ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS過去物語「明日があるさ」

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フォレストシンガーズ

「明日があるさ」

 
 いいなぁ、うらやましいなぁ、なんで俺にだけは……どうして? と、仲間たちを羨望のまなざしで見つめたことは幾度となくある。

 恋をしたことがないとは言わないが、二十二歳になるまで、恋が実った経験はない。これからだよ、と乾さんは言ってくれるけど、今までが今までだけに、これからに希望なんか持てない。シゲさんって好みがけっこううるさいんじゃないの? と幸生に言われたこともあるが、そうだろうか。

男なんだから、好みの女性のタイプというのはある。みんなでわいわい、理想の女性像を語り合っていたときには、メンバーたちも言っていた。

「俺は背が高いとか低いとか、細いとか太いとかはどっちでもいいんだよ。極端な体型をしてなかったらいいんだ。俺よりも小さかったらそれでいいかな。中身にもそれほどこだわりはないけど……女っぽすぎるのは苦手かもしれない」
「そりゃあね、リーダーよりもでかい女ってのはね……わかりますよ」

「俺は……理想論だけでいえば、わりに小さめの可愛いひとがいいな。可愛い感じだったら太っていても、ほっそりしていてもいいよ。全体的に可愛らしくて清楚で、きちんとした躾を受けてきた女性がいい」
「躾がなってなかったら乾さんが躾けるとか?」
「俺に躾なんかできると思うか?」
「できると思います」

「俺は背の高い女はいやだ。太ったのもいやだ。美人でなきゃいやだ。性格は少々きつくてもいいから、おっ、いい女だな、って思わせるような外見をしてなきゃ、口説く気にもなんねえよ」
「てめえの面を見て言え、とは章には言いづらい……むにゃむにゃ」

 いちいち、熱心に反応していたのは幸生である。で、そういうおまえは、幸生?

「俺は猫娘がいいなぁ」
「猫型美少女か? おまえ、アニメおたくだっけ?」
「猫が人間に変身したらこうなった、ってタイプが好きなんだよ」

 なんとなくはわかるが、幸生の言うことはいつだって俺には不可解だ。
 で、俺? 俺は章とは逆で、気のきつい美人はいやだ。どちらかといえばぽっちゃりやわらかそうな、性格も丸い感じの女の子がいい。優しくてあったかで、俺だけを好きになってくれる女の子だったら、贅沢なんか言わない。俺は好みがどうこう言える立場ではないのだから。

 そうはいっても、あのタイプは俺には向かないな。向かないというのか、むこうが相手にしてくれないというのか。相手にしてもらわなくてもいいというのか。
 
 足の向くままにジョギングしていたら、章のアパートの近くまで来ていた。このあたりには安くてうまいパン屋がある。夕方なのでクローズ間際セールをやっていないだろうか。安い食パンや惣菜パンを買おうかと、そっちのほうへ走っていこうとした。

「待てよ、スー」
 この高い声は章だ。スーというのは俺はまだ会ったことのない、章の彼女だろう。一度連れてこいと本橋さんが章に言ったのだが、スーちゃんが拒否して大喧嘩になり、ひっかかれた章がひどい顔をして本橋さんのアパートにひとりでやってきたことがあった。

 ほっそりしていて背は低く、気の強さが表情にあらわれているような美人だ。話だけは章から散々聞かされているので、彼女が章のいたガールズロックバンドのベーシストだとは知っている。半同棲しているらしいのに、章は彼女の本名を知らないとか、知っているけど言ったら怒られるとか言っていた。

 いかにも章の好みそうな女の子は、たったっと走っていく。うしろから章が追いかけてきても、待てよ、と言われても立ち止まらずに走っていく。章は俺にはまったく気づかず、スーちゃんを追って小学校の中に入っていった。

 なんだって小学校? どうもここだと邪魔が入らずに話ができるからだったらしい。険悪そうな空気だったので、俺もパンは諦めてそっとふたりについていった。

「なにをそんなに怒ってんだよ」
「あんたのやることなすこと、信じられないんだよっ」
「ジンギスカンがいやだったら、ラムがいやだったら……って、せっかく買ったんだぞ。せっかく俺が野菜を切ったりもしたんだ。もったいないだろ」
「だから、ひとりで食べたらいいんだよ」
「おまえと食おうと思って……」
「あたしは食いたくねえんだよっ!!」

 鈍感な俺ではあるが、スーちゃんがなぜ怒っているのか、わかる気がした。ジンギスカン、ラム。北海道生まれの章にとっては焼き肉はそっちがスタンダードらしいのだが、うちのメンバーだと牛肉だ。カントリーギャップのようなものを感じたことはあった。
 
 関東出身のスーちゃんに章が作ってやったジンギスカンが、彼女の口には合わなかったのか。食べもののことならば、俺にも勘が働く。
 そんなつまらないことで……と笑うのは簡単だが、徐々にできていった溝があるときがたんと決定的になるって場合もあるらしい。乏しい経験から、俺も想像してみていた。

「どこかへ別のもの、食いにいく?」
「いらねえよ。あたしは帰る」
「俺ひとりではジンギスカンは食い切れない……」
「みみっちいよね。貧乏人はこれだからいやなんだ」
「……貧乏は承知の上だろ。スー、戻ろうぜ」
「いやだ。あたしはあんなもの、食いたくねえんだよっ!!」
「……そうか。勝手にしろ」

 食いたくねぇ、だなどと女性にはあるまじき言葉遣いのスーちゃんは、俺の好みのタイプではない。だけど、こんな美人とつきあってるってうらやましいな、とも思う。この険悪な喧嘩は……しかし、そのうち仲直りするんだろ。

 物陰に隠れて、俺は息を殺していた。女性とのこんな喧嘩も、俺はしたことがない。その方面はすべてに経験不足だから、俺は人間的な重みも足りないのか。俺って一生、こうなのかなぁ。
 怒った顔の章も走っていってしまい、スーちゃんは振り向きもせずに去っていき、俺もため息をひとつついて俺のアパートに帰った。

「章、スーちゃんと別れたみたいですよ」
「そうなのか?」
「それでね、俺は章のために詞を書いたんです。章に曲をつけろって言ったから、他に考えることができて哀しいのはまぎれてるかもね」
「そっか。いい歌になるといいな」
「なりますよ」

 やはりそうだったらしくて、幸生が本橋さんと乾さんに話しているのを聞いた。 
 恋愛経験はなくもないのだから、俺にも失恋経験だってないわけじゃない。けれど、俺の恋はどれもこれもが浅かったから、傷だって深くはなかった。

 章、これでスーちゃんとはさよならするのか? 修復は不可能なのか?
 取っ組み合いのひっかきあいの殴り合いの、ものの投げ合いのって、俺は姉とすらやったことのない激しい喧嘩をしていたおまえとスーちゃんの恋は、さぞかし深かったんだろうな。

 あのときのおまえの顔、俺は忘れられないよ。
 とってもとっても、彼女を好きだったんだろ? そんなに好きだったんだから、捨てられたおまえの心の傷はたいそう深いんだろ? 乾さんだったら言うんだろうか。

「失恋を糧にしていい曲を書け。ミュージシャンとして成長しろ。男としても成長しろ。なにもかもをこやしにしなくちゃ」

 経験者はそう言うかもしれないが、俺はそこまでの深い恋も失恋もしたことがないから、よけいに思う。章、かわいそうにな……かわいそう、とは言われたくないだろうから、心で歌うしかない。

「明日があるさ明日がある
 若い僕には夢がある
 いつかきっと いつかきっと
 わかってくれるだろう
 明日がある 明日がある 明日があるさ」

 そうだよ、おまえはもてるんだろ、章? また新しい恋人が見つかる、明日があるさ。きっと俺にも……とついでに希望を持っておこう。


SHIGE/22歳/END





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