別小説

ガラスの靴22

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「ガラスの靴」

     22・疑心

 攻撃的でラジカルで過激で刹那的で破壊的。それが「桃源郷」の音楽だ!!
 なのだそうで、はっきり言って僕の趣味ではないロックをやるバンド、「桃源郷」で僕の妻はヴォーカルを担当している。

 趣味ではないっていうか、僕は芸術には興味はない。音楽にも美術にも文学にも、他の芸術にはなにがあるのか知らないが、知らないくらいなんだから興味はない。小学生のときから、音楽も体育も図画工作も嫌いだった。
 では、僕はなにが好き?

 漫画やアニメは嫌いじゃないけど、コミック本を読むのは面倒だ。息子の胡弓と一緒にアニメを見たり、ヒーローもののドラマを見たりするのは好きだけど、映画やドラマにも興味はない。
 きみの趣味は? と言われても首をかしげるしかない。
 ゲームだとかインターネットだとかも嫌いじゃないけど、はまるほどでもないし。

 主夫なんだから家で家事をやっていればいいんだろう。アンヌだってそう言う。料理も洗濯も掃除も育児も別に嫌いじゃないけど、開放されたら嬉しいな、という、世の大方のシュフと同じ感覚だった。

 ま、だけど、僕の奥さんは音楽で収入を得ていて、僕と胡弓を養ってくれる。その意味では「桃源郷」は大好きだ。
 たいていの曲はドラムの吉丸さんが作曲し、作詞はわりと何人ものひとがしている。吉丸さんも作詞もするが、彼の書く詞はシュールなので一般受けしないのだそうだ。

「出会ったのが遅すぎた
 月並みすぎる台詞がこぼれる

 生まれてはじめてさ
 こんな気持ち、俺にもあるとは知らなかった
 愛してる、なんて、誰かに言うことは
 一生ないと思ってた

 愛したつもりの女はいたさ
 けれど、まやかしだったんだ
 おまえに会ってはじめて俺は
 本当のラヴを知ったぜ」

 このたび、アンヌが作詞したナンバーが初にCDになることになった。アンヌは迫力あるハスキーヴォイスだが、もちろん女性だ。女性の声で男言葉を歌うってのは「桃源郷」にはよくあるパターンで、今回もそうだった。

「今度の歌、いいね」
「でしょ? ありがとう」

 桃源郷のファンだということで親しくなった、近所のマンションの住人、静枝さんが公園で話しかけてきた。彼女は三十歳だと言っているが、僕の見立てでは四十歳だ。僕は女性の年齢を言い当てるのが得意だけど、本人がごまかしたいんだったらごまかされておいてあげよう。

 三つになった胡弓と、静枝さんの娘の乃蒼ちゃんが砂場で遊んでいる。乃蒼と書いてノア。いまや珍しくもない今どきの名前の持ち主は五歳。胡弓をガキ扱いして上から目線であれこれ命令し、胡弓も嬉々として従う。胡弓もやっぱ、将来は強い女性と結婚して主夫になるのかな? それも男の幸せだよ、と思う風景が今日も繰り広げられていた。

「あの歌、アンヌさんの作詞作曲?」
「リアルラヴ? 作曲は吉丸さん、作詞がアンヌだよ」
「バラードってのは桃源郷には少ないでしょ」
「シングルカットは大衆受けを狙うんだって。たまにはバラードでばんっと大ヒットってのが目標なんだそうだよ」

 主夫? それってヒモと同じじゃないの、と決めつけるひとがほとんどの中で、静枝さんには理解があった。
 その上に彼女のモト夫はミュージシャンだったのだそうで、離婚にあたって慰謝料と養育費をがっぽりせしめてゴージャスなマンションを買った。静枝さんもデザイナーズブランドのショップで働いているものの、必死で働かなくても母と娘は楽に暮らしているらしい。

 この近所は豪華なマンションだらけで、裕福な夫婦が多い。夫婦ともに働いている所帯が半数以上だが、専業主婦もけっこういる。専業主夫は今のところ、吉丸さんの妻、ただし男である美知敏と僕だけのはずだ。
 
「あたしの元の旦那も、ああいう感じの詞を書いたことがあるんだな」
「静枝さんのダンナも作詞をしたの?」
「したみたいよ」

 今日は休みだから乃蒼と遊びにきたの、と言っていた静枝さんは、ものうい調子で続けた。

「あいつは有名な歌手のバックバンドでベースを弾くってのが本職だったから、有名人じゃないのよ。ああいう世界はあたしにはよくわからないけど、腕のいいミュージシャンは引く手あまたで収入もいいみたい。それに、もてるんだな。やたらめたらにもてるの」

 この話は初耳ではないが、はじめて聞いたみたいな顔をしてうなずいておいた。

「うちの離婚もお決まりの旦那の浮気よ。あいつはちっちゃい浮気だったら結婚する前から何度もしてたんだけど、これは本気だって……」

 彼女が口ずさんだのはこんな歌詞だった。

「とっくのとうに汚れちまった俺の
 ハートにちっちゃな宝石
 宝石のかけらが胸につきささって
 おまえみたいにきらきら輝く
 俺を浄化するそのきらめきが……」

 遊びで書いたようなものだからCDにはしない、誰かに提供するわけでもないけど、と言いながらも、元夫が歌っていたのを静枝さんは覚えてしまった。

「なんかね、切なそうな顔で歌うのよ。別にうまいってわけでもないんだけど、あいつは声がよかったからいい歌に聴こえた。胸にしみてくるんだ。なんかね、妻の勘とでもいうんだろか。それって実話? って問い詰めたらはぐらかしてたんだけど」

 ある日、元夫が静枝さんに真剣に告白した。

「好きになっちまったんだよ。おまえも知ってるだろうから言うけど、俺は今までにだって心の迷いってのはあったよ。美人とちょこっと飲みにいったりドライヴしたり、ホテルに行ったりもしたよ。けど、俺にはおまえもいるし、乃蒼だっている。よその女とは遊びだったんだ。でも、彼女だけは……」

 仕事で知り合ったその女性について、元夫は切々と語った。

「通訳なんだよ。若くはないけどすっげぇ美人で頭が切れて、なんでも知ってて仕事もできる。子持ちらしいからバツイチなんだろな。今は独身で仕事に生きてるみたいだ。俺の世界にはいなかった女なんだよな。なんかこう……輝きが異質ってのか。ちゃらちゃらした女ばっかりの俺の世界にはいない……掃き溜めに鶴ってのか……」

 まさか、その女、そこまで聞いた僕は口をはさんだ。

「その女の名前、知ってる?」
「知らない。聞きたくもないから聞いてないもの。それで、どうしたいのよ? って訊いたら、考えがまとまらないから時間をくれって言われたの。その通訳とつきあってるわけでもない、俺の片想いだ、なんてガキみたいなことを言うから、そんなら待ってやってもいいかなって思ったのよ」

 ところが、俺はやっぱり彼女には本気だ、静枝、別れてくれ、と元夫は言った。

「片想いなんて嘘だろうと思ったよ。つきあってるんだろうとは思った。アホじゃないかとも思った。でも、あいつの言い分を総合して考えたら、あたしってその通訳と較べられて思い切り下に見られてるわけじゃない?」
「そう……なるかな」
「こっちもアホらしくなってきて、マンション買ってね、乃蒼はあたしが連れていくからね、慰謝料払ってね、養育費も月々こんだけ……ってふんだくってやったの。あいつは文句も言わずに払ったよ。そんなにお金があったのにもびっくりだったけど、そこまでしてあたしと別れたいのか、乃蒼とも会えなくてもいいんだね、そんなにその通訳が好きなんだ、ってすーっと冷めていったんだ」

 夫の浮気で離婚した、とは聞いていたが、細かい事情ははじめて知った。

「片想いだったのってほんとかもね。再婚はしてないみたいだよ」
「へぇぇ」
「作詞をするような人間って、そのときの心情を言葉にするんだよね。まるっきりのフィクションだってひともいるけど、アンヌさんはどうなんだろ」
「……ん?」

 それって、その台詞って……つまり?
 桃源郷の新曲「リアル・ラヴ」が大ヒットしたらいいな。僕はその程度にしか考えてもいなかったのに、静枝さんに言われて心に疑惑の灯がともった。

つづく









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