別小説

ガラスの靴20

 ←FS過去物語「明日があるさ」 →96「今日からは」
「ガラスの靴」

     20・素性


 他の女はどう思うか知らないが……今どき、このタイプはもてるんだろか? とは思ったのだが、もてようともてまいとどっちでもいい。あたしの好みだ。
 とはいってもあたしは惚れっぽいほうだし、夫も子もいる身だし、そうでなくても軽率なふるまいはしない。じっくり観察しよう。

 打ち合わせで訪れていたレコード会社でそいつに出会った。自分で作曲した曲を持ち込んできている若い男。いい曲ではあるので、歌詞をつけてきみが歌ってデビューする? と打診すると、歌手になんかなりたくない、作曲家でないといやだ、と答えたのだそうだ。

 曲なんか持ち込んでも門前払いされるのが定石だろう。それを、歌手になれと言ってもらって断るとは。興味を持って彼を見にいった。

「葉月って苗字?」
「苗字は名乗りたくないんで、葉月とだけ」
「本名?」
「八月生まれの向日葵の花です」

 返答がずれ気味だが、アンニュイな空気をまとった彼には似合っていた。
 作曲家としての名前は「葉月」。中性的な男だからそんな名前も似合う。すらっと背が高くて男っぽさが少ない。世の中を斜めに見ているようなところ、若いくせに、たいしてなんにも知らないくせに、と苦労人の三十歳、主夫と幼児を抱えるロックヴォーカリストは思うのだった。

 一昨日おいで、と追い払うには、葉月の書いた曲が光りすぎていたらしい。会社の人間たちは相談中で、葉月は応接室に置き去りにされていた。なのであたしがかまってやってるってわけ。

「どんな曲? 歌ってみせて」
「新垣さんはロックのほうですよね」
「そだよ。桃源郷はハードロックバンド」
「俺の書く曲はあなたの好みではないだろうな」

 曲は好みじゃなくてもあんたは好みだ、とはあたしは言わない。あたしのポリシーは、あたしからは言い寄らない、である。女は男に告白されてなんぼだから。

 現扶養家族の笙だって、むこうからひと目惚れしたと言ってきた。子どもができたので結婚してやると言ったのはあたしだが、あれは特殊例だ。それまでにも何人もの男に告白され、あるいは、特に告白もされないで寝て、二度ばかり妊娠した。

 若いころには子どもも家庭も絶対にいらなかったので迷いもせずに中絶したが、三度目の妊娠はちょっとこたえた。二十六歳、もうそんなには若くない。三度も中絶したら子どもは産めなくなるかもしれない。子どもなんかほしくもなかったけど、二度と産めないとなると惜しい気もした。

 そうだ、発想の転換をすればいい。

 七つ年下の専門学校生、就職なんかしたくないそぶりの無気力美少年。あたしの過去のあれこれも知っていて、そんなアンヌさんってかっこいい、と本心から言う笙。
 ルックスがいいからと他のすべてに目をつぶって、女と結婚した男のミュージシャンはいくらでもいる。そのせいでじきに破綻したカップルもいるが、意外に長続きしている夫婦もいる。

 背が低いのはいやじゃないし、細っこいのも趣味に合っている。顔も好きなタイプ。その上に性格も、笙はあたしには合っている。こんな男と結婚したら云々と思うのは、彼を「夫」と見るからだ。

 出産はあたしがするしかないが、笙を主夫にすればいいではないか。笙は家事が得意ってこともないのだろうが、若くして結婚した女にはろくに料理もできないのは大勢いる。育児は慣れたら適当にできるだろう。笙を主夫にしてあたしが一般的な「夫」になればいい。

 そういう夫婦の形態を想像してみれば、笙がぴたっとはまった。
 可愛い顔をした可愛い性格の奴。ルックスだけでも好みに合えばラッキーなのに、性格だってあたしにはちょうどいい。あたしの金で浮気三昧、遊び放題だったら困るが、笙は顔のわりにもてないのでちょうどいい。女遊びをしない、過度な浪費はしない、のだから、多少のさぼりは大目に見てやる。

 年下の可愛い男と結婚して、あたしは寛大な妻になったのだ。
 その笙とだって、最初の告白は彼のほうからだった。今回は既婚者になったあたしの心を揺らめかせた男に、あたしのほうから告白なんてとんでもない。

 けれど、葉月はとてもとても気になる。
 こっちの仕事が終わったあとでも、葉月はまだ会社にいた。葉月を容易に手放したくはないが、どう扱えばいいのかわからない、会社サイドはそんな考えを持ったようだ。

「一応、保留にしておくんで、連絡したらもう一度来るようにって」
「そっか。じゃあさ、飲みにいこ。葉月の書いた曲、あたしにも聴かせろよ」
「だから、新垣さんの好みじゃなさそうだって……」
「うちの会社はジャズやクラシックのCDにも力を入れてるんだよね。おまえもそれでここを選んだんだろうけど、クラシックとジャズの両方のテイストを取り入れた曲だそうじゃん。あたしがロックやってるからって好みじゃないと決めつけんなよな。聴かせろ」
「……おまえって……」
「おまえ、年下だろ」

 不満そうに横目であたしを見る葉月の瞳に、くらっとしてしまった。

 ピアノのある店にしよう、俺の知り合いの店でいいかな、と葉月が言い、案内してくれた。
 「ハーフムーン」という名の小さなジャズバーとでもいうのだろうか。葉月はこの店で時々バイトするのだそうで、オーナーらしいのは中年女。凄艶な色気をたたえた目で葉月を見、敵意がこもっているような目であたしを見ておざなりな挨拶をした。

 しばらくふたりで酒を飲んで話していると、オーナーが声をかけてきた。

「葉月くん、この方はあなたのなに?」
「なにって……」
「そうよ、なに?」

 横から口をはさんできたのは、別のテーブルで飲んでいた若い女のふたり連れだった。他には客はいない。

「失礼だけど、このひと、葉月くんを呼び捨てにしたりおまえって呼んだり……」
「お仕事の先輩とかなの?」
「お客さんにこんなことを言うのもなんだけど……」
「下品ってか、女らしくないひとだよね」

 誰からでも言われるのであたしはなれっこだ。三人の女に葉月は苦笑を向けた。

「俺はこのひとのおかげでプロの作曲家になれそうなんだ。仕事のためになる女性だから、俺は彼女と結婚するつもりなんだよ」
「えーっ?!」
「そんなぁ……」
「ああ、そうなのね。でも、いいわ」

 こら、いきなりなにを言い出す、勝手に決めるな、と言いたい気分ではあったのだが、葉月にはなにしから意図があるのだろうから、あたしは静観していた。若い女たちは金切声をあげ、オーナーは訳知り顔でうなずいた。

「仕事のためにそれほど愛してるわけでもない女と結婚するのよね。あたしは二番目でもいいわ」
「……じゃあ、私、三番目」
「私は四番目?」
「っていうのか、葉月くん、他にも女がいるんじゃないの?」
「二番目は誰?」
「結婚してる相手だからって、一番とは決まったものじゃないよね」

 ふーむ、この女たちは本気で言っているのだろうか。葉月は謎めいた微笑を浮かべて席を立ち、ピアノに向かった。女たちが黙って葉月に注目する。
 細く長い指先が紡ぐのは、葉月のまとった空気にぴったりのアンニュイな曲。プロのロッカーが聴くと一般的な売れ筋ではなさそうだが、心に響いてくる曲だった。

「……いいね」
「しっ!! 黙ってよ」

 えらそうにオーナーに命令されて、あたしはひとことだけで口を閉じた。
 この曲には歌詞はないほうがいい。聴いたひとが好きに解釈してメロディとだけたわむれればいい。葉月に才能があるのはまちがいないが、声もルックスもいいから歌手にしたいと考えたレコード会社の思惑もわかる。それであちこちでもめて、プロにはなれずにいたのか。

「アンヌさん、行こうか」
「ん? ああ、いいよ」

 行っちゃうの? あたしも行ったらいけない? 女たちは一様に切なそうに葉月を見る。葉月はひとりひとりの頬にキスをしてから、店を出ていった。

「なんのつもりだ、おまえ?」
「いやぁ、素性って親に似るもんだよね」
「素性?」
「おいたちというのかな、成育歴みたいなもん。親父に似てきたなぁって我ながらおかしいんだよ」
「おまえの親父か?」
「うん」

 こんな話は外を歩きながらのほうがいいと呟き、葉月はゆっくり歩を進めていた。

「俺の親父はもてるんだって自分で言ってたよ。学生時代から何人もの女とつきあったのは、たいていがむこうから告白されたんだそうだ。そんな中、大学のときにはじめて親父が好きになった女が、イギリス文学の研究者。彼女には本気になって結婚したいと思ったそうなんだけど、逃げられた」

「イギリス文学なんか研究してたら、そりゃあイギリスに行きたいよな。彼女も留学したりもして、親父のプロポーズにうなずいてくれなかった。仕事のほうが楽しかったのもあり、実は親父みたいな男と結婚なんかしたくなかったのもあったのかもしれない。彼女につめたくされたのもあって、親父は別の女とつきあうようになったんだね」

「そっちの女はかなり年下で、子どものできない体質だったらしい。ちっぽけで哀れで愚かな女だと親父は言ってた。親父が本気で愛したイギリス文学の彼女に、結婚したいんだったらその女としろってそそのかされて、イギリス文学がちっぽけな女をたきつけたのもあって、結婚して下さいって言われちまったらしいんだな」

「ちっぽけな女を救済する意味で、親父は彼女と結婚した。イギリス文学の彼女ともつきあいは続けていたそうだし、他にも彼女ができたんだけど、妻をうまく言いくるめ、妻も反論もせず特に嫉妬もせず、三角どころか四角、五角くらいやってたそうなんだよ」

「そのうち、ひとりの女に子どもができた。その女はいわゆるキャリアウーマンで、不倫っちゃ不倫なんだけど、親父の奥さんも公認だし、奥さんも喜んでるし、結婚はしないで認知だけさせて、って形で出産したんだ。生まれた子どもが葉月だったんだよ」

「昔々だったら、二号の子ってところだよね。親父もおふくろも正々堂々としてて、俺は親父の奥さんにもたまには会ったよ。四人で遊園地に行ったこともある。小さい俺は親父の奥さんと下で見てて、親父と俺のおふくろがジェットコースターに乗ってた。葉月くんのお母さんって勇気あるわねって、おばさんが言ってたのを覚えてる」

「それからはおばさん、つまり親父の正妻には会うこともなかったんだけど、中学生ぐらいのときに会いにいったんだ。向日葵が咲いてたよ。私は太陽みたいな主人のほうだけを見て、一生懸命に生きてるこの花みたいなものよ、っておばさんは笑ってた。向日葵みたいな笑顔だった。それから俺は、向日葵は大嫌いになったんだ。俺は八月生まれだから葉月、夏は嫌いだな」

「ってな話を曲にしてみたってわけ」

「親父を軽蔑したとか、おふくろを複雑な目で見てたとかもあるよ。女性不信もなくはないけど、男性不信もあるな、引いては自分自身不信。そんな気持ちの人間も少なくはないんだろな」

「で、俺は親父と似た境遇になっちまった。親父はもてたっていうのとはちょっとちがうんだろうから、俺ももててるわけじゃないね。親父のナンバーワンって俺のおふくろなのかな。俺がおふくろと暮らしたマンションを出てしまって寄りつかないから、あの三人、他にもいるのかもしれない女がどうしてるのかも知らないんだけど、近くに住んで和やかにやってんのかもしれない」

「心底そんな境遇が平気な人間もいるのかもしれないから、いいんだけどね。大人になった俺に近づいてくる女はいっぱいいて、めんどくさいから、俺には好きな女はいるんだって答える。そしたら、二番目でもいいって女がけっこういるんだよね。そんな女たちとも何度かつきあってみたよ。俺って親父と同じようなことしてるな。なんて思うと可笑しくて笑うしかないんだな」

「けど、俺は結婚してないだろ。何人もの女と並行してつきあうんだったら、どれが一番、二番って順位はつけにくい。結婚してたら普通は、奥さんが一番だよね。そのつもりで、さっきの店ではああ言ってみたんだ」

 淡々と話す葉月の生い立ち。そんなのって本当かよ? 疑わしいと思ってしまうのだが、作り話だったらもっと上手にリアリティを持たせるだろう。
 すると、本当なのか。そんな想いのあれこれを、先ほど聴かせた曲にこめて作ったのか。

「めんどくせぇ男だな」
「ふふ」

 薄く笑っているだけの葉月にキスしたくなってきた。このあと、ホテルに行ってもいい気持ちにもなってきた。あたしには扶養家族がふたりもいるんだよな……そんな身で、昔の男だったら甲斐性だといわれたかもしれない行為をしてみる。それも一興かもしれない。

 夫と子がいる身だからではなく、あたしはそんな俗っぽい行為をしたくないという気持ちもある。どうせだったらこの気持ちを別のほうに表現したい。ロッカーとしてはそのほうがふさわしいはずだけど。

つづく






 
スポンサーサイト


  • 【FS過去物語「明日があるさ」】へ
  • 【96「今日からは」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS過去物語「明日があるさ」】へ
  • 【96「今日からは」】へ