ショートストーリィ(しりとり小説)

97「春うらら」

 ←FS2014・十月「揺れるまなざし」 →いろはの「な」
しりとり小説97

「春うらら」

 
 いい気なもんだね、と言われるのであるが、これは男の本能だ。男は蝶のように空を舞い、美しい花の蜜を吸い、すべての花に子どもを産ませたいのだ。

 現実的に考えれば、蝶は花には子どもを産ませられない。藤堂昇は人間なのであるから、野放図に種付けをして舞っているわけにもいかない。何人も何人もの子どもはほしくない、そもそも結婚もしたくない、というのが正直な気持ちであったのだが。

「昇さん、できちゃったの」
「……へ?」

 そんなぁ、できないようにしてたじゃないか、大丈夫だって言ったじゃないか、いや、そうだったかな? 大丈夫だよ、いいじゃないか、と言ったのは僕だったか? あれはこの彼女だったか? この彼女……この女性は誰だった?

 本能だけはふんだんに持っているが、結果に責任などは持ちたくない昇としてはショックだった。ショックな告白を聞かされたおかげで軽い眩暈を感じ、できちゃったの、と言っている彼女の名前を失念してしまっていた。

「だけど、大丈夫よ」
「堕ろしてくれるの?」
「堕ろして、くれる、なんだね。くれるの? って言いたいんだよね。昇さんの本音ってそうよね。音楽やってた男なんて、そんなもんだよね」
「いや、音楽をやっていたのは過去の話だけどね」
「音楽なんてどうでもいいのっ!!」

 言い出したのは自分じゃないか、と昇は首をすくめる。
 中学生のときにロックバンドを組み、高校でも大学でもロック関係のサークルに所属していた。大学生のころの仲間たちとのバンドでメジャーデビューしたい、とのお定まりの夢を持っていたが、四年生になるころには断念した。

 それほどの才能もなし、運もなし、と自分を見限って、ごく平凡に就職してサラリーマンになった。あれから約十年、恋愛には恵まれていた。
 なにしろルックスがいいのでもてる。二十代のころには互いに真面目に将来を考えてはいないような小娘が相手だったから、ベッドにだって気軽に誘えた。このまんまふらふらと飛び続けていたかったのに、三十代になって、過酷な現実が昇に襲いかかってきたらしい。

「大丈夫だから、あなたは子どもを認知して、金銭的に責任を取ってくれたらいいのよ」
「金銭的に?」
「そうよ。じゃ、報告はしましたから」

 それはいったいどういう? 昇としてはもっと質問したかったのだが、彼女は待ち合わせた喫茶店から出ていってしまった。ひとまずはそれでいいのか。どうしてほしいのかは彼女が言ってくれるだろうから、僕はできるだけのことはしよう。

 とりあえず一安心して、昇はもうひとりの彼女にメールをした。彼女は数人いるが、特に深いのはできちゃったと言った彼女と、もうひとりだ。まちがえてはいけないのでしっかり考えて、できちゃった彼女は真智子、これからメールをする彼女は奈江という名前だと確認した。

 明日、デートしない? との誘いに、奈江からはOKの返事が届いた。私も昇くんに会いたかったのよ、と言ってもらえて、真智子に気分をダウンさせられた口直しができると、翌日には奈江との待ち合わせに出かけていった。

「昨日、真智子さんから聞いた?」
「真智子さんって……え? ええ? 真智子さんってあの真智子ちゃん?」
「そうよ。聞いたんじゃないの?」
「あの、できちゃった真智子ちゃん……」
「やっぱり聞いたんだね」
「奈江ちゃんは真智子ちゃんと知りあいだったの?」

 ふふんと鼻先で笑って、奈江はレモンスカッシュを飲む。すっぱいものがおいしいってほんとなんだね、と呟いてから、奈江は衝撃の告白をした。

「私もできちゃったの」
「え? えええ?」

 安全期だから大丈夫だと言ったのは奈江ちゃんのほうだったか。いや、大丈夫じゃないじゃないか。今まではただの一度もそんなことはなかったのに、どうして急に……まさか、ふたりして僕を苛めようとしているんじゃないだろうな。
 またしても彼女の名前を忘れそうになって、昇は口走った。

「嘘だぁ」
「嘘でこんなことを言うはずないでしょっ。あんなこと、昇くんはしなかったの?」
「あんなことって……」
「何回もしたでしょ。そしたら子どもができることはあるんだよ。真智子さんも私も健康な女なんだから、当たり前っちゃ当たり前なの。でも、大丈夫だから」

 なにが? と訊きたいのに声が出ない。真智子も大丈夫だと言ったが、詳しくは教えてくれなかった。が、奈江はクールな口調で言った。

「前に昇くんのケータイを見て、アドレスの中の女性はみんな控えておいたのよ。たくさんいすぎて時間はかかったけど、真智子さんとはかなり親しいってわかって、ふたりで会ったの。あんな奴に執着する気もないけど、腹が立つからちょっと仕返ししてやりたいなって相談したの」
「あんな奴って僕?」

「あんたに決まってるでしょ。それからは真智子さんとは親しくなって、仕返しの方法を考えたの」
「そ、それで、やっぱ嘘? ふたりそろって僕をだまして、そうやって溜飲を下げた? そうだよね。あーっ、よかったっ!!」

 そうあってほしい、そうだよ、と言ってほしい、昇の願いは裏切られた。

「できちゃったのはほんとよ。真智子さんも私も子どもがほしかったの。昇くんなんかと結婚はしたくない。他の男とだって結婚なんかしたくないけど、子どもはほしいんだよね。そしたら……って相談して、めでたくもふたりともご懐妊」
「そんな……」

 だったら僕はどうしたらいいんだ、今度は気絶しそうになっていると、奈江は言った。

「女がそのつもりになって、タイミングが合えば妊娠はできるんだね。私も真智子さんもはじめてだから、びっくりしたり感激したりしたわ。親に言ったら怒るかもしれないけど、真智子さんも私ももう決めたの。だから、昇くんは大丈夫だからね」
「なにが大丈夫なの?」

「真智子さんとふたりで暮らすの。会社はもちろん辞めない。真智子さんのところも私のところも、未婚の母でも産休や育休も取れるわ。その点はきっちりしてて助かった。それでもたったひとりで育てていくのはつらいだろうけど、母がふたりでふたりの子どもを育てるのは案外、やってみる価値がありそうだって」
「は、はあ……」

 あなたの意見なんか聞かないからね、報告するだけだからね、と奈江は言いたいのだろう。金銭的な責任は取ってよね、と真知子と同じことを言い残して席を立った。

 そっか、僕は金さえ払えばいいんだ。結婚はしなくていいんだから、そこには費用がかからない。双生児が生まれるのだと思ったら、どうにかなるだろう。
 ふーむ、僕は金を使うだけで、一度にふたりの子どもを持てるのか。真智子ちゃんも奈江ちゃんもナイス。いいことを思いついたもんだね。

 深く深く考察したつもりになって、昇はにんまりした。これで男の本能も満たせるではないか。昇はウェイターを呼んでウィスキーソーダをオーダーする。生まれてくる子どもたちのために、ひとりで祝杯を挙げるつもりだった。


次は「ら」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
頭の中が春うらら、とってもおめでたい主人公は、フォレストシンガーズの大学の先輩です。
本編には名前が出てきた程度の、ロック同好会の藤堂昇くんでした。






スポンサーサイト



【FS2014・十月「揺れるまなざし」】へ  【いろはの「な」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

生まれてきた子は、人とはちょっと違った人生観を持って育ちそうですね。

愛の結晶として、子供を持ってほしいとは思うんだけど・・・。
そういうのも女の本能ではあるんでしょうね。
ちゃんと愛情をもって育てて行けるなら、親が片親だって、同性2人だって、関係ないのかも。
男女揃ってたって、子供を虐待してしまう馬鹿夫婦もいるし。(今日もニュースであった><)
でも彼女たち~。
いいのか? あんな男の遺伝子で。(そこが気になる。子供って、血を怖いほどうけつぐよ~~><)


そしてこの昇の馬鹿っぽさはなんだか許せないなあ~。
ちょっとどっかで女難に遭えばいいのに。(それがいま?)

limeさんへ

コメントありがとうございます。

結婚なんかしたくなかったらしなくていいじゃない?
結婚したからって子どもも別にどっちでもいいじゃない?

が、私の基本的思想なのですが、少子化があまりに進んで、非若者ばっかりの日本になったら……周囲の光景が……うわ、とかも思います。
若い子はいろんな景色を美しく彩ってくれますものね。

と、ちょっとずれましたが。

アメリカでは同性同士のカップルが養子を迎えて育てたり、体外受精や代理母な産んでもらった子を育てたりってありますよね。
そういうふうに育った子の将来は? と考えていましたら。

「両親が同性愛のカップルは子どもを持つなと言うのは、黒人は差別されるから子どもを産むなというのと同じですよ」
誰かがそう発言していたのを読んで、なるほど、でした。
だけど日本では、変わった生まれや変わった両親を持つ子は偏見にさらされそうですね。日本って世界では田舎なんでしょうね。

昇のほうの未来は……このノーテンキぶりに水をぶっかけてやりたかったので、続編も書いています。
こいつにはただひとこと、アホ!! ですよね(^-^;

NoTitle

・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
(*´ω`)

それが男の本能。
それ以上深くは語りませぬ。
藪蛇なので。

LandMさんへ2

わはははははは。
って、失礼いたしました。
コメント、ありがとうございます。

どうして笑っているのかと申しますと、この雄弁な「……。」「…………。」です。
なんと多くのことを語って下さっている「無言」(絶句でしょうか?)なのでしょう。

ヤブヘビですかぁ。
うーん、追及したい気もしますが、やめておきますね。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS2014・十月「揺れるまなざし」】へ
  • 【いろはの「な」】へ