ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ね」

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フォレストシンガーズ

「寝ぼけまなこ」

 正式に夫婦になる前にだって喧嘩はした。結婚式の前にはふたりともにひとり暮らしで、時間があればどちらかがどちらかの住まいを訪ねていって一緒にすごし、他愛もない喧嘩をした。

「もうっ、シゲちゃんは鈍感なんだから。結婚、やめようかな」
「恭子、ごめん、な? そんなこと言うなよ」

 いつだってシゲちゃんが折れてあやまってくれて、私のふくれっ面は長くは続かなかった。
 フォレストシンガーズのみなさんが、シゲちゃんと恭子のためにと作ってくれた歌を捧げてくれた、感動いっぱいの結婚式。ふたりきりでバリ島に行った新婚旅行。

 夢みたいな日々が終わると現実の生活になる。売れないヴォーカルグループの地味なベースマン、本庄繁之と、地味なプロテニス選手、恭子の新婚生活がスタートしていた。

 ぽっちゃりというよりはがっちりのアスリート、背は高くはないが、筋肉質で力持ちの私と、中背でたくましいシゲちゃんは体格も似ているといえば似ている。筋肉質の人間は洋服が似合いにくいんだろうか。シゲちゃんは和服に袴のほうがかっこいいかも、と思いながらも、彼をすこしでもかっこよくするファッション作戦を立てようとしていた。

「男はファッションなんかどうでもいいんだって、シゲも俺もその主義なんだよな。ステージではかっこよく決めないといけないけど、私服は清潔で見苦しくなかったらいいんだよ。なのに他の三人は……」
「リーダーはああ言うけど、俺たちはこれでもシンガーなんだから、恭子さんの手腕でシゲさんのセンスを磨いてあげて下さいね」
「無駄じゃないの?」

「いいや、章、幸生の言う通りだ。センスってのは磨かれるものだよ。恭子さんは自分に似合うものを知ってるんだからセンスはいい。シゲを頼みますよ」
「そうそう、シゲくんは私の言うことなんか聞かないけど、奥さんのアドバイスだったら聞き入れるはずよ。シゲくんの服装がどう変わるのか、楽しみだな」

 本橋さん、三沢さん、木村さん、乾さん、美江子さんの台詞だ。木村さんは別として、みなさん、期待してくれているらしい。
 そう言われても、私だってシゲちゃんよりはちょっとましくらいかな、で、センスに自信はない。デパートのメンズファッションコーナーを歩きながら、あれがいいかなぁ、これにしようかな、と悩んでいたら、背の高い男性店員さんが近づいてきた。

「プレゼントですか」
「そうなんです。夫に」
「どういったものをお探しですか」
「んんとね……漠然としすぎてるけど、彼がすこしでもかっこよくなりそうな服や小物」
「かっこよく、ね。どんな男性なんですか」

 写真を見せてもいいものだろうか。あれでもシゲちゃんはシンガーなのだから、写真だったらたくさんある。彼と恋人同士になったときから作っている、スクラップブックを持ってきていた。

「この方ですか。芸能人なんですか」
「っていうか、歌手なんですけどね」
「うわぁ、そうなんだ。お名前は?」
「フォレストシンガーズの本庄繁之です」

 そこまで言ってしまっていいものなのかどうかもわからないが、彼らはスターではないのだからいいかな、と勝手に判断しておいた。

「……そうなんですね。すると、お客さまも芸能人ですか」
「いえ、私はアスリート」
「運動選手? 誰だろ。どこかで見たことのある女性だとは思ってたんですよ。当てさせて下さいね」
「はい、どうぞ」

 ミーハーというか、暇なのだろうか、志賀という名札をつけた彼は目を輝かせている。私だって有名ではないのだから、テニスファンの一部にしか知られていないはず。

「ボクシングの細田さん? レスリングの吉村さん? ちがうなぁ。柔道の谷村さんかな。女子相撲の相川さん? そこまで太ってませんよね。えーとえーと、ゴルファーの川辺さんだ。あ、ちがいます? テコンドーの太田さん。僕、女子の格闘技が好きなんですよね。わかった、キックボクシングの美馬さんだっ!!」
「ぶーぶーぶーっ」
「じゃあ、柔道の手島さん? 空手の矢野さん? やっぱ相撲の……ちがうか、女子プロレスのミミー・アイリッシュ? そうだよ、きっと」
「ちがいます」

 いくら格闘技ファンでも、そこまでごつい女性ばかり出さなくてもいいではないか。私はちょっと不機嫌になりつつあった。

「そしたら、砲丸投げの桜井さんとか? やり投げの阿部さん? 僕、女子のそういう競技には詳しいんだけどな……絶対、格闘技とか重量系の競技ですよね。重量挙げの三輪さんかな」
「もういいです」
「あ、あ、ちょっと待って下さいよ」

 重量系競技だって。失礼ねっ、という気分になってしまって、その売り場から遠ざかった。
 あんな失礼な男性店員は嫌い。女性にしよう、そう思っていると、中年女性店員さんと目が合った。彼女はにっこりして、なにかお探しですか? と尋ねる。先刻と似たやりとりのあとで、彼女は言った。

「歌手の方の普段着なんですよね。見せていただいたお写真からしますと、こういったジャケットなんかは……これからのシーズンに重宝しますよ」
「あ、素敵。彼は無難な服しか着ないから、これくらいのチェックはいいですよね」
「サイズは……こんなところですかしら。肩幅が広くて胸が厚くて、男らしい体格をなさってますよね」
「ええ、これです」

 さすがにベテランらしく、写真からサイズまで言い当てた。予算も告げると、それだったらシャツからパンツ、ソックスや靴までコーディネイトできると言う。ここでひとそろい買おうかなという気になって、彼女とメンズファッションの話をしているのは楽しかった。

 平日の午後のデパートは空いている。特にメンズファッションとなると空いている売り場なのだろう。遠くのほうからさっきの志賀さんもやってきた。

「わかりました。総合格闘技のジュエル・鈴木さんでしょ」
「なんなんですか、志賀くん、いきなり」
「いや、さきほどこのお客さまが、鈴木さんが……」
「私は鈴木さんじゃありません」
「ジュエル・鈴木って、女子格闘技の輝ける宝玉だとか言われてる美人でしょ。真実味のないお世辞ね。なんなのよ、私のお客さまの邪魔をしないで」
「いやいや、あの、谷さんも失礼でしょうに」

 店員さんふたりがもめているので、私は言った。

「今、買ったもの、包装して下さい」
「まだ途中だったんじゃ……」
「もういいです。包んで下さい」
「……かしこまりました」

 あなたが妨害するから、と谷さんが志賀さんを睨んで、奥へと行ってしまった。デパートの店員さんって失礼なひとばっかりだわ、とぷんっとしながらも、とりあえずひとそろいは買えてよかったかな、と気持ちを切り替えて、食料品売り場にも寄って帰宅した。

「本庄さんは恭子さんのどこに恋をして結婚したくなったんですか。すべてかな?」
「美江子さん、そういう質問は……」
「ファンの方からのご要望ですよ。答えて下さいな」
「えとえと、特に彼女の作る料理が好きです」

 川上恭子との結婚が決まったと、ラジオで発表してくれたのはシゲちゃんと美江子さんだった。私の作った料理が好き、照れ屋さんのシゲちゃんらしいな、と微笑ましくて、あれからはいっそう料理に力を入れてきた。
 今日は遅くはならないと言っていたから、デパートで仕入れてきた食材でおいしいものをたくさん作ろう。今日はシゲちゃんが私に、つきあってほしいと言ってくれた記念日。シゲちゃんは忘れているだろうけど、私からのプレゼントとお料理を贈るの。

 そのつもりだったのに、十時になっても彼は帰らない。連絡もない。メールも送ってこない。またまた腹が立ってきたので先にごはんを食べた。

「嫌い、嫌い!!」

 十二時を過ぎてもシゲちゃんは帰ってこない。ますます腹が立ってきて、作った料理を一皿、ダストシュートに放り込んだ。やってしまってから後悔して、残りは冷蔵庫にしまい込む。大きな紙に太いサインペンで、嫌い、大嫌い!! と書いてテーブルに載せて、寝室に入った。

 寝つきのいい私は怒っていても簡単に眠ってしまう。デパートを歩き回ったのと怒ったのとで疲れていたらしく、ぐっすり眠ってしまって目が覚めたときには、朝になっていた。

「シゲちゃん?」
「う? あ、ああ、昨夜はごめん」
「そんなところで寝ていたの? いつ、帰ってきたの?」
「三時ごろだったかな。リハーサルが押しちまってさ……」
「ごはん、食べた?」
「冷蔵庫に入ってたの、食べてよかったんだろ」
「うん」

 寝室に置いてあるソファで、シゲちゃんはいじけてひとりで寝ていたらしい。三時に帰って食事をしてシャワーでも浴びて寝たのだったら、すこしの時間しか寝ていないはず。シゲちゃんは眠そうな顔をしていた。

「ごめんな。電話もメールもできなかったんだよ」
「……ううん、私のほうこそ、嫌いなんて書いてごめんね」
「いや、そんなのいいんだけどさ」
「もうちょっと寝てて。朝ごはんを作るから」

 それから、プレゼントもあるからね。夜には機嫌が悪くなっていたのが、眠り足りたのと朝の空気と、シゲちゃんの寝ぼけまなこが可愛いのとですっと醒めてしまった。いつまでも怒っているなんて恭子らしくないから、さあ、今日も張り切っていきましょうか。


END









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~ Comment ~

NoTitle

夢は覚めるもので、現実が待っている。
マリッジブルーみたいなものですね。
愛するのは現実であって、夢ではないということですね。
そこから折り合いをつけていくのが夫婦ってものでしょうが。
…結婚も面倒くさいな。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

結婚はメンドクサイ。
たしかに。

あんまり深く考えず突き進む。突っ走る。
そうしないと結婚なんかできませんよね、きっと。

NoTitle

なんだかんだ言って、お似合いの可愛らしい夫婦ですよね。
ごちそうさま、と言ってしまいたくなるほど微笑ましい。

そうか、恭子さんってそんなガッチリスポーツマン体型なんですね。
テニスプレーヤーでも細身の人はたくさんいるけど。
自分がガッチリタイプだと分かっていても、そんな格闘技系ばかり出されると、ぜったいムッと来ますよ。
ここの店員二人ともひどすぎる!
うちの長谷川さんならば、そう言われても「ぴったり」って思っちゃいますけど^^
あまり売れていないとはいえ、プロのシンガーとテニスプレーヤー。
一般人からしたら、憧れの夫婦だなあ。
なにはともあれ、フォレストの中では一番手堅い幸せを手に入れたシゲちゃんですね。
(あ、リーダーは?・・・)

limeさんへ

いつもありがとうございます。

このごろは変な奴を書くほうに気持ちを向けていますので、シゲ&恭子のカップルは一服の清涼剤と申しますか(^o^)
その分、店員さんたちは失礼ですね。お世辞のつもりで失礼なことを言う接客業のひと、いません?

フォレストシンガーズの他の四人はもてるんですけど、シゲだけが寂しい青春を送り、そのかわり、平凡な幸せはいちばんですよね。
この時点では彼らは二十代の終わりごろですから、リーダーが身を固めるのはまだだいぶ先です。

テニスプレイヤーと格闘技系と、ゴルファーの女性はごついと私は思い込んでますね。
テニスをやってた友人もたくましいですし、あのシャラポワさんも相当ごついらしいですし。

ああ、そうそう、長谷川さんは恭子よりもたくましいんですよね。
「あんたがシゲの奥さん? 筋肉質だっていうから期待してたけど、たいしたことないね。私のこの力こぶを見てごらん」
と長谷川さんに言われ、降参する恭子が目に浮かびました。

長谷川さんと腕相撲をしたら、シゲもシンちゃんも負けるのかな、
あとの三人はもちろん、完敗するんでしょうね。
「きゃあ、長谷川さん、強い!! かっこいい!!」
と騒いで、うるさい、黙れ、と怒られる幸生の図も浮かびました。

歌手とプロのアスリートの夫婦、たしかに一般人から見たら別世界の住人みたいですが、彼らは自覚がなくて、平凡、フツー、それがいいのよ、なんて言ってます。
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