ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS過去物語「花のワルツ」

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フォレストシンガーズ

「花のワルツ」

 旧姓は小倉、現立花財閥の令息夫人といわれても、花蓮という名前を聞いてもにわかには思い出せなかったのだが、彼女は我々の同窓生なのだそうだ。

 年齢も乾、山田、俺とは同じ。女子合唱部にいた喜多晴海の友達だった、喜多に連れられて女子部に遊びにきていた、男子部にも顔を出していた、大学生になるまではたこ焼きを知らなかった、喜多は彼女の親のコネで小倉物産に入社した。

 などなどの逸話を聞いて、ああ、そんなお嬢さま、いたっけな、と思い出されてきた。
 喜多とならば口喧嘩もしたので、記憶に鮮やかだ。彼女は現在、中国で仕事をしているという。乾が先日、社長に頼まれてパーティに出席し、立花さん夫妻と会ってこの別荘を貸してもらってきたのだ。

 フォレストシンガーズの合宿のために、こんな豪華な海辺の別荘を貸してもらえた。うちの大学には金持ちの息子や娘も多かったのだが、小倉花蓮さんといえば別格だったのかもしれない。
 社長令嬢と社長令息が結婚して、豪邸の他に別荘まで建ててもらったのか、親から譲り受けたのか、芸能人でも成功していると相当に裕福だが、俺たち程度ではまるっきりだし、いくら稼いでも芸能人だと代々のブルジョワとは桁がちがうのであるらしい。

 みんなでこの別荘に滞在し、作曲話をしたり食事を作ったり、海で遊んだりもして、明日には東京に帰る。広すぎる別荘の多すぎる部屋の探検もして把握できたので、俺はひとり、ピアノを置いてある部屋にいた。

「本橋さん、いいですか」
「ああ、どうぞ」

 アイスコーヒーを作って持ってきてくれた恭子さんが、ピアノのかたわらに立った。
 テニス選手である恭子さんは、ラジオでシゲと共演して恋仲になり、昨年の秋に結婚した。シゲと恭子さんの新居に招いてもらったり、料理の上手な恭子さんのおもてなしにあずかったりもしたので、恭子さんも合宿に来ないか、と山田が誘ったのだった。

「ありがとう」
「お邪魔じゃありません?」
「邪魔なんかじゃないよ。シゲは?」
「寝てます。私は眠れなくて……」

 健康的な夫婦はよく食べ、よく眠る。恭子さんもシゲも俺とは体質が似ているようなので、彼女にも親しみが持てていた。

「お話し、してもいいですか」
「もちろんいいけど、シゲに不満でもあるとか?」
「不満ではないんですよ。シゲちゃんは鈍感だけど、そんなところも可愛いし、愛してるとか綺麗だとか言ってはくれないけど、思ってるのはわかるから嬉しいし、私の作ったごはんをなんでもおいしいってぱくぱく食べてくれるし、留守は多いけどちゃんと電話もメールもくれるし、今日はごはんがいらなくなった、みたいな連絡もちゃんとしてくれて、そんなときにはお土産のケーキを買ってきて、ごめんねって言ってくれるし、最高にいい旦那さまです」

 のろけか。いや、いいのだが。

「だけどね、シゲちゃんってほんとにもてなかったんですか?」
「あいつがそう言った?」

 この話題はいつかも出てきたような気がする。

「いつも言ってますよ。俺はもてないから、若いときにだってもてなかったから、恭子がやきもちを妬くようなことはなんにもないから、って。本橋さんはもてたでしょ?」
「いやいや、俺はシゲと同じくらいにはもてなかった」
「乾さんは? 木村さんは? 三沢さんは?」
「よくは知らないけど、シゲはなんて言ってた?」
「俺以外の四人はもてもてだったから、俺はひがんでたって」

 シゲはあまりそういうことは口にしない男だが、本音はそうだったのか。笑いたくなってしまった。
 実はたしかに、章も幸生ももてる。俺だって単純な意味でだったらもてた。乾なんかはもてまくっていた。その「もてる」は現在進行形だ。シゲだけはたしかに、もてるほうではなかったが、明言していいものなのだろうか。

 もてない夫だと嬉しい妻と、夫の友人にあいつはもてないと言われると腹立たしく感じる妻と、両方いそうだ。恭子さんの気心はそれほどには知らないので、どう答えればいいのかわからなかった。

「恭子さんの言う、もてるの定義ってなに?」
「男性の場合は、女性に人気がある、いっぱいつきあったとか告白されたとか、告白したら断られたことなんかないとか」
「その程度だったら、やっぱナンバーワンは乾だよ」
「やっぱり?」
「そうそう、やっぱり」

 乾隆也と比較すれば、誰ももてたとは言わない。乾がどれほど女とつきあってきたのか、告白したりされたりしたのか、総数は知らないが、女に人気がある、きゃあきゃあ言われる、熱っぽい視線を注がれる、その意味ではフォレストシンガーズナンバーワンなのは明確だった。

 なにを考えているのか、恭子さんは黙って思案顔になる。俺は鍵盤に指を走らせる。ピアノを発見したときに調律もしたし、幾度かは弾いているので、なめらかにメロディを紡ぎ出せた。

「あ、その曲、聴いたことはあるみたい」
「チャイコフスキー作曲、くるみわり人形の「花のワルツ」。ピアノ曲ふうにアレンジしたんだ」
「本橋さんがアレンジを?」
「これほどの名曲は作れないけど、クラシックも作曲するよ、俺は。アレンジもするんだよ」
「本橋さんがクラシックを作曲するんですか? クラシックって古い時代の曲じゃないんですか」
「そうではなくて、クラシック曲という定義があるんだよ」
「へぇぇ」

 解せない顔をしてはいるが、納得はできたらしい。恭子さんは別件を口にした。

「合宿に連れてきてもらって、みなさんといろんなことをするたびに思ったんです。三沢さんや乾さんと散歩したり、みんなで食事をしたり花火をしたり、みなさんの歌を聴かせてもらったり。そのたびに、ああ、ファンの方に悪いわ。私ばっかり特別待遇してもらって、嫉妬されそう。きーって怒られそう」
「うん、まあ、そうかもしれないね」
「その上に本橋さんのピアノをひとりで聴けるなんて、素敵すぎます」

「いや、恭子さんはシゲの奥さんなんだから、当然ってか……」
「当然なんかじゃありません」

 その感覚は正しいのかもしれない。フォレストシンガーズごときではその妻の特別感もたいしたこともないのだろうが、私は特別な女、などと思っているとファンの方に嫌われる可能性もあるわけで。
 その意味でも、シゲはいいひとと結婚したよ。俺たちも嬉しいよ。俺はそんな気分になって、恭子さんに捧げる「花のワルツ」を弾き続けていた。

SHINJIRO/29歳/END









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NoTitle

もてるもてないで男になるのなら、
私は下の下だなあ。。。
告白されたことはないですからねえ。
そういうのを持っている人はうらやましいですよね。

LandMさんへ2

こちらもありがとうございます。

最近は好きになったら女性のほうから告白するのが当たり前、といった風潮もありますが、それでも女性は男性に告白してもらいたいのが多数派かと思われます。

私なんかは、「恋はしたほうが負け」だなんて身も蓋もないことを考えていますので、告白なんかしたくなーい。近いことをした記憶は……なくもないのですが。

ま、それは置いといて。

ですから、男性は特に、告白されたことがあるっていうのはもてる証拠ですよね。
だけど、変な女に告白されても迷惑なだけだから、されなくてもいい、なんてことはありませんか?
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