ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「な」

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フォレストシンガーズ

「ながからむ……」

  「いぬもあるけばぼうにあたる」からはじまる、古典的ないろはかるたからはじまって、金沢弁かるたってものもあった。漫画やアニメや特撮ヒーローなどなどのかるたもあった。祖母は学習効果を考えていたのだから、遊びみたいなかるたは買ってくれずに、「京の夢、大阪の夢」までの古典かるたのすべてを俺が記憶すると、百人一首に移行した。

「そうなんだ。乾くんって百人一首、全部覚えてるんだね」
「うん、ばあちゃんに覚えさせられたからね」
「すごいな」
「ガキのころって記憶力がいいんだから、歌の文句みたいに覚えたんだよ。それでさ」

 我々の高校では冬休み明けに百人一首歌留多大会がある。一年生の年に先生に言われて出場して以来、今年は三度目だ。うちのクラスからは乾だな、毎年出てるんだもんな、と先生が勝手に決めてしまった。

「去年も一昨年も上級生に優勝を持っていかれたんだけど、今年は三年生なんだから、乾、勝てよって言われてるんだ。俺としても勝って金沢市の大会、石川県の大会、北陸大会、全国大会と勝ち進んでいけたらなぁって」

 受験勉強は追い込みのシーズンだが、百人一首ならば古典の勉強になる。俺は東京の大学に行くつもりなんだ、とまゆりには言えず、祖母の具合がよくないから手伝ってもらえないとも言えず、ただこう言った。

「まゆり、時間があったら特訓につきあってくれる?」
「いいよ。私は百人一首なんてほとんど知らないけど、どうやって手伝ったらいいの?」
「読み手になってくれたらいいんだよ。さて、どこでやろうか」

 高校生同士のつきあいなんて、親には言わないのが普通なのだろうか。我が家では両親は俺の交友関係までは知りたくもないのかもしれないし、祖母に言うとうるさいのでまゆりを紹介はしていない。まゆりのほうも両親には俺の話はしていないようだ。

 秘密の香りがあるからスリルもあって、去年はまゆりと淡いようでいて濃密な時をすごしてきた。春になれば距離は離れてしまうが、それまでは時間のある限りいっしょにいたい。濃密といってもキスだけしかしていない関係で、お互いの家には行ったこともなく、ホテルなんてとんでもなくて、どこでふたりきりになればいいのだろうか。

「内緒で特訓するのか。先生も手伝ってやるよ」
「あの、樋口さんにも手伝ってもらっていいですか」
「樋口? ああ、つきあってんのか。なかなかやるな」

 高校三年生の担任は、三十歳になったばかりの先生だ。十七、八の高校三年生から見ればおじさんかもしれないけど、気持ちは若いんだから兄貴だと思ってくれ、などと当人は言っていて、あいつ、イタイとの見方もある。俺は彼は嫌いではなかったから、親にも祖母にも話さないまゆりとの仲を打ち明けた。

「うん、まあ、乾には分別はあると信じてるよ。高校生同士の交際でしていいことと悪いことはわかってるはずだ。俺はきみたちを信頼しているから、俺の信頼に応えてくれ」
「……はい」

 そういう熱血教師な台詞を口にするから、イタイって言われるんだよな、とは言葉にはしない。殊勝げにうなずいて、最初のうちは先生と三人で特訓をした。十二月の金沢は寒い。放課後の教室は冷え込む。先生は特定の生徒とばかり関わっているわけにもいかないだろうから、まゆりとふたりきりになることもあった。

「ストーブはつけててもいいけど、くれぐれも火の始末には気を付けてくれよ。じゃあ、俺はこれで行くから」
「ありがとうございます」
「先生、さよなら」

 今日も先生が行ってしまって、まゆりとふたりになった。ストーブがついていても、だだっ広い教室に人間がふたりしかいないと寒い。窓の外には雪が降り、雪が積もっていっていた。

「寒くない?」
「首筋がちょっと寒いから、こうしようかな」
「髪が長いと首があったかいんだね」

 普段は三つ編みにしている長い髪をほどいて、まゆりが俺を見つめてにっこりする。まゆりの仕草のひとつひとつにどきっとしては、きみを裸にしたい、きみを抱きたい、きみがほしい、と感じてしまう。彼女を抱きしめてキスだけで耐えるのは、十七歳男子には相当な忍耐力が必要だ。

 だけど、先生だって俺を信頼していると言った。
 祖母は言った。よそさまのお嬢さんとつきあうなんて、大人になってからにしなさい。軽々しい真似をしてお嬢さんを傷ものにしてしまったら、世間様に顔向けできないんだよ。
 父も言った。隆也くん、彼女はいるのかな? なんだか最近、かっこよくなったね。彼女ができたんだとしても……ああ、はいはい、またその話はいつかね、とそこまでだったが、言いたいことはわかる気もした。

「綺麗だね。つやつやの長い髪。俺はたまんないよ」
「なにが?」
「なんでもない。綺麗すぎるから」
「そんなに綺麗だって言ってもらえたら嬉しいけど……照れるよ」
「まゆりは綺麗だよ」

 真っ黒な長い髪、紺のセーラー服に包まれた胸のふくらみ。膝までの丈のスカートから伸びるほっそりした脚、華奢な肩や小さな手や、細面の小作りな顔も、すべてが俺を刺激する。恋心に欲情が加わって頭も目の奥もぎんぎんする。男って罪深いんだなぁと、まゆりと恋をしてはじめて知った。

 きみにはまだ言っていないけど、俺は来春には東京に行くんだ。東京の大学を受験する。大学では古典を学びたい。受験に合格する自信もあるよ。そして、卒業したらきみを迎えにきて、東京に連れていきたいな。二十五歳くらいになったら結婚して東京で暮らしたい。

 理想だったら語れるけど、十七歳の身にはそんなものはただの空想だ。これからの十年がどうなるのか、まさに五里霧中。約束なんかできるほどに傲慢ではない。

 だから駄目なんだ。きみを抱いてはいけないんだ。その澄んだ瞳を曇らせるようなことをしてはいけない。高校生はセックスなんかしてはいけない。大学を卒業して迎えにくるまでは、ふたりともに清純なままでいようね。口に出しては言えない想いを噛みしめて、まゆりの美しい髪を見ていた。

「次、読むね」
「うん、よろしく」

「長からむ 心も知らず 黒髪の
 乱れて今朝は ものをこそ思へ」

 小倉百人一首第80歌。待賢門院堀河の恋歌だ。
 透明感のあるまゆりの声が、官能的な恋の歌を読み上げる。それすらもが俺の心に火をともす。幼児のころに意味も知らず、ただの文字の連なりとして覚えたこの歌の真意が、十七歳になった俺を切なくさせる。

「末永く変わらないあなたのお心をも知らずにお別れした今朝は、寝乱れているこの黒髪のように、心がみだれて思いなやむのです」

 末永く変わらない……そうさ、俺の心はずっとずっと変わらないまま、きみを愛してる。
 そんな気持ちをベッドできみに伝えて、その長い髪が寝乱れているさまをも愛しく感じて、また今夜、と朝に別れる。いつかそんな日が来るまでは、俺は我慢するよ。

 なんて、俺は俺で歌の解釈を勝手に変えてしまおう。俺は仕事に行くんだから、夜までのしばしの別れだね、まゆり。俺の心は永遠に変わらない。俺はきみを愛してる。永遠に。

TAKAYA/17歳/END







 
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~ Comment ~

NoTitle

永遠に愛している・・・。かあ。
ふうむ。深いですね。いや、深くないのかな?
その時はそう思っているものなんですけどね。
その先も思っているかは誰にもわからないですけどね。
(*´ω`)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
これぞまさしく「若気の至り」ってやつですね。
この世界では隆也とまゆりは遠距離になって、あとは世のさだめ通りになってしまっていますから。

このふたりには私は執着がありまして、最近は三十代になった隆也とまゆりも書いています。

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