ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS過去物語「「Tragedy」

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フォレストシンガーズ

「Tragedy」


 練習の予定は聞いていないがお天気もよくて気持ちがいいから、ウォーキングがてら公園に行こう。本橋くんのアパート近くの駅よりもふたつ手前で降りて、桜の花が咲いている道をゆっくり歩いていった。

 遠くからでも目につく、あの大きな男性は? ひょっとしたら? 近づいていくにつれ、彼の際立った大きさに圧倒されそうになる。百九十センチ近いと聞いてはいたが、筋肉もりもりマッチョなので、より以上に大きく見えるのだろう。
 プロレスラーか砲丸投げの選手か、といった感じの彼は、おそらくまちがいなく本橋真次郎の兄さんだ。しかし、どっちの兄さんだろうか。

「あのぉ、もしかして……」
「ああ? もしかして……?」

 ふたり同時に、本橋くんのお兄さんですか、山田さんかな、と声に出し、同時にうなずいた。

「やっぱり。お噂は思い切りかねがね聞いてるんですよ。お兄さんにお会いしたらきっと開口一番、こうおっしゃるだろうとも聞いてます」
「俺は栄太郎か敬一郎か、どっちだ? でしょ。俺も真次郎や乾から、あなたの噂は聞いてるよ」

 どんな噂をしているのか知らないが、大きな身体に柔和な目をした兄さんは、私の中で固まっていたイメージに近いひとだ。

 本橋真次郎には七歳年長の双生児の兄がいる。真次郎がものごころついたときには小学生だった兄さんたちは、空手をやっていた。真次郎も大きいほうだったらしいが、兄さんたちはとてつもなく大きく、とてつもなくよく食べて、とてつもなく大柄な青年に成長していった。

「シゲはよく食うよな。けど、うちの兄貴たちには負けるだろ」
「山田も女にしちゃよく食うけど、おまえは俺の分までは食っちまわないから、一緒にメシ食ってても兄貴たちがいるときのような心配はしなくていいんだよな」
「乾も幸生も章も、おまえらそれでも男か。ここに兄貴がいたら、どやされるぞ。それっぽっちしか食えなくて、大物になれるかってな」

 特に食べものがからむと、本橋くんの口からは兄貴、兄貴が出てくる。彼はご両親よりも兄さんたちに主に育てられたようなものだから。なにかといえば、章くんは弟、幸生くんは妹、シゲくんは姉さん、本橋くんは兄貴、乾くんはばあちゃん、なのだ。

「んで、おまえは、私が、私は、だよな」
「そんなに私、私って言ってる? 私って自己中?」
「それだけ自我が確立してるってことさ」
「乾、おまえはまったく口がうまいよな」

 そんな会話も思い出しながら、栄太郎さんか敬一郎さんか、どちらの兄さんなのかを当てようと推理していた。兄さんは公園のベンチにすわり、風呂敷包みをほどいた。

「うちのカミさんが差し入れにって作ってくれたんだけど、今日はあいつら、来てないみたいだな」
「私も差し入れ、持ってきたんですけど、練習するのかどうか、たしかめてなかったんです。来ないのかしらね。私のは軽いんだけど、お兄さん、召し上がりません?」
「ここでふたりで花見をしようか」

 公園にも数本の桜が咲いている。風呂敷包みの中身は海苔巻きのお寿司で、私のはロールパンサンドイッチだ。私の魔法瓶にはカフェオレが、兄さんの水筒には日本茶が入っていて、昼下がりのおやつタイムになった。

「ミエちゃんって呼んでいいかな」
「はい、どうぞ。私は……お兄さんでいいですよね」
「いいよ。どっちだかわかってないんだろ? ま、ゆっくり考えて。それでさ、乾も真次郎も言ってたよ。ミエちゃんの料理は上手だって。前にヒデって奴も言ってたな。美江子さんの餃子が最高だって。章も……美江子さんの作る卵焼きは絶品だって。幸生も言ってたよ。おふくろの味よりも美江子さんの味のほうがいいなぁ、だったな」

 章は……のあとで間が空いたのは、悪口を言っていたからなのかもしれない。兄さんはヒデくんをも含めて、フォレストシンガーズのみんなに一度は会っている。私だけが今まで会えていなかった。

「うん、この卵ロール、うまいよ」
「ゆで卵をマヨネーズで和えただけですよ。この海苔巻き、すごーくおいしい」
「カミさんの得意料理だからな。俺も手伝ったんだ」

 女は料理を褒めておけばいい、と思ってる? 乾くんにだったら議論を吹っ掛けるかもしれないが、ここはひとまずおとなしく、嬉しそうにしておこう。

「桜って綺麗だけど、毛虫がつくだろ。ミエちゃんは虫は嫌いか?」
「好きでもないんですけど、私には弟がふたりいますんで、虫を嫌ってたら子どものころには家にいられませんでしたよね」
「ああ、そっか。男の子は虫取りなんかもするもんな」

 夏休みにはふたりの弟が昆虫採集に行き、机の下を逃げ出した虫が這っているのを発見して、妹と怒っていたのを思い出す。小さい妹も私も、怒りはしても怖がりはしなかった。

「真次郎が幼稚園のときに、桜の樹についた毛虫をいっぱい取ってきやがって……」
「毛虫はいやですね」
「うん、俺だってケイちゃんだって……」
「とすると……」
「あ、ばれたみたいだな」

 やっと栄太郎さんだと判明。まさかひっかけでもないだろうから、正体がわかって話しやすくなった。

「ケイちゃんだって俺だって、毛虫は気持ちよくないよ。しかし、真次郎はほんの四つか五つだったんだから、虫だったらなんでもいいんだろ。おふくろもいやがって、捨ててきなさい、って言ったんだよな。ケイちゃんが真次郎の襟首をつかみ上げるみたいにして、毛虫ごと外へ放り出した」

 じたばたしている幼児の真次郎の姿と、おもてにほっぽり出されてふてくされている表情までが浮かんできた。

「くそくそー、とか吠えながら、真次郎はどっかに行っちまったよ。そのあとだ」
「なにかあったんですか」
「あったんだよな。あいつ、小学生の女の子と喧嘩したんだ。むこうは六年生だったから、真次郎は男だっていったって半分以下の年だろ。喧嘩したってことについて怒るつもりはないよ。だけど……」

 その姿も浮かんでくる気がする。
 悪いことをして家から追い出されたんでしょ? しようがない子ね、もう帰れないんじゃない? ごはんも食べられないよ、シンちゃん、ホームレスになるしかないね。
 姉さんぶってもいて、からかってもいて、といったふうに、女の子は真次郎に言いつのった。真次郎は幼いとはいえ、女の子に暴力をふるってはいけないと言い聞かされていたので、我慢していたらしい。

「だけど、あんまり言われてかーっとなったんだろ。女の子に殴りかかるわけにもいかず、泣くわけにもいかずで、真次郎は女の子に、袋に入れて持っていた大量の毛虫をぶつけた」
「うわ」
「そのうちの何匹かが女の子の髪の毛やスカートにくっついたらしくて、大騒動だったよ」
「それで、どうしたんですか?」
「その騒ぎを聞きつけた敬一郎が外に出ていって、女の子のおふくろさんを連れてきて……」

 彼女の母親は怒りはせずに事情を聞き、小さい子に意地悪を言うからよ、と娘を叱ってなだめて、毛虫も取ってやった。

「女の子も嘘をついて、真次郎だけを悪者にしたりはしなかったんだから、まあ、よかったんだけど、ケイちゃんは真次郎を家に連れ戻して、桜の樹に縛りつけた。うちの庭にも一本だけあったんだよ。桜が」
「そういえば、悪さをすると樹に縛られたって聞きましたよ」
「そうなんだ。ちょっとだけのつもりだったんだけどさ……」

 もういいんじゃないの? ほどいてやろうか、と栄太郎さんが庭に下りていくと、真次郎は目を輝かせて上を見ていた。

「兄ちゃん、あそこに毛虫がいるよ。もう取ったらいけないんだろ」
「ああ、毛虫はやめとけよ」
「なんで怖がるのかなぁ。可愛いのに」
「可愛いか、あれが? おまえの感覚って異常だな」

 そのときの双生児は、真次郎に毛虫をぶつけられた女の子と同い年だったらしい。
 実は栄太郎さんは、その子が好きだったとか? そうは言わなかったが、私にはそんな気もする。けれど、それからは女の子は栄太郎さんや敬一郎さんを見るとつんっとして、必要以上の口をきいてくれなくなった。

「あいつにはまったく、苦労させられたよ」
「兄さんたちにおもちゃにされた、空手の練習台にされた、あれは教育だったのか遊びだったのかわからない、なんて言ってましたけどね」
「教育だよ。ミエちゃん」
「はい」

 真顔になって、栄太郎さんは言った。

「俺たちがしっかり教育したから、あいつは女の子には乱暴はしないはずだけど、もしもやったら言いつけにきてくれ。ひどい目に遭わせてやるから」
「……うわ、こわっ」

 そんなこと、本橋くんは絶対にしないよね、私に向かって怒りすぎて、手を背中に回して握りしめていたのを見たことがある。そうやって自制してるんだよね。
 大学生のときに、本橋くんにプールに放り込まれたことだったらあったっけ。あれは私があまりに口がすぎたせいだから、言いつけないでおいてあげよう。

 本橋くんは兄さんたちに育てられたことを悲劇のように言うけれど、どっちが悲劇だったのかな。他人から見ればそんなエピソードは悲劇というよりも喜劇で、桜の花もともに、ロールパンと太巻きずしの格好のスパイスになっていた。 


MIE/23歳/END






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