ショートストーリィ(しりとり小説)

98「ラブレターフロムニューヨーク」

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しりとり小説98

「ラブレターフロムニューヨーク」


 早寝早起きの夫と娘に合わせて、依子も早起きしなくてはいけない。早く寝ろよ、と夫は言うが、依子はどうやら睡眠時間は少なくてもよいようで、遅寝早起きはさほど苦にはならない。夫も娘も寝てしまった夜中が、依子の貴重な自由時間だった。

 パソコンに向かうと、まずはメールチェックをする。ニューヨークに留学している弟の國友からのメールが届いていた。

 八つも年下の弟は両親にも祖父母にも甘やかされていて、東京の大学に進学すると決まったときには、本人以上に祖母たちがおろおろしていた。泣き虫で小柄な弟を依子も心配していたのだが、どうにか大学を卒業した弟は、アルバイトを経てDJになった。

「DJっていうのはラジオのアナウンサーとはちがうのか?」
「ちょっとちがうけど、似たようなものよ。でね、おばあちゃん、クニちゃんは今度はアメリカへ勉強しにいくんだって」
「ほぉぉ。あのクニちゃんがねぇ」

 祖父母は孫のすることに反対などしないが、國友のかわりに依子が報告するとたいそう感心する。依子にしてみても、あのちっちゃな弟がひとりでニューヨークで勉強をしている、とは感慨深いものがあった。

 とはいえ、ちっちゃな弟だってもう三十歳をすぎたのだ。恋人ができたと聞いたこともあるが、いつしか別れてしまって独身。私には娘がいるからいいようなものの、早くおじいちゃんおばあちゃんにひ孫の顔を見せてあげてほしいなぁ、とは思っていた。

 故郷には帰ってこない弟のかわりに、依子が両親と健在な四人の祖父母に孝行している。夫の母も別棟に住んでいて、ひとり娘は年寄りに取り巻かれているのだった。

「姉さん、お元気ですか。僕は元気です。
 義兄さんも美菜ちゃんも、A町のおじいちゃんおばあちゃん、B町のおじいちゃんおばあちゃん、お母さんお父さんも元気にしてますか。姉さんのお義母さまもお元気ですか」

 父方の祖父母はA町、母方の祖父母はB町に住んでいるので、身内での呼び方はこうなる。美菜とは依子のひとり娘、國友の姪である。
 毎度律儀にこの前置きをつけてくる國友は、今日もこんな調子でメールをはじめていた。

「絹子おばあちゃん、誕生日おめでとう。
 プレゼントを送りますので受け取って下さい。
 おじいちゃんやおばあちゃんはメールは使えないらしいから、姉さんに報告しておきますね。アメリカからの郵便物は届くまでに時間がかかるし、届かない危険もあるから気を付けていてね」

 両親は早婚で、ふたりが結婚したときには互いの両親も若かった。四十歳の依子の祖父母としては四人ともに若く、全員が八十代である。

 高校生までしか故郷にいなかったとはいえ、國友はたいへんな祖父母っ子だったから、ニューヨークで暮らしていてもこうして祖母の誕生日までを忘れない。
 祖父母たちの中でももっとも若い、母方の祖母、絹子のバースディプレゼント予告のメールだった。

「姉さん、お元気ですか。
 義兄さんも美菜ちゃんも、お母さんとお父さんと、おじいちゃんたち、おばあちゃんたちもお変わりなく? 僕も元気です」

 あのころはまだメールではなく手紙だった、東京から届いた國友の便りを想い出す。依子は新婚さんで、國友は大学一年生だった。

「僕は姉さんのアドバイスに従って、合唱部に入りました。
 かっこいい先輩がいるんですよ。四年生の副キャプテンで、乾さんっていうんです。
 励ましてもらったり教えてもらったり、叱られたりもしているうちに、乾さんの幼いころの話も聞かせてもらいました。乾さんは金沢出身で、おばあちゃんっ子だったんだって。親しみを感じます。
 背が高くてかっこよくて、都会的な先輩ですよ。姉さんが独身だったら、姉さんの旦那さんになってくれたらいいのにな、なんて思いました」

 なに言ってるの、私はその乾さんよりも五つも年上だよ、と思ったものだが、依子はあまずっばい気持ちにもなっていた。
 紹介したい、東京に遊びにきて下さい。
 その後も國友からの手紙にはそう書いてあったが、新婚で夫の母と同居、しかも夫は再婚者でもあり、近所の人々に略奪婚? と疑われていたのもあって、依子は身軽に動けなかった。近所のひとたちの無責任な噂を弟に手紙でこぼし、乾さんに相談しました、との手紙をもらったこともあった。

「義兄さんに言えって。僕の姉さんを守ってくれって言えって。
 今度山形に帰ったら、僕が義兄さんに直談判します。僕だってもう子どもじゃないんだもの。姉さん、僕にまかして。それまで負けないで」

 長い休暇には弟は山形に帰省していたが、依子は東京に遊びにはいけなかった。
 子どももいる地方の主婦が、そう簡単に遠出できるものではない、國友だってわかっていたのだろう。いつかはね、と言い言いしているうちに國友は卒業し、ほとんど故郷には帰ってこなくなった。

 手紙がメールに変わるころには、國友はDJになっていたのだが、東京メインのラジオに出演するのがたいていだったから、山形では聞けない。父も母も祖父も祖母も依子の夫も、クニちゃんは、クニちゃんは、と心配しているうちに、弟はとうとう異国に行ってしまった。

 大学時代の弟が依子に紹介したがった先輩の乾隆也は、フォレストシンガーズというヴォーカルグループのメンバーになっている。本橋、乾、本庄、三沢、木村。依子は会ったことはないが、彼らならばごくたまにテレビで見たり、CDやラジオで歌を聴いたりする。

 五人ともに國友の大学の先輩だそうだから、依子としても親しみを感じるフォレストシンガーズ。乾さんってほんと、かっこいいよね、と娘の美菜に言うと、そう? おじさんじゃん、と言われたものだが。

「クニちゃん、メールありがとう。
 おばあちゃんにはプレゼントのことは言わずに、届いてからのお楽しみってことにするね。私も楽しみに待ってます。それとね、今どきはyou-tubeっていうのがあるじゃない?
 クニちゃんだって音楽関係の仕事なんだから、歌だって上手なんだから、おばあちゃんのために歌を歌ってyou-tubeにアップしてくれないかな。

 誕生日のパーティなんて言うとおばあちゃんが恥ずかしがるんだけど、これで絹子ばあちゃんも八十代になって、じいちゃんばあちゃんが全部八十代っていうお祝いをしようかなって思いついたの。
 その席にクニちゃんの歌と映像を流したら最高じゃない? ね、お願いね。期待してますよ」

 えええ、僕が……? と困惑する國友の顔が浮かぶ。けれど、彼はきっと姉の望みをかなえてくれるだろう。
 なにを歌ってくれるのかな、と想像しながらメールを送信し、その動画を見た祖母の顔も想像する。祖母の感覚だと、メールの文字が空を飛んでニューヨークまで届く、といったところなのだろうか。

次は「く」です

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズの大学の後輩、本編でも時として主人公になる酒巻國友の姉、依子でした。





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~ Comment ~

NoTitle

年をとっても誕生日は必要で。
感慨深いものがあります。
私もこの歳で両親を祝うと感慨深いものがあります。
(*^-^*)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
なんだかんだ言っても、誰かに「誕生日おめでとう」と言ってもらえるのは嬉しいものですよね。

誕生日は私の場合、めでたいの逆ですが、おめでとう、の言葉は嬉しいかもしれません。
はー、時のたつのは早いわぁ。
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