど食ったことはあるし、できなくもないかな」
「へぇぇ、乾さん、すごい」
「俺は料理は苦手じゃないよ。ノブキ、手伝え」
「はーい」

 手伝わせるとむしろ邪魔なだけだと思っていたのだが、乾はガキを上手に使う。おだてたり叱ったりしてノブキをアシスタントに使い、ビーフストロガノフを仕上げてしまった。

「ま、途中まで俺が作ってあったからな」
「うんうん、そういうことにしておこうか」
「乾も食ってくだろ」
「お邪魔じゃないんだったらね」
「邪魔なはずねえだろ。馬鹿か」

 生意気なこわっぱが、乾の前では若干しおらしくなったように思える。乾隆也ってのは教師気質だと思っていたが、ガキにも通用するのだろう。乾はビーフストロガノフにミモザサラダとやらも作って、ノブキがテーブルに並べた。

「お父さんが言ってたよ。真次郎は芸が身を助けたって。だから一応は仕事があって、食べていけてるんだからよかったねって」
「ノブキ、その意味の四文字熟語、知ってるか?」
「シンおじちゃんは知ってる?」

 助身芸能、そんな言葉があっただろうか。幸生だったら、ゲイだって身を助けるよね、とアホなシャレを言いそうだ。知らないと言うのはノブキの手前かっこ悪いので、俺は言った。

「知ってるけど、ノブキが言えよ」
「僕は知らないよ。乾さん、なに?」
「らいげいきゅうしょく。こう書くんだよ」

 頼芸求食、と乾が新聞紙の端っこに書いてみせる。うん、この字、習ったよ、とノブキはうなずき、分別くさい顔になって言った。

「芸って歌のことでしょ。フォレストシンガーズの歌ってお母さんは聴いてるけど、僕にはむずかしいよ。でも、すごい才能なんだよ、ってお母さんは言ってた」
「あとでデュエット、聴いてくれるかな」
「うんうん。それとね、乾さん」
「ん?」

 はにかんだような表情になって、ノブキは言った。

「乾さんだったらコックさんにもなれそうだね。このビーフストロガノフ、最高においしいよ」
「ありがとう。だけど、俺は歌で大成したいよ。大成ってのは大きく成功すること」
「うん、がんばってね」

 叔父はゲームで遊び相手になるしか能がなかったが、乾はノブキに尊敬されてしまったようだ。俺は料理では乾に完敗するしかないが、歌だったら負けない。新しい四文字熟語もひとつ知ったことだし、その意味をあとで乾とふたり、実践してみせようではないか。

SHIN/30歳/END









 
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~ Comment ~

NoTitle

才能かあ。
それとも売れるときか。
実力があるから売れるとも限らない。
それが歌謡曲の世界。
恐ろしい世界だ。。。
それでも売れようとする努力は輝かしい。

LandMさんへ2

またまたありがとうございます。

芸は身を助くると申しますが、中途半端な芸はむしろ邪魔になる場合もありますね。

芸能界って恐ろしい世界なんでしょうねぇ。
実際にその世界に身を置いている方が私の小説を読んだら、けーっ!! けけけっ!! とせせら笑いそうな気がします。
(^^ゞ

NoTitle

ああ~、いいところをやっぱり乾君に持っていかれちゃいましたね。(やっぱりって)

甥っ子かあ。シンちゃんの甥っ子なら可愛いんでしょうね。
それにしてもシンちゃんは、未だにお兄さんの区別がつかないなんて(笑)
そんなに似てるのか、シンちゃんに見分ける能力が無いのかw

ノブキくん、料理はできなくてもおじさんの事が大好きですよね、きっと。
早く売れる日が来て、友達に自慢できるようになったらいいのにね^^
(結婚して、今現在、売れっ子ですよね?)


limeさんへ

いつもありがとうございます。
やっぱり、ですね、そうですね。
乾隆也とつきあっていると、こういう運命になるのです。(^o^)

双生児の兄さんたちも、隆也にだったら見分けられるんですよね。
シンちゃんははなっからどうでもいいので、見分けることを放棄しているからだと思います。
私はけっこう鈍感男って好きなもので。
ああ、でも、現実に鈍感な男とつきあうとイラつきますけどね。

今のノブキは中学生、思春期、中二病の年頃ですから、おじさんシンガーズのメンバーが叔父だなんて、かえって恥ずかしがるかもしれませんね。
有名人の親戚はいませんのでわかりませんが、うーん、どんな気分なんだろ? 
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