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小説374(卒業・その後)

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フォレストシンガーズ

フォレストシンガーズの2013/三月ストーリィ
卒業」 の続編です。


「卒業・その後」
  章(真知子)・真次郎(昇)・隆也(まゆり)・幸生(翔太)・美江子(丈人)・繁之(弾)・英彦(恵)

1

 そうと知ったのは、真知子の息子が中学生になってからだった。

「木村の兄ちゃんって、歌手なんだってよ」
「あら、そうなの。木村……なんて名前?」
「弟は木村龍、兄ちゃんは章」
「木村章。そんな名前の歌手、いる?」
「フォレストシンガーズっていう男五人のグループなんだって。売れてないから、木村だってあんまりよくは知らないんだって」

 息子が母親にまともに口をきいてくれたのは、現在のところではそれが最後だった。中学二年生、十四歳。中二病などという言葉があるのだそうで、第二次反抗期真っ盛りだ。
 独身時代には幼稚園教諭で、結婚してからもパートタイムで保育所で働いている真知子は、日ごろは第一次反抗期の子どもたちと触れ合っている。中二病はかまわないのが一番だとも知っていた。

 そんな息子なので、それ以上詳しく聞いても嫌われるだけだ。真知子はフォレストシンガーズという名前に心当たりはなかったので、インターネットで調べてみた。

 木村龍は真知子の息子の友達なのだそうだが、交友関係を詮索するのも嫌われるもとだ。息子の同い年の友人だって中二病だろうから、友達の母親に干渉されたくないに決まっている。
 はたして、フォレストシンガーズには公式サイトがあった。

 本橋真次郎(28)乾隆也(28)本庄繁之(27)三沢幸生(26)木村章(26)。簡単なプロフィルと、小さな写真が載っていた。
 この、木村章が龍の兄であろう。キムラアキラ……そんな名前、私が働いていた幼稚園にもいたっけね。だけど、キムラアキラはわりにありふれた名前だから、二、三人いたようにも思える。真知子は木村章の書いた雑文のようなものを読んでみた。

「俺は稚内出身で、ガキのころからもてたんだ。幼稚園だったほんのあかんぼみたいなころから、バレンタインのチョコだってもらってたよ。幼稚園の先生からまでもててたとか言われたけど、先生にもててもね。

 小学校のときにも女の子にプレゼントをもらって、先生に言われたな。
「小学生の男女がプレゼントのやりとりだなんて、不良のはじまりです。くれた子に返しなさい」
 もらったものを返すほうが失礼だと思ったんだけど、あのころの俺は気が弱くて、先生に反抗もできなかったんだ。あのときに俺に手編みの手袋をくれた女の子、覚えてる? 不機嫌な顔をして、こんなのいらねえよ、返すよ、って突き返したのは、先生のせいだからね」

 うぬぼれているような、写真によると鋭いタイプの美青年なのだから、もてても当たり前だろうというような、そんな文章を読んでいるうちに、真知子の中によみがえってくるものがあった。

「木村章、やっぱり記憶にあるわ。龍くんの住所とか保護者とか、名簿にあるかしら」

 机を探ると息子が怒るだろうが、中学校の名簿は本棚に無造作に差し込んであったので取り出せた。稚内市立○○中学校、二年二組、木村龍。保護者欄には木村平助の名前。平助とは古風な名前なので、その名を見て完全に思い出した。その夜、真知子は息子に尋ねた。

「木村龍くんのお母さんの名前、知ってる?」
「かず子」
「ああ、やっぱり」

 記憶を整理してみれば、龍の住所も記憶にあった。木村かず子、章と龍の母親。小柄で寂しげな美人で、綺麗な顔をしているのに所帯やつれしているようにも見えて、若かった真知子はもったいないと思ったものだった。

「ひとりっ子だから甘やかしてしまって、あんなんで一年生になったら、困りますよね」
「大丈夫ですよ」

 あれは幼稚園の卒園式の日だったはず。かず子との会話も思い出した。
 あのときの章はひとりっ子、それから四年ほどして真知子が結婚出産し、かず子もふたり目を産んだのだろう。その子が龍であり、真知子の長男とかず子の次男が友達になった。

 狭い地域だし、木村家は転居もしていないようだし、真知子も実家の近くに住んでいるのだから不思議でもないのだろうが、奇遇ではあった。

「章くんってほんとにもてたのよ。あの彼が歌手になったってのは似合いかもしれない。気が弱かったけど、強くなったんだろうな」
「……ふん」

 顔を上げて母親を見た息子の目は、好奇心できらきらしている。そのくせ、ふん、としか言わない。木村章と母さん、知り合い? と訊きたいのであろうに、意地を張っている。ならばこっちも言ってやらない。そのうち、龍くんをうちに連れてきなさいね、そしたらわかるかもよ、と真知子は内心で笑っていた。


2

 小学校から高校にかけての友達、本橋栄太郎と敬一郎の双生児は、知り合ったばかりのころには昇を悩ませた。一卵性双生児とはこんなにも似ているものか。

「うち、母さんだって父さんだって、オレたちの見分けはつかないんだぜ」
「どっちでもいいと思ってるんだろうな」
「弟なんかはオレたちをまとめて、兄ちゃんって呼んでるよ」

 ということなのだから、他人の昇には区別がつかなくて当然なのだろう。いつしかそう考えるようになって、昇は敬一郎と栄太郎を見分けるのをやめた。
 であるから、栄太郎も敬一郎も親友というのでもない。
 高校を卒業すると、本橋兄弟は空手入学のような形で大学に行き、昇は父親の仕事を継ぐべく大工見習いになった。大学生と大工では話題も合わなくなって、疎遠になっていったのも仕方ないと思っていた。

「久しぶりだな。えーっと……」
「俺は敬一郎だよ」
「ほんとかよ?」

 ほんとほんと、と笑っているので、敬一郎なのだと信じておくことにした。もしも彼が栄太郎だとしても、昇の人生にも今夜、これから飲みにいくことについてもなんの影響もないのだから。

 会うのは十年ぶりくらいになるだろうか。栄太郎と敬一郎が合同結婚式を挙げたときに招かれて、それからは近所同士だった家も遠くなって、わざわざ遊びにいくような仲でもなくなった。
 そんな敬一郎と昇は、居酒屋に入って旧交をあたためた。

「うん、うちは息子と娘がひとりずつだ。栄太郎んちも年はちがうけど、女房と息子と娘がひとりずつだよ。女房は手放しで、いいぞぉとは言えないところもあるけど、子どもってのはいいぞ。昇も結婚しろよ」
「俺のことはいいんだけど、シンちゃんはどうした?」
「あ、知らないか? 結婚してなかったら知らないかもな」
 
 結婚しているのだったら知っているかもしれないというのは、栄太郎と敬一郎の弟の真次郎が所属するグループは、女性に人気があるからなのだそうだ。年齢的にも昇に妻がいれば知っているはずで、事実、栄太郎と敬一郎の妻はフォレストシンガーズとやらのファンなのだそうだ。

「へぇぇ、歌手になったんだ。女に人気のあるグループなのか。そしたら女にもてるんだろうな」
「もてるっていっても年の多い女にだから、真次郎も独身だよ」
「もてるからこそ独身なんじゃないのか?」
「あいつに限ってそんなはずは……ない、ないはずだ」

 フォレストシンガーズはまだ人気者というほどでもないが、徐々に有名になってきているのだという。彼らがデビューしてから五年、このごろようやくCDも売れるようになってきたと敬一郎は話した。

「そっか。俺にも希望が出てきたな」
「なにが?」

 ものほしそうで口にはできないが、真次郎がいるというフォレストシンガーズがスターになったら、いい女を紹介してもらえるではないか。そのときに結婚していたら後悔するかもしれないから、俺は当分は独身でいよう。昇は本気でそう決意していた。


3

 三十歳になっても独身だなんて、乾くんとつきあっていたころには想像もしていなかったな、とまゆりは思う。だからって乾くんと結婚する将来も思い描けなかったんだけど、年頃になれば結婚してお母さんになるものだと信じていたんだった。

 金沢の中学生だった浅い春の日、同じ高校を受験した乾隆也にまゆりは恋をした。
 同じクラスになりたいと熱望したのはかなわず、遠くから見つめているばかり。二年生になってもクラスは別で、バレンタインディに思い切ってプレゼントと手紙を渡した。

「ありがとう。まゆりちゃん、俺とつきあってくれますか」

 その告白は隆也のほうからしてくれたから、それから一年ほどの間は幸せな高校生活だった。
 けれど、隆也は東京の大学に行くと言った。きみと俺の小指は赤い糸でつながっているんだから、離れていたって恋人同士だよ。幼くもロマンティックなことを言う隆也に、そんなのは無理、と言い返したのは十二年も昔だ。

 隆也は東京に行ってしまい、それっきり一度も会うこともなかった。彼とて里帰りはしていたのだろうが、まゆりには連絡もしてくれなかったのだから、忘れられたのだと信じ込んでいた。

 まゆりは金沢の短大に行き、卒業して銀行勤めになった。当時は二十代後半にもなると銀行の一般職OLはいづらくなってきて、転職だってした。
 
 現在のまゆりは商店で経理事務員になっている。堅実な企業だから零細ではあってもきっちりしているが、平均年齢の高い商店では同年輩の男性と知り合うチャンスもない。今日は社長の奥さんに見合い話を持ってこられて、断るのに骨が折れた。

「四十歳すぎててちょっと頭は薄いけど、初婚だし、お父さんとふたりきりだからうるさい姑はいないし、ちゃんとした会社で働いてるんだよ。あんたも三十すぎたんだから妥協しなくちゃ。贅沢言ってるといつまでも独身よ。いいの? いいはずないでしょ」
「……すみません。今回はなかったことに……」
「会うだけでも会ってみなさいよ」

 去年も一度、彼女の紹介でお見合いをしている。会うだけでいいと言われて断り切れずに会ったら、初婚のはずがバツイチ子持ちだった。会ってしまってから断るのは苦労もひとしおだったので、今回は会う前に断りたかった。

「はー、疲れた。ただいま」
「お帰り」

 家に帰って母の作った夕食を、父と母の三人で食べる。近所の誰かに子どもが生まれた、お母さんも孫がほしい、そんな話題は毎度で、適当にあしらって自室にこもった。

「……フォレストシンガーズ、わっ、金沢でコンサート? 嬉しいっ!!」
 公式サイトでの発表を見て、まゆりの心が浮き立つ。近頃のまゆりは感受性すらも磨滅してきているように思えるのだが、フォレストシンガーズだけが彼女を感動させてくれる。

「乾くん……隆也くん、あなたも結婚はしないんだよね? 彼女はいるんだろうけど、本庄さんが結婚したときには発表されたんだから、乾くんのときにもするよね。そんなの見たくないけど、見ちゃったらどうしようかな。その発表があるまでは、私はフォレストシンガーズのファンでいるからね」

 東京に行った隆也は、二十四歳の年にフォレストシンガーズの一員として歌手デビューを果たした。そのころにまゆりははじめてパソコンを買い、インターネットでフォレストシンガーズのデビューを知った。あれからずっと、まゆりはフォレストシンガーズを追いかけている。

「俺たちもようやく、日本のあちこちでライヴができるようになりました。これもひとえにファンのみなさまのおかげです。
 来年にはたぶん……いい知らせができるはずです。誰かが結婚するなんて話ではありませんので、期待してお待ち下さいね。
 今回は俺の故郷にも行きます。なつかしい金沢のみなさんは、俺を待っていてくれるのかな。俺の初恋の彼女も……なんて、心をはずませています」

 乾隆也、の署名のある記事を読んで、まゆりの心臓が跳ね上がった。
 初恋のひと? 私じゃないよね。普通は小学生くらいで初恋するもんね。だけど、俺がはじめてつきあった女の子はきみだよ、と隆也は言っていたから、もしかしたら。

 なにもまゆりを名指しているわけでもないし、そんなことは隆也の立場上できないのだろうが、まゆりの胸はときめき続ける。隆也がこんな文章を書いてくれた。その事実だけでも、そして、ステージの隆也に会える、その楽しみだけでも、日々を暮していけそうだった。

 
4

 こんな奴をやっかむ必要はないじゃないか、と思うのだが、翔太は昔から三沢幸生には嫉妬を感じることが多かった。翔太のほうが顔がいい、背だって高い、女の子にもそこそこもてたし、勉強は翔太のほうがよくやった。

 顔は見解の相違というものもあるだろうが、男としては背が高いほうが圧倒的に有利なはずだ。もてることに関しては、幸生もあの愛想のよさや一見は可愛い感じから不利ではなかったので、どっこいどっこいだろうか。幸生に嫉妬を感じたのは、最初は性格からだったように思える。

 生来の人なつっこさと親しみやすさとで、幸生は翔太の両親や弟にも受けがよかった。翔太と幸生が知り合ったのは高校生のときだから、僕の母さんや父さんや弟を奪われた、などとは思わなかったのだが。
 決定的になったのは、あのまるで勉強しない奴が大学に合格し、翔太は浪人になると決まったときだ。東京でひとり暮らしをするから遊びにこいよ、と幸生は言ったが、東京には遊びにいっても幸生のアパートには足を向けずにいた。

 大学からは別々になって、浪人していた翔太の就職が決まったころに、幸生と再会した。幸生は無邪気に翔太との再会を喜び、こんなことを言っていた。

「大学の合唱部の先輩たちと、フォレストシンガーズってヴォーカルグループを結成したんだ。プロになったんだよ。CD買ってね」

 ふーん、歌手になったんだ。だけど、売れないんだろ。ま、そんなもんだよな、と翔太は思っていて、わずかに溜飲を下げていたのかもしれない。なんで幸生が歌手なんてものになれて、俺は一介のセールスマンなわけ? 人生、不公平だ、正直な気持ちはそれだったから。

「……フォレストシンガーズ、初の全国ライヴツアー? くそぉ、ここまで売れやがったんだ」
「フォレストシンガーズがどうしたの?」

 二十二歳の年にデビューしたはずだから、あれからだと七年になるのか。翔太も幸生も二十九歳になり、翔太は卒業以来働いている化粧品会社の企画部に配置換えされていた。これでセールスマンからは解放されて、出世の道も拓けたといっていい。

「うん、幸枝ちゃんには話してなかったかな。あ、俺、忘れてたよ」
「なにを?」
「きみの名前、意識から締め出してたのかな。あいつと「幸」の字が同じなんだ」
「あいつって誰? モトカノ?」
「ちがう、こいつだよ」

 まちがいなく嫉妬はあったのだろうが、幸生を嫌いになったわけではない。住む世界が離れてしまっても、フォレストシンガーズの動きはチェックしていた。恋人とホテルに泊まって、朝から届けられた新聞に載っていたその記事を、翔太は幸枝に見せた。

「フォレストシンガーズって知ってるけど、三沢幸生? こんなひともいたな、ってことくらいは私も知ってるよ。フォレストシンガーズって本庄さん以外はみんな独身なんだよね。幸生……うん、私と「幸」の字は同じね。彼らが全国ツアーって、それがどうかした?」
「幸生って、俺の高校時代の親友だったんだ」
「へぇ、すごいってほどでもないけど、翔太には歌手の親友がいるんだ。ちょっとだけすごいかも」

 歌手の親友がいるなどとは手柄ではないが、くすぐったいような誇らしいような気持ちになれた。
 幸枝に幸生の話をするのははじめてだが、彼女はわりにフォレストシンガーズのファンであるらしく、サインがほしい、三沢さんに会えない? などと言って喜んでいる。翔太は初に、幸生と友達でよかったと感じた。

「そっか、そういえば幸生も独身だよな。幸枝ちゃん、あのさ、結婚しようか」
「なによ、いきなり」
「いや?」
「ううん、いいよ」

 やった、幸生に勝った、思わずそう言いそうになった自分に苦笑しながらも、翔太は思う。俺の結婚式にフォレストシンガーズが来て、歌ってくれたりなんて……そんなことがあったら、自慢できるのかな。疎遠にしてるってのに、そんな図々しいお願いはできないけどさ。


5

「売れてきてるよな」
「誰のことですか」
「おまえはとうに売れてるだろ。フォレストシンガーズだよ」

 学生時代の交友関係は細々と続いていて、音楽関係者になった先輩や後輩とも飲みにいったりはする。今日は合唱部の後輩とバーで向き合って、フォレストシンガーズの噂をしていた。

「金子は山田さんに告白したとかしないとか?」
「したとかしないとかって……山田さんね。白々しい」
「白々しい?」
「いえいえ、そんなことは言っていませんよ」

 金子将一、世間的には我が校の出身者の中ではもっとも有名かもしれない。シャンソンやボサノバやジャズが得意なのだから流行歌手というのでもないが、ルックスと声のよさもあいまってかなり売れている。
 てめえ、誰に向かってそんな口のきき方をしてるんだ?! と凄んでやったら、彼はどんな反応を示すか。想像しているだけで楽しかった。

 俺が山田さんと呼ぶと白々しいというのは、山田美江子とほんのすこしつきあっていたからだ。今では俺は平凡なサラリーマンになり、山田美江子はフォレストシンガーズのマネージャーになった。

「星さんが平凡なサラリーマンって、平凡なサラリーマンが聞いたら怒りますよ」
「俺のどこが平凡じゃないって? それに、俺が彼女と……いつの話だよ」
「本橋と……」
「ああ、そうなりそうだな」

 電機メーカーのオーディオ部門に勤務しているというのは、平凡なサラリーマンではないのか? おまえに言われたくねえんだよ、と言いたくなるようなセリフをほざく金子を見返して、俺は過去に思いをはせた。

 彼女が俺の恋人だったころ、ベッドで言ったような記憶がある。
 美江子、おまえは将来には本橋と結婚するんじゃないのか? とんでもないっ!! とばかりに美江子は怒っていたが、どうやらあれは予言になりそうだ。

「横からかっさらうって気はないんですか」
「俺が? 本橋がぐずぐずしてるようだったら、やってもいいかもな」
「俺も応援しますよ」

 人の悪い笑みを漏らす金子が本心ではなにを考えているのか、読みづらいのも毎度のことだった。

 
6

 杜の都、青葉城。シゲは城好きで、俺だって嫌いではない。ヒデも泉水さんも賛成してくれたので、三家族合同旅行は仙台に決定した。
 繁之、恭子、広大の本庄家。広大は二歳だ。
 弾、ひとみ、かよ乃の実松家。これが俺の家族で、かよ乃はゼロ歳児。はじめての旅行である。

 もうひとつは家族ではなくカップル? カップルともいえなくて友達同士なのかもしれないが、ひとみや恭子さんに言わせると、いずれは家族になるかもね、だそうだ。
 小笠原英彦と瀬戸内泉水。シゲにとっては両方ともが親友で、俺から見ればヒデは友達、泉水さんはシゲとヒデの友達で、俺の昔馴染みといった関係だ。

 大阪から東京の大学にやってきた弾、高知から来たヒデ、三重から来たシゲと泉水。泉水さん以外は合唱部に入って仲が良くなり、シゲ、ヒデ、弾は合唱部のアホトリオと呼ばれていた。泉水さんにはシゲに紹介してもらい、幼なじみの女の子の友達がいるって、シゲ、ええなぁ、とうらやんでいた。

 大学を卒業すると、シゲとヒデはフォレストシンガーズでプロになるのだと言って歌っていた。泉水さんと俺は就職し、泉水さんは大阪で結婚して離婚したのだそうだ。

 結婚すると言ってヒデはフォレストシンガーズを脱退し、別のメンバーを入れてフォレストシンガーズがデビューし、俺は普通にサラリーマンをやってひとみちゃんと結婚した。シゲも結婚し、恭子さんが広大を妊娠していたころに、行方不明になっていたヒデが戻ってきた。

 心配ばっかりかけやがって、アホか、おまえは、であるのだか、ヒデは戻ってきたのだからそれでいい。ヒデも離婚したのだそうで、泉水ちゃんとはバツイチ同士、似合いのカップルではある。

「広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず
 早瀬躍る光に 揺れていた君の瞳
 時はめぐり また夏が来て
 あの日と同じ 流れの岸
 瀬音ゆかしき 杜の都
 あの人は もういない

 七夕の飾りは揺れて 想い出は帰らず
 夜空輝く星に 願いをこめた君の囁き
 時はめぐり また夏が来て
 あの日と同じ 七夕祭り
 葉ずれさやけき 杜の都
 あの人は もういない」

 さすがの喉を聞かせてくれるシゲの膝には、広大がちょこんとすわっている。夫と息子のそばに恭子さんが寄っていき、内緒話をしてから叫んだ。

「みなさーん、聞いて聞いて」
 えっへん、広大がもうじきお兄ちゃんになりまーす、との恭子さんの発表を聞いて、みんなして拍手した。小さな子どもたちもちっちゃな手をぱちぱちやっている。

 時は流れたんだな。俺たち、親の年になったんだもんな。うちもがんばってふたり目、そのうちには……と考えつつ、ヒデを見やる。おまえもしっかりせえよ。


7

 いい歌だなぁ、なんだろ、この歌は。
 半ばぼーっとした心持ちで聴いていたから、その曲の歌い手に思い当った恵は苦笑した。

 大嫌いだった男たちだ。彼らにはひとつも罪はないのだが、めぐりめぐって、恵のひとり娘である瑞穂から父親を奪ったのはフォレストシンガーズだとの怨みがつきまとっていたから。

 できちゃったかも、と言ったのは策略などではない。本当にそう思ったから、もしもそれで堕胎しろというような男だったら、英彦とは別れようと決めての上で言ったのだった。
 実は妊娠は勘違いだったのだが、英彦はすっぱり歌を見限って、フォレストシンガーズを脱退して恵と結婚し、そのうちには本当に瑞穂が産まれた。英彦は真面目な父親としてそれなりには充実した毎日を送っていたはずだった。

 なのに、フォレストシンガーズのメジャーデビューを知った英彦は荒れた。
 結果的に恵のほうから離婚を切り出し、英彦は茨城のマンションを出ていった。それからどうしたのか、恵は敢えて英彦の居場所をたしかめようともしなかった。

 あれから十年近くになるのだろうか。フォレストシンガーズは徐々に売れてきていて、聞きたくもなくてもその名や歌が耳に届いてくる。小学生になった瑞穂はおじさんの歌には興味ないと言うので、普段は恵といっしょにアイドルの歌を聴く程度だ。

「この歌、好き?」
「全然」

 雑誌を見ている瑞穂に問いかけると、にべもない返事が応じた。
 恵にしてもこの歌のタイトルは知らない。耳を澄ましていると、なにかをなくした男の喪失感を歌っているようだ。恋、歌、仕事、なんであるとも考えられる歌詞になっていた。

「うるさいなぁ。ラジオ、止めてよ」
「……うるさい? そうだね」

 もうすこし聴いていたい。止めるのは惜しい。そんな気持ちになるのだから、恵の一方的な恨みは薄れてきているようだ。いつかは瑞穂に、フォレストシンガーズってね……と話せる日も来るのだろうか。

END





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~ Comment ~

NoTitle

音楽は不思議ですね。
聞きたいときと聞きたくないときがある。
それはどんなに有名な音楽グループでも目の前にあることが大切なときはある。・・・ということですかね。

LandMさんへ2

こちらにもありがとうございます。

音楽を聴きたくはないときって、たしかにありますね。
私は最近は、なんとなく音楽を流したいときには、インターネットラジオの「クラシックギター」チャンネルに合せています。
今はあまり、これを聴きたい、というのがないようです。
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