企画もの

茜いろの森五周年です

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五周年記念&御礼

一年前に四つ葉のクローバを書いてから、当然ながらまた一年が経過しました。

みなさまのおかげを持ちまして、この、宇宙の辺境にある離れ小島の極貧過疎の村にある秘湯ブログも五周年を迎えることとあいなりました。

まことにまことにありがとうございます。
今後ともなにとぞなにとぞ、ご愛顧、並びにお引き立てのほどをおん願い奉り候、でございます。
_(._.)_


「五つの貝がら」

1

 生まれてはじめて海を見た、孫の隆也、五歳。

「海って青いね」
「海は青いものと決まってるんだよ」
「……空も青いね」
「空も青いものだと決まってるね」
「お天気が良くないと空は青くないよ」
「お天気が良くない日は海も青くないんだよ」
「ふーん、そっか」

 五歳児にしては思慮深い表情をして、隆也は空を見上げたり、海を見つめたりしている。この夏には泳ぎに連れていってやろうかとも思ったのだが、真夏の日差しは老人に近い年頃になっているさな子には強烈すぎる。

 よって、九月になってから連れてきてやった。

 父親も母親も仕事が忙しいから、同居している母方の祖母であるさな子が隆也の育児を引き受けた。去年の春に幼稚園に入った隆也は、徐々に見聞を広げていくべき年頃だ。ひとつ、またひとつと、新しいものやことを経験させてやるのも、保護者のつとめだった。

「海が哀しくなると、空が泣いちゃうのかな」
「……あんたはあの詩人の息子だけあって、詩的だね。だけど、それってそれほど斬新でもないよ」

 しらとりは、かなしからずや、うみのあお、そらのあおにも、そまずただよふ。

若山牧水の有名な歌を口ずさむと、隆也も真似をして口ずさむ。

 詩人とは隆也の父のことだが、さな子の中では詩人イコール変人である。あの父親の息子なのだから、隆也も変人に育つ可能性はおおいにあるわけで。
 たったの五歳でセンチメンタルな歌を聴いて、わかったような顔をして自分の中で消化しようとしているらしき隆也が、可笑しいやら心配になってくるやらで、さな子はかがんで貝殻をひとつ、拾った。

「綺麗だろ。隆也ももっと探しておいで」
「うん」

 ああして駆けていきながらも、小さな孫は小さな頭の中を、どんなことでいっぱいにしているのやら。


2

 いっぺん、ナンパというものをしてみたいと、幸生はチャンスをうかがっている。
 小学校の五年生、十歳。十はtenだからティーンではないのか。十代にはなっているのだから、ティーンエイジゃーの仲間入りをしたと言ってもいいのではないか。

 今年も父と母と妹たちとの五人で、夏休みは恒例の家族旅行になった。

 九月になって、もう子どもじゃないんだから、叔父さんの家にひとりで遊びにいかせてほしいと言ってみたのだが、父も母も駄目だと言う。知らないところに行くのではなくて、小さいころからよく遊びにいっている、湘南の叔父の家なのに。

「夏休みにも行ったんだから、大丈夫だよ」
「小学生にはひとりで行くのは早すぎるわ。遠すぎるのよ」
「遠くないよ。ひとりで行けるよ」

 いくらねだっても駄目だったのだが、九月の日曜日、父が幸生と妹たちを鎌倉へ連れてきてくれた。ひとりで来られたらナンパ、やってみるのにな、がっかり、ではあったのだが、むろんそんなことを口にはしない。

 口にしようものなら、妹たちの総攻撃と、父のげんこつは必至であろう。

 中学生になったらひとりで叔父さんの家に行けるかな。そしたらナンパ、してみられるかな。なんでそんなにナンパなんかしたいんだよ? 断られたら恥かくじゃん、と学校の友達は言うのだが、幸生にとってはそれが大人への第一歩だという気がしていた。

「お兄ちゃん、見て、こんな貝がら、拾ったの」
「お兄ちゃんにもあげるよ」

 妹たちが寄ってきて、桜いろの貝がらをくれた。こんなもん、いらねーよ、と言ったら父に叱られるので、気のない返事をしてもらっておく。

 あーあ、これをくれたのが可愛い女の子だったらな。雅美も輝美も女の子ではあるけど、女の子であって女の子ではない「妹」なんだから、つまんねーな。ひとりになりたい……ひとりで行動したい、幸生はただただ、早く大人になりたかった。


3

春になれば名古屋の大学生になるから、私が三重県の我が家で暮らすのはもしかしたら最後になるのかもしれない。高校の卒業式もすみ、弟の中学校の卒業式も終わると、引っ越すまでの日が秒読み段階になってきた。

「繁之、伊勢へおいしいものを食べにいこうか」
「姉ちゃんがおごってくれるんか?」
「バイトの給料もらったから、おごってあげるよ」

 ちょっと迷ったようだが、繁之は行くと答えた。
 十五歳になったばかりの男の子は、姉となんかは出かけたくないのが普通かもしれない。私だって彼氏がいたら弟となんか出かけたくはないけれど、というか、弟とふたりきりですこし遠出をするのも最後になるのかもしれないのだから、いくぶん感傷的になっていた。

「なに食べる?」
「なんでもええ?」
「あんまり高くないもんをね。それでなくてもあんたはよう食べるんやから」
「そうやな。高くなくて量のあるもんがええな」

 伊勢志摩には海の幸も松坂牛も、おいしいものがいっぱいある。豪勢にやろうと思えば、ふたりで十万円コースだってある。いや、もっと高いのもあるだろうが、十八歳と十五歳の姉弟はお酒は飲めないので、そこまで高くはつかないかもしれない。

 予算はこれくらい、と囁くと、弟はうなずいた。
 学校に行くときには母が作ったり、私が作ったりする弁当。休みの日にはインスタントラーメンやカレーや食パン、たまには外出してハンバーガーを食べたりもする。そんな田舎の庶民ランチがたいていの私たちは、伊勢で豪華版の昼ご飯となると目移りして、迷ってばかりいた。

 結局は海鮮丼が名物の大衆的な食堂に入り、私はひとつ、弟は三つも丼を食べた。食事がすむと、腹いっぱいだーっ、と嬉しそうに言う弟に提案してみた。

「せっかく海の近くにいるんだから、海辺を散歩しようか」
「うん、腹ごなしやな」

 素直にうなずいた弟を連れ、砂浜を歩く。海水浴シーズンではないので、海辺も静かだ。
 高校では英語クラブに入っていた私は、去年の夏休みに英語合宿だなんてものに参加して、他校の生徒たちとも知り合った。合宿中は日本語禁止だったから、まともに喋れなくて、無口になっている生徒が多かったっけ。私も例にもれず、言いたいことを上手に英語にできなくて黙りがちだった。

 よその学校の男子が帰ってからくれた手紙に、合宿中には言えなかったけど、文通しませんか、と書いてあった。一度だけ彼とデートして、地元のお祭りに行った。私は母に浴衣を着せてもらい、あ、可愛いな、と彼に言われてうつむいた。

 日本語会話が解禁になっても、上手に喋れなかった田舎の高校生たちは、三年生になると受験勉強が忙しくなってきて、文通さえも途切れがちになって自然消滅。そんなの、よくある話だ。

 二、三歩前を歩いている弟にも、中学校時代にそんな想い出はあるのだろうか。オクテのようだから中学生だとなかったにしても、高校生になればあるかもしれない。
 ふと、繁之が立ち止まって身をかがめ、なにかを拾って私に差し出した。

「これ、綺麗や。やろか、姉さん」
「……貝がら? ほんまに綺麗……彼女ができたらあげたら?」
「彼女なんて……」

 そんなもん、俺にはできない、って言いたいの? あんたっていかにももてなさそうだけど、そんなシゲくんでもいいよって言ってくれる女の子はきっといるよ。時間がかかったとしてもきっといるよ。そんな子が見つかったら、その子にあげなさい。


4

 二十歳の夏には海辺でイベントがあり、俺はジギーのアキラとして主役のひとりになった。あの夏はもてもてで、楽しかった。楽しかったとしか言いようがないほど楽しかった。

 夏がすぎ、秋がきて、ジギーには飽きが来ちまったのか、冬になった今は俺はジギーのアキラではなくなり、ひとり、寂しく海辺を歩いている。
 つきあってくれる女の子がいないわけじゃない。ロックバンドのヴォーカリストではなくなっても、俺はもてる。バイト先の居酒屋のバイト仲間の女の子たちが、俺を取り合っていがみ合ったりもする。

 ちびだけど、章は顔がいいからな、と男どもは言う。
 けっ、顔だけの男なんか最悪、と言う奴もいる。
 そんな奴はひがんでいるわけだが、顔だけの俺なんて最低だとは本人の俺も思う。たまにはすっきり女っ気なしで、海でも見にいこうかな、なんて気になって、ひとりでやってきた。

 成人したんだよな、俺も年齢だけは大人の仲間入りで、酒も煙草もおおっぴらにやれるようになった。もっとも、酒も煙草も十八からやっているが。

 ジギーに誘われて大学をやめ、親父に勘当されて仕送りをしてもらえなくなった。金には困りっぱなしだったけど、ファンの女の子が酒代を払ってくれたり、さしいれをしてくれたりもしていた。なによりも、ロックをやっていられたら貧乏もさしてつらくなかった。

 いちばん大切なものをなくした、俺はこれからどうするんだろ。
 足元に小さな貝がらがあるのを見つけて拾って、てのひらに握りしめる。ぐーっと力を入れて砕いてみようとする。けれど、小さいせいなのか貝がらはこわれない。
 俺の夢もこんなふうに、はかなそうに見えて容易にはこわれないのか。そうだったらいいな、そうだったら……どんなにいいか。
 

5

 ようやくフォレストシンガーズがデビューしたのは、本橋くんと私と乾くんが二十四歳の初秋。あれから一年近くがすぎて、私たちは二十五歳になった。

 台風が接近しているらしき沖縄離島で、昨日までは仕事があった。ゴージャスなホテルのオープニングセレモニーのメインアクトは人気歌手のセシリアさん。フォレストシンガーズはその前座という形で、それでも歌わせてもらえるのだから大喜びだった。

「あの、はじめまして、フォレストシンガーズのマネージャーの山田美江子と申します。新人ですが、一生懸命努めますので……」

 仕事がはじまる前にセシリアさんに挨拶にいき、むこうのマネージャーさんに本人に引き合わせてもらった。とびきり美人の彼女の前に立って緊張全開で頭を下げ、顔を上げたら彼女の姿は消えていた。

「もういいでしょ。セシリアさんは忙しいんだよ」
「はい、ありがとうございました」
「ミスるなよ、とちるなよ、ちゃんときみの担当歌手たちに言っとけよ」
「わかりました。でも、彼らはとちったりは……」

 しません、と言う前に、マネージャーさんも消えていた。
 デビューしてから一年もたっていない、まるで売れてもいないシンガーズの扱いなんてこんなもんだよね。ちゃんと歌えたらそれでいいんだ。

 本番の日には台風はまだ遠かったし、ちゃんと歌えたからそれでいい。あとは帰るだけで、その前にこの島で休暇をすごしてもいいと言われてるんだから、こっちはまだ夏なんだから、みんなで泳ごうと楽しみにしていた。

 なのに台風って、ついてないね。
 肩をすくめて、砂浜に腰を下ろす。周囲を見回すと貝がらがいくつもいくつも。この貝がらを五つ拾って、今回の旅の記念にしようか。

 アルバムにフォレストシンガーズの写真とともに貼って、五年、十年と経ってから見返したら、彼らは、そして私はなにを想うんだろう。

「ほら、この貝がら、セシリアさんの前座をやった沖縄の離島で拾ったのよ。台風が近づいてて海が荒れてたのを覚えてるでしょ? シゲくん、あの民宿の娘さんが好きだったんだよね。ああ、みんな若いね。私だって若々しいわ。幸生くん、なんだって? 美江子さんは三十過ぎても若いですよって。そうだよね。そうあらなくちゃ」

 ポジティヴな想像をして、ひとりでふふっと笑ってみる。五年ののちにはフォレストシンガーズは人気グループになっていて、私はマネージャーを続けていて、みんなにこんなふうに言うんだ。

「本橋くんもまだおなかは出てないよね。乾くん、このときには今の奥さんともうつきあってた? 章くんは機嫌がよくなくて、私に八つ当たりしてたって覚えてる? そうだ、今度出す写真集にこの写真も載せようか。売れてなかったころのフォレストシンガーズの写真って貴重よ」

 ね、あのころはつらいこともあったけど、すぎてしまえばみんなみんな楽しかったよね、それもこれも、フォレストシンガーズがスターになったおかげかな。
 みんなで言い合って笑い合いたくて、私は五つの貝がらをそっとポシェットにしまい込んだ。

END








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~ Comment ~

NoTitle

5周年おめでとうございます~~~!!
!(^^)!

5周年までなると長作になりますね。
これからも回らせていただきます。
よろしくお願いします。

おめでとうございます

私と10日ほどしか変わらないんですね。改めて不思議な縁を感じます。
遅筆な私には真似できないほど、巧みにいろんなSSを日々生み出されてるあかねさん。
その発想力がうらやましいです。

今回は、メンバーの幼少期がためかな?とおもったら、貝殻しばりだったのですね^^
とても良かったです。
私的にはやっぱり5歳の乾君ににまにまです。
かわいいなあ~、こんな詩的な事を言っちゃう5歳児。
でも、ちょっと心配になってしまうおばあちゃんの気持ちも分かる。
いつか、他の皆の幼少期も見てみたいですね。
乾君ほどの変人っぷりは、まだないかな??

LandMさんへ

ありがとうございまーす。
LandMさんがいっぱいコメントを下さるようになって、本当に励みになっております。

無駄に数だけはたくさんありすぎて、どれから読んだらいいかわからない、と時々言われます。
おススメは? と訊かれて、フォレストシンガーズと答えても、フォレストシンガーズが特にいっぱいありますし。

そんな中、たくさん読んで下さるLandMさんがいらっしゃるのはとーっても嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。

limeさんへ

ありがとうございます。
五周年記念文をアップするのが遅れてしまったのですが、ブログを開設したのはたしか、2009年9月24日です。
たぶんlimeさんより一週間ほど後じゃないでしょうか。

ほぼ同じ時期に、小説ブログを開設していたのですね。
limeさんとは縁があるのかなぁ。
きゃああ、嬉しいな。

でも、小説ってやはりりlimeさんのように、じっくり考えて練って、じっくり書くのが正しい姿勢だと思うのですよ。
私は石橋を叩きながら走って渡るタイプでして、小説を書く場合は特にこうしかできないので諦めてますが、ネタさえあれば書くのは早い分、クオリティが低いですもの。

五歳の隆也ににーまにましていただいたそうで、嬉しいです。
さなこばあちゃんはよその祖母よりは孫に責任をもってますから、こんなガキは将来が不安でしょうね。

limeさんからリクエストをいただいたことにしまして、次の企画ものは彼らの幼い日、決定です。
またネタもお待ちしておりまーす。

これからもなにとぞ、よろしくお願いします。

拍手コメントありがとうございます

いつもお忙しいと思いますが、ぼちぼちがんばって下さいね。

なんだかだ、五年って早いですよね。
Oさんとお知り合いになれて、また世界がちょっと広がったと思えます。
そういえば私の書いた「半にゃ」じゃなくて「ハンニャ」の男の子の名前、マコだったんですよ。
偶然ですが、自分でびっくりしています。

拍手とコメント、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。

NoTitle

遅ればせながら~、ってドンだけですが、頭の片隅にはずっとあったのです。
五周年(と一ヶ月ぅ ^^;)、おめでとうございます^^

五つの貝殻がしゃりしゃり(?)してて良いですね。

いあ、5年という期間もさることながら、あかねさんの速筆なところも凄いっす。
早いだけでなく、ちゃんといつも5人のストーリーを抱えていらっしゃる。
毎回5人それぞれのストーリーに、あかねさんの5人への愛が深いのだろうなあと感じます。

フォレストシンガーズがこれからスーパースターになっていくのを楽しみにしています。

けいさんへ

コメントありがとうございます。

けいさんはご旅行だったのですものね。
いつでもどこでも、コメントいただけるのはとーっても嬉しいです。

書くのが早いのはまちがいないとは思うんですけど、もうほんとに、フォレストシンガーズが書きたい、だけで続けていますので、クォリティが低いのが問題ですね。

ワンパターンなのもありまして、読んで下さっていた方に飽きられてしまうらしいのが悩みの種でもあります。
なんだかだ、ぼやいてますが、それでも書きます。
書きま~~す!!

彼らが売れるのは母の私としては嬉しいのですが、顔と名前を知られると不自由ですよね。
そのあたりもちょっと悩みの種で、でも、たぶんもはや彼らがスターになれるのかどうかは、私が決めることじゃないような気もします。

これからも見守ってやって下さいね。

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