ショートストーリィ(しりとり小説)

95「未知の領域」

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しりとり小説95

「未知の領域」


 モテ期とかいう言葉があるそうだが、莢子の場合は生まれてからずっとモテ期だった気がする。彼氏のとぎれた時期はなく、友人にはやっかみ半分で言われていた。

「莢子はお母さんも美人だから、今でももてるんでしょ? そのせいでお母さん、離婚なさったんじゃないの? あら、失礼。なんにしたって遺伝もあるよね。でも、もてるのって若いうちだけよ。もてるうちに早く結婚したほうがいいんじゃないの?」

 彼女には悪いが、莢子は三十代になってももてていた。結婚相手としてはふさわしいと思えない男としか交際しなかったのもあって、早く結婚するとはならなかったが、ついに三十八歳にしてプロポーズされたのだった。

 母と営んでいるドラッグストアでの仕事はそのままに、夫となった伸平とふたりでマンションで暮らす。実直なサラリーマンである伸平は莢子よりも三つ年下。三つくらいの年齢差はあってないようなものだ。女のほうが平均寿命が長いのだから、そのくらい下の男と結婚したほうがいいと母も言っていた。

「莢子さんは美人だよねぇ」
「そんなの、今さらなにを言ってるのよ」
「毎朝、見るたびに改めて思うんだ。莢子さんと結婚できてよかったよ」
「ええ、私も伸平さんと結婚して幸せよ」

「そう言ってもらえるのも嬉しいよ。莢子さん、早く子どもができるといいね」
「……ええ、そうね」

 三十八歳にして出産というのは不可能ではないだろうが、莢子は遠慮したい。子どもを持つと生活全般が今まで通りにはいかないだろう。しかし、伸平は子どもを望んでいるのだから、議論するのも面倒で、内緒でピルを飲んでいる。薬剤師でよかったな、であった。

 子どもだけが結婚生活ではない。だけど、きちんといらないと言わないのは伸平に対して不実かもしれないと思う。子どもがいらないのならば結婚している意味がないとでも言われるから? それもあるのかなぁ。やっぱり結婚はしたかったから、夫に自分の気持ちをはっきりとは告げられないのだろうか。

 いずれにせよ、四十代になったら夫も諦めるのではないか。そんな自分勝手な期待をして時がすぎるのをやりすごす手もある。しかししかし、この私が四十歳になる? 三十代未婚ならばモテ期は継続していたが、四十代既婚だともてなくなるのか?

 そんなのはつまんないけど、人は年齢を重ねていくことだけは避けられない。そうして枯れていくのかな、と考えるしかないか、とため息をついていたころ、莢子は薬剤師たちの会合に出かけていった。

「大野さん、へぇっ、結婚したんだ」
「そうよ。だから、もう大野さんじゃないの」
「僕から見ればあなたは大野莢子さんだよ。大野さんと呼んではいけないんだったら、莢子さんって呼んでいいかな」
「どうぞ」

 当時は四年制だった大学の薬学部を卒業し、いずれは母と薬局を経営する予定でよそへ修行に行っていた時代に、親しくしていた健彦だった。彼は結婚はしたものの離婚して、気楽なひとり暮らし。薬剤師の資格があればどこででも仕事ができるからと、長らく沖縄に行っていて帰ってきたばかりなのだそうだ。

「僕は莢子さんが好きだったんだよ」
「私も健彦さんは嫌いじゃなかったな。なのにつきあわなかったのはなぜだろ」
「あなたに彼氏がいたんじゃなかったかな」
「そうだったかなぁ。私にはいつだって彼氏がいたからね」
「タイミングがよくなかったんだね」

 会合が終わってふたりでお茶を飲み、また会おうよ、と言われてうなずいた。お茶だったら男性とふたりきりでもどうってことはない、と莢子は思ったのだが、うしろめたさもなくはなかったので伸平には話さなかった。

「今だったらタイミングは悪くないでしょ。莢子さんはますます綺麗になって、人妻の色気も加わってたまらないよ。ね、いいだろ?」
「今はタイミングは最悪じゃないの。だって、私、結婚してるんだよ」
「そういうことを気にする莢子さんじゃないでしょうに」
「気にするわよ」

 とはいうものの、相手が既婚でこちらが未婚の経験ならばあるが、逆は未体験だ。昔は友人にすぎなかった健彦も大人になってかっこよくなっているように思えてきて、遊びだったらいっか、となってしまった。

 こうなってしまった以上、夫には話せない。伸平は莢子の仕事とは一切無関係であるが、母の目は気になる。母も若いころにはもてていて、現在でもドラッグストアのある商店街のオヤジさんたちには人気があるが、奔放な女性ではないので、結婚している娘が男遊びをしているのは見過ごしにしてくれないだろう。

 細心の注意を払って母には秘密にしていた。伸平のほうは、莢子さん、近頃いっそう色っぽいね、などと言い、男の見る目って似てるのね、と莢子をにんまりさせていた。

「莢子さん、聞いたよ」
「……なにを?」

 ある夜、夫が思い詰めた表情で言った。

「この間、仕事が早く終わったから、お母さんときみの店に寄ろうとしたんだ。そしたら、常連さんのあのおばさん……結婚祝いをくれた太ったおばさんがいるだろ」
「村田さん?」
「そうそう、そのおばさんだよ」

 三十五歳の男に「おばさん」と呼ばれる年ごろではないが、村田はおばさんに見える。この際そんなことはどうでもいいので伸平を咎めずに、莢子は先を促した。

「そのおばさんが僕を引っ張ったんだ。老婆心というのか、お節介は承知だけど、莢子さんのご主人、ごぞんじなのかしらね、って、話してくれたんだよ。いつだったか、きみがこそこそと店から出ていったんで気になって、おばさん、尾行したんだそうだよ」

 いつの話だか知らないが、尾行されているとは夢にも思わなかったのもあって莢子はまったく気づかなかった。探偵みたいな女だ。

「男と会ってたんだってね。おばさんはきみとその男がデートしてるのを目撃して、あれは絶対におかしい、不倫だってぴんときたんだそうで、忠告してあげるわ、って話してくれたんだよ。知ってしまったら僕も気になるから、ちょっと調べた」
「調べた?」

 素人主婦探偵村田ではなく、正式に私立探偵を雇ったのだそうだ。そこまでするか、と莢子としては呆れたくなったのだが、するものなのかもしれない。

「きみの昔なじみらしいね。なかなかいい男だよね」
「……言い訳してもしようがないかな。知られてしまったんだものね」
「で、今日、村田のおばさんとまた会った。おばさんは意地悪そうな嬉しそうな目をして僕に尋ねたよ。あれは本当なんだから、ご主人、どうなさるの、離婚? ってね」
「そう……」

 いきなり胸を張って、伸平は一息に言った。

「離婚なんかするわけがない。僕は……僕の奥さんは他の男からも好かれるような、とびきり素敵でセクシーで美人だからだ。莢子さん、僕と離婚しないでっ!!」
「は……はあ」

 本気? と問い返したくなって、莢子は伸平を見つめる。伸平は真剣な目で莢子を見つめ返し、あたたかな微笑を見せた。

「きみの夫は僕だよ。莢子さん、子どもを作ろう」
「そ、そうね」

 負けたわ、の気分になって、莢子は伸平の胸に頬を寄せた。彼はまちがいなく本気で言っているはずだ。ピルを飲むのはやめよう。万が一伸平が心変わりして、やっぱり不貞は許せない、離婚だ、と言い出したとしても、莢子だったらひとりで子どもを育てていけるのだから。

次は「き」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
大野莢子、彼女もフォレストシンガーズの大学の先輩で、伸平さんと結婚するすこし前には、金子将一の恋人でした。そのころも二股かけていたようです。





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