ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「つ」

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フォレストシンガーズ

「つねならむ」


1

 兄の栄太郎と敬一郎、七つも年上で双生児で、小学生のときから空手をやっている高校生のふたりは、いかつい顔を見合わせた。

「うん、まあ、真次郎だってもう十歳なんだから……」
「これでうちの家族全員、ふた桁の年齢になったって親父が喜んでたよな」
「ふた桁って普通だろ」
「だよな。ひと桁はあるけど、三桁の年齢ってあんのか?」
「二丁目の田中さんのばあちゃんとか、ユズルんとこのひいじいちゃんとか……」

 話がそれていこうとしているので真次郎が口をとがらせていると、どちらかの兄が言った。
 ものごころついたばかりのころには、この兄ちゃんは敬一郎か? 栄太郎か? と悩んだものだ。両親に訊いてもわからない。本人に聞いたら嬉しそうに、どっちだか当てたら小遣いやるぞ、と言う。確率は五十パーセントなのだから適当に答えると、ことごとくはずれた。

 もしも当たっていたとしても、本人がちがうと言うのならば、真次郎には彼らの腹のほくろを確認するしかすべがない。兄がそんなことをさせてくれるはずもない。
 そうこうしているうちには真次郎も、どっちでもいっか、どっちも兄ちゃんなんだから、としか思わなくなっていった。であるからして、今も目の前にいるのはふたりてひとりの「兄ちゃん」だ。

「俺たちはいつだって、ふたりで行動したよな。ひとり旅ってしたことあるか?」
「ひとり旅なんかしてる暇はなかったもんな。俺は彼女とデートでだったらあるけど……」
「お、エイちゃん、そんな話、初耳だぞ」
「ケイちゃんには言ってないもんな」
「嘘だろ」
「……さあね。嘘だと思いたいんだったら、おまえ自身のためにもそう思ってろよ」

 あ、こっちが栄太郎であっちが敬一郎か、と一瞬理解したが、次の瞬間にはどっちだかわからなくなった兄たちの、一方が言った。

「よし、俺が小遣いやるから行ってこい」
「真次郎は男だもんな」
「十歳の男が一人前になる第一歩だ。まずはスケジュールを提出しろ」
「俺たちがアドバイスしてやるよ」

 本橋真次郎、小学校四年生。生まれてはじめてのひとり旅をしたいと兄たちに告げて了承を得た。あのころの真次郎は兄たちの教育に完全に洗脳されていたから、一人前の男、などという言葉にもなんの違和感も覚えなかった。


2

 口先女がふたり。幸生くんの妹なんだから当たり前じゃん? と誰も彼もが言うけれど、俺のほうが雅美や輝美や、まして母さんよりはずーっと無口だよ、と当人だけは信じている。

 そんなうるさい妹たちは、兄よりも自分たちのほうが利口だと思っているらしい。普段は姉妹喧嘩だってしているくせに、兄をやっつけるときだけは結託する。さすがの幸生もふたりがかり攻撃にはかなわないし、たいていは母が妹の味方をするし、怒って暴力に訴えると父にひどく叱られるしで、四面楚歌になってしまうのだ。

 そのくせ、妹たちは兄と行動を共にしたがる。
 お兄ちゃんひとりでほっとくとなにをするかわからない、なんて言うのだが、実は、お兄ちゃんばっかりずるーい、なのは言うまでもない。

「うん、そうだな、幸生の気持ちもわからなくはないよ」

 我が家ではふたりきりの男。時にはかなりきびしい父は、それでも幸生の言い分をわかってくれた。

「だったら、叔父さんの家に行ったらいいよ」
「俺ひとりで行っていい?」
「ああ。雅美や輝美には内緒で行け」
「母さんは怒らないかな」
「父さんがちゃんと言っておいてやるよ」

 父の弟は奥さんと、湘南の海辺で暮らしている。
 十年近く前に、父とその弟の遠縁にあたる老人が亡くなった。彼には他には身よりはなく、残された湘南の家を継ぐ者もなかったのだそうだ。

「俺には家族もいるし、湘南から銀行に通うのはちょっと遠いな」
「売る?」
「おまえの職場だったら遠くないだろ。おまえが相続しろよ」
「兄さんはかまわないの?」
「そのほうが俺も嬉しいよ」

 兄弟が話し合ってそう決め、叔父は独身時代から、結婚しても息子が産まれてもそこに住み続けている。
 なのだから、幸生は夏にはよく叔父の家に遊びにいった。海が近いから妹たちと一緒に泳いだり遊んだりし、夜にはみんなでバーベキューをしたり、花火をしたりもした。

 叔父が結婚してからも、奥さんが歓迎してくれたからみんなで遊びにいった。それだって楽しかったのだが、中学生になったのだから、ひとりでどこかに行きたい、妹たちとのガキっぽい遊びももううんざりだった。

「気を付けていってこいよ」
「うん、大丈夫だよ」

 三沢幸生、中学一年生。ひとりでだったり友達とだったりで電車に乗ることにも多少は慣れてきているが、初の遠出だ。海辺でナンパなんてこともしてみたいなぁ、と妄想すると、むふふと笑えてきた。


3

 サンダーバードに乗れば、金沢から京都は決して遠くない。幼いころから祖母の薫陶を受け、百人一首などにも親しんできたから、古典的なものは好きだった。金沢も古都と呼ばれるが、京都は日本の古都の代表だ。一度はひとりで行ってみたかった。

「京都にひとり旅?」
「そうだよ。お父さまの店でアルバイトをしたから、金はあるんだ。すべてひとりでやる旅をしたいんだよ」
「隆也ももうじき中学校を卒業するんだものね。男の子なんだし、そんなことをしてみてもいい年頃かもしれないね」
「行ってもいいの?」
「行っておいで」

 祖母に告げたら反対されるに決まっているから、いっそ黙って決行してやろうかとも考えていた。けれど、意外にも祖母は了解してくれたのだから、話してよかったのだろう。書置きを残して旅に出たりしたら、あの祖母だと捜索願いでも出しかねない。

 中学校を卒業したら高校に進んで、そのあとは大学に? 大学には学部というものがあって、どんな学問を専攻するかも決めなくてはならない。俺はやっぱり古典かな。京都の観光地ではないお寺の静謐の中に身を置いて、近い将来について考えたかった。

 父も母も大学には行っていないのだから、隆也も大学には進学せず、父の跡を継いで和菓子屋修行をしろ、祖母はそう言うだろうか? 百歩譲って大学進学は許してくれたとしても、家から通える学校にしろと言うだろうか。俺は東京に行きたいんだけど。

 そんなあれこれをじっくり考えて、祖母を賛成させる作戦を立てるつもりだ。

 乾隆也、中学三年生。日常から離れるということは、常とはちがった行動をすることは心がはずむ。作戦もあるけれど、過保護な祖母から離れて単独行動ができるのが無性に楽しみだった。


4

「ひとり旅? どこに行きたい?」
「んんと……伊勢」
「ああ、そのくらいやったら行ってこい」

 あれ? もっと遠くてもよかったのかな? 父に頼んだあとで、繁之は一瞬悔やんだ。
 けれど、あまり遠いと自分が心細い。旅費だってかかる。姉は名古屋の大学に進学したから、酒屋を経営していて裕福ではない両親は経済的に大変だろう。繁之としても両親にお金をもらうつもりもなかったのだが、母が小遣いをくれた。

 三重県と奈良県の県境あたりにある繁之の地元からだと、はじめての一人旅に伊勢は最適かもしれない。ほんとは東北か北海道に行きたかったけどな、もっと大人になったら行けるよな。
 
 子どものころに親に連れられていったことはある伊勢神宮に、正月に行くというのはいい考えだ。神聖な場に立って、いろんないろんなことを考えたい。俺はもう子どもじゃないんだから、一日中ひとりで行動してみたい。一晩だけ、ひとりで宿に泊まるのも楽しみだ。

「ああ、今ならまだ予約はできますよ」
「では、お願いします」

 そういえば伊勢神宮って初詣のメッカだっけ? とは思ったのだが、どれほどの人出なのかは想像がつかず、なんとかなるさと楽観しておくことにした。旅館もスムーズに予約できたし、案ずるより産むがやすしと言うではないか。行動あるのみ、前進あるのみだ。

「行ってらっしゃーい」
「気を付けてな」
「繁之、食べ過ぎておなかをこわさないようにね」

 父と母と姉に見送られて、本庄繁之、高校二年生。遅ればせながらの初体験がはじまった。


5

 ついこの間まではひとりっ子だったのに、中学一年生の年に弟が産まれた。母さんってもうおばあさんみたいな年だろ? 子どもを産むなんてかっこ悪っ!! と言って母を悲しませ、父を激怒させたのは、決して嫉妬などではない。嫉妬どころか、今までは親の目を一身に集めていた境遇から、弟にも分散するのだからラッキーだと思ったものだ。

 しかし、赤んぼうってのは手がかかる。

 母は弟の龍の世話で手一杯になってしまった。章が危惧したのも当たっていて、十二歳の息子のいる母は若くはない。父と母が何歳なのかは知らないが、二十代ってことはないだろう。なのだから、育児に必要な体力に乏しいらしい。専業主婦なのに家事のほうに手が回りにくくなった母のかわりに、父に章が命令されるのだった。

「買い物に行ってこい。重いものはおまえが買ってこい」
「龍を連れて母さんが行けばいいだろ」
「今日は寒いんだから、母さんと龍が風邪を引いたらどうするんだ」
「俺はいいのかよ」
「おまえは元気な中学生だろ。そんなことで風邪を引いたとしたらだらしないからだ」

 なんともまあ、思い切り勝手なことをぬかしやがって、とは思うが、父はじきにげんこつにものを言わせる。小柄ではあっても頑丈な体格をしている父は、中学生の章よりもはるかに力も強くてかなわないのである。

 仕方なく父の命令を聞いて母の手伝いをしているから、小学生のときよりも章の自由時間は減った。お兄ちゃんだから、ってさ、オレは好きで兄貴になったんじゃねぇよ、あんたらが勝手に弟を作ったんだろ。親ってのはなんでこう勝手なんだよっ!!

 心の中で不満を百万遍も唱えながらも、父の命令に従うしかない。冬になると積雪が深く深くなる北海道は稚内で、父の雪かきの手伝い、母の買い物の手伝い。こんなによく働く男子中学生はいないぞ、オレって労働者みたいだよな、と章はぼやいていた。

「章、ほんとに助かるわ。ありがとう。今年のクリスマスにはなにがほしい?」
「オレにくれるの? そしたら、金」
「お金って、なにに使うのよ?」
「あったかいところに行くんだ」
「旅行?」

 買い物から帰ってきて母と内緒話をしていると、父に咎められた。

「冬は日本中、どこだって寒いんだよ」
「だったら、ギター買って」
「ギターなんて高いもの、買えるわけないだろ。うちはこれから二十年は金がないんだよ。章が手伝いをするのは当たり前なんだから、母さんは甘やかすな」
「……はい」

 まったくもう、オヤジなんか大嫌いだっ!! せっかく母さんが……母さんがぁ、悪態をついているうちに泣きそうになった章に、母が言った。

「章もたまらないよね。龍は泣いてばっかりだし、お父さんは怒ってばっかりだし。そうだね、どこかに遊びにいきたくもなるよね」
「ひとり旅ってのをしてみたいんだ」
「ひとり? 大丈夫?」
「大丈夫に決まってんだろ」

 心配性の母、怒りっぽくて横暴な父、いないほうがいいのに、としか思えない赤ん坊、そんな家族から一時的にでも逃れられたらどんなにいいだろう。そう考えると、それだけで気持ちがいっぱいになってしまった。

「そうねぇ。章もそんな冒険、してもいい年頃かもしれないね」
「行かせてくれる?」
「日帰りでだったらね」
「日帰りでどこに行けるんだよ」
「お父さんにはうまく言っておくから、これで行けるところに行っておいで」

 そっと、母が握らせてくれた紙幣。親父は嫌いだけど母さんは好きだよ、なんて気持ち悪くて口にできないが、心の中でだけ言っていた。
 木村章、中学二年生。これだけの金で日帰りで行けるところ。そんな計画を立てているだけでも、冒険している気分になれていた。

END






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~ Comment ~

NoTitle

可愛い子には旅をさせろ・・・というのもあるでしょうが。
ちょっと普段の作品と趣が違っていいですね。
青春の香りがする感じで。

LandMさんへ

本日もコメント、ありがとうございます。

青春って中学生から高校生くらいをいうんですよね。
そういう意味でも、このストーリィはまさしく青春です。

いろはシリーズですので、「つねならぬ」というタイトルが先にありまして、常ならぬ状態といえば……旅先、という発想で書いたものでした。
普段とちがっていると言っていただきますと、「常ならぬ」のタイトルとぴったりで嬉しいですね。

このあと、彼らがどうしたか、そのあたりも書きたくなっています。
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